偽善者は落し物を拾う。
「…んだ、これ。」
都和は眉を潜めて箱を眺めた。
狭い廊下に立てかけるように斜めに置かれた箱はぬっぺりと白く、陽の光を鈍く反射していた。
(なんだ、これ…イタズラか?)
とにかくも、少しずらしただけでは都和の部屋の扉が開かないうえに放置しても周りの迷惑になることは目に見えていた。
「チッ…。」
舌打ちしてカバンを持ち直すと、都和は両手を箱に回した。
意外にもつるつるした手触りに滑らないよう指先に力を込める。
真っ直ぐに箱を立てると箱は都和の身長の少し低いくらいだった。
それを都和はゆっくりと、引きずるようにずらした。
それを一旦壁に立てかけ、ドアを精一杯開く。
ドアが90度のところで止まったところで、今度は箱を持ち部屋の中に入れた。
ドアを閉め、なんとか部屋の真ん中にまで運び寝かせてから、都和は一息ついた。
じんわりと汗までかいている。
一息ついてから、都和は傍らに座り込み、まじまじと箱を観察した。
箱の外側に表記らしきものはない。
それどころかぶつけたところに傷一つも入っていない。
(すげぇつるつる…ん?)
指で表面をなぞって都和は箱をぐるりと一周する溝があることに気がついた。
(もしかしてこれ、蓋か!)
あれだけぶつけたのによく外れなかったな、と感心しながら溝に指を差し込むと、
ガタッ
どんな作りになっているのか、あっさりと蓋が外れた。
(うわ、開いた…。)
都和は少し開いてしまった隙間をじっと見つめた。
やってしまった、という気持ちより開けてみたいという気持ちの方が大きかった。
見るなといわれると見たくなる。
そんな気持ちに近かった。
蓋をそろそろと外し、箱に持たせかける。
箱の中に何かがあった。
それは布で覆われ、外から見ても判別出来ない。
(まあ、ここまで開けたんだし、少し見ても…)
言い訳のように心の中で呟いて、都和は布の端を掴み、引っ張った。
「なっ…!」
都和は絶句した。
口、鼻、閉じられた瞼。
そこには安らかに眠る顔があった。
そこからは都和には切れ切れに、まるで漫画の一コマ一コマを見ているかのように見えた。
驚いた拍子に都和の足が箱に当たる。
箱からずれた蓋が棚を揺らす。
揺れた棚に乱雑に重ねられていた本、写真立てが均衡を崩し落ちる。
その落下物の中に擦り切れた茶色の小袋を認め、都和の腕が伸びる。
掌は届かずに空振りし…
パシッ!
バササッ
本が落ちる。
ただ真っ直ぐに箱からすらりとした腕が伸び、その掌が小気味好い音を立てて袋を掴んだ。
そして、光が部屋を包んだ。
(眩っ…!?)
真っ白な、痛いほどの光の奔流に都和は本能的に目を閉じた。
やがて、瞼の裏から光が収まったのを感じ、都和は恐る恐る目を開いた。
箱の中で“それ”は上半身を起こしていた。
まだほんのりと光を放つ体は布に覆われている。
その布の上を流れるように薄い金色の長い髪が流れる。
そしてまだ握ったままの掌は胸の前にまるで祈るように置かれていた。
惚けたように見つめる中、閉じられていた瞼が開く。
瞳がしばらく宙を彷徨い、ふと、都和を捉えた。
その瞳が都和の記憶に峻烈に焼き付いた。
硝子の様な透明な瞳。
それは混じり気なく透き通り、全てをここにある全てを映し出していた。
都和はそれに見入った。
(…綺麗だ。)
子供のような、そんな言葉しか出てこなかったが、都和にはその言葉が一番似つかわしく思えた。
その瞳を何回かパチパチと瞬きした後、“少女”は徐に口を開いた。
「始めまして、ご主人様。」