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06 : この世界を与えてくれたすべてに。





 転移門とは、主要都市の中心に、魔導師のために設置されている空間移動装置だ。魔導師であれば誰でも使用でき、また魔導師の身内であれば、その魔導師から預かっている「鍵」によって使用可能となる。

 しかし、主要な都市を一瞬で移動できる便利さから魔導師には重宝されているそれが、一般的には知られていない。魔導師の身内が「鍵」で使用可能となるのは、一般的に知られていないことへの理由にも繋がる。


 トランテは、転移門が設置されているカウベリタの砦にある部屋で、門の役割を果たす台座を前に、ため息をつく。


「どう……すっかなぁ」


 アノイと話をするために、王都レンベルにもう一度行きたい。カウベリタと王都の距離は半日と短いが、その移動時間が惜しいために転移門を使おうとトランテはここまで足を運んだ。


「諦めたらどうだろう?」


 とは、トランテの隣で、この部屋の管理も任されている魔導師、旭影(きょくえい)の魔導師グラスコードだ。転移門を前にして使用を躊躇うトランテに呆れている。


「それは、そうなんだけどな……こう、勇気が、要るんだよ」

「使ってしまえば後の祭り、さっさと行け」


 いつまでもそうしているな、とグラスコードに背中を蹴られ、その勢いで足が転移門の台座に乗ってしまう。


「ぅあ!」

「楽土さまによろしくな」


 ばいばい、と手を振るグラスコードは無慈悲だ。使うのには勇気がいる、だから少し時間を、とトランテは訴えたつもりだったのだが、聞いてもくれない。グラスコードの仕事時間を割かせているのだから、まあ当然である。


 そうして。

 不意に、足許から力が抜ける。

 転移門の発動だ。発動するといつもこの奇妙な感覚がする。瞬間的に襲われる眩暈と吐き気も、使うとそうなることはわかっていても、なかなか慣れるものではない。

 これだからトランテは転移門の使用に躊躇う。いや、正直、便利さは理解しているし必要性も重々承知しているが、嫌いなのである。


「ぐぞぅ……」


 気持ち悪さにばったりと倒れたその次には、転移門はその役目を終え、トランテを王都レンベルへと運んでいた。


「相変わらずだな」


 ぐったりと倒れているトランテに、上から、アノイが声をかけてきた。トランテが来るのを待っていてくれたらしい。


「おれ、転移門キライ」


 床に潰れたままぶつくさ文句を言えば、アノイは当然のように、よしよしと頭を撫でてくれる。

 外見は少女の魔導師アノイであるが、実年齢は百を超える老婆だという。いろいろその説明を聞いたがトランテにはさっぱり理解できなくて、とりあえずアノイが外見どおりの魔導師ではない、と納得した。楽土のばあさま、と呼ぶのは、その知識経験が明らかに少女の感覚ではないためで、またトランテを含めたほかの魔導師を丸っきり子ども扱いするからだ。初老の師団長まで子ども扱いした日には、ばあさま、と呼ぶしかなかった。


「転移門の鍵が伴侶への家族の証となる習わしが生じてきたというのに……おまえがこれでは、おまえのところはそうはならなそうだな」


 ぽむぽむ頭を撫でるアノイに苦笑され、うんざりとトランテは息をつく。


「なんだその習わし……おれへの挑戦状(あてつけ)か」

「おまえほど相性の悪い魔導師はいない」

「むしろおれは、なんでみんなが平気なのか、わからん」

「浮遊感に慣れているからだろう」

「地べたが好きでなにが悪い!」


 気持ち悪さが落ち着いてきて身体を起こせば、アノイは哀れなものをみるような目をしていた。


「馬どころか、馬車も無理だったか、おまえ」

「う……いいんだよ、困らねぇんだから」


 トランテは馬が苦手だ。動物としてではなく、移動手段として馬を使うことが、できない。馬車も同様で、自分の足以外の移動手段のほとんどが、トランテには苦手なものだ。おそらく、徒歩での旅が長かったからだろう。メリルムーアと旅をしていた頃、体力作りの一環として徒歩での移動をおもにし、馬を使わなかったのだ。それは、世話をしなければならない、その生涯を見届けなければならない、情に絆される、ということを避ける意味合いもあった。

 健脚となったトランテは、おかげで体力もよく続くが、おかげで馬とは縁を失くした。


「それに、魔導師のほとんどが徒歩移動なんだから、必要ねぇだろ」

「翼種族であるゆえ、必要ないのは確かだ」

「おれは違ぇぞ。ちゃんとした貴族じゃねぇし」

「まあ、わたしも、あまりこの翼を使おうとは思わないが」


 ばさりと、アノイの背に二対の翼が広がる。どういう造りなのか不明だが、意識すると翼種族は背に翼が現われるものらしい。

 この国ユシュベルは翼種族であることで有名だが、本当にその背の翼で空を舞えるのは一握りの貴族だけだという。平民にはその力がなく、しかし、そもそも貴族でも翼が意味のない形ばかりのものである場合が多く、衰退の一途を辿っているようだ。


「いつ見ても不思議だな……それ、どうやって出し入れしてんの?」

「意識しているだけだ。よくはわからない」

「自分のことだろ」

「そう言われても、当たり前にあるものを疑問に思うことは、あまりない」


 ふっと、アノイの翼が消える。初めて目にしたときは驚いたものだが、この世界に翼種族と呼ばれる者たちがいることは知っていたので、感動のほうが大きかった。ただ、空を見上げて、飛び交う姿が見られないことには落胆した。衰退しているんだ、という言葉どおり、純血の貴族でも今では飛べない者が多い。魔導師でも、翼はあれど使えない、という貴族出身の魔導師はいる。


「おまえの背にも、あると思うが」

「ねぇよ。言っただろ、おれ貴族じゃねぇもの」

「おまえはオルベニアとロアーナの血を引いている」


 淡々と述べたアノイに、その話をしに来たというのに、トランテは言葉を詰まらせてしまう。


「どうした?」

「……いや、あのさ、意見を聞きたくて」

「意見?」

「ばあさまはどう思ってんだ?」


 どこか部屋を移動してから、と思ったが、アノイが淡々と言うせいで、なんだかトランテのほうの余裕がない。


「わたしの意見など、意味がない」

「ある。ばあさまはマリアンを知ってる。ルムを知ってる。父親の……ロムロスを知ってる」

「知っているだけだ」

「充分だろ。知らなくちゃいけないんだ、おれは……このままだと、アルカナもルムも、苦しみ続けるから」


 必要だ、と言えば、アノイは少し考える素振りを見せ、そしてトランテを立たせると移動を促してきた。

 トランテが移動先に指定した場所は、王都レンベルにある魔導師団棟の一部屋ではなく、アノイが詰めている王城内の一室だ。アノイが移動のためだけに設置させた部屋で、この部屋の隣には王族付きの魔導師が控える書庫がある。カウベリタに引っ越す前までトランテもよく書庫には足を運んでいたので、初めて入る部屋ではない。

 アノイに促されて、窓辺の長椅子に腰かける。アノイはお茶の用意をしてくれて、食器がぶつかる音だけが響いたあと、甘い香りを鼻先に出された。


「香草茶だ。匂いは甘いが、味はそうでもない」


 茶器を受け取り、少し冷静さを欠いたことをした自分を恥ずかしく思いながら、落ち着かせるためにゆっくり香草茶を口にした。アノイの言うとおり、匂いはひどく甘いが、味はそうでもない。


「正直なところ……」


 と、アノイも同じ香草茶を飲みながら、トランテの隣に腰かける。


「ロアーナ家もオルベニア家も、どうでもいい。どういう関係で、どういう状態であったかも、わたしは、どうでもいい」


 ひどい、と思う言葉かもしれない。メリルムーアが聞いていたら、怒るかもしれない。けれども、アルカナは怒らないだろう。トランテが今、そうであるように。


「だよな。ばあさまも、魔導師だ」


 百年を超えて生きている長命の、楽土の魔導師アノイ。外見は、魔導師の力が確立したそのときから、変わっていないという。トランテが初めて出逢ったとき、少しだけ歳上のように見えたアノイは、トランテがそのときからだいぶ成長しているのに、まったく変化がない。そういう魔導力を使っているのだと、アノイは言う。無意識的なことで、どうしようもないことだとも言っていた。それがアノイを魔導師とならしてめているらしい。

 魔導師からさえもときには畏怖対象となるアノイは、だが、それでも違えようなく魔導師だ。その関心は、万緑へと注がれる。


「ただ、わたしは……」


 ふと俯いたアノイは、王都に出向いたときトランテを囲んだ男たちを退けたときに語ったその顔と同じく、複雑そうだった。


「おまえの自由が、奪われるのではないかと……それが、いやだ」

「……おれの自由?」

「わたしは、この長命のせいで、長く幽閉されていた過去がある、その当時は知らなかったが、今は、だから、自由がわかる。こんなことに、おまえが惑わされる必要はないと、そう思うくらいに」


 アノイは、アルカナたちのように感情を押しつけまいとしていたのではなく、純粋にトランテを心配していただけのようだった。今回のことで、トランテが抱える心労が本来なら魔導師には降りかからないものだから、複雑なのだろう。もしかしたらアノイも、トランテのように困っているのかもしれない。いや、師団長ロルガルーンも「困る」と言っていたのだ。体験することがないことだから、その対処方法がわからないのかもしれない。


「悪くない話だって、師団長は言ったんだ」

「ああ、そうは思う」

「けど、よくもない」

「意味のないことだから」

「ああ、おれは魔導師だ。でも……今はそれを置いて、ただの人間として、考えないといけない。ルムが、アルカナが、苦しみ続けるから」


 向き合わなければならない、ただの現実問題だ。そう言えば、アノイは面白くなさそうにする。


「本来なら、そのことにすら、おまえは無関心でいい」

「でも、そうは言ってらんねぇだろ。マリアンはルムにとって恩人で、アルカナにとってはルムを通してできた大切な友人で……マリアンの死が、ルムを国から追いやることに、なっちまったんだから」

「そうだと、しても」

「仕方ねえって、ばあさまもわかるだろ」

「わたしはおまえの自由を優先する。けっきょく、朧月は、おまえに感情を押しつけた」

「そうなるかもしれねぇが……いいさ、だってルムは、おれの家族なんだ。好きなんだ。アルカナも好きだ。マリオンも好きだ。カウベリタの人たちも、ほかの魔導師も、みんな、好きなんだよ」


 この世界を与えてくれたすべてに、いとしさを思う。


「……おまえは、魔導師らしくない」

「ついに言われちまったな」

「だが、魔導師だ。そのいとしさは、紛れもない、魔導師だ」


 アノイも、好きだ、と言う。

 この国の人々が、女王が、魔導師が、大地が、世界が、好きだとアノイは苦笑する。

 同じなのだ。

 魔導師は、やはりみんな、ただの人間でしかない。特別な力に恵まれていたとしても、特別な存在ではない。いや、この世に生を受けたすべてが特別なのだから、飛び抜けた存在というわけではないのだ。


「ばあさま」

「ん?」

「件の相手に逢った」

「……オルベニア家の?」

「いや、アズール」

「アズール……侯爵の姫か」

「知ってる?」

「すらりと背の高い、珍しい黒髪の姫だろう? 遠目から見かけたことはある。彼女がそうなのか」

「おれさ、笑ったらいいのにって、思ったんだ」


 脳裏に、あの美しい黒髪の姫を思い出し、ふと口許を緩める。たった一度、数十分ばかり会話しただけなのに、鮮明に思い出せる自分が不思議だった。


「綺麗だったなぁ……笑ったらもっと可愛いだろうって思う」

「……灯火、おまえ」

「緊張してたんだと思うんだ。日傘を握りしめる細い指が、ちょっと震えてた。あの深紅の礼装は彼女にとっての戦闘服かな。強烈に似合ってて、もっとちゃんと、見とけばよかったよ」


 混乱気味で、きちんと彼女と向き合えなかったのが、惜しい。今になってそう思う。もっとよく彼女を見て、話を聞いて、その場で考えればよかった。三日後に逢う約束をしていなかったら、後悔していたかもしれない。


「いいのか、灯火」

「よくはねぇが悪くもねぇ話なんだ。聞くだけならなんともないし、それに、望まれたんだ」

「望まれた……とは」

「彼女に。おれがいいって、言うんだ」


 異性に、異性として求められることは、トランテにはよくある。魔導師というところに食いついてくる者や、単にトランテの人柄に惹かれてくる者、黙っておとなしくしていれば貴公子然としているその姿になど、それぞれ理由はさまざまではあるが、口説かれた経験は魔導師としては異例なほど多い。


「応える気があるのか」

「とりあえず。ただ、ああまで直球に望まれたのは初めてだから、ただの興味かもしれないけどねえ」


 今までにない経験を、彼女にはさせてもらった。そのことがトランテを今、揺らしているものだろう。もちろん、母の死の原因たる父ロムロスのことは、彼女とのこととは別にして、これは逢って話をしてから決めるつもりだ。彼女のことはともかく、オルベニア家のことに関しては、メリルムーアやアルカナのためにも迷いや躊躇いを持つつもりはない。


「……すべては、灯火、おまえが決めること。けれど、忘れないで欲しい。わたしは、これ以上おまえの自由を奪われたくないと、思う」


 アルカナと似たようなことを言うアノイに、トランテは肩を竦めて苦笑する。


「楽土のばあさまは、魔導師の象徴みたいなもんだよな。本当に、誰よりも、同胞に甘くて優しい」

「……みんな、わが子だ。可愛い」


 アルカナやメリルムーアのように、こうして心配してくれる人がいるというのは、なんだか擽ったい。これは旅をしていた頃には得られなかったものだ。

 同胞、仲間、というのは、いるだけで随分と救われるのだなと、トランテは改めて実感した。







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