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04 : だいじな気持ち。2





 魔導師団棟の食堂は、昔は専任の料理師がいたのだが、魔導師の食生活があまりにも不規則なのと、一般人には魔導師の力が恐ろしかったのと、まあいろいろとあって今は形ばかりの食堂だ。面倒看のいい、例えばアルカナであったりトランテであったり、料理好きの魔導師が厨房に立たない限り、その機能が働かない。

 トランテが食堂に足を踏み入れると、時間もあって、食べものを探す魔導師の姿があった。専任の調理師はいないが、自炊をする魔導師のために食糧は届けられているのだ。


「ああ、灯火だ! いいところに!」

「はいはい、今作ってやるよ」

「助かるぅ!」


 いくら自炊できるとはいえ、料理師のような魔導師がいれば、誰もがその魔導師に頼る。アルカナが王都に在中していた頃、姿を見かけられれば厨房に引っ張られていったように、同じくトランテも引っ張り込まれた。

 最初にトランテにたかってきた魔導師のために調理を開始すれば、案の定、師団棟内にいたらしいほかの魔導師も匂いにつられて食堂に姿を見せた。


「灯火がいる! 灯火、わたしにも!」

「へいへい、すぐできるから待っててくれや」


 そう数は多くいない魔導師だが、匂いに釣られてぽつりぽつりと現われる魔導師は、それなりにいる。トランテが厨房にいると聞いてやってくる武官もいれば、文官たちもちゃっかりお邪魔していたり、あっというまに食堂は人で溢れ返った。


「今日は多いなぁ……」


 頭をからっぽにして一つのことに集中するには、トランテには料理している時間が最適だ。しかし、久しぶりにトランテが食堂の厨房に立ったせいか、気づけば考えごとがそっちのけだ。食糧を使い果たす勢いで料理を作っていくが、いつのまにか、作った端からすぐに消えていく状態になっている。

 自分が作ったものを「美味しい」と言いながら食べてくれるだけでなく、いると聞いてわざわざ足を運んでくれるわけだから、ひとりで料理するのはなかなかにしんどいが楽しいし嬉しい。


 黙々と料理をし、漸く人が疎らになり、時間帯的にも落ち着いてくると、よく見知った魔導師たちが厨房を覗いていた。さてそろそろ食器を洗うか、と思っていた矢先に見つけた顔だったので、少しだけ驚く。


「なんだ、いたのかよ」

「久しいな、灯火」


 ゆったりとした動作で淡く笑んだのは、背の高さと姿勢の綺麗さが特徴的で、常に喪に服した官服を着用している水萍の魔導師マルだ。その隣に、無表情だがじっと、残り少なくなった野菜炒めを見つめた、こちらも高い背が特徴的で、白い髪と森色の瞳がよく目立つ堅氷の魔導師カヤがいた。


「……食うか、堅氷?」

「ああ」


 久しぶりとか、元気だったかとか、そういう挨拶もなく、カヤはとにかく腹を満たしたいらしい。


「水萍はどうする?」

「ああ、うん、カヤに捕まっただけだが……もらおうかな」


 マルのほうは、カヤに捕まっただけで食事のために訪れたわけではないらしい。しかし、要らない、と答えられない程度には、やはり腹を空かしているようだ。

 トランテはふたりに笑い、手早くふたり分の食事を用意してやった。ちょうどカヤとマルが最後であったようで、ふたりが食事を始めると賑やかだった食堂も静かになる。


「王都に来ていたんだな、灯火」

「午前中にな。師団長にちっと呼ばれて」

「ああ……もしかして、オルベニア家のあれか?」

「水萍は知ってるか、やっぱり」


 トランテにとって、マルのほうは、同期のような存在の魔導師だ。同じくらいの時期に魔導師と名乗るようになっただけでなく、実は年齢も同じなので、その縁で、友人らしい友人と呼べる魔導師だ。マルのほうはどう思っているかわからないが、少なくとも同じように友人だと思ってもらえているようで、顔を合わせれば食事を共にし、談笑し、ときに魔導力について論議する。

 一方、カヤのほうは、これは人見知りが激しいというか、なにを考えて行動しているのか不明な魔導師なので、とくに仲が良いわけではなく、かといって仲が悪いわけでもない。顔を合わせれば先輩であるトランテのほうから食事に誘って、その誘いを断られたことがない程度には気心は知れている後輩魔導師だ。いつだったか、バカみたいに魔導力に溢れたカヤが作り出した守護石という装置の最終実験に、アルカナを通して協力させてもらったこともある。あのときは、魔導師が本当の意味で自分の仲間であり、同胞だと感じだ。


「面倒なことにならないといいが……古参の貴族は厄介だからな」


 マルの分まで料理を奪って黙々と食すカヤには呆れたが、気にした様子のないマルは気遣わしげにトランテを窺い、心配までしてくれる。


「オルベニアって、けっこう古いのか?」

「上位貴族だ。表立ったことはないが、その古さでは建国以来を誇るな」

「そんなに……てことは、思った以上に面倒かも」


 食器を洗いながらため息をつけば、マルも同じように苦笑する。自身も古さを誇るルーク公爵家の者であるから、なんとなく想像がつくのだろう。


「わたしにできることがあれば、なんでも言ってくれ」

「そう言われると、ほんと、ぜんぶ頼りたくなるわ。てか、任せたくなる」

「ぜんぶはさすがに無理だな」

「なあ、水萍が拾ってきた話、冗談とかじゃねぇの?」

「わたしもすべて聞いたわけではないが、そういう話になっているとラティ伯母上が……ね」

「大御所がそう言ってんじゃあ、まっさらな嘘ではねぇわなぁ……」


 脚色はあっても否定できる部分は少ないだろう、というマルの判断には、トランテも賛成だ。


「さてなぁ……」


 料理に集中することでいくらか冷静になった頭で、それでもどうしようかと考え込んでしまうのは仕方ないだろう。今までこんなことに振り回されたことはないし、振り回されるだろうとも思っていなかったのだ。


「おれって、ほんとにオルベニア家と縁があんのかねえ」

「それは……申し訳ないが、保証しよう」

「は?」

「似ている」

「? なにが」

「きみと、ロムロス・オルベニアどのが」


 本当に申し訳なさそうな顔をしているマルに、思わずトランテも呆けてしまう。決定的というべきものを、それまで聞かされていなかったからだ。そもそも、最初に確認すべきそのことを、すっかり忘れていた。


「……似てんのか、おれ」

「瞳の色は違うが、造形は全体的に似ている」

「……よく今までバレなかったな、おれ」

「彼があまり表に出てこないから、周りは未だ気づいてないだろう。オルベニア家は当主たるロムロスどのより、その弟のロマエルどののほうが有名だからね。ロムロスどのとロマエルどのは似ていないから」


 どうやら父親らしいロムロス・オルベニアは、その弟のロマエル・オルベニアと異母兄弟であるらしく、容姿どころか性格までもまったく似ていないらしい。しかしトランテは、その気性は別として、全体的にロムロスに似ているとマルは言う。


「雰囲気が、とくに」

「雰囲気?」

「こう言ってはなんだが……きみは喋ると残念だ」

「よく言われんな、それ。黙ってりゃいいとか、動かなけりゃいいとか」

「すまない」

「謝るなよ。言われ慣れてるから平気だ」


 自分ではよくわからないが、トランテは、周りからすれば貴公子然としているらしく、ただ黙って動かずにいれば、雰囲気の柔らかさが人を魅了するらしい。喋ったり、動いたりするとそれが一気に壊されるため、残念だとよく言われるのだが、それがトランテをトランテとならしめて近づき易くしているようなのだ。


「ロムロスどのは、きみが喋らず静かにしているときの、そのままのお方だ」

「それって、似てるって言うのか?」

「きみが口を閉じでおとなしくしていれば」


 父親の容姿を聞くのは初めてだ。アルカナもメリルムーアも、ロルガルーンですら、ロムロスの人柄それすら口にしなかった。だが、こうして改めて聞いても、やはり第三者的な感想しか思い浮かばない。


「水萍は、逢ったことがあるのか」

「きみと出逢う前から、顔見知りではある」

「じゃあ、おれと出逢ったときにはもしかして……」

「気づいてはいたが、誰も口にしなかったからね」

「なんだ……じゃあ、ぜんぶ知ってんだな」


 さすがに上位貴族出身のマルは、トランテが魔導師となるまでの経緯を知っていたようだ。今日まで黙っていたのは、それこそマル自身も魔導師であるから、とくに気にしていなかっただけだろう。


「いや、ロムロスどのと面識があるわたしが珍しいだろう。それくらい、ロムロスどのは表に顔を出さない。ロマエルどのが当主だと思われているくらいだ」

「へ? え、いいのか、それで」

「ロムロスどのが否定しないからな……それくらい、静かなお方なんだ」

「静かすぎだろ、それ。頼りねぇなぁ」

「すまない」

「おまえが謝るなよ」


 想像以上に、自分の父親という男は、実は優しい奴なのだろうか。母を死に至らしめた原因であり、メリルムーアやアルカナを初めとした者たちに少なからず憎まれるような奴だというから、あまりよい印象はなかったトランテだが、もしかしたらその認識は一方に偏り過ぎたものなのかもしれない。

 今さらだが、ロルガルーンが「よくはないが悪くもない」と表現した、その理由がわかった気がする。そして、メリルムーアとアルカナが今まで語らなかったのも、許せない気持ちを押しつけないためであったと同時に、知るべきことをきちんとすべて把握する必要があるだろうと、そう判断したゆえのことだったのだと改めて理解した。


「おれ、ずっと母親のほうに似てんのかと思ってたわ」

「そうなのか」

「ルムが……メリルムーアが、おれを母親と比較することが多かったからな。父親のことを引き合いに出したのは……剣を習い始めてちょっとした頃か。腕前は父親に譲られたか、ってさ」

「ああ……ロムロスどのは確かに、剣はそれほど上手くないな。公然と苦手だと言うくらいだ」

「そんなにか」

「実際にお目にかかる機会はなかったから、真偽のほどはわからないが」


 トランテは、母のこともよく知らないが、それ以上に父のことを知らない。今まで存在そのものがどうでもいい部類だったためか、聞いてみると新鮮だ。母のことも、メリルムーアやアルカナの口からぽろりとこぼれたときは、同じように新鮮な気持ちだった。

 これは、大事な気持ちだと言えるだろう。


「……水萍」

「ん?」

「話してくれて、助かった。ありがとうな」

「? 礼を言われるほどの話ではないと思うぞ」

「いやさ、考えてみたら、ルムもアルカナも、実はあんまり教えてくれなかったんだ。母親がどんな人だったかっていうのは聞かされたけど、父親のことはさっぱりで、師団長ですら口にしなかったもんだから」

「……もしかして、わたしは余計なことをしたか?」

「んなことねぇよ。助かったって言っただろ。たぶん、水萍から聞くべきことだったんだ。おれ、なんも知らねぇから」

「面倒なことを抱え込ませることになったわけでないなら、安心だが……」

「助かった。ほんと。知らなくちゃいけないことだったからな」

「……それなら、よかった」


 ニッと笑みを浮かべれば、安堵したようにマルも淡く笑む。


 話し込んでしまって、いつのまにかマルの食事はカヤにすべて食べられてしまっていたが、マルは気にした様子もなく、後片づけまで手伝ってくれてから食堂を出て行った。

 その去り際だ。


「困ったことになったら、水萍だけでなく、同胞を頼れ」


 会話に参加することもなかったカヤが、最後にそれだけ言って、食堂を出て行く。

 同胞には甘い、という魔導師のそれが、つくづく身に染みた瞬間だった。







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