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03 : だいじな気持ち。1





 王都に足を踏み入れてすぐ、正体不明の男たちに囲まれた。魔導師であることを周知させるための外套ではなく、一般的な旅行者を装った外套に身を包んでいたので、なにか不審な行動を見咎められたのかと少しだけ驚いた。

 けれども、違った。


「トランテ・ロアーナどのか」


 男たちはトランテに向かって、訊ねるわけでもなく断定的に問い、そしてトランテが答える前に、その腕を伸ばしてきた。


「なんだよ」


 伸ばされた腕をひらりと避ければ、トランテの身軽さに男たちが驚いた様子を見せる。だがそれはすぐに、険しい雰囲気へと変わった。男たちはトランテの動きで、本人であると確認したらしい。むしろその確認のために、無闇に腕を伸ばしてきたのだろう。


「灯火の魔導師トランテ・ロアーナどのとお見受けする」


 そう言うなり、三人いた男たちがトランテの前に跪いた。今度はトランテのほうがなにごとかと驚いてしまう。


「いや、だから、なんだよ?」

「わたしの名はホヅマ・ザガント。わがあるじ、ロムロス・オルベニアの命により、貴殿をお迎えに上がりました。どうかわれわれと共にお出で願いたい」


 どうやら、トランテの王都入りは監視されていたらしい。手の速いことだと思ったが、予想されなかったことではない。違う人物だと誤魔化してもいいが、それには残念なことに、トランテの容姿は魔導師として広くはないが知れてしまっている。白を切るには難しいとわかっていたので、ため息をつくと素直に肯定した。


「その前に、おれは師団長から呼び出されている。そちらを先に済ませないと、来てくれと頼まれても無理だ」


 こういうことをされる可能性があったと予測していたのなら、予めアルカナから話を聞いておいてよかったと思う。わけのわからないまま、連れて行かれることはない。


「その件、おそらくわがあるじに関係あることと思われます。であれば、優先させずともよいかと」

「任務だったらどうする気だ。おれは魔導師だぞ」

「確認済みです。現在、危機迫ったものはございません」


 用意周到なものだ。いかにしてトランテを誘導し連れて行くか、男たちもいろいろと策略を張り巡らせてきたのだろう。

 優しく断るには少し難しいか、と思ったときだった。


「そこでなにをしている、灯火。師団長に呼ばれて出向いたのではないのか」


 やや冷ややかな少女の声音が、トランテの前方から届いた。男たちに向けていた視線を上げれば、外見だけは少女に見える、楽土の魔導師アノイが剣呑そうな表情で立っていた。


「ああ、久しぶりだな、楽土のばあさま」

「挨拶はいい。師団長を待たせる気か」

「長く都合つかなくて遅くなったことは詫びる。けどなぁ、こいつらが行かせてくんねぇんだわ」

「……誰だ?」

「オルベニアの者だと」

「ああ……なに用か知らないが、灯火は師団長に呼ばれている。急務の可能性もある魔導師を無闇に引き留めるな。行くぞ、灯火」


 強引に、アノイは「来い」とトランテを促し、しかしそれはオルベニア家の当主をあるじと仰ぐ彼らの足止めにはなった。さすがに高位魔導師として王付きになっているアノイには、彼らも二の足を踏んだのだ。

 トランテはそそくさとアノイのほうへと駆け寄り、男たちの呼び声がかかる前にとその場を離れた。


「助かった、楽土のばあさま。いろいろと考えては来たんだけど、向こうもあれこれ策を考えてたみたいで」

「わかっている。だからわたしが来た。あれらのことは見張っていたからな」


 アノイもまた、事態の想定はしていたらしい。いや、師団長だろうか。動き出すであろうものをあらゆる方面から想定し、その対処方法としてアノイが出向くことで落ち着いたようだ。


「見張ってたってことは、実はけっこうなことになってたりすんのか?」

「ああ、おまえが考えているものよりは、な。とはいえ、表沙汰にできるものでもない。水面下でこそこそと動いている」

「おれ、いわば庶子にあたるわけだろ? 養子に迎えるっていう意味、わかんねぇんだが」

「朧月にどこまで聞いている」

「養子云々だな。あと、そこに繋がる細かい事情を少し」

「……そうか」


 アノイの反応から、彼女もまた、トランテが抱く感情を危惧していたと思われる。アノイもおそらく、アルカナと同じ気持ちの側にいるのだろう。その感情を押しつけないためか、アノイはそれ以上を語らない。


「師団長は執務室だ」


 王城の下段にある魔導師団棟に辿り着くと、アノイはあっさりと立ち去った。トランテを迎えに来ただけで、それ以上の命令もなければ、それ以上のことをする気もないらしい。

 徹底しているな、と思いながら、トランテは魔導師団長ロルガルーンの許へと向かった。


「おお、やっと来たか」


 扉を叩いて来訪を告げるとすぐに部屋に通され、初老のロルガルーンにやや疲れた顔つきで出迎えられる。トランテの来訪を待ち侘びていたかのようだ。


「お久しぶりです、師団長。とりあえず、アルカナ師匠から呼び出しの理由は聞いてきましたよ」

「わしから伝えるよりも、先に朧月から聞いたほうがよいと思ってな。まあそういうわけだから、どうするかと、相談じゃ」

「相談っすか」

「決めるのはおまえだからの。わしは、そういう話がきたがどうだ、としか訊けん」


 立場的なものもあろうが、直接的な関係者というわけではないロルガルーンは、トランテが旅をするきっかけとなった十数年前の件にも関与していない。その当時、ロルガルーンが師団長ではなかったというのが最大の理由で、そしてアルカナやメリルムーアのようにロアーナ家と親交があった、というわけでもないからだ。


「わしは事情を詳しく聞いたわけではない。ゆえに、判断を任されても困るのだ。ただな、はいそうですかと、流されて頷くことだけはできん。魔導師は国のため、万緑のために在るものだ。貴族の柵に振り回される必要はない」


 自身も貴族であるロルガルーンは、しかし魔導師であることに重きを置く。いや、魔導師となった者みなが、魔導師であることに誇りを持っている。そこに貴族であるとか平民であるとか、そんなものは関係ない。


「マリアンの……母親の死が、オルベニアに原因があると聞いたんですよ」


 トランテは少し俯き、アルカナに教えてもらったことを脳裏に思い出す。


「アルカナやルムは、許せないそうで」

「……そうであろうな」

「でもおれは、実を言うと、実感がないんですよね」

「うむ?」

「おれは、ルムと家族のようなものだと思いながら、旅してたんで。今さら、その時間をなかったことにはできないもんで」

「知らぬものを知っておるとは、言えんものな」

「まあ、そういうことです。だから、正直、おれも困ってます。どうしたらいいんですかね?」


 トランテは、魔導師になった。この国に落ち着くことになってから、魔導師になって、誇りを持つようになった。今さら貴族の仲間入りだなんて、そんなことに意味があるのかわからない。


「要は、おまえに恨みがあるか、ないか、だと思うがの」

「殺人はよくないですよ」

「……、そういうことではないがな」

「人ひとりの人生を奪ったなら、相応のものを支払うべきでしょ。それを背負ってんなら、養子云々は受けてもいいかなと思いますよ」

「悪くはない話だ、と言っておこうかの」

「悪くない?」

「そうじゃ。だが、よくもない。オルベニア家がおまえを養子に迎えたい理由は聞いたか?」

「いえ、まだ」

「実はな、わからん」

「へ?」


 ロルガルーンならばオルベニア家がトランテを養子に迎えたいと言い出したその理由を知っているだろうと、そう思って来たのだが、当てが外れた。


「だから、悪くはない話なんじゃ」

「どの辺りが、だから、なんですか」

「オルベニア家には後継者がおる。しかも順調に育っておってな、将来有望じゃ。心配など要らん。財政もな、もともとオルベニア家はよい領主として堅実ゆえ、安定しとるんだ。魔導師を迎え入れてそこそこの利は得られようが、さしたことにはならん。それにな、それこそロアーナの娘のことも、オルベニアは大切にしておったんじゃ」


 ロルガルーンのそれは、完全なる第三者としての言葉だった。


「母は、大切にされてたんですか」

「朧月はそう言わなかったか」

「深く話してくれなかったんで。まあ、聞こうともしませんでしたけど」


 実のところ、トランテは父のことはともかく、母のこともきちんと話を聞いていない。メリルムーアとアルカナの思い出話のようなものを聞きはしたが、そのほとんどが、トランテがメリルムーアと旅をするきっかけとなった話に関連しなかったのだ。


「朧月は、話したと、言うておったが?」

「ああ、だいたいは聞きましたよ。アルカナとルムの、なんていうか、父親に関係する話をすっぽり抜いた感じの」

「と、いうと……どう聞かされておるのだ?」

「直接的原因、ですかね。その当時のことは、夜盗に襲われて、戻れないくらい打撃受けて、間に合わなかった応援にあとを任せて、唯一無事だったルムが幼いおれだけを連れて逃げた、ていう大まかなことです」

「間違ってはおらんが、まあ、みごとに抜けておるな、確かに」


 五年前、アルカナが教えてくれたことは、なにか必要なものを意図的に省いているようだった。表情からあまり話したくないことなのだろうと感じて、掘り返したものを聞こうとしたことはない。トランテ自身も聞きたくなかったからかもしれないが、今思えば教えられたとき、わけのわからない負の感情が湧き上がってくることを本能的に避けていた。結果的に今になって詳細を知ることになったわけだが、おかげで冷静にいられる。真実を知るには、トランテには時間が必要だったというわけだ。


「アルカナから聞いたとき、間接的原因もあるんだなって思いましたけど、聞くに憚れるくらい悲痛そうだったんで……こりゃ聞かないほうがいいなと」

「うむ……おまえはなんというか、暢気だのう」

「そうですかね?」

「望んで旅をしとったわけでもあるまいに、気になるじゃろ」

「さっきも言いましたけど、おれ、ルムと旅した時間をなかったことにはできないんですよ。つらいこともまあありましたけど、概ね楽しかったんで」

「おまえの気性は柔らかいのう」


 トランテの冷静さを、ロルガルーンは感心したように笑う。まあ確かに、よく能天気だと言われるトランテだ。自分ではそう思えないのだが、人懐こさが回りにそう感じさせるらしい。


「そんなわけで、わからんのですよ。もしアルカナから最初にそれを聞いていたら、また違ったんでしょうけどね」

「おまえの正直なところは、養子の件を受けてもよいわけだな?」

「状況にもよりますよ、もちろん。繰り返しますけど、殺人はよくない。それが間接的であっても」

「母親の死をどう受け止めているのか、それがわかればよいわけか」

「価値観になるんですかね。人の生を奪うだけのなにが、そいつにはあるのか。いや、価値ってのは誰かが決めるもんでもなし、おれの主観になるわけですが」

「納得できるだけのものがあるのか、というところか」

「でないと、死んだ母が……マリアンがあまりにも可哀想です」


 うむうむ頷きながらトランテの言い分を聞いていたロルガルーンが、可哀想、という言葉に眉根を上げた。


「おまえは母親をどう思っておる?」

「残念ながら記憶がないんで、第三者的に、なんでそんな人生を歩まにゃならんかったかなと、思うくらいですか」

「……確かに、な」

「間接的な原因が父にあるとわかって、ああなるほど、と思える人生ですかね」

「言うておくが、痴情の縺れなどではないらしいぞ?」

「それはわかってますよ。マリアンは運が悪かった。いや、ロアーナ家は運が悪かった。おれの父が、オルベニア家の奴でなければよかったんですよ」

「そう言って片づけてしまうおまえも、おまえじゃな」


 ロルガルーンの呆れたような眼差しは、しかしトランテの意思を否定することはなかった。

 周りがどうあれ、トランテは、母の死を悲しむだけの材料がないのだ。殺されたと聞いても、ではその夜盗とやらに復讐する意味が、見いだせない。たとえばこれがメリルムーアであったなら、事情は変わるけれども。


「おまえの意志を聞いたところで、では本題に入ろうかの」

「え、今までのは本題でなかったんですか」

「相談じゃと言うただろ。おまえの意志は向こうに伝えておく。すでに接触を図ろうとしておるが、今後わしらは関知せんことにしよう。あとは、おまえの好きにするがいい。ただな、ここからが本題じゃ、水萍の魔導師が拾ってきた話がある」

「水萍っていうと……マル・ホロクロアですか」

「あれはルーク家の者でもあるからな、そこからの情報じゃ」


 今までのは前置きだ、とでも言うかのように、ロルガルーンは表情険しくトランテを見据える。雰囲気が変わったので、トランテも改めて気を引き締めるが、前置き部分との関連性はあるらしいと察しはついて、とくに怯まない。


「ルークっていうと、公爵家?」

「それくらいは知っておるか」

「さすがに知ってます。勢力図なんかはわかりませんけど」

「魔導師には関係ないからの」

「ええ。で、水萍がなんの話を拾ってきたんですか?」

「わしはさっき、オルベニアがおまえを養子に迎えるその理由がわからんと、言うたな」

「だから悪くはない話だと、はい」


 なんだろう、と首を傾げると、ロルガルーンは軽く息をつきながら座っていた椅子を半ば反転させ、背後の窓から空を見上げる。


「無意味なことなのだがな、おまえに婚姻を促そうとしておるようじゃ」

「……、は?」

「貴族とは、その繋がりのため、心の伴わぬ婚姻を交わす。わが国は自由を推奨しておるが、比較的、というだけで、少なくはない。政略的婚姻はある」


 少しだけ、いや、かなり、理解と解釈にトランテは時間を要した。沈黙は数秒か、数分か、短くはあっただろうが、続いていた会話が一度停止したほどだ。


「……灯火?」

「あ……ああ、はい。えぇと? オルベニアがおれを迎えんとしてんのは、婚姻させようと?」

「そうではないか、という憶測じゃな」

「魔導師のおれには、完全に無意味では?」


 怪訝に思ってそうロルガルーンに首を捻れば、トランテに視線を戻したロルガルーンの肩が落ちた。


「わしらの事情を知っておるのは、わしらだけじゃ。理解できるのもな」

「……ああ、魔導師がそういう生きものだって、知らんのですか」


 魔導師とは、関心の方向が万緑のため、与えられた力のため、許された心は最愛の伴侶にしか向けられない。そしてその伴侶は、たとえばアルカナにはメリルムーアしかいないように、たったひとりだ。出逢えばわかるというが、出逢えない確立がないくらいにはそれだけが魔導師に許されていて、魔導師である者にしかわからないものだ。

 魔導師にしか理解できないものを、魔導師でない者が理解することは、少ない。魔導師に好意を向けられて漸く、魔導師がそういう生きものだと理解する程度だ。広く知れ渡っているわけではない。


「おれを迎える理由があるとしたら、それだってことですね」

「じゃが、やはり理由はわからん。幸いなことにおまえにはまだ唯一がない、それを踏まえて、悪くはない話だということじゃ」

「悪くはないですが……微妙ですね。相手がよほどの大物なのか……」

「そちらは悪いが、情報がない。さすがの水萍も、拾えたのはその話だけじゃ」

「知ることができただけで充分ですよ。養子の件を受けるかどうか、その判断材料にはなります」

「して、どうする?」

「師団長は、判断をおれに委ねてくださるんですよね?」

「オルベニア家に悪意が少しでもあれば、おまえに話を持ちかける前に握り潰しとるわい」

「かといって善意があるわけでもない……困ったな」


 魔導師の事情を知らない者に、魔導師の事情を押しつけるのは簡単だ。しかし、そこは相手が貴族でなければ、という前提がある。ある程度は魔導師のことを知っている貴族が、それでも話を持ちかけてくることはよくあることだ。魔導師を身内に持つことで有益なものに繋がればと、そう考えなくもないのが貴族である。


「時間に猶予はあるつもりだが、向こうがすでにおまえに接触を図ってきたことを考えると、躊躇しておれんかもしれんの」

「おれがいろいろと事情を知る前に、と考えてのことでしょうね。けど、知らないなんてなんで決めつけたんだか……七年も経ってんのに」

「おまえが訪ねてこんから、知らぬと踏んだのかもしれんな」

「まあ知りませんでしたけど。興味もありませんでしたけど」


 魔導師になったことで、いろいろなものを放棄した気がしなくもない。考えなくていいことは、煩わされないために、思考することを止めた。魔導師になるということは、それくらい、トランテに集中力を要したわけだ。


「おまえの好きにすればいい、とわしは言うたが、朧月のことを少しは憂慮してやれ。楽土もな、関わっていただけに、複雑らしいからの」

「うーん……楽土のばあさまと、ちょっと話してみます」

「そうするといい」


 話はそれで終わりだ、とロルガルーンが言うので、アルカナに渡す書類を封筒に入れて預かったあと、トランテはロルガルーンの執務室をあとにした。


 時間が経つのは早いもので、廊下の窓から窺える太陽は中天を少し過ぎている。ちょうど昼食時だ。


「さて……」


 アノイと話をする前に、少し頭の整理をしたほうがいいかもしれない。ロルガルーンの話は冷静に聞いていたつもりだが、さすがに情報がごちゃごちゃしている。オルベニア家のことについて、母親のことについて、父親のことについて、アルカナやメリルムーアの想いについて、一つ一つまとめなければ、自分がどうすればいいかも想像つかない。今まで放棄していたそのツケが、今に回ってきたというところだろうか。

 トランテは踵を返し、魔導師団棟の食堂へと足を向けた。

 考えをまとめるには、この時間は都合がいい。








未だヒロイン出せなくてスミマセン……あと少し、あと少しです。


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