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16 : つながりを。追記。

*アルカナ視点です。





 わたしの弟子はなんとも人当たりがよくて、そのくせ魔導師らしい。

 常からそう思っていたアルカナは、弟子たるトランテが、過去の経験から人との繋がりが切れることになんの躊躇いもないことを、少なからず心配していた。もともと魔導師とは人外のような存在だが、トランテの場合はそれが極端なのだ。アルカナは自身でも異様だと思うほどに魔導師にしては人懐こい性格をしているが、トランテはそのさらに上を行く人懐こい性格をしていて、けれどもアルカナのように人が好きなわけではなかった。

 そんなトランテを、トランテの人格形成を養う一役を担ったメリルムーアも心配し、だが自身の性格的なものもあって静観している。メリルムーアのように静観できないアルカナはなにくれとなくトランテに人の存在を教えてきたつもりだが、正直これが伝わっていたとは言い難い。


「……繋ぎ止められた、ようだな」


 窓辺に寄りかかり、外でやいの騒ぐ弟子とその仲間の魔導師ロザヴィン、ふたりに挟まれて困惑気味の侯爵令嬢を眺めていたら、そっと隠れていた楽土の魔導師アノイがそう口を開いた。

 弟子が婚約者の侯爵令嬢に心を奪われ、その告白をアルカナは偶然目撃していたわけだが、そこにはロザヴィンと一緒にアノイもいたのだ。ロザヴィンは水萍の魔導師マルを捜しに、アノイもマルを捜していたので同行していたため、居合わせたのは偶然に過ぎない。だが、ロザヴィンはともかく、アノイは偶然を装っていただけかもしれなかった。


「気にしていてくれたのですか、アノイさま」


 トランテとルルフェルの前にロザヴィンは迷いなく出て行ったが、アノイは姿を見せることなく、今も隠れるようにそっと身を潜ませ、騒いでいるトランテたちを見守っている。トランテに姿を見せない時点で、本当は様子を窺いに来たというのは一目瞭然だ。


「思い悩んでいる、様子だったから」

「ああ、オルベニア家のことですか? そうですねえ……わたしとしては、関わるな、と言いたいところですが、こればかりはわたしも他者を受け入れない頑固な思いがあるので、それをランに押しつけることはできませんからね」

「灯火に、すべて話したのか?」

「事実は、ええ、概ね。ただ、父親に関しては省いて」

「……あれから、十年以上経つ。おまえも、かなり頭が固い」

「そうは言いますが、あれを許せと言われて、許せるわたしではありませんよ。わたしはルムを奪われた身ですからね」


 思い起こされるのは十年も昔のことだが、つい昨日のことのようにアルカナには思い出される。そのたび、ひどく胸が痛み、世界に絶望したくなるほどの悲しみと苦しみを味わうのだ。それこそ、メリルムーアがそばにいてくれなければ、アルカナのほうが壊れていたかもしれない。


「そう、だな……おまえの悲しみも、相当なものだった」

「ですから、ルムを見つけてランを保護してくださったアノイさまには、感謝していますよ。わたしは『あちら側』へ渡らずに済みました。一度は発動しかけた戒めの鎖も、今ではすっかり落ち着いています」


 にこ、と微笑みかければ、視線が低い位置で成長が止まっているアノイに、下からじっと見つめられる。


「……灯火も、おまえも、だいじょうぶだ」

「わたしはともかく……まあ、ランは、そうですね。ですが、『あちら側』へ渡る確率としては、わたしよりもランのほうが危険度は高いです。ルルフェル嬢が繋ぎ止めてくれるとは思いますが、まだ不安はありますよ」


 談笑している弟子たちを見やると、アノイもそちらに視線を写し、「そうだな」と小さく呟いた。


「悪い経験をしたわけではないが、灯火は、だから、危うい。あの娘がどこまで灯火を繋ぎ止められるか……」

「ルルフェル嬢には話しておいたほうがいいかもしれませんね……そのためには大魔導師のことも話さなければなりませんが、そちらの弟子は了承しますか?」

「わたしが気づいていたとは、あの子は知らない」

「おや」

「口外しないよう、約束してくれればいい」

「……わかりました。そのように、させていただきます」


 恭しくアノイに頭を垂れると、視線がアルカナに戻ってくる。あまり表情に変化のないアノイだが、些か不服そうだ。


「その態度……どうにかならないか」

「と、言われましても……いくら外見がそうでも、アノイさまは大先輩ですからね。あなたがこうしてここにおられる経緯も、わたしは知っていますし」

「……旭影のように避けられるのもいやだが、おまえのように畏まられるのも、いやなものだ。若い世代はそれがなくていい」

「いやですねえ、わたしもまだまだ若いつもりですよ」

「わたしもそのつもりだ、と言ったら?」

「あは、アノイさまも可愛いですねえ」

「……まあ、年寄りであることは否定しない」


 肩を竦めたアノイは、来たときはロザヴィンと一緒であったが、単身で帰るつもりらしい。アルカナに背を向けると、転移門がある部屋のほうへと歩いて行く。見送るため、アルカナもその背に続いた。


「アノイさま」

「うん?」

「ありがとうございます」

「……礼を言われる筋合いはない」

「わたしはあなたに助けられてばかりです。いくら言っても、足りないくらいですよ」


 言葉では言い尽くせないほどの感謝を、アノイも内心ではわかってくれているだろう。一度は壊れかけたアルカナを説得し、理解させ、待ち続けさせるだけのことを、アノイはしてくれた。この気持ちは死ぬまで、いや死んでも忘れない。自分のことだけでもそうなのに、弟子のことまで気にして力になってくれようとするアノイには、つくづく頭が上がらないアルカナだ。


「おまえたちが幸せになってくれるなら、それでいい」

「ええ、幸せですよ、今は」


 誰よりも魔導師らしく魔導師を愛するアノイを、アルカナは心から敬服する。


「……アルカナ」

「はい、なんでしょう」

「謝っておきたいことがある」

「アノイさまが、わたしにですか?」


 転移門がある部屋の前で立ち止まったアノイは、アルカナに振り返ることなく俯く。


「メリルムーアを……すまなかった」


 その背が語る謝罪に、アルカナはただ静かに、首を傾げる。


「なぜ、アノイさまがそれを謝られるのですか?」

「奪われるおまえの気持ちを裏切ったと……思う」

「……そんなことありませんよ」


 アノイには感謝でいっぱいで、それ以外の気持ちが湧かないアルカナにとって、アノイの謝罪は無意味だ。アノイが、あのときのことを謝っているのならなおさら、むしろアノイがいてくれたから今こうしてここにいられるアルカナである。


「あなたが、いつか必ずルムを見つけ出すと約束してくれたから、わたしは留まることができたのです。そしてあなたは、その約束を果たしてくれました。それだけでなく、ああしてランのことまで……先ほども言いましたが、感謝していますよ。わたしには、充分です。謝罪など要りません」


 謝られたくない、と言えば、アノイはゆっくりとアルカナを振り向き、静かな眼差しで見上げてくる。


「謝っておきたい、わたしのその気持ちもわかってくれないか」

「……受け取りませんよ?」


 くすり、と笑って肩を竦めると、アノイは緩く首を横に振った。


「わたしの気持ちの問題だ。好きにすればいい」

「……わかりました」


 アノイがどんな気持ちであったか、どんな気持ちでいるか、アルカナにはわからない。ただ、アノイも気持ちの整理をつけたかったのだと思う。当事者ではなくとも関係者であったアノイこそ、もっとも残酷な立場にあっただろうと今なら察することができるから、謝罪は受け取らなくてもただ聞くだけでいい。その気持ちを、知っておくだけでもアノイには必要なのだ。


「気に病まないでくださいね、アノイさま」

「……幸せになってくれ。わたしは、ただそれを願う」


 目を瞑り、祈るように願いを口にするアノイに、アルカナも「はい」と返事をして微笑んだ。







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