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15 : つながりを。





「そこからわたくし、ずっとあなたを目で追いかけておりましたの」


 ルルフェルの告白に、そういえば数年前、王都での守護石実験の際、実験が成功して気分よく帰路についたというのに、性質の悪い掏りを目の前で目撃してしまったせいで、正義感の強い雷雲の魔導師がぶち切れてしまったことがあると、思い出した。そのとき、少女に怪我を負わせてしまったことも、併せて思い出した。


「……あれがきみか」

「憶えておられましたの?」

「人に怪我をさせてしまった、というのは」


 ぶち切れた雷雲の魔導師のことでいろいろと振り回され、実を言うと詳しく憶えていない。それこそ、怪我を負わせてしまった少女の顔も憶えていない。あれがルルフェルだったらしい。


「悪い、あんま憶えてねえ。けど……そうか、それならおれがわかるよな」


 あまり憶えていないことを謝ったが、ルルフェルはふっと、その無表情に柔らかな笑みを浮かべ、「よいのです」と肩を竦めた。


「魔導師とは、そういう方々であると、わかっております。見ているものが違うのですから、当然でしょう」


 ルルフェルがトランテを知るきっかけとなった話を聞けば、ルルフェルが魔導師のことをどう理解し解釈しているかがわかる。試すようなことをしなくても、ルルフェルは魔導師を、そしてトランテを知っていた。

 悪いことをしたな、と瞬間的に思ったが、ルルフェルからきっかけの話を聞かなければわからなかったことだ。もっと早くに話してもらえていれば、今より素直になれていただろう。だがそれも、その機会をトランテが用意していなかったのだから仕方ない。無駄なことをしたかもしれないが、必要なことだったと思えば気持ちも落ち着く。


「魔導師のこと、けっこう調べたんだな」

「国を護ってくださる方々ですし、わがアズール家にも魔導師であった方がおりましたから、興味はありましたの。それでも、その興味の範囲でしか、わたくしなどにはわかりませんでしたわ」

「いや、充分だよ。大体の人は、調べようとも思わないからな」


 ルルフェルが興味を持ったこと自体、珍しいかもしれないが、家系に魔導師がいたのならわかる。侯爵家の生まれでありながら、貴族でもないトランテに婚姻の話を持ちかけてきたのも、家系に魔導師の存在があったから許されたのだろう。そうでもなければ、とくに利益もない魔導師との婚姻は、貴族には無意味だ。

 しかしそれでも、多少は、首を傾げたい。


「本当におれでいいのか?」


 トランテは、辿れば父も母も貴族ではあるが、ふたりは婚姻を結んでおらず、母の生家のロアーナ家の名をいただいていても、今や存在しないロアーナ家は貴族ではない。ロアーナ家を再興することになれば貴族の仲間入りとなるだろうが、トランテにその意志はなく、物心ついた頃からメリルムーアと旅をしていたため、貴族のなんたるかも持ち合わせていない。そんなトランテに嫁ぐとなれば、侯爵家に生まれた生粋の貴族であるルルフェルが苦労するのは目に見えていた。


「おれは、血筋はまあ貴族らしいが、このとおり魔導師で、平民だ。きみにとってはなんの得にもならないと思うが」

「そんなことはよいのです。わたくしが、あなたがよいと、そう思うだけなのです」


 呆気に取られるほど純粋な気持ちだった。

 そういえば、旭影の魔導師グラスコードが、おまえの想いだけでなく同じ想いを相手も持っている、とかなんとか言っていたが、ルルフェルはそれかもしれない。むしろルルフェルのほうが、トランテよりも気持ちが強い。いいのだろうか、と少し疑問になるも、悪い気はしないトランテだ。想われるというのはとても気持ちがいい。


「そうか……おれでいいのか」

「あなたさまは?」

「ん?」

「ランさまは、やはりわたくしでは、いけませんか?」

「きみがいいよ」


 問われて即答しておいて、ちょっと恥ずかしくなる。いや、いいのだが、ぽろっと本音がこぼれるほど真剣な気持ちが自分に芽生えていたとは、吃驚だ。確かにルルフェルとのことは真剣に考えるつもりで、そのために「おつき合い」をしようとは言ったが、今はもうトランテのなかにはルルフェル以外に考えられない想いで満たされている。

 不思議だ。

 出逢って言葉を交わすようになって、まだそんなに時間は経っていないというのに。

 気づいたときにはそうなっているという、アルカナのそれの通りだ。


「……魔導師って単純じゃねぇか」


 そんなに難しい生きものではないと思い知った。


「……ランさま」

「ん?」

「では、その……先ほどの、あれを……」

「さっきの?」

「も、もう一度、と乞うても?」


 頬に朱を走らせ俯いたルルフェルに、なんにことかと惚けそうになったが、衝動的に自分がやったことをしっかりと思い出し、ふっとトランテは笑った。

 ルルフェルの、握った拳がふるふると震えていた。その手を取り、頬にも手を添えると、先ほどは唇であったが、額に唇を落とした。

 ボッと、音がしそうなほどさらに赤くなったルルフェルは、口づけを交わしたときよりも恥ずかしかったようだ。それが可愛らしくて、いとおしく感じて、やはり衝動的にルルフェルを腕のなかに仕舞い込む。


「もう、あれだな、明日にでも陛下に許可をもらいに行くか」


 ルルフェル以外にはもう誰も考えられない。そんな自分に驚きながら、それでもいいと思う。

 震える手のひらでトランテにしがみつくルルフェルは、可愛い。

 ただ、問題はまだ一つ、残っている。

 早急に、オルベニア家の、父のことに片をつける必要があるだろう。


「さて……どうすっかな」


 なにも考えていないわけではないが、ルルフェルのほうに気持ちが傾いていたので、なにも手段を講じてない。そちらの気持ちの整理もつけていない。一つ言えるのは、やはり養子入りというあの話は、受けるべきものではないということだけだ。ルルフェルとのこれからに、オルベニア家のそれは必要ない。あって損はないだろうが、必要でもないのだから、断るべき話だろう。


「ら、ランさま」

「ん、なんだ?」

「あの……そろそろ、腕、を」

「ああ、いいだろ、べつに。人の目があるわけでもねぇし」

「いえ、その……」


 もぞもぞとトランテの腕のなかで動いたルルフェルに、人の目もないのだからと思ったが、そういえばどこからともなく視線を今さら感じる。首を傾げながら周りを見渡して、駐屯所の建物にその目を発見した。


「……なにしてんだ、アルカナ」


 にやにやとした師匠アルカナが、一階の開け放した窓からこちらを観察していた。


「わたしのほかにもいるとも」

「は?」


 アルカナの隣に、のそりと人影ができる。自ら出てきたというより、アルカナに引っ張られて現われたのは、可愛い後輩魔導師だ。


「わ、わざとじゃねえからな、偶然だからな」


 雷雲の魔導師ロザヴィンだ。久しぶりである。


「なんでいるんだ、雷雲」

「水萍が! この、近くにいるっていうから……」


 マルに用事があったらしい。それこそそういえば、マルは嵐を散らした報告にこの街に戻ってきていた。トランテとは敷地の出入り口で別れたが、振り返って見るとその姿は消えている。報告はトランテが聞いたようなものであるから、早々に立ち去ったのだろう。


「もう行ったぞ」


 と、ロザヴィンに教えれば、悔しそうに舌打ちしていた。


「くそ、また逃げられた」


 逃げられるようなことをしたらしい。


「それよりもランや、わたしになにか言うことはないかい?」


 話題を逸らすように、アルカナがにんまりと笑ったまま問いかけてくる。どうやら、ルルフェルとのことを報告してもらいたいらしい。

 ふっと、トランテは笑った。


「見つけたよ、おれも。アルカナにとって、ルムみたいなひと」


 そう報告すれば、アルカナはさらに嬉しそうに笑みを深めた。


「おまえも魔導師だねえ」

「もとから魔導師だよ」

「いやいや、魔導師はそこから始まるんだよ」


 まるで今が魔導師としての始まりであるかのように言われたが、考えてみればそうかもしれない。ルルフェルと、ルルフェルとのこれからを護るために、トランテは考え始めている。


「そう、か……こうやって人との関わりを、繋がりを、続けていくのか」


 魔導師が魔導師であるために、魔導師が人で在り続けるために、唯一の人が魔導師を人の世界に留めるのかもしれない。







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