00 : 世界を漂流する旅が終わった。
はじめましての方も、そうでない方も、こんにちは。
魔導師シリーズ新作となります。
ストックが少ないので、ゆっくり更新になりますが、楽しんでいただけたら幸いです。
トランテは女武人と旅をしていた。気づいたときにはそうだったから、いつから女武人と旅をしているかなんて、憶えちゃいない。
トランテは女武人と旅をしながら、世界を漂流していた。
「なにをしているの、トランテ」
「あ、ごめん。雲が、面白い形だったから」
「……行くよ」
「うん」
女武人は、武人らしく行商人から護衛の依頼を請け、その道中の安全を確保しながら前に進んだ。それは、目的はなくとも旅だ。いや、目的はあったのかもしれないが、一つの依頼が完遂されればすぐに次の護衛依頼を請けてまた次の地へと流れていたから、稼ぎのほとんどはその護衛業で、目的があってもなくても変わらなかった。
女武人と旅をしているからには、トランテも必然的に女武人の技を教えられることになって、自分のことが自分でどうにかなってくる頃には武器に身体を合わせることから覚えた。女武人の武器は片刃の双剣だから、トランテも片刃の双剣だ。
女武人に教えられるそれなりに剣は楽しかった。才能はなくても、思いっきり身体を動かすのは気分がいいし、なにより剣を教えてくれる女武人が常に仏頂面のくせして楽しそうで、喜ばせることができるというのがトランテにはなにより嬉しかった。
「ラン、火を」
「もう? 早くない?」
「早くない。さっさと火を熾して」
「はいはい」
「返事は一回、簡潔に」
「はーい」
「ラン」
女武人はよい師であり、またトランテにとってよい親だった。
共に旅をしていたが血の繋がりはない、奇妙と言えば奇妙な関係だっただろう。けれども、トランテと女武人の間に家族のような絆があったのは確かだ。いや、そうでもなければ共に旅などしていない。女武人にとってトランテは旅路の荷物でしかなく、一丁前にトランテが双剣を揮っても役に立てた例がないのだ。女武人の荷物である自分がずっと疎ましかったから、扱えるようになってからはいくらか気持ちが落ち着いた。
「剣の腕は父親に似たようだけれど……その容量のよさは母親譲りだね」
トランテは少しずつ女武人に双剣を教えられていたが、これがやはりというか当然というか非常に残念な方向へ行き、女武人の隣で剣を揮えても実はあまり役に立たない。それでも自身を護れる程度には双剣を扱えたし、盗賊に襲われてもどうにかできるくらいの腕には育った。ほんの少しでも、女武人の役には立っていたと思う。
ちなみに女武人は、一気に十人を相手にしても問題ないくらい、とにかくバカみたいに強い武人だ。
ただ、トランテは不思議な力を持っていたけれども、女武人はそんな力を持っていなくて、この力の使い方を教えて欲しいと頼んだとき「わたしには無理だ」と正直に断られてしまって、女武人にもできないことがあることを知って唖然とした。
女武人はトランテに不思議な力があることは知っていたようで、それの使い方は教えられないからと、一冊の本をトランテに与えた。それがどれくらい高価なものであるかはわからないが、双剣の扱いを教えられてまもなくのことであったから、もしかしたら女武人はトランテの母親という存在からその本を預かっていたのかもしれない。トランテが自力でどうにか不思議な力と向き合えたのも、そのたった一冊の本によるものだったから、かなりのものだと思う。
そんなこんなで、トランテの出自はいろいろと不明だったが、女武人と血縁にはないらしいと知っていた。
だがそれでも、トランテと女武人の間にある家族のような絆は、血の繋がりなんて関係なかった。
「ラン」
トランテは女武人にそう呼ばれ、
「ルム」
トランテは女武人をそう呼びながら、護衛業で稼ぎながら宛てのない旅をしていた。
そうして。
「雲行きが……ラン、火を消して」
「え、つけたばっかりなんだけど」
「いいから消しなさい。おまえもわかるでしょう」
「まあわかるけど」
「移動するよ」
「えー……もう休みたい」
「ラン」
「はぁぁ……あいよ、行きましょうか」
不思議な力で女武人の補佐ができるようになった頃のことだ。女武人のはっきりとした年齢は知らないが、おそらくは二十代後半で、トランテは十歳ちょっとくらい、伸び盛りのトランテの背が女武人と並ぶようになって、腕力はトランテのほうが強くなっていたと思う。
その日は、行商人を目的地まで護衛し終わって、新しい依頼もないのでゆっくり隣の街へと移動していた。
「……厄介な奴らだね」
「わかるの?」
「わかるからこうして距離を作っている」
今日は野宿だな、と火まで熾していたのに、女武人が複数の人間の気配を嫌がって移動することになってしまったので、トランテは仕方なく荷物をまとめて女武人と共に走った。複数の人間の気配はトランテも感じていたけれども、危惧するようなものは感じられなかったから、誰の気配かわかるという女武人の言葉に首を傾げた。
「メリルムーア!」
走っていたトランテたちの耳に、そんな大きな声が届いたのは、走り出してまもなくのことだった。
「ルム、呼んでるよ?」
「そのようだね」
遠くから、逃げるな、と女武人を呼んでいる。メリルムーア、という、女武人のちゃんとした名前まで呼んで、なんだか必死だ。
「ルムの知り合いじゃないのか?」
「かもしれない」
「止まったほうがよくない?」
「さてね……」
どうやら追いかけてきているのは知り合いのようだが、女武人は走る足を緩めようとはしない。むしろひどく警戒している。彼女はあまり表情を作らない人だけれども、いつになく険しい表情をしているということは、もしかしたら逢いたくない人物なのかもしれない。
珍しいことだった。
「……この国にはまだ立ち寄るべきではなかったか」
「この国? ……ユシュベル王国?」
世界を流れ歩くトランテと女武人だけれども、このユシュベル王国に踏み入ったのは、これが初めてのことになる。たまたまそうなっていただけだと思っていたが、どうやら故意に避けられていた国であったらしい。
そのときだ。
「メリルムーア」
走っていたトランテと女武人の前に、いきなり子どもが現われた。少女、と言い直したほうがいいかもしれない。トランテより少し歳が上かな、というくらいの外見をした少女が、トランテと女武人の前を塞いでいる。
「あなたは……っ」
女武人にとって、その少女は知り合いにあたるらしい。珍しく吃驚して、逃げていたのにも関わらず立ち止まってしまった。
「久しぶり、メリルムーア」
「……お久しぶり、です」
「逃げなくていいのに」
「……いや、まさかあなただったとは思わなくて」
「声でわかるだろう」
「どれくらいの間ここを離れていたと思っているのですか……さすがのわたしもうろ覚えです」
「……そういうものか?」
怪訝そうな少女に、女武人がそれまでの警戒を緩める。見つめ合い、それは僅かな時間であったけれども、少女の背後に数人が駆けつけるくらいの猶予ではあった。
「ルム」
「ああ……たぶん、だいじょうぶだ」
少し心配になって女武人に呼びかけると、逃げなくてもいい相手だったと、女武人は臨戦態勢だったトランテに制止をかけた。少女の背後にいる数人は気にしなくていいらしい。
「そっちにいるのが、そうか?」
少女が、女武人に確認する。少女の視線はトランテに向けられていて、確認されているのが自分であることにトランテは首を傾げた。
「そうです。マリアン・ロアーナの遺児、トランテ・ロアーナ」
答えた女武人に、トランテは驚く。自分に「ロアーナ」などという家名があったとは知らなかった。
「ルム、なんのことだよ」
「おまえは黙っておいで」
知らなかったこと対してトランテは声を上げたが、女武人はいいから黙れと少々面倒そうにする。面倒がられる所以はないはずだが、トランテにはこの場では静かにしていてもらいたいのだろう。
そうして少女が、ほっと息をついた。
「そうか……今までよく無事でいてくれた」
「それがマリアンの願いです。本当はもうしばらく、この国に立ち入る気はなかったのですが」
「いや、もうだいじょうぶだ。むしろ帰って来てほしい。おまえたちを捜していたんだ」
「では……」
「ああ。間に合ってよかった」
「……そうですか」
トランテには、女武人と少女の会話が理解できない。ふたりの間の関係はもちろんだが、女武人がトランテを連れて旅をしていた理由も知らないので、少女の「帰って来てほしい」という言葉には正直、戸惑いしかなかった。
だが、この旅はもう終わるのだと、直感めいたものをトランテは抱いた。
「ルム?」
この生活が終わる。そのことに確証はないのに不安になって、トランテはそっと女武人の腕を掴む。振り向いた女武人は、困ったように笑った。
「おまえがおとなになる前に、戻ることができたようだね」
「もどる?」
「いや、帰る、と言うべきか。ラン、ここがおまえの故郷なんだよ」
故郷なんて、あるとは思っていなかった。気づいたときには女武人と一緒だったトランテにとって漂流していることが日常で、どこかに帰るということがなかった。
「おれに故郷なんてない」
「あるんだよ、ラン。わたしが、おまえから奪っただけで」
「え……?」
「マリアンに頼まれた。おまえの母親に。おまえを連れでどこまでも遠くへ、そして自分が知ることのできなかった場所まで、行って欲しいと。わたしはそれを聞き届けて、おまえを攫った」
「……なんだよ、それ」
女武人と一緒に旅をしていた理由を、この日、初めて聞いた。
まさかこんなに突然と、その日が訪れるとは思っていなかった。
この日、トランテと女武人の、世界を漂流する旅が終わった。
灯火の魔導師トランテについて知りたいと思ってくださったお方に、魔導師シリーズを再び描く力をいただきました。
ありがとうございます。
シリーズが増えて大変なことになっておりますが、読んでくださる皆さまが楽しんでいただけるよう精進致します。
津森太壱。