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最終話 ―決戦―其々の運命

物の怪の爪に貫かれた美月


舞台は天守閣へ


一同を待つのは……

信じた滝沢の正体は、地割れにより封印を解かれた物の怪の変化した姿であった。

        

母と再会を遂げ、抱きあい涙を流したのも、ほんのつかの間。

        

母、美月は、物の怪の爪に胸を貫かれ、瀕死の状態となる。

        

桔梗の危機を救った紅蓮に腕を喰いちぎられ、天守閣へと逃げていった物の怪の正体は、煉獄丸。

        

その昔、結城の姫に封印されし大百足の化身であった。

        

物の怪の鋭く長い爪によって傷つけられた美月を背負っていた蒼王丸が、急にふと立ち止まって静かに桔梗に声をかける。


「……姫さん」


「はい」


「母君を降ろすぞ」


「は、はい」


煉獄丸が逃げる際に地下牢のあった洞窟に開けた大穴は、真っ直ぐ天守閣へと続いていた。

        

後ろを振り返れば、崩れ落ちてきた大岩で地下牢への入り口は閉ざされてしまっている。

        

前方がわずかに明るく、少し広い場所へと差し掛かると、蒼王丸は美月を静かに背中から降ろした。

        

蒼王丸の背中が、美月の流した血で真っ赤に濡れている。


「うっ、あぁ……」


「母上……!」


美月の胸から迸る血を、桔梗は小袖を裂いて必死に押さえ、止めようとする。         

        

小袖に施された白い桔梗の花の美しい刺繍が、美月の血で赤く染まってゆく。


「どうしようっ。血が、血が止まりません…!」


必死に訴えるその瞳に溺れる程の涙を溜め、蒼王丸を見つめる桔梗。

        

雪白ゆきしろが、蒼王丸に向かい鼻を鳴らして何かを訴える。だが、残念そうに目を伏せ、首を横に振りながら応える蒼王丸。


「雪白、傷が深すぎる……薬草じゃまにあわねえよ。野郎、突き刺しただけじゃねぇ。ご丁寧に抉りやがった」


「そんなっ、やっと、やっと逢えたのに……! 母上っ、母上、しっかりしてっ」


涙を流し、母を抱く。桔梗の細い腕の中、美月は息を荒げながらも、菩薩のように微笑んでいる。


「泣いては……いけませんよ、桔梗……」


紅蓮が、何処からか柄杓を銜え、持ってきた。


桔梗が其れをそっと受け取ると、中にたっぷりと、清らかな水が汲まれていた。


「ありがとうっ、紅蓮」


涙を拭い、泣くものかと耐える桔梗。震える声で小さく母に語りかける。


「母上。安心してください、母上。わたくしはもう、泣きません。だってわたくしは今宵、成人を遂げる……結城の、姫ですものっ――泣いたりなどしません」


そう云ってにっこりと、母へ微笑みを返す桔梗。


もう一度、母をしっかりと抱きなおし、落ち着いた声で優しく囁く。


「さぁ、母上……」


唇に当てた柄杓をそっと上げ、美月の唇を湿らす桔梗。


美月は瞳だけを動かしながら、共に顔を覗かせている蒼王丸を見る。


「あなた…は……?」


「蒼王丸様ですよ、母上。わたくしを此処まで護り、戦ってくださったのです」


「蒼王丸…そう、……遮那が育てた子ね……」


「お、おぅ……」


「どうか、桔梗を……」


「おぅ……」


「ありがとう……いいコね…………桔梗…」


「はいっ」


「遮那を、あのコの魂を救うのです……」


「はいっ」


「あのコを…救えるのは…もう、あなたしかいません……慈音、慈音を……」


震える手で、桔梗の頬にそっと触れると、まるで花弁が散るように白い指が力を無くして落ちてゆく。


口元に慈愛に満ちた微笑を浮かべ、美月はその儚くも短すぎる生涯を終えた。


「母上っ、母上ーっ……!」


頭上に見える小さな空に、一筋の星が流れた。


桔梗の哀しみをのせて、紅蓮と雪白が、代わる代わるに星空に吼える、遠く哀しく里の果てまで。




桔梗は母の瞳を指で優しく閉じてやると、涙と血で汚れた顔を丁寧に拭った。

        

死してなお美しい其の微笑みは、、まるで観音菩薩さながら優しく慈愛に満ちている。

        

それから蒼王丸の小刀を借りて、母の遺髪を切り取ると懐紙に挟み、大切そうに懐へとしまう。


「姫」


「はい」


「悪いがゆっくりもしてられねぇ」


「はい」


そういって先ほど借り、今は返そうと差し出す小刀を蒼王丸が静かにそっと押し戻す。


「アンタにやるよ」


「え?」


「そいつは、俺が観音堂の前で捨てられていた時に、胸に抱かされていた物らしい。アンタの宝剣ほどかはわからねぇが、ご加護って言うのがあるかも知れねぇしな」


「その様な大切な品を……ありがとうございます……」  


桔梗は受け取った小刀をしっかりと胸に抱いた。


「よぅしっ。いよいよこの先は天守閣だ。でっけぇ百足が敵の総大将よ」


「煉獄丸……百年前に結城の姫によって封印された物の怪…」


「そう…だな、でもよ――」


「――先ほど」


「ん?」


「先ほど母の遺髪に誓いました」


「ほう」


「母が逝った今、わたしが結城の巫女姫。古の姫が封印したというのなら、今度こそ、此の世に再び現れぬよう、このわたしの手で塵となす事がわたしの務めですっ」


「良く言ったっ! くぅ~っやっぱり巫女姫様は違うねぇ。そうと決まれば善は急げ。さぁてもう直ぐ丑三つ時だっ。雪白っ、紅蓮っ。姫さんの誕生祝に、いっちょでっかい花火を打ち上げようぜっ!」

 

蒼王丸は緊張に震える桔梗を見て、まるで歌舞伎で見得を切る役者の様に声を上げる。


「月に輝く月光城。螺旋の光る天守閣。硬い誓いの二人と二頭。憎き敵の物の怪退治。それでは、そろそろ――」


「――参りましょうっ」


「ぷっ」


「ふふふ」


あはははは、と二人揃って声を上げる。


「なんでぇ姫さん、のってくるじゃねぇかっ」


「だって、あは、あははははは」


それでもまだ瞳を濡らす泪を拭い、一頻ひとしきり笑いあうと、桔梗は小さく息を整え立ち上がって蒼王丸と向かい合う。


「蒼王丸様」


「ん?」


「せをはやみ、 いわにせかるる たきがわの、 われてもすえに 、あわんとぞおもう」


「なんでぇそりゃぁ、何かの呪文かぁ?」


「おまじないです」


そういってにっこりと微笑む桔梗。

        


せをはやみ いわにせかるる たきがわの われてもすえに あわんとぞおもう。

        

川の流れが速いので、岩に堰き止められた流れは二つに分かれてしまう。

        

だがいつかはまた一つに戻るもの。

        

もし二人の仲を裂かれても、この流れのように、また必ず巡り合いましょう。

        

たとえ、其れが死んで冥土であろうとも。




「まじない、ねぇ」


「はいっ。さぁ、蒼王丸様も」


「よ、よしっ。っと……なんだっけ?」


「せをはやみ」


「せをはやみ」


「いわにせかるる たきがわの」


「いわにせかるる たきがわの」


「われてもすえに あわんとぞおもう」


「われてもすえに あわんとぞおもう」


「はい」


「よっしゃ、覚えたぜ。紅蓮、姫を乗せな。雪白、油断するなよ」


紅蓮が頭を下げて姫を背中に乗せる。雪白と蒼王丸が外の様子を窺う。

        

桔梗は、母の血を吸い真っ赤に染まった小袖を引き裂きそれもそっと懐にしまう。

        

其の時、背を向けていた蒼王丸がふっと呟く。


「何処へ別れようとも、俺が必ず、見つけてみせる……」


「はいっ」


「よし、出るぜっ」




断腸の想いで美月をそのままに、揃って穴から飛び出すと其処はもう天守閣。

        

一同が足を踏み入れると同じくして、禍々しかった空気がより一層に濃さを増し、辺り一面にむせ返るような異臭が立ち込める。

        

血と湿った腐葉土のような嫌な臭い。

        

其処で待つのは、物の怪と化した嘗ての側用人そばようにん精鋭、十数名。

        

二重三重にと円陣を組み、その中央には霧に隠れ姿を隠す主をかくまっている。


「へっへへ、お出迎えとは嬉しいねぇ…。下の連中とはちぃっとばかし違うようだな……おもしれぇ、上等だぜっ」


腕に覚えの侍が、赤くその目をぎらつかせ、瘴気を口端より漏らすが如く漂わせ、ゆらりゆらりと立って居る。

        

物の怪侍たちがゆっくりと鞘より刀を引きいだす。

        

蒼王丸も静かに背中の二本の剣を抜き構える。

        

両手に掴んだ細身の剣を大きく前へ、上下に構えたその姿はさながら不動明王の姿である。

        

互いの荒い呼吸が聞こえるほどの静けさの中、ぎっちりと噛み締めた歯を見せ、にんまりと笑っている。


「さぁさぁさぁ、かかってきやがれっ化け者共っ、血が滾って仕方がねぇぜぇっ」


虚ろな生ける屍か、毒虫の如く感情の見えぬ侍達の目、身の毛の逆立つほどの緊張に爛々と輝く蒼王丸の目。

        

まるで繰り人形のように揺らいで立つ敵に、じりじりと間合いを取っていた蒼王丸。

        

一瞬、化け物侍共が、赤く染まった唇を歪めて嗤うその不気味さに、桔梗は戦慄した。


「さ、佐々木……今泉、加藤まで……なんという姿に……」


幽鬼の如く揺らぐその姿は変われども面影残る、亡き父の側近く使えていた用人たち。


心正しく、誠実に、結城のために勤めていた彼らの笑顔が、桔梗の脳裏に甦る。


「聞きなさいっ、桔梗ですっ! わたしの声が解りませんかっ!」

        

「無駄だ。こいつらにはもう、人の心は残っちゃいねぇよ」



――父上……お許しください……――


桔梗は胸の内でそう呟くと、凛と背筋を伸ばし声をあげた。


「父、母共に亡き後、結城の城の主、桔梗であるっ。たとえ結城の侍であろうとも、物の怪となって仇なす者は許すまじ。手向かうものは切って捨てます! 心して、かかってきなさいっ」


蒼王丸と二頭の狼に其の姿は。まるで野に咲く百合の如く気高く見えた。



「よしっ、ご城主様のお許しも出たってなぁ。雪白っ、いくぜ!」


蒼王丸と雪白が阿吽の呼吸で飛び掛る、円陣の一番外の侍共が凄まじい速さでぐるぐると輪の周りを駆け回り始めるのが、ほぼ同時。

        

その回転の勢いは、突き出された刃の切っ先が辛うじて見て取れるほど凄まじく、まるで鋭く研ぎ澄まされた刃で造った歯車が、グルグルと高速で回転しているようである。


「チッ、奇妙な戦法とりやがって、化け物がぁっ」


声に応じたか、はたまた焦れて堪えきれずか、雪白がいち早く飛び掛るが、直ぐにその勢いに跳ね飛ばされる。


「雪白、焦るんじゃねぇっ。それにしても……すっかり化け物になっちまったんだなぁ……、結城の侍衆よ。安心しな、直ぐに俺が冥土へ送ってやるからよ……。そうら、こいつを――喰らいやがれっ!」


叫んだ蒼王丸が手に持った片方の剣を、回る輪の中の一人めがけて投げつける。

        

「ぎゃっ!」


短い叫びが聞こえて、回る刃の動きがほんの一瞬動きを止めた。


「雪白、今だ!」


蒼王丸の剣を受け、倒され出来た隙を後ろの輪の者が補うべく前へと出る。


が、其処へすかさず雪白が飛び掛る。

        

雪白と重なるように駆け、蒼王丸は自ら投げた剣を引き抜くと、両脇の侍を一刀両断、真っ二つに斬り殺す。

        

目にも留まらぬ素早さで駆けては喰らい付く雪白と、蒼王丸の二本の剣が、月光を受け螺旋の如く煌いて光の筋を作っている。


「そらそらそらぁっ、でええいめんどくせぇっ! 雁首そろえて纏めて掛かってきやがれぇっ!!」


応えるように化け物侍が五人、六人と揃い、今度は蒼王丸を取り囲む。

        

その向こうでは、雪白が右へ左へと襲い掛かってくる刃を避けては、一人、また一人と喉を噛み、爪で引き裂いてゆく。

        

舞い上がる敵の血飛沫は、その存在を示すかのように赤黒い。

        

霧散したその霧までもが煉獄の熱砂の如く襲いかかる。

        

多勢に無勢なれども、倒され消え行く配下の数に霧の中より雷鳴のような声が轟く。


「犬共に構うなっ! 姫じゃっ、桔梗を捕らえるのじゃっ!」


かちりと何かが切り替わるように、主の前で構えていた残りの化け物共が、一斉に紅蓮と、姫のもとへ走る。


「紅蓮!」


すぐさま、紅蓮は姫をおろし、彼女を後ろに敵の前に立ちはだかった。


「紅蓮っ」


炎のような鬣を大きく振って咆哮する紅蓮の声もまた、轟き響き渡る。

       

神々しくも響くその声にたじろぐ物の怪侍たち。


「ええぃ、怯むなっ、相手はたかが、でかい犬一匹じゃっ!」


「そいつぁどうかなぁ? 百足野郎。 犬と狼の違いを見せてやれっ紅蓮!」


紅蓮が敵に飛び掛る。その凄まじき事、まさに紅蓮。地獄の炎が亡者を焼き尽くすが如く。

        

穢され、化け物と化した侍達を、爪に掛け、両の足で踏みつけると、飛び掛ってきた者の首をがっしりと噛み、捕らえた。

       

そのまま其れを大きく振り回し、バキリ、と音を立てて首を骨ごと噛み砕く。

        

燃える様な紅い被毛に、化け物の赤黒い血潮が降り掛かる。

        

首を振り、邪悪な血を飛沫飛ばすと、鼻を上げ、もう一度大きく咆哮する。

        


――夜空に光る月光城に咲き誇る、燃え盛る蓮華の花、紅蓮――



「紅蓮……綺麗……これが…これがわたしの守護獣……」


気がつけば其処には霧を纏った滝沢の声が響くばかり。

 

「おのれ……おのれぇぇぇ!」

       

なんと、蒼王丸たちは、ものの数分で、数十人のてだれをも一掃してしまった。

        

蒼王丸と雪白、紅蓮は、大きく身体を揺らしながら荒い息を整えている。


「ッハァハァ……。姿を現しやがれっ、化け物野郎っ! 俺はなぁ、みょうがと百足がでぇっきれぇなんだよっ!!」


「調子に乗りおって……。キャンキャンとよう吠えるのぉ……? 腐れ野良犬の分際で……」


涼やかな声で厭らしく毒づきながら霧の中から現れ出たその姿は、結城藩きっての美剣士、滝沢であった。

        

地下牢で紅蓮により食い千切られた筈の腕が、驚くことに在るべき所からすらりと伸び、治っている。

        

髻を切って、ばらりと落とした肩までの黒髪が、淫らな影を造って光っている。


「滝沢……」


いいや、滝沢ではない。桔梗は此度はしっかりと確信する。

        

現れた滝沢の姿をしたモノは、青白い顔に光のない闇のような瞳。

        

疎ましそうに美しい眉をひそめ、蒼王丸を睨みつけている。

        

「おのれ化け物っ! その様に化けておらず、正体を現しなさいっ!」   


「つれのぅございますなぁ……。桔梗様……。何れは夫婦と想いあった仲ではございませぬか……?」


「あぁん…?」


「なっ! そ、そのような事、ございませぬっ。蒼王丸様の前でなんと云うことを! う、嘘を申すでないっ!」


「ずっとお慕いしておりました……。それは……貴女様とて同じ事……。ねぇ、桔梗様~?」


厭らしい猫なで声で、目線を桔梗に流す滝沢。

        

ぞっとするほどの色香が漂う美しさだが、禍々しい視線も声もねっとりと、怖気を誘う。

        

桔梗も蒼王丸も、紅蓮や雪白でさえゾワリとした虫唾がはしる。


「う、うへぇぇ……」


蒼王丸は心底、悍ましく、背中の毛が逆立つ思いがした。


「き、気持ち悪りぃ声出してんじゃねぇやっ、百足野郎! てめぇの本性見ちまった以上、今更おせぇんだよっ。三文芝居も大概にしやがれっ」


「ふんっ、下郎が…! 風雅を解さぬか……畜生では仕方がない。 まぁよい、そろそろ飽いた。遊びは仕舞いじゃぁぁっ!!」


滝沢の目の玉がぐるんと裏返り、白目となった。其処へジワジワと黒いモノが墨汁のよう広がってゆく。


蒼白い顔が、あの忍びの面のようにのっぺりとなったかと思うと、形の良い唇はガバリとかち割ったように大きく裂けた。

        

その鉤裂きの口より湧き出る瘴気の中で、不気味に赤黒い百足の舌をウネウネとのぞかせている。

        

瞬時に大きく紫煙を巻き起こしそのオゾマシイ姿が見えなくなった。


「ぐ、ぐははははっ、小賢しい犬共めっ、一匹残らず此の煉獄丸が食い殺してくれるわぁっ!!」


刹那。紫煙の中に血のように赤い髪を振り乱した、天人の如く見目麗しい若衆が見えた。

        

が、煙を掃うように躍り出たのは、大きく身体をくねらせては毒気を吐き散らす龍の如き姿。

        

身の丈は、とぐろを巻いた其の姿でさえ軽く十尺は超える大百足。

        

月の光を受けて黒々と光る胴体は、牛のそれのように太く、長い腹に無数の棘を持つ足を生やして蠢かせている。


「へん、やっと正体現しやがったな…! よし、いいか良く聞け。機会は一度だ。決して仕損じるんじゃねぇぜ」


「はいっ」        


「それとな、その小刀の刃に、たっぷりとアンタの唾を塗るんだ」


「唾を…ですか?」


「唾だ」


「は、はいっ」


言われるままに、桔梗は蒼王丸の小刀を抜き、両の手で口元へ持っていく。


そして刃に、ゆうるりと舌を這わせる。


「そうだ。たっぷりと付けてやれ。古来より、百足の化け物には人間の唾と相場が決まっている。生憎俺は、人である自信がいま一つねえもんでな。今この場所に、正真正銘の人間様は、たぶんアンタしかいねぇんだよ」


そういって不敵に嗤うと蒼王丸は雪白と共に一気に大百足へと飛び掛る。

        

月光城の天守閣で、所狭しと大百足と格闘する蒼王丸と雪白。

        

口から吹きかけられる毒息を避けながら、桔梗に千載一遇の機会を与えるべく必死の形相で食い下がる雪白。

        

同じく隙を作ろうと、素早く続けざまに切りつけてゆく蒼王丸。

        

『ちきしょう…。でけぇ図体しやがって、なんてすばしこい野郎だ…。一瞬、一瞬で良い。奴の体を止められたら……』


其の時、姫を護って立ち塞がっていた筈の紅蓮の叫びがギャンっと聞こえる。

        

振り返った蒼王丸と雪白が見たもの、それは、小刀を握り締めて立ち尽くしている桔梗。

        

そして、あの大きな紅蓮をその口に噛み銜えている、さらに一回りは大きかろうという蒼い狼。


「遮那王っ!!」


口端を細かな血の泡で染め、大きく舌をだらり垂らしながら、我が子紅蓮の首を噛み銜えている。

        

其れは誰あろう、山の王と万民に慕われた、強く、賢く、心優しい狼王遮那王。

        

雪白と紅蓮の母、そして蒼王丸の養い親。

        

誰もが誇りに思い、畏敬の念を込めてその名を呼ぶ、あの神々しいほどに美しかった遮那王の面影は、もう其処に一かけらすら窺えない。


「遮那王……」


「紅蓮っ! 姫ッ逃げろっ!」


一瞬の隙を作ってしまったのは、蒼王丸達であった。

        

たった一度のこの時の為に、敵ともいえる遮那王を生かしておいた煉獄丸の謀は見事に意表をついたのである。

        

煉獄丸の本体、大百足はその隙を逃すものかと、勢いよく雪白に飛び掛り、その牙で白い首をガチリと噛み銜えた。


「雪白っ!」


眼前には雪白を銜え上げ、大きく振り回している大百足煉獄丸。

        

背後には、狂った形相で紅蓮の首を噛み銜えている養い親の遮那王。


「う、うぉぉ!?」


蒼王丸は迷った。生まれて初めて、頭の中が渦のように混乱した。


「蒼王丸っ!」


「っ! よ、よしっ、くらえぇっ化け物ぉっ!」


姫の声に、我に返った蒼王丸は、咄嗟に大百足の顔めがけて剣を投げつける。

        

避けた拍子に雪白を落とした化け物は、そのまま天守閣の瓦屋根へと逃げてゆく。


「雪白っ立てるかっ!?」


雪白は、気丈にも起き上がり、紅蓮を銜える遮那王に勢い良く体当たりをする。

        

そして、姫の前へ我が身を盾にとばかりに庇い立つ。


「雪白っ! 無事ですか!?」


姫の声に応えるかのように、ガゥと小さく吠える雪白。

        

そうして、娘である紅蓮の首を噛み砕こうとしている遮那王に向かい、低く構える。

        

鼻に皺を寄せ、牙を剥き、力強く唸っている。


「姫っ!」


蒼王丸も駆け寄り雪白の横へと並び立つ。

        

すると、意外なことに遮那王は紅蓮を投げ捨て、逃げていった大百足に付き従うかのように瓦屋根へと駆け出て行く。

        

一同は、すぐさま紅蓮に駆け寄ってゆく。

        

跪き、優しく紅蓮を抱きしめる桔梗。


「紅蓮っ、しっかりして紅蓮っ!」


「どれ見せてみろっ」


蒼王丸は、紅蓮と雪白の傷を確かめた。


「大丈夫だ…。牙はがっつりと喰い込んだようだが、雪白も紅蓮もそれほど深くはねぇ」


「良かった…!」


「驚いたぜ……。あの遮那王が、すっかり化け物に操られてやがる」


「遮那王……どうして……」


「だが、あの遮那王が紅蓮を噛み、姫に牙を向けるなんて、ありえねぇ……! もう、すっかり化け物になっちまったか……遮那王……」


「ごめんなさい……」


「謝るな。アンタのせいじゃねぇ」


雪白が懸命に紅蓮を舐めていると、紅蓮は目を開けてゆらりと立ち上がった。

        

そして、力強く蒼王丸の目を見つめる。

        

雪白もそれに倣って同じ様に顔を向ける。

        

ほんの僅かなその視線のやり取り。

        

だが其れこそが狼王の血族の会話。

        

人にその言葉を聞くことは叶わぬ。

        

しかし蒼王丸には全てが人語のままに聞こえて来る。

        

たった一人、巫女姫以外の狼と通ずる男、蒼王丸。


「そうだな、雪白、紅蓮。俺達の遮那王を、あんなモノに変えやがった化け物を野放しになんてさせちゃなんねぇ。姫、刀を、もうひと舐めしておきな。今度こそ、絶対に好機は作る! さぁ、弟、妹たちよ、もうひとふんばり、ぶちかますぜぇぇっ!!」


闇を切り裂くような、切なく雄雄しい雄叫びを紅蓮と雪白が上げる。

        

蒼王丸と狼たちは勢いよく屋根へと飛び出す。

        

残された桔梗は、言われた通りに今一度、刃を舐る《ねぶる》と、懐から母の血に染まった小袖を取り出した。

        

そうしてそれを口に銜え、小さな犬歯で切り裂くと、小刀を持つ手にぐるぐると巻きつける。 


「母上……父上っ」


たった一人の結城の姫、桔梗は――強く唇を噛み締めて、父、母に黙祷を捧げる。


高くそびえる天守閣に吹く強風に華奢な身体を押され、よろめきながら瓦を踏んで屋根を進むと、大百足と戦う蒼王丸、遮那王だったモノと対峙する二頭の狼がいた。

        

通常の狼の倍は有る傷だらけの若い狼の姉弟きょうだいは、それ以上の巨大な狼である遮那王へと代わる代わる飛び掛る。

        

正しく、優しい、誇るべき母、嘗ての遮那王の姿が幻となって二匹の脳裏に浮かびあがる。

        

だが、あろうことか今まさにその母は、恐ろしく鋭い牙を剥き出しにして、大きく口を開けながら、その牙で我が子を切り裂かんと首を振り咆哮する。


「ううむっ、ちょこざいな、こわっぱがぁっ! 小賢しいっ!ええぃっ! 遮那王何をしておる、仔犬二匹にいつまで手間どっておるのじゃっ!」


「黙りやがれ、百足野郎っ! てめぇ…っ、遮那王を、よくも…よくもあんなモノに変えやがったなぁっ! てめぇだけはぜってぇに許さねぇっ! そのなげぇ胴体をっ、俺の剣で斬り刻み、粉微塵にしてやらぁっ! 薄汚ねぇ塵芥となって地獄の底まで消し飛びやがれぇっ!!」


「ぬかせっ三下! 調子に乗りおって…下郎がぁっ! 返り討ちにしてくれるわぁ!!」


雪白が、紅蓮が、蒼王丸が、命を懸けて必死に戦っている。

        

敵の血、己が血に塗れながら。


「でやぁっ!」


蒼王丸の剣の切っ先が、煉獄丸の醜い触覚を一本切り落とした。


「ぐっ、ぬぉぉ…おのれぇ…血が、血が足りぬぅぅっ…!遮那王! 姫じゃ、桔梗を連れて来いっ! 姫の血を啜らねば…っ!」


煉獄丸の命に大きな咆哮で応えたかと思うと、子である二頭を振り払い、再び遮那王が桔梗に飛び掛ってきた。


「っ!」


「姫! っ、ぐおおおぉっ、しまったっ!」


再びめぐった好機も大百足のものだった。

        

化け物は、桔梗に気をとられた蒼王丸を、長い身体でからめとって巻き上げる。

        

そして、満身の力を込めてぎりぎりと締め付ける。


「ぐっ、がはぁっ」


「げひゃひゃっ、それそれ、どうじゃっ? 此のまま其の薄汚い身体を力の限りに、締め上げてくれるわぁっ。野良犬めっ、臓物、血骨魂も魄も全て……ぶちまけてしまえぇっ!」


「ぐ…く…」


「どうした、苦しいかっもっと苦しめ、もっと苦しめぇぇっ!ふははははははぁっ!どうじゃ……? 泣いてすがれば、我が眷属に加えてやっても良いのだぞぉ?あの姫に、懸想しておるのだろぉ? 身分違いの叶わぬ想い、我が願えてくれようぞっ。なに、ほんのひと噛みじゃ……あの娘、弄んでみたいよなぁ?」


「く…ぐぅぅ…」


「ほれほれどぅした。苦しかろう? 申してみよ、一言、『我が君』と…」

  

「くっ…ぐおぉぉっ――! く、くせぇんだよ…毒蟲野郎っ…!」


「っ! ならばっ仕舞いじゃ、死ねぇぇぇぇっ!!」


『ぐぅっっ、うおぉぉおおおお!』


歯をぎりぎりと噛み締めて、叫ばぬようにぐっと堪える蒼王丸。

        

さしもの逞しい其の身体も、ギシギシとあらぬ音を立てている。

        


一方、遮那王の強い前足に押し倒された桔梗は、思わず伸ばした両の腕で遮那王を……


――遮那王っ――


抱きしめた。


「遮那王っ、ごめんねっ、辛かったね、ごめんね……!」


大きく口を開けて恐ろしい牙をむき出しにしている遮那王の其の首に、しがみ付く桔梗。

        


――其の時、運命の歯車がカチリとあわさる。時刻、丑三つ時――

        


桔梗の体内の針がぴったりとその時刻を告げる。

        

成人したのである。


桔梗は次代の結城の姫と成ったのであった。

        

しがみ付くその腕を疎ましそうに振り払おうとする遮那王を、桔梗は必死に掴んで離さない。


だが、決して手にする刃で傷つけようとはしない。


「遮那王、私の遮那王っ。頑張ってっ、物の怪なんかにならないでっ。遮那王っ、かえってきてぇぇぇ!!!」


桔梗の魂を搾り出したような叫びに含まれたのは慈音じおん。唯一狼の心に響く観音力の篭った声。

        

その慈音を含む声に、一瞬、遮那王の動きが止まる。

        

桔梗を見つめ口を閉じた遮那王の両の腹に、紅蓮と雪白が喰らいつく。

        

バキバキと骨を砕き、腸を噛み千切る。

        

遮那王は、大きく呻くと天を仰いだ。

        

そうして自分が組み伏す姫に顔を向けると、そのままその胸へと倒れこんで……絶命した。


「遮那王!? いやっ、いやぁぁぁぁぁっ」


桔梗は見たのだ。いや、其の心に感じた。

        

一瞬、ほんの一瞬だが、自分を見つめたあの瞳は、大好きだった遮那王の物だった。

        

赤子の頃から、姉妹のように育った遮那王。

        

共に眠り、共に過ごした、たくさんの昼と夜。

        

桔梗は、もう一度、今度は優しくそっと遮那王を抱きしめた。

        

静かにかたわらに寝かせると、ゆっくりと立ち上がる。

        

成人した桔梗には、絶命する遮那王の最後の想いが、言葉となって流れ込んできていた。

        

其れは立った一言。



――美月…様――


と。


『遮那王…かぁさん……』   


蒼王丸は、締め付けられながら全てを見ていた。

        

彼もまた見たのだ、感じたのだ。

        

死に際に遮那王が誇りを取り戻したその時。その瞳に、一瞬戻った輝きを。

        

その最後の言葉、呟きも、雪白、紅蓮と共に胸に響いた。

        

蒼王丸はギュッと目を瞑った。

        

決意を決め、ゆっくりと開く。

        

雪白と紅蓮、二頭の若い狼達は立っているのが不思議なほどに、身も心も憔悴していた。

        

よろめきながらも母、遮那王の傍に近づき、静かに倒れるように身を寄せる。

        

まるで乳をねだる子犬のようにその胸に甘える紅蓮と雪白。

        

巨大な蒼い狼、遮那王の死に顔は、すっかりと邪気も消え、誇り高き狼王、そして子達の優しい母の面差しに戻っていた。



「ちいぃっ、役立たずが――! ふんっ、所詮腐れた犬畜生っ。塵のように逝きおったか、所詮捨て駒、惜しゅうないわ」


其の言葉を聞いて、紅蓮と雪白がうめきながらも牙をむき出し立ち上がり、満身創痍の身でありながら、解き放たれた矢のように駆け、大百足の身体に喰らいつく。


その青い双眸に、いずれも血涙を潤ませながら。


「げはぁぁぁっ、お、おのれぇぇぇぇぇ! ええいぃっ、このっ煩い獣どもめっ放せぇっ、はぁなぁせぇぇぇ!!」


残る力の全てを掛けて喰らいついた二頭であったが、百足はその身を大きく振って振り解こうとする。

        

ブンブンと振り回されながら、決死で牙を緩めない雪白と紅蓮。       

        

「ぐっ、ぐぅっ…姫さん…! 俺の背骨もそろそろ限界だぜ……?」


桔「は、はいっ!」


桔梗は、遮那王の身体をもう一度抱きしめて、大好きだったその蒼い被毛に口付けをする。

        

そっと身体を離すと力強く、ぐいと涙を拭って蒼王丸に顔を向けて大きく頷く。


「上出来だ……! へっへへへ……。さぁ~て化け物さんよぉ、そろそろ終わりにしようや。もうすぐ晩飯の時間だぜ? 俺ぁもう、いい加減腹ペコだぜぇっ!!」


蒼王丸は、締め付けられている大百足の胴体を力の限りぐいと手繰り寄せ、獣の如く口を大きく開けたかと思うと、己も兄弟同様百足の首に喰らいついた。


「ぬ、ぬおぉぉ! 犬畜生がぁぁっ!! ええい、離せ、離さぬかぁぁぁ!!!」


『いけぇ!』


「はい!」


今こそ、好機は桔梗のものとなった。

        

桔梗は唾をたっぷりと塗った小刀を、しっかりとわき腹に当て、もう一度ぎゅっと握り締めた。

        

勢い込めて瓦屋根を一心不乱に駆け出すと、我が身の重さも込めて大百足に突き刺した。


「たぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」


「ぐっ、ぐおぉぉぉおおおっ!」


そしてそのまま、グッと力を込めて一押し一押し差し込んでゆく…。

        

此れは殺された滝沢や家臣たちの痛み、苦しみ。

        

此れは遮那王とその子供達の切ない哀しみ。そして此れは此れこそは……。


「父上…母上…! 許さない…許してはいけない……お前だけはっ!、塵となれ、煉獄丸!」


「ぐぅ、ぐぎゃぁっ! ぬおぉぉぉっ!」        


弱点でもある、人の唾がたっぷりと塗られた小刀に、溜まらず大百足の姿を保てなくなった物の怪は爆煙と共に蒼王丸を吹き飛ばす。


「ぐはぁっ! い、いてぇ…」


天守を護る鯱に勢い良く身体を打ち付けられ、血を吐く蒼王丸。 

       

桔梗によって突き刺され、絶叫して大百足の姿から初めて本性を現した物の怪煉獄丸。

        

その姿は炎のように逆立つ紅い髪。

        

青白い顔には、荒事、土蜘蛛の隈取のような暗い影。

        

復活の日に美月の数珠によって受けた傷の濁りが残る左目は白濁し、ドロリと溶け崩れている。

        

差し込まれた刃の桔梗の唾が、猛毒となって煉獄丸の身体を駆け巡り其の身を蝕んでゆく。


「ぬおぉ、結城の小娘が! 離せっ離さぬか! おのれっキサマ百年前と変わらずに、また我に邪魔立ていたすのか、結城の姫よっ! おのれ、おのれ、二度とこの身を地の底に……封印などと――させるものかぁっ!」


「封印!? 煉獄丸っお前は此処で滅します! 南無、観音力っ」


もう一押しと、刃をその腹に押しさそうとした時に、煉獄丸を取り巻く憤怒の邪気がすうっと消えた。



「……桔梗……許しておくれ……愛しい娘よ……」



――え――



聞き慣れた懐かしい父の声に顔を上げる桔梗、其処には変わらぬ優しい父が居た。

        

愛おしそうに桔梗を見つめ、微笑んでいる。目に一杯の涙を溜めて。


「辛い思いをさせたのぅ……だが、もう大丈夫じゃ。全て終わった……安心いたせ」


優しく桔梗の髪を撫でるその指も弱弱しく血に濡れている。


桔梗は迷った。もしや、此れは本当の父では。物の怪の毒も、呪いも解けて、本来の姿に戻られたのでは?


「桔梗。此れからは二人で、結城の里を……城を……元通りにしてゆこうな……」


「ち…父上…?」


「よしよし、よくやった、桔梗。これからは父が居る、もう辛い思いは……」


桔梗の髪を撫でていた弾正の爪が鋭い針のように伸びる。そして桔梗の心の臓を背後から貫かんと高く腕を上げる。

        

霞む目で其れを見た蒼王丸。いけない、それはと、叫ぼうにも腹の内より溢れ出すのは血の泡ばかり。

        


『ひ…姫……くっ、神よ、仏よ観音菩薩よ、アンタの巫女がやられちまう、狼の乳を飲んで育った俺の心の声、慈音とやらで届けたまえ! な、南無、観音力よ――っ』





――桔梗っ、ききょーーーーーーーーっ!!





『はっ! 蒼王丸……さま!?』


魂に響く蒼王丸の声が桔梗を呼び覚ました。


欺かれるな、これは父ではない。

        


――父は、死んだのだ――



弾正の爪が桔梗の背中めがけて振り下ろされようとした其のとき。


『桔梗様!』


疾風の如く駆けて来た紅蓮が、桔梗を突き飛ばす。

        

桔梗の手を逃れた弾正は、必死の形相で腹の小刀を抜こうとしている。


「させませんっ」


身を起こし、再び弾正の腹の小刀に手をかけ身体の重みを掛け、其のままグイと押し込む桔梗。


「南無、観世音菩薩っ……人の世に仇成す煉獄丸っ 今こそ、打ち払わん! えぇぇいぃっ!!」


「うぐ、ぐぅ……あぁっ、お、おのれぇ――! またしても、結城の姫めぇ――! 此の恨み、恨みはなさでおくべきかぁあああっ。結城の家の末代まで、一人残さず、祟ってくれようぞおおおぉぉ――! ぐっ、ぐはぁっ、ぎゃぁぁぁぁぁぁぁあああぁあああっ!!!!」  


轟く雷鳴のような断末魔を上げて、化け物は塵と化していった。


『へ、へへへ…やりやがったぜ、あの姫さん…。本当に化け物、退治しやがった……』


「蒼王丸様っ、しっかりっ!」


「だから…様はよせって…」


「蒼王丸様っ…蒼王丸っ蒼王丸!」


愛しい男の名を呼んで、必死に身体を揺さぶる桔梗。

        

だが蒼王丸は目を開こうとはしない。

        

足を引きずり、よろよろと雪白と紅蓮が近寄ってくる。

        

満身創痍の狼たちは、傷だらけの身体をつかって、蒼王丸を揺さぶり、身体中の傷を懸命に舐める。


「死なないで、蒼王丸…蒼王丸ーーーーーー!」


暗雲の晴れた月光城の天守閣。蒼い空に桔梗の声が滲み込んでゆく。





遥か昔、まだ此の国に美しい木々と爽やかな風。

        

理は健やかなる時、陽の光を一身に浴び、連れ立つ若者が居た。

        

仲むつまじく歩くその傍らには、二頭の大きな狼が、前へ後ろへとじゃれあいながら着いてゆく。

        

身体中包帯だらけの大男の腕に、花の様に笑う美しい娘が腕を掛け男の顔を覗き込む。


「蒼王丸様っ」


「だから、様はよせって、様はぁ、姫」


「ならば、桔梗も呼び捨ててくださりませ」


「うっ…ううむ…それは、その…なんだ…。―――キ…キキョウ…――へ、へへへっ」


「そうだっ、 蒼王丸様?」


「う、うぉおっ!? な、なんでぇ」


「そういえば……何度伺おうと思ったことか……みょうが……。お嫌いなのですか?」


豆鉄砲を喰らったような表情の蒼王丸。


からかうように其の傍を前になり後ろになって狼達がはやし立てる。


桔梗の胸に慈音となって其の声は晴れやかに響き渡る。


『蒼王丸は、おおたわけだから、みょうがを爺様に頂いたとき――』


『――全部、剥いてしまったんですよ』


『猿、さーるっ』


『ふ、ふふっ、クスクス』


「まぁっ。なんて……可愛らしいっ、蒼王丸様」


「んぐっ、ぬぅぅぅぅ……なんでぇ、どいつもこいつも……。み、みょうがなんて……でぇっきれいだぁぁぁぁぁぁっ!」


はてさて、この珍妙なる一行は此れから様々な物語を繰り広げてゆくのだが…其れはまた別の機会に。

        

冒険忌憚蒼狼伝、月光城の姫君。

        

――これにて、終幕――


  

蒼狼伝 月光城の姫君はこれで終わります。


ですが蒼狼伝はまだまだ続くのです。


次のお話は……


蒼狼伝 起源の姫 です。


月光の姫君よりもはるか昔のお話です。


コチラももう既に完結済みですので頑張ってUPしてゆきたいと思います。


それでは皆様 蒼狼伝―月光城の姫君―


全六段 終了です。

読んで下さいました皆様方の御厚情。

真にありがとうございました。


ペコリ(o_ _)o))

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