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新たな感覚―NewSensation―

「ここか?」

 土曜日の夕暮れ、ティムは街の外れ、ライブハウス555まで来ていた。

 右ポケットから、綺麗に封筒に入れておいたライブチケットを取り出す。そこにはやはり『ライブハウス555』と書かれている。

(案外小さいんだな)

 想像していたものと少し違った。シャッターが閉まった店に挟まれて、外れかかった看板だけが寂しくありかを示している。看板の下には階段が見え、店は地下にあることが窺い知れた。

 色鮮やかだった彼らの姿から想像した、彼らの活動場所はもっと華やかなはずだった。――が今、自分の目に映る場所には何の魅力も感じない。色さえも感じることができないのは、単純にここがさびれているからか。

(ここに来たのは間違いだったかな)

 淡い期待だったのかもしれない。止まった時間から抜け出せる、閉ざされた街に差異を見つけ出せるなどと。

 短くため息をついて、もう一度手元のチケットに目を通した。

 チケットの裏に『PM7:00から演奏開始!』と女性らしい筆跡で書かれているのを見ると、脳裏にモニカの姿が浮かんだ。

(ここまで来たのも何かの縁か……)

 それに場所はダメでもモニカとこの前の色付きに会えれば良い、そう思うことにした。

 階段の下は暗く、何も見えない。だが、耳を澄ませば微かに人のざわめきを感じれた。


 そこに降り立った時の気持ちはなんとも形容しがたい。いや、表せる言葉を持っていなかった。全く新しい感覚だったのだ。


「――何だよ、ここ」

 視界いっぱいに広がる色、色、色。そして耳には声と楽器が入り混じった音。

 フロアを見渡してティムを襲ったのは、まるでおとぎの世界に来たかような感覚。

 少なくとも、ティムのこれまでの人生で経験したことのあるものではなく、なにか別次元に来たかのように感じた。

 そこには色も何もなかった。

 部屋はたくさんのライトで照らされ、楽器の音が大音量で鳴り響き、人々は楽しそうに音楽に合わせて踊る。ただ、それだけなのだ。

 しかし、それこそティムが長い間夢見てきた光景であった。ここに自分の夢があったとティムが気づくのはもう少しあとの話なのだが。

「招待状を」

 急に声をかけられて必要以上に驚いてしまった。店員がチケットの提示を要求してきただけだ。

「ああ、えーっと」

 何となく緊張してしまい、チケットを取り出すのに手間取る。右のポケットに入っていることは意識していたのに。

「はい。……こちらは「ストンプ」様のご紹介ですか」

 店員は物珍しそうにティムの顔をまじまじと見つめたあと、チケットに印を押して中に通してくれた。

 ストンプ、というのはモニカ達のバンド名なのか。そう言えば彼らについてほとんど知らないことを思い出した。

 時刻は7時少し前。演奏がされるであろうステージは幕が下りている。裏では着々と準備が行われているのだろうか。しかし、こちらはどうするべきか。目の前に群がる人々を押しのけて、もっとステージの近くへ行きたいがどうにも無理そうである。せっかくなので彼らを間近で見てみたかったのだが。

「おおい、七時だぞぉ!」

 どこからかそんな声が聞こえてきた。みんなが静まり返り、ステージの方を向く。

 何とも言えない、絶妙な緊張感に包まれた。


『さあさあ皆さん、お待ちかね! 我らストンプによるライブのお時間だよぉ! それではいきなりぶっ飛ばしていくんでヨロシクゥ!!!』


 瞬間、幕が落ちた。上がったのではない。吊っていた幕が文字通り落ちたのだ。同時にライトアップ。光に照らされ、暗い中にストンプのメンバーが姿を現した。

『一曲目は~“Don't Change Your Mind”』

 観客が湧き、ギターが鳴り響く。痛烈な音は会場を揺らし、大気を揺らし、俺の脳を揺さぶった。ボーカルとして先頭に立つのは、俺と喧嘩をしたあの男。奴が歌い始めると、会場はひときわ盛り上がった。

 そして、そのリズムは人々の体を操り、彼らの世界に魂を引き込んでしまう。この場において誰ひとりとして例外はなく、俺もそのリズムに身を任せる他なかった。

 その時の心境を一言で表すとしたら『衝撃』もしくは『爆発』と言ったところであろうか。自分が心の中で今まで積み上げてきた固定概念。それが一気に引き裂かれ、塗り替えられてしまったような。まさにそんな感覚であるが、それが心地よい。

 俺の中で『音楽に対する感動』という、新たな感覚が生まれた瞬間であった。


『サンキュー!』

 一曲目が終わって客が賛美の拍手を送る。そうすると、後ろでDJをしていた一人がマイクを持ってボーカルの隣に立った。

「ん? あれは……」

 ステージ上でボーカルが戸惑っている。どうやら、彼女のマイクパフォーマンスは予定にはなかったようだ。ボーカルの男がしきりに「What!?」と叫んでいるのが聞こえた。

『おほん。えービリーが何やらわめいておりますが、無視しておいて……。ここで少々お時間をいただいてメンバーの自己紹介などをこのモニカが取り仕切らせていただきまーす』

 観客の何人かが口笛を吹いてはやし立てる。

『まずは私、DJを務めさせていただいてるモニカです。そして相方のケイコ!』

 背後の大きな機材を扱っていた少女が、椅子の上に立って観客へアピールした。静かに拍手が起こる。

『そしてドラムを務めている優男ケイン!』

 小さな笑い。ドラムの男が困った顔で手を振った。

『ベース&ボーカルのケリー!』

 おお、と場内の男が湧いた。遠目にも美人だとわかる彼女は男性人気が高いのだろう。

『そして我らがメインボーカルにしてギターも務める万能コワモテ男ビリー!』

 大きな笑いに少々黄色い声が混ざったような歓声だ。そう言えばあの男の名はビリーだったな。この前、モニカにも聞いた覚えがあった。

『おおっとまだです!――まだですよぉ』

 曲に入るのかと興奮していた観客たちが静まり、モニカの言葉に耳を傾けた。

『今日はですね、我々直々の招待客がおりましてねぇ。彼が会場に来ているのかどうかを確かめたいのですよ。うちのボーカルを傷物にした少年が来ているはずなんですよ』

 モニカの予想外の言葉に場内がざわめく。

『名前はティム=ティリンスだ! さあ出てこい、出てこい』

 そうでないことを願ったが、やはり俺のことであった。離れててもステージ上のモニカの意地悪そうな笑顔が見て取れる。というか、ここまで煽られて出ていけるはずがないだろう。ここで出て行ったらただの恥さらしである。幸い場内には所狭しと人が。木を隠すなら森の中、人を隠すなら人の中……。

『群衆に隠れようったってそうはいかない! バックスクリーンON!』

 ステージの背景が明るくなった思ったら、映写機か何かによって写真が映し出されていた。

「って、えぇ!?」

 そこには間違いなく俺の写真。それがスクリーンいっぱいに映し出されていた。

『ふははは! こんなこともあろうかとアイツがバスケしているところを盗撮しておいたのだ! 抜け目がないだろ~』

「おい!!! それは犯罪だろうが!!!」

 つい、大声を張り上げて講義してしまった。しまった、と思ったときにはもう遅い。

『いたぞー! みんな、ウェーブでステージに流してくれー!』

「は?」

 目の前にいた男に急に胸ぐらを掴まれて、担ぎ上げられた。そして、

「うわぁぁぁぁ!」

 あれよあれよと人の上を流されて、気付いたときにはステージの前に。そして、ステージに投げ込まれた。

「いでっ」

 眩しい。ステージを照らしていたライトが直に降り注いでくる。

「ウェールカム。ティムくん」

 その光を遮って、モニカの顔が倒れた俺を見下ろしてきた。ニコニコ笑顔。ご満悦、といったところである。俺は心の中でため息をついた。

「さあさ、紹介するから立った立った」

 モニカの差し伸べてくる手に掴まり立ち上がると、そこはまたもや異質な場所だった。

 ステージの上の世界。それは予想以上に高く、俺が今までいた場所とはまさに天と地の差。突き刺さる百以上の視線。そして、そこが持つ独特の空気に頭が犯された。

「――かっ」

 呼吸をするのを忘れていた事に気付く。ここに立つということは、それだけで俺という人間を殺してしまえそうな重圧を持っていた。

「大丈夫~? もしかして緊張しちゃってるのかな」

 何故、コイツはこんなにも平気な顔でいられる? いや、コイツだけじゃない。他の奴らも皆だ。それほどに俺には苦しい場所なのに。

「おいおい。そんな素人をステージに上げんなよ。固まってるじゃねぇか」

 ビリーである。セリフはいかにも心配してそうであるが、表情は、俺が緊張しているのを見て楽しくてしょうがない、といったところだ。正直、気に食わない。

「まあまあ、ビリー。取り敢えず、ティムに自己紹介でもしてもらおうよ」

 と言ってマイク手渡される。

 何、俺に喋れと? 正気か、あんたら?

 モニカを見ると、ジェスチャーで話すように促してくる。観客も俺が口を開くのを待っているようだ。

 気乗りはしないが、ここまで来てはしょうがない。

『え、えーっと。自分はティムだ。ティム=ティリンス。えー彼らの紹介で、今夜初めてライブ、というものを見に来た』

 横でモニカが親指を立てて「いいぞ! 続けて続けて」と言っている。

『あー何て言うか、うん。ここは凄いな。こんなにも人生で衝撃を受けた日は他に無いだろうってくらい、ここに、このライブに感銘を受けている。全部、目新しいものばかりで』

 ビリーは「どうだ!」とも言わんばかりに胸を張って深く頷いている。

『今日のライブに招待してくれたことに感謝をする。ありがとう』

 そう言って、マイクをモニカに返した。モニカは満足気な笑顔でそれを受け取り、背伸びをして肩を掴んできた。

「ん!?」

 そうして、飛びつくようにして頬にキスをした。

 再び湧く会場。黄色い叫び声と口笛の音が響き渡る。

『よーし、気合が入った! 今日は最高のライブにするぞぉ。ティムも最後まで楽しんでいってくれよな!』

 俺は半ば放心状態でステージを降りていく。

 モニカは自分の持ち場に戻り、ビリーがギターを荒々しく鳴らす。

『よっしゃあ! 二曲目は“Coldness”』

いやー遅くなりましたw

もう片方も近々更新するのでよろしく!

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