色がついた人間
『…なんですよね。ということで! 今回ご紹介するのは、コレ! 『マキシムカッター』! この包丁は特殊合金で作られていて、切れ味、耐久性、どれを取っても最高品質! 見てくださいこの切れ味、キュウリやニンジンなどお野菜はもちろん、弾力があり切りにくい鶏皮もこの通り! かるーい力で簡単に切れます。さらにはこのかぼちゃ。とても硬くて切るのは困難ですよね? しかし『マキシムカッター』ならご覧の通り、ほら!』
『わぁ! すごーい!』
「わぁ。すごーい」
乱暴にテレビを消して、リモコンを向かいのソファに放った。
「ふぅ。通販の見過ぎは良くないな。くだらねぇ商品が魅力的に見えちまう」
足を投げ出して、椅子に深く腰掛ける。腕を組み、天井に向かってため息を吐いた。
「あ、そういえば昨日もゴミ出してないな。やべぇ何日分溜まってんだよ」
ふとキッチンのゴミ袋を見れば、その透き通った袋の中身が目に入った。
「そうだ。学校用品一式もあるんだった。面倒くせぇ、めちゃくちゃあるじゃねぇか」
また気分が萎えた。本当に面白くない。
(俺らしくね)
とりあえずゴミを出しに行くことにした。回収日とズレてるから近所迷惑甚だしいが、隣人からの評判など気にしたところで今更である。
玄関先にゴミを置いた時に、向かいの家で庭の草刈をしていたおばさんがコチラを見ていることに気がついた。おばさんは俺とゴミを交互に見比べながら、俺と目が合うと草刈機をその場に置いて、そそくさと家の中に入っていった。
(まあ、イイケドね……)
折角、外に出たのだ。つまらない家の中よりは、とそのまま出かけることにした。財布は持たず、ぶらりと、目的もなく。
――この街は狭い。それは昔から思っていたことだ。幼い頃に近くの公園で、そこらのストリートチルドレンと遊んでいた時からずっとだ。道はどこまでも繋がっているように見える……いや、実際に繋がってはいるのだろう。アメリカ中のどこまでも、ニューヨーク、シアトル、ラスベガス……。けれど街の線引きというものは確かに存在するわけで、子供の頃はそれを侵したら立派な家出だった。大人になり(まだ10代ではあるが)ある程度の自由も許されるようにはなったが、結局のところその範囲の線引きは消えずにある。俺は狭い空間に生きているのだ。
少し歩く。ここは街の中央。地理的な中央ではなく、商業的な中央のことだが。そこそこの高層ビルが立ち並び、そこそこに裕福そうなビジネスマンがところ忙しと歩き回っている。
(つまんねぇ)
何故、俺はここに来たのだろう。いつ来ても思うことは同じなのに。俺にとっては停滞の象徴のような場所なのに。
(結局、お前らはみんな脇役なんだよ)
心なしか足取りが早い通行人達を見て、心の中で呟いた。
けれども彼らはそれを意にも返さず、せっせと歩き回る。今日の日をしのぐために、明日一日をしのぐために。
(うえ。吐き気がしそうだ。空の目的のためだけに生きているんだぞ、お前らは)
咄嗟にビル群の間の路地に滑り込み、都会を装った都市の喧騒が消えるまで歩くと、そこはまた別世界。ダウンタウンである。
道のいたるところに人が座り込み(昼過ぎのみ。それ以外の時間は寝ている人が多い)、足元には缶詰を置いている。ストリートチルドレンが走り回り、さっきの場所(街の中央)よりは生気がある。
(つっても、俺が望んでる街の光景じゃねぇな)
街とは違った虚しさがここには立ち込めている。よく見れば走っているのは子供だけ。大人はうなだれて座り込み、せいぜい歩いている者も目は自分の爪先を追っている。
「ミスター金くれよ」
物乞いをする子供の声のみが街の喧騒として響く。
自分のポケットに財布が入っていないことを見せると子供は離れていった。
もちろん入っていても恵むことはない。俺自身が薄情なわけではなく、自身の経験に基づいたこの街の歩き方だ。
――昔、この辺のスラムで子供に金をやった紳士を見たことあるが。そいつは数時間後には身ぐるみ剥がされて、通りがかる人間に助けを求めてた。スラムで金を見せてはダメだ。装飾品ももちろん。いい奴ってのは悪い目を見るもんなのさ。
と、考え事をしながら歩き進めると、少し先からボールの跳ねる音が聞こえてきた。
(ああ。ここはバスケットコートがある場所か)
暗い道の先から光が漏れている。近づくと、ひらけた場所がダウンタウンの真ん中にポツンとあった。
コート内ではダウンタウンの青年たちが数人でバスケットボールをしている。端に座って様子を眺めることにした。
「うむ……」
ここだけ色が違う。街が白、ダウンタウンが黒だとしたら、ここは白黒。多少ではあるが景色に動きと、命が感じられる。スポーツということに意味があるのか、それともこの空間に……。
「――うおっ!」
轟音がしてダンクがきまる。片方が少々押され気味なようだ。それもそのはず、コートの中には7人。3対4の試合なら3人の方が不利なのは言うまでもない。
「――――」
立ち上がっていた。そしてコートに降りる。
「ハァ…ハァ…お?何だ兄ちゃん。フゥ…」
「俺も混ぜてくれよ。ちょうど4対4だろ」
「ハッ…ハッ、いいぜ。じゃあ…ハァ…スティーブのチームな」
「よし!パスっ!」
「おお!」
スパッ――――。
ボールがリングをくぐり抜ける。
「ヤハァ!」
「ナイス!」
20分程だろうか。数年ぶりにバスケットボールというものをやった。先ほどのシュートで小休憩。コートの真ん中に寝そべった。住宅の屋根の隙間から見える青空が何とも心地いい。
「なぁ君」
「どうした?スティーブ君」
「学生の時、バスケ部だったりした?」
「そんな事はないけど。なんでだい?そんなに美味かった? ハハ」
「いや、何で下手くそなのに混ざろうとするのかなって。変に自信ありげだったから」
「――――」
今になって気づいたが、いつの間にかコートの周りに数人ほど人が集まってて、試合を見ていたようだ。大半はスラムの子供であるが……。
「お、」
自分と同じ年頃の女の子達がいた。目を引いたのは都会的な服装であった。スラムには不釣合いな流行モノの服だ。
(こんな物騒な場所に街から来るのは俺くらいかと思ったが……)
案外わからないものだ、と心の中で思っていたら、その女の子たちの纏う雰囲気の違いに気づいた。
(お? これは……街の人間? その割には活き活きしてるな。というか、この三人ここの誰よりも色彩豊かだ。白でも黒でもねぇ。一体……?)
「おい、君」
「次は何だよスティーブ君」
意識は完全に少女たちの方を向いたまま答えた。
「あそこの彼。ずっと君を見てるようだけど知り合い?」
「ああ?……誰だ?アイツ。つか、ありゃあ、むしろ睨んでるな」
(しかし、アイツもだ。アイツも色付いてる。女たちと同じだ)
男がこちらへゆっくりと近づいてきた。ポケットに手を突っ込み、こちらを威圧するような目で睨んだまま。
「?何だおま――ェッ!?」
頬に痛み。衝撃でコートに再び転がる。
「――チッ! だからこんなトコに行くのはよそうって言ったんだよ。おかげで変態ヅラした物乞いに人の彼女を視姦されちまった!」
「フフッ。別に何もされてないけど?」
「だー、うるせぇ。俺にはそう見えたんだよ! ったく、こんなクズどもの溜まり場に、何でわざわざ来たがるかねぇ」
痛いのか殴った手を振りながら、男は殴った相手には目もくれず女たちのもとに駆け寄った。そのまま彼女らしき女性と、帰る、帰らないで口論を始めた。
「突然びっくりしたぁ! 大丈夫かい? 酷いね彼。僕らのことをクズだってさ」
倒れた俺にスティーブくんが声を掛けてくれる。
「ごちゃごちゃ言ってないで、こんな所からはさっさとオサラバしちまおうぜ。くせぇし汚ぇし、胸糞悪いんだよここは!」
「いろんな所に行ってみたいの。何処でインスピレーションを受けるかは分からないじゃん。ここで名曲が生まれるかもしれないんだよ」
「ああもう! だから出来るだけいろんなトコに連れていってるだろ! 我侭言うのも大概に――」
「あ」
話していた彼女の後ろにいた少女が口を開けて、男の背後を指差す。男はしかめっ面で指先をたどり、後ろを向く。
「何、俺の顔面に汚いモンかましてくれてんだァ!!!」
男の横っ面に俺の拳がめり込み、ミシミシと音を立てた(ような気がした)。
「――ゴッハッ!」
「「「おお!」」」
感心して拍手をする女三人。とスティーブ君。殴られた男はそのまま地面に倒れ込む。
「ハァ…ハァ…」
痛ぇ、と殴った手をさすりながら男が沈黙したのを確認した。流石に倒れた人間をさらに痛めつけることはできないと、苛立つ気持ちを抑えて息を整えた。
顔を上げて、目の前の女達を見る。殴られた後でも変わらず彼女たちは色鮮やかだ。そして倒れている男も。
「お前たちは一体何なんだ?」
何か衝動的なものに動かされて、俺は目の前の少女に話しかけてしまった。そして彼女から帰ってきた言葉は彼女らを見た時以上の衝撃をもたらした。
「ん?ミュージシャンだよ」