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攻略フラグを回避せよ!  作者: 熊胡麻
原作開始前
5/6

第五話 自分改革、完了です

 すっきりとした視界。額に触れるさらさらとした髪の感触。格段に軽くなった頭。

 アストル・アームこと僕は野暮ったい貞子のような髪から一転、少し癖のあるアシンメトリーのおしゃれヘアに大変身することに無事成功した。……長かった。

 トル蜜シャンプーが終わった後に固まっちゃったエガリテを正気に戻すことから始まり、区切られたスペースから出たあとの周囲の反応やら騒ぎやら、その騒ぎに驚いて手元が狂ってしまったエガリテのお母さんと被害にあってしまった男性客……もろもろ沈静化するまでにかかった時間は、正直考えたくもない。その後は昼食をとって直ぐヘアカットしてもらったから休む間もなかったしな。


「ありがとう、エガリテ。正直あんまり期待してなかったんだけど……凄い気に入った」


 店の玄関まで見送りに来てくれたエガリテに礼を言う。ぱちぱちと瞬きをして、エガリテが頬をかいた。


「はは……あんがと、あんまり褒められてる気がしねえけど」

「褒めてるって、僕が人を褒めるってあんまないんだよ? 誇っても良いぐらいだね」


 僕の褒め言葉に何とも言えない顔で笑うエガリテに微笑む。

 そうすると、ほんのりと頬を染めるエガリテの何と初々しいことか。こんな初々しさとは大昔にさよならした僕には眩しすぎる反応だ。

 さよならした経緯は何てことない。そう……腐った女の子には、避けては通れない道があっただけのこと。同士の方々にはご理解いただけることだろう。やおい穴だとか、そんな無粋でちゃちなものではない。気にならない人もいることだろう。

 だがしかし私は気になってしまったのだ。だから調べて、調べた結果に衝撃を覚えた。

 リアル男同士のセクロス事情は大変生々しかった。実際にしようとした場合なんの前準備もなしにする事は絶対的に不可能であることを学んだ。

 ……これを知った後に初々しい反応なんて、今更できるはずもない。

 ちなみに、すべろんのセクロスシーンは実際の性交渉に準じた前準備が全シーンに適用されているため、主人公受けルートでの攻めたちの多種多様な前準備の仕方が大変美味しく、また創作活動の参考に役立ったことを付け加えておこう。


「初々しいなあ……エガリテ、悪い人に騙されないようにしろよ? あったばかりの僕が言うのも変だけど……これぐらいのことで一々そんな反応してたら、いつか悪女に弄ばれそうで心配だ」

「え、何なんその心配? 俺そこまで初々しいわけじゃないと思うんだけど……弄ばれそうか?」

「個人的見解ではかなり」

「………………」


 率直に言ったら微妙そうな顔に逆戻りしてしまった。男の子に初々しい、弄ばれそうって言葉はアウトだったんだろうか? 困ったな。僕もこれから男として生活するのに、男の気持ちが分からないってアウトな気がするぞ。


「そう言われてもなー? アストルと違って俺って平凡だろ? 普通顔っちゅうか一般的な顔立ちで、確かにお洒落には気い使ってるけども……そんな悪女ゆうような美人さんが相手してくれるやこ思えねえんだけど」

「甘いね、エガリテは……良い? 悪女って言うのは美人だけじゃないんだよ。一般的な、身分も何もない平凡な女性だって悪女の可能性はあるんだ」

「…………アストル、悪女に騙されたことでもあるのか? 何か異様に詳しいってか、妙な説得力あんだけど……」

「ないよ? 僕の意見は一般論」

「ほ……ほーか……そだ! アストルはこの後どうすんだ? 何か予定入ってる?」


 さらっと答えるとエガリテは反応に困ったのか、いささか強引に話を変えてきた。まあ美容院で悪女談義って謎の状況に陥ってたから気持ちは分かる。突っ込まず話に乗っかることにした。


「この後は眼鏡店に行く予定だよ。明後日から新学年だし、イメチェンしようと思ってさ。今日この美容院に来たのもイメチェンの一環」

「あー……なるほど。まあ来たときのアストルは確かにイメチェン必須だよな……あ! 違うぞ?! 別にアストルが根暗っぽかったとか外見と性格の落差めっさ激しいなとか全く思ってなかったからな?!」

「エガリテさあ、僕だから良いけどその慌てようは自白してるようなもんだよ?」

「す…すまん。あ、それじゃあお詫びに今から質の良い眼鏡屋に案内して……!」

「……ほう? 今から……何てったんだい?」


 背後からかけられた声にエガリテが体を震わせて硬直する。底冷えするような声と共に、まるで氷の中にでもいるかのような冷気を周囲に感じた。

 がしいっと音がしそうなくらい勢い良く、エガリテの頭が掴まれる。掴む手は細くしなやかな癖して、ミチミチと鳴ってはいけない音を辺りに響かせていく。


「馬鹿息子……もしやアンタ、侘びを理由に手伝いサボろうって魂胆じゃあ……ないよね? ん?」

「い……痛いですオカーサマ」


 しゃきん、と軽やかな音が響く。しゃきん、しゃきん、しゃきん。彼女の左手に握られた髪切りバサミが、存在を主張するかのように鳴いた。


「悪いねえ、この馬鹿息子には手伝ってもらわなきゃならないことが山ほどあるんだ。お客さんには申し訳ないけど、勘弁してやってもらえないかね?」

「ああ、いえ全然構いません。元々一人で行く予定でしたし、気になさらないで下さい」


 申し訳なさそうに眉を下げて謝るエガリテの母に、手を振ることで構わないと伝える。元々自分ひとりで行くつもりだったし、エガリテを無理に借りる必要があるほど町の地理に詳しくないわけでもない。確かにアストルは積極的に外出する性質でもなかったようだが、それでも最低限の地理は把握していたようだから。

 何よりこの状況で今の彼女を前にして、断る以外の選択肢を選べるはずもない。しゃきん、と忠告するかのように鳴く髪きりバサミの音が断った場合の未来を暗示しているようだ。折角綺麗に切ってもらったのに、散切り頭になるのはごめんだ。


「……ごめん、アストル……またな……」

「さあ、客が待ってるよ! とっとと歩きな!」


 涙をうっすら瞳に浮かべて、助けを求めるように手を伸ばすエガリテに手を振る。今の自分は、きっと市場に売られていく子牛を見る目になっていることだろう。ずるずると店内に引きずられていくエガリテに手を合わせ黙祷を捧げ、僕は美容院を後にした。




 白いレンガ造りの小さな眼鏡店。軒先には木製の看板が吊り下げられており、風化した文字の掠れ具合を見るに相当の年月を味わったことが伺える。創業450年の老舗、それがここメトルの眼鏡店だ。

 店自体は小さいが品揃えも豊富。何より眼鏡の作りが丁寧なことが何よりの特徴であり、この店の方針でもある。丁寧が方針だなんて、ありがちだと思うのは早計だ。この時代に機械などはないため、全ての製品がオーダーメイド。そのため店によって作りが異なったり、粗悪品を掴まされたりといったトラブルも少なくない。そんな中で丁寧が売り、ということは粗悪品を掴まされる心配が殆どないということだ。

 眼鏡は結構な高級品のため、より長く使えることが望ましい。メトルの眼鏡店が何百年も存在するのは、その心理をよく理解したオーナーが店の方針を保ち続けたからだろう。

 アストルはそれを知っていたからこそ、眼鏡を購入するさい真っ先にこの店を訪れたのだと思う。


「だからって、あんな野暮ったい眼鏡を選んだ心理は理解できないけど……うーん、どれが良いかな」


 眼鏡を試着しながら店内の鏡をのぞきつつ物色する。この世界の眼鏡はレンズの度合いで値段が変わることはないので、店内に提示されてる値段が全てだ。レンズに魔法がかけられていて、使用者の目に合った調整を自動的にしてくれるから度が合わなくなることもない。この世界で眼鏡を買い替える理由の大部分が、フレームの破損やレンズが割れる等の物理的なものだ。

 現代の製造技術とこの魔法を合わせれば鬼に金棒なのにな、なんて埒もないことを考えつつ試着しては戻し試着しては戻す。

 1時間ほどそれを繰り返して僕が選んだのは、赤瑠璃石で作られたフレーム眼鏡だった。

 プラスチックなどがないため、ガチの宝石である。人生初の宝石を眼鏡として入手したのは僕が初めてに違いない。そもそも赤瑠璃はこの世界において頻繁に採掘されるらしく、石ころほどの価値しかないらしい。衝撃的だった。ところ変われば価値変わる、とはこの事か……。


「カルチャーショックだよ……気分的に粗雑に扱う気にもなれないし、大事にしよう」


 頷きつつ店内を後にする。実は試着しては戻すばっかりしてたから、店の人に冷やかしなんじゃないかって目で見られてて居心地が悪かったんだよね。次は気をつけよう。

 その後は気の済むまま洋服店を巡り、店員さんにアドバイスを求めつつ私服を購入して行った。あんまり意見を聞かれるってことがないのか、最初は困惑されてしまったりもしたけど……最終的には打ち解けることができたから結果オーライだろう。好みのデザインも多かったから、多分常連になりそうだし愛想は良くしておくに越したことはない。

 これで外見的な準備は整った。後は明後日までに〝僕〟を仕上げるだけだ。……頑張ろう!



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