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青輝のラジエル  作者: 秋月スルメ
第一部 来訪、新世界
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第八話 波乱の旅立ち

 

 朝日に照らされる円形の広場。中央にある丸い金属のモニュメントが滑らかに光を投げかけ、敷き詰められた白い石が輝いている。その後ろには紅く燃える城がそびえて、広場を見下ろしていた。


 その広場のモニュメントの脇に、二人の人間が手持ち無沙汰な様子でたっていた。一人は痩せていて背が高く、目つきの鋭い男。もう一人は紺碧の髪をツインテールにした、大きなサファイアブルーの瞳が愛らしい西洋人形のような少女。およそ似つかわしくない組み合わせではあったが、彼らは仲良く並んで何かを待つようにたっていた。


 男の方は少々いらついたようだった。彼は懐の時計にしきりに目をやると、落ち着かない様子で足を鳴らす。コンコンとリズムが連続して、それはだんだんと速くなっていった。それを脇にいる少女はなだめるような顔をしてみている。


「遅せえな。あの二人なにやってんだ?」


「さあ、でもきっと大丈夫なのですよ。それにまだ、約束の時間になってないじゃないですか」


「だがな、こういうとき普通は少し前にくるものなんだぞ……。おっ、来たな」


 広場に向かってカンコンと小気味良い足音が近づいてきた。男が目を凝らすと、束ねた紅髪を振り乱しながら走ってくる女とそれに引っ張られてくる少年の姿が見える。間違いなくメリナとカイルだった。


 カイルたちはそのまま待ちわびている二人の元へと一直線に走って行った。そうして二人が到着すると、男は懐から時計を出して時刻を確認する。するとちょうど時計の針は約束の時間を示していた。


「時間ぴったり、か。まったく、五分前には来いよ」


「そう怒らなくても間に合ったからいいじゃないか。それよりゲーツ、この子がお前のいってた相棒か……?」


 メリナはゲーツの隣にいた少女をみて見事に固まった。みてはいけないものを見てしまったような、そんないやな沈黙が一瞬だがあたりを支配する。しかし、そのあとすぐ彼女は女神のような温かい表情でゲーツを見た。それと同様にカイルもまた、ゲーツを雑念が取れたようないい笑顔で見つめる。


「ゲーツ、達者でな。つかまらないようにうまく暮らすんだぞ。世間は冷たいだろうが私は遠いところから応援してる」


「俺もお仲間と勘違いされないように距離をとってですけど、応援するから頑張って」


 二人は目をそらしながらそう告げると、くるりと後ろを向いてどこかに去っていく。その歩く速度は速く、一切後ろは振り返らない。直後、二人の後ろからゲーツの叫ぶような声が響き渡った。しかし彼らはその声を無視してなおも一心不乱に歩こうとする。だがその時、後ろからゲーツのものとは明らかに違う華奢で高い、繊細な風の音のような声が聞こえてきた。


「二人とも違いますよ~! そんな関係のわけないでしょう! 勘違いですから戻ってきてくださーい!」


「なんだ、違うのか。びっくりしたじゃないか」


「よかった、ゲーツさんは普通の人だったんですね」


 メリナとカイルはそれぞれほっとしたような顔をした。彼らはその場でうんうんとうなずき、歩くのをやめて立ち止まる。それを見ていたゲーツはいらだたしげに叫んだ。


「おい、わかったなら早く戻ってこい!」


「はーい」


 メリナとカイルは同時にどこか気のない返事をすると、ゲーツの方へと戻ってきた。ゲーツはふっと溜息をつくと、アイスと呼んだ少女を自分の前へとたたせる。メリナとカイルの前に立ったアイスはぺこりと頭を下げて、二人の顔を見た。


「はじめまして、私はアイスです! ちょっと訳あってゲーツさんのもとで御厄介になってます。見た目はちっちゃいですけど、青銅級の魔導士なんですよ!」


「ほほう。その年で青銅級か、将来有望だな。私はメリナ、黄金級の魔導士だ。よろしく頼む」


「俺はカイル。……ええっとまだ見習い魔導士だけどよろしくね」


 三人は手を出しあうと、互いに堅い拍手を交わした。カイルも照れくさいのかすこしはにかみながらではあるがアイスと握手をする。そうして三人が笑顔のうちに自己紹介を終えると、一人だけ蚊帳の外となっていたゲーツが宣言した。


「よし、出かけるぞ。急がないと間に合わないからな。坊主、確か期限は一週間だったんだよな?」


「そうだよ。一週間で塔の最上階まで登らないといけない」


「だったら何か乗り物に乗らないと間に合わないな。運送ギルドへいくぞ」


 ゲーツは脇に置いてあったカバンを肩に掛けた。彼は口笛を吹きながら通りに向かって広場を歩いて行く。カイルたちも急いで荷物を抱えると、彼の後に続いて広場を後にした。




 四人は朝の通りを二人ずつ並んで歩いて行った。メリナとカイル、ゲーツとアイスといった組み合わせである。朝の通りはかなり混雑していて、二組のグループは少し離れて歩いていた。通りの雑踏にもまれながら、彼らは絶妙な距離感を維持して歩いて行く。


 そうして四人が歩いていると、カイルがメリナの脇腹をチョンと肘で小突いた。メリナはとっさにカイルの方を振り向く。するとカイルはメリナの方に顔を寄せて小声でささやいた。


「あの、さっきでてきた青銅とか黄金ってどんな意味なんですか? ちょっとわからなかったんですけど」


「あれは魔導士の強さを表しているんだ。これはギルドを統括している魔導書管理協会が定めていてな、全部で五階級ある。下から順に鋼鉄、青銅、白銀、黄金、白金だ。もっとも、たいていの魔導士がランク外だがな」


「なるほど、ありがとう」


「なに、大したことではない」


 メリナとカイルは互いに少し離れた。お互いの間に人が一人、入れるかどうかぐらいの距離だ。朝のあわただしい通行者たちを交わしながらも、二人は器用にその距離感を保ちながら通りを歩いて行く。朝焼けに照らされ紅に染まるレンガ造りの建物たちの谷間を、彼らは軽い足音だけを響かせて静かに進んでいった。


 そうして進んでいる四人の目の前に馬車のマークの看板が現れた。その看板を掲げているのは大きな商館のような建物で、そのわきの道にはたくさんの馬車や、さまざまな動物たちが引く獣車が止められている。どっしりと大きく間口のとられた玄関では、朝だというのにたくさんの人間が盛んに出入りしていた。どうやらここがさきほどゲーツの言った運送ギルドのようだ。


 ゲーツは要領よく人の流れにまぎれて開け放たれている玄関の奥へと消えていった。カイル達も少し遅れて、なんとかそのあとを追う。すると彼らが中に入ったころには、ゲーツが小太りの商人らしき男と話を始めていた。


「蒼の塔まで車を出してくれ。お代は弾むから竜車でもなんでも早いやつで頼む」


「困りましたねえ……。蒼の塔までの途中にある砂漠でサンドワームが大量発生してるんですよ。旦那には世話になってますが、車はちょっと出せませんね」


「サンドワームだったら大丈夫だ。魔導士ばかりで四人の旅だから、出てきたら返り討ちにしてやる」


「そうは言われましても、気配におびえちまってそもそも動物たちが走ってくれないんですよ。なので頼まれましても私どもにはどうにも……」


「……ううむ」


 がっくりと力なく肩を落とした男。彼にゲーツは何も言うことができなかった。ゲーツもまた困ったような顔になって、お手上げというようなポーズをとる。そしてとぼとぼと、鉛のように重い足でカイルたちの方へと戻ってきた。


「サンドワームの大量発生で車が出せないらしい。こりゃ仕方ない、歩くしかねえな」


「歩くと三日はかかるぞ。ただでさえぎりぎりの日程なのにどうするんだ」


「んなこといわれてもなあ……。俺にはどうしようもないぜ」


「俺にはどうしようもないって、もっとほかに言い方はないのか!」


「なんだよ、どうしようもねえのは事実じゃないか。ならメリナにはなんとかできるのか?」


「それはそうだが……」


 メリナとゲーツの間に、なんともやりきれない雰囲気が漂った。ピリピリと空気が張り詰めていくのが、はたから見ているカイルたちにもわかる。それはまわりにいる運送ギルドの人間たちにも伝わったようで、ギルドの受付周辺が気まずいような空気になった。周りにいた人間たちは彼らから微妙に距離をとり、遠巻きに人垣を作る。


 カイルとアイスはどうにか二人を落ち着かせたいのだが、いかんせん今回のことに関しては彼らにどうしようもない。なので心配そうな顔をして二人を見守ることしかできなかった。その間にも、二人の間の険悪感は増していってしまう。このままでは昨日のように喧嘩を始めかねない状況だ。


 その時だった。十代半ばだろうか、一人の小柄な少年が大人たちをかき分けて前に出てきた。彼は緊迫した雰囲気を発しているゲーツとメリナの間に割って入ると、両腕を広げて二人を引き離す。そしてかぶっていた帽子を格好つけるようにひねると衝撃的な言葉を発した。


「まあまあ、落ち着いて。話は聞いたぜ、その依頼だったら俺が受けてやってもいい」


「小僧、何をいってやがるんだ? そんなこと無理だろ」


「それができるんだな。何せ、俺の車は動物を使ってないんだ。だからたとえサンドワームがうじゃうじゃ湧いてきても、その中を突っ走れるんだよ」


--動物を使ってない? じゃあなんで走るんだ? 


 ギルドの人間もカイル達も思考が一つにまとまった。彼らはそろって黙り、ギルドの中は静寂につつまれる。さきほどまで険悪な空気を垂れ流しにしていた二人も、そろって口をぽかんとあけてしまった。彼らは真ん丸な目で、少年の浅黒い彫りの深い顔を見つめる。


 そのとき、さきほどゲーツと話した男がはっとしたような顔をした。彼は興奮したように勢いよく口を開くと、次から次へと矢継ぎ早に言葉を紡ぎだす。


「ロイ坊、お前まさかあの『がらくた』を使うつもりか? 燃料は一体どうするつもりなんだ。あれはいちいち動かすのに膨大な魔力がいるんだろ?」


「燃料なら大丈夫だぜ。今回のお客さんは全員魔導士さん。しかもおやっさんが『旦那』なんて呼ぶくらいだ、おそらく相当高位のな。だったら燃料の魔力なんていくらでも手に入るだろ」


「確かにそうかもしれんな……。だが、あんなものが砂漠の環境に耐えられるとは思えん。わしは反対だぞ!」


「あれでも馬とかよりよっぽどタフなんだけど……。ま、古いおやっさんを説得するのは無理そうだな。どうだいお客さん、おやっさんは反対してるけど俺に賭けてみないか? 相当急ぎの用事みたいだけど、ほかに手段はないだろうぜ」


「こら、ロイ坊! いい加減にしないか!」


 男は無理やりに少年を引っ張り、外へ放り出そうとした。少年はじたばた手足を振りまわして抵抗するものの、男の太い腕は頑としてその体を離さない。そのまま彼は引きずられて、運送ギルドの玄関まで連行されていった。だがそのとき、その進行方向に細い影が立ちふさがる。空気をはらんでふわりと膨らんだその影は、明らかにローブを着たカイルのものだった。


「おじさん、ちょっと待ってくれ。ねえ君、俺たちの依頼を受けてくれないか? どうやら君しか出来る人はいないみたいだし」


 そう冷静に言い放った時、カイルの顔は何やら確信めいていたのだった--。


 今回は全小説を通して過去最長です。といっても4500ぐらいしかないのですが。でも、いままで3000ぐらいしか書いてこなかった私にとっては確かに最長なのです。


 これからもちょっとずつ、ボリュームのある物語というものを目指していけたらと思います。


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