第七話 魔導書は神性能なり
今回はおもに説明です。ご了承ください。
「ふうっ……」
カイルは疲れたように一息つくと、手に持っていた本をテーブルの上に置いた。彼はそのまま大きく背を伸ばすと、しょぼしょぼする目を手で擦る。その顔はそれほど長い時間が経過したわけではないのに、疲労の色が色濃く見えた。
魔法の入門書「燃えよ! 超絶魔導塾 ~入門編~」は意外なことにまともな本だった。説明がやたらハイテンションだったが、その内容自体はわかりやすく秀逸である。しかも劇画タッチなのがカイルは気になったが、この本には説明用のイラストも多用されている。おかげで彼はこの世界の魔導士について、およそのことを知ることができた。
この世界の魔導士の使う魔法というものはアルカディアの魔法とは大きく異なっていた。まず、彼らが魔法を使用する際に必ず使う魔導書というものが、カイルのイメージしたものとはまったく異なっていたのである。
カイルがイメージした魔導書というのは、ページを一枚ずつ消費して使う消費アイテムである。ページをちぎって投げることにより、そこにあらかじめ記録しておいた魔法を発動させることができるのだ。値段が恐ろしく高い上に制限付きだが、魔法職以外にも魔法が使えるとあってアルカディアでは割合ポピュラーなアイテムである。彼が魔導書と聞いてこれを連想したのはもっともな話だった。
しかし、この世界の魔導書というものはそれとは似ても似つかないものだった。書とは名ばかりでいわば、所有者専用仕様の魔法兵器とでも言うべきものなのである。しかも古代文明の残した遺物らしく、すさまじくオーバーテクノロジーなものだ。具体的には所有者がそれぞれ起動キーワードを唱えることにより、古い本のような形から近未来的フォルムの戦闘形態へと移行する。
戦闘形態は近接武器タイプ、遠隔武器タイプ、特殊武器タイプの三種類だけである。だが、ひとつとして同じ姿を持つ魔導書はないらしい。この世界には一万冊近い数の魔導書があるそうだが、そのすべてが違う姿をしているのだ。さらに見た目だけでなく記録している魔法もそれぞれ違う。
しかも所有している人間と契約を結ぶことにより、魔導書は契約者に合わせて成長を始める。具体的には所有者が戦闘するたびに敵の魂の一部を取得して機能を拡充させ、さらに所有者に合わせて新たな魔法を生成したりするのだ。
この魔導書の成長は契約している人間にもフィードバックされる。そして、魔導書の成長具合をこの世界の人間はレベルで表す。つまり「この大陸の人間は魔導書と契約しないとレベルが上がらない」とメリナが言ったのはこういうことなのだ。カイルの言うレベルとはかなり異なっていたのである。
カイルは正直、この説明だけでも飲み込むのが大変だった。しかし彼にとって困ったことに。この世界の魔導書の機能はこれだけではなかったのである。まだ二つ「クレセリヲ・フレーム」と「Fゲージ・システム」と呼ばれる厄介なものがあったのだ。
クレセリヲ・フレームの方はまだ単純だった。魔導書が戦闘形態に移行すると同時に、所有者を守るべく展開される強力な鎧のようなものなのである。これは純粋な魔力により構成されるもので、所有者の思考や体形に合わせて自動生成される。つまりは変身ヒーローのスーツのようなものだと考えればよいのだ。実際、この入門書にはイラスト付きでそれっぽい解説がなされている。
だがそれに比べて厄介だったのはFゲージ・システムだった。このシステムはレベル制VRMMOだったはずのアルカディアの世界観に、根本的に喧嘩を売っているようなシステムだったのである--。
本の説明曰く「Fゲージ・システム、これは魔導書の動力源たるミューオン・マナジェネレータと所有者の精神をリンクさせることにより、人間の精神状態を魔導書の出力に直結させるというシステムだッ! そしてこのシステムの状態を具体的に表示するのがFゲージなのである。このシステムにより、基本となるレベルの低いものでも精神力いかんによっては実力をはるかに超える力を発揮することが可能だ。つまり我々が真に力を求めるとき、魔導書もそれに応えてくれるのだアアァ! ……ただし、精神力が低ければ実力以下の力しか発揮できない。また魔導書の方は理論上、無限に出力を上げられるがあまり上がりすぎると人間の体や精神の方が持たないので気をつけるべし」
これを読んだ時、カイルは言葉が出なかった。
魔導書の動力源がミューオン・マナジェネレータとかいうやたらSFの響きがあるものだったとか、そういうちゃちな問題ではない。システムそのものが問題すぎるのである。
アルカディアはレベルとスキルを併用したキャラ成長を売りにしていたゲームである。その世界である以上、ここまで大胆な変化があるとはカイルは思っていなかった。だがやはり、一万二千年の時は長かったようだ。
レベル制のゲームで、敵のレベルがころころ変わるなんてことほど厄介なものはない。相手のレベルが最大まで上がっても、まだ自分より圧倒的に低いような状況ならまだしも、同等以上となるときわめて困る。ダメージ計算などの上で、同じ攻撃なのに威力がまちまちなどたまったものではないからだ。ようは耐えられるはずだった攻撃に耐えられなくて死亡するとかそういった事象が多発するのである。
カイルはここまで考えると思考の海から現実に戻ってきた。彼は少々不安げな表情をすると、ミースの方を見る。そして彼女の方に勇み足で歩いて行くと、本を差し出した。
「早かったわね。もう読めたの?」
「うん、だいたい」
「それはよかった。この本、面白かった?」
「まあね、面白かったよ。ところで本を読んでて気になったところがあるんだけど……。Fゲージってのがあるよね? あれってどれくらいまであげられるの?」
「ええと、そうね……」
ミースは少し考えこむような動作をした。彼女は頭に手を当てると、その人差指でコンコンと頭をたたく。そうして人差し指が五回目のリズムを刻んだ時、彼女は何かを思い出したように口をあけた。
「二百パーセントってとこかしら。前に一度、そこまでなら上がったことがあるわ。ただし、そのあと疲労と筋肉痛で丸一日動けなくなったからそれ以上はまず無理だと思う」
「そうなんだ。あと一ついいかな?」
「なんでもきいていいわ」
「魔導士って平均でどれぐらいのレベルがあるのかな? 受付やってるミースならだいたいの平均ならわかるでしょ」
「たぶん……六十ぐらいね。でもこのギルドは大陸でも有数の実力派ギルドだから、魔導士全体の平均となるともっとずっと低いわ」
--よかった、それなら大丈夫だ。
カイルは心の中で安堵した。安心はすぐに彼の顔にも表れて、明らかに話を聞く前より血色がよくなる。その様子にミースはすこし不思議そうな顔をしたものの、顔色が良くなる分には何も言わなかった。
レベル六十ならば二百パーセントになってもせいぜい百二十、レベル五百のカイルの敵とはなりえない。その事実はカイルに驚くほどの安心感をもたらした。とりあえずだが、魔導士となにかやりあうことになっても大丈夫なのである。何があるか分からないこの世界、それはきわめて安心できる要素だ。
こうして安心したカイル。彼はほっと一息つくと、またカウンターの前にある椅子に腰かける。そしてギルドの様子を観賞しながら、しばらく落ち着いた様子で休んでいた。すると突然、ギルドの天井が揺れた。地の底から伝わってくるかのような轟音が響いて、上から埃が舞い落ちてくる。カイルはあわてて立ち上がると、目を丸くしながらミースと顔を見合わせた。
「何が起きたんだ! これはいったい……」
「たぶんこれはメリナの……あっ、やっぱり!」
大広間の正面にある扉がきしみを上げた。その向こうから、どこかすっきりとした表情のメリナが現れる。彼女はそのままどこかご機嫌な足取りで、カイル達のいるカウンターへと歩いてきた。その白銀の鎧はまったく汚れたり傷ついたりはしておらず、どうやらゲーツとの喧嘩に圧勝したようだ。
「……メリナ、またあなたアレをつかったのね」
「大丈夫だ、威力は十分加減してある。そんなことよりカイル、今から出かける準備をしよう。蒼の塔は遠いからな」
「ああ、そうだね。でも仲間はどうするんだ?」
「それについては問題なくなったぞ。ゲーツが相棒と一緒についてきてくれるそうだからな」
「無理やり言わせてない、それ?」
メリナの顔が一瞬、雪山のごとく険しくなった。カイルはとっさに、その質問をなかったことにすべく反省を態度で示す。具体的には、日本人らしく素早い動作で頭を下げたのだ。するとメリナはいつもの優しげな表情に戻った。
このあとカイルはメリナと一緒に買い物をした。ギルドからの帰り道に市場に寄ったのだ。薬草、毒消し剤、携帯用の食料に服を持っていないカイルのための着替え。これらをすべてメリナのお金で買った。
薬草などの代金についてはメリナからのプレゼントということになった。だが、服の代金についてはしっかりと出世払いで二倍にして返すという約束である。カイルはどんどんとメリナからの借りが増えていることを心苦しく感じた。基本的に彼は人からものを借りるとかそういったことを好まないのだ。そのため彼はいっそうギルドに入団して働かねばならないと決意を新たにする。
そうしてカイルが少し気まずい思いをしながらも、買い物を済ませたころにはあたりはすっかり夕方になっていた。店に入るたびにメリナが必要のないものまで熱心に見たからである。やはり女性はどこの世界でも買い物が好きなようだ。
こうして夕方になった通りの石畳に、仲良く二つの影を作りながら二人は家へと帰った。彼らはそのあと家でゆっくりと英気を養い、明日に備えて早めに床に就く。
そうしていよいよ時は流れて朝となり、カイルは塔に向かって旅立つべくメリナとともに集合場所であるギルド前の広場に向かったのだった--。
用語がSFチックなのはわざとです。また各用語のより詳しい説明はシリーズになっている設定集の方に載せますので、よろしかったらお読みください。