第六話 燃える、心
毎度のことながらサブタイのセンスと内容がいまいち合ってないです。ううっセンスがほしいよ……。
コツコツと足音を響かせながら、カイルはミースより一足先にメリナのいる大広間へと帰ってきた。するとすでに仕事を求める魔導士たちが集まっていて、結構な賑わいである。だがそんな中でもカイルはすぐにメリナを見つけ出すと、彼女の元へと近づいて行った。メリナの方もまたカイルに気がついて、椅子から立ち上がる。そのとき顔には平静を装っていても隠しきれない不安が浮かんでいた。
「カイル、なんて言われた?」
「入団テストとして蒼の塔に登ってくれって。それで、登れたら入団を認めてくれるみたいだよ」
「蒼の塔か……」
メリナは眉をゆがめた。彼女はそのまま腕を組むと、悩ましげな声を上げる。やはり蒼の塔は相当危険らしく、彼女も不安のようだった。そこでカイルは彼女を安心させるべく笑って言う。
「仲間をつれていっても大丈夫みたい。ただし、お金とか物で勧誘しちゃだめみたいだけど」
「そうか、なら私がついていこう。ほかの仲間も私にまかせておけ。顔は広いんだ、なんとかしよう」
「ほんと? ありがとう!」
「ま、これもそれも私のためなんだからな。お前が働かないと困るのは私なんだぞ! なんたってひと月百万マールは家賃を払ってもらいたいからな」
「……どれくらいの金額かわからないんですけど、それって法外じゃありません?」
百万という響きに怖気づくカイル。彼の現実での小遣いはひと月三千円だ。とっさに小市民の彼は百万円あったらアルカディアでどれだけ課金アイテムが買えるのかと考えてしまう。……課金アイテムで換算するところが彼らしいが。
そんなちょっとおどおどした様子のカイルに、メリナは割合本気に近い目をしてさらに衝撃的なことを告げた。
「激安だぞ。なんたって私みたいな美‘少’女と住めるんだからな」
「少女?」
「なんだカイル、その不満そうな目は?」
「いや、だって。メリナさん美人は美人ですけど二十歳すぎてますよね?」
カイルにはメリナは二十代前半ぐらいに見えた。彼女には落ち着いているような雰囲気があったし、顔立ちも大人びている。体形も十代ではまずありえないぐらいメリハリがきいていた。二十歳すぎているというのは別段悪い意味はなく、カイルがこういう事実をとらえた結果だった。
しかしメリナは違うようにとらえたらしい。彼女の白い顔は沸騰したように紅く染まっていき、肩が震え始める。両手はこぶしを握りしめ、コキッと骨が鳴る音がした。
「……何を言うか、私はまだ十九だぞ! まだ十代だアァ!」
メリナが爆発した。その圧力さえ感じるほどの音量に、周りの人間がびくっとした様子で彼女の方に振り向く。だがそんな些細なことなど構うことなく、彼女はそのままカイルを鉄拳制裁すべく立ち上がる。その時、彼女の後頭部からカコーンと快音が響き渡った。そのままカイルの方に、少し凹んだ木のコースターが飛んでくる。
「イタっ! 誰だこんなもの飛ばしたのは? 許しておけんな!」
「ひいっ! おっかねえ!」
「こええなあ、おい!」
メリナが憤怒の形相であたりを見回すと、周りの男たちは大げさな動作で縮みあがる。しかしその顔に浮かぶ下品な笑顔は少し彼女をからかっているようだ。メリナはますます顔を赤く燃え上がらせて、彼らのほうにずかずかと足を踏み鳴らしながら突進していく。だがそのとき、御留守になっていたカイルの方に黒いマントをまとった男が近づいた。彼はカイルの手元からすっとコースターを奪う。そのまま彼はそれを吟味するように見ると、ヒュウっと口笛を吹いた。
「すげえな、少しへこんでらぁ。さすがはメリナ、半端じゃない石頭だぜ」
「あなたがコースターを投げたのか?」
「ああ、メリナの声があんまりうるさかったんでな。あんなに叫ばれたら耳が破けちまう」
「……確かにすごい声だった。だけど物を投げるのはないんじゃない?」
「いいんだよ、メリナの石頭はたとえ隕石がぶつかっても平気……ぬわっ!」
男の後ろに修羅がいた。彼女は紅い髪を天に立たせて、光線でも出せそうな剣幕で男を睨んでいる。男はその殺気をまともに感じてしまったのか、思わず前にのめってせき込んだ。
しかし、男はひょうひょうとした表情を崩さなかった。彼はそのままなんでもないかのように後ろに振り向く。そして殺気に燃えたぎるメリナの瞳を真正面から見つめた。
「コースターはお前が投げたんだな、ゲーツ? しかも人にものをぶつけておいて石頭だから平気だって?」
「いや悪かった。つい、手が滑ってな。だがもともと、メリナが人の迷惑考えずにでかい声を張り上げたのが悪いんだぜ。あれにびっくりしなきゃ手なんか滑らなかった」
「外に出るかゲーツ。すこしお前と話し合いをしなければならんようだ」
「そうだな、こっちもお前に言いたいことがたくさんある」
メリナとゲーツは連れたって外へと出て行こうとした。互いの目には炎が燃えて、その間で激しい火花が散っている。二人は歩くたびに相手の足を踏もうとまでしていた。カイルはそのただならぬ空気を察知して二人を止めようとするものの、それを振り切って二人は出て行ってしまう。そのためカイルもあわてて外へと歩き出そうとしたが、その肩を後ろから誰かにつかまれてしまった。
「下手に仲裁すると被害が増えるだけよ。ほかっておくのが一番」
「あっ、ミース。戻ってたの?」
「二人が喧嘩し始めるころには戻ってたわ。大丈夫、あの二人の喧嘩はしょっちゅうだから心配することない」
「はあ……。そんなんでいいの? ギルドの仲間なんだろ」
「魔導士なんてたいていバトルジャンキー。ギルドで喧嘩なんてよくあるわ。仲間とのコミュニケーションは拳で、というのは普通」
--いつから魔法職ってそんなに熱血になったのさ! ありえないだろ!
平然とした顔でいるミースに、カイルは心の中で突っ込みを入れた。たぶん、彼の人生の中でも一、二を争うぐらいの全力での突っ込みをだ。それくらい、カイルのイメージしている魔法使いと違ったのである。
アルカディアで魔法使いというのはクールなイメージの職業だった。少なくとも大多数のプレイヤーはそう考えていたし、運営もそうである。そのため登場する魔法使いのNPCはだいたいそういう性格設定がなされている。間違っても拳で語り合うバトルジャンキーなんてのはいなかった。
カイルは若干この世界の魔導士たちとうまくやっていけるのか不安になった。彼自身はゲームにはまってはいたが、そこまで戦闘が大好きという人種ではない。はっきりと言ってしまえば性格としては彼はおとなしい方である。そのため魔導士たちと話が合うのか気がかりとなったのだ。その不安は彼の顔にも表れて、少しばかり唇が紫になる。それをミースは見逃さなかった。
「なんか調子悪そうね。大丈夫?」
「大丈夫だよ。たいしたことじゃないから」
「そう、ならいいわ。それよりお茶でも飲まない? 二人の喧嘩は長いわよ、それにあなた一人ではまともに勧誘なんてできやしないわ。メリナを待たないと」
「うーん、お茶はちょっと……。代わりに本とかないかな? 時間もつぶせるし、知識も増やせていいと思うんだけど」
「魔法関係のわかりやすい入門書があったわ。ちょっとまってて、持ってきてあげる」
ミースはカウンターの奥にある棚をあさり始めた。彼女は髪に少し埃をつけながらも手を伸ばし、上の方までしっかり本を捜す。そしてしばらくして、彼女は一冊の厚い黒表紙の本を小脇に抱えてきた。
「はい、これ。面白くておすすめよ」
「ん、ありがとう。……っ!」
本を受け取ったカイルはその表紙を見た途端、石化した。本を開かせまいとする鉄壁の防御力、いやむしろカイルの目に色覚攻撃を仕掛けてくるような攻撃力にあふれたタイトルがそこにはあった。
『燃えよ! 超絶魔導塾! ~入門編~ ミルアーキ書房刊』
カイルの頭の中を、一瞬だが筋骨隆々のふんどし男が占領したのだった--。
ミルアーキ書房はネタです。某有名架空出版社の名前の読み方をいろいろといじったのですが……わかる人、それなりにいるよね?