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青輝のラジエル  作者: 秋月スルメ
第一部 来訪、新世界
18/18

第一部完 青き紋章のもとに

今回の話で一区切りつきます。といっても第二部があるのですが

 ふにふにと何かやわらかいもの。大きさはミカンより二回りほど大きいぐらいだろうか。カイルは目を覚ますと同時に、顔の上にそんな物体の存在を感じた。それはとてもやわらかいのに適度な弾力があり、カイルにとってなんとも心地よいものだ。顔全体を包み込まれるような格好となっていた彼は、その至福の感触をもっと味わおうと二つあるその物体のはざまにさかんに顔を押し付ける。二つの物体はふにゃっとたわんで、その中にカイルの顔はまるでおぼれたようになった。彼の顔は幸せいっぱいにニヤッと歪んで、鼻の下が思わず伸びきってしまう。するとその時、カイルの顔の上から甘く眠たそうな声がした。


「ふあぁ……。あかん、寝てもうたみたいやわぁ……うぬ?」


「……ア、アリアさん……?」


 カイルはぽかんと目の前にいるしなやかな栗色の髪が特徴的な女性を見た。間違いなく、青の旅団のマスターであるアリアである。アリアの方もまた、自分の胸に埋もれて幸せそうにしているカイルを見た。彼女の色白の顔が燃えたように紅く染まり、目の色が変わる。だが、目をまんまるにして固まったカイルをみると、たちまちそれは収まって代わりにからかうようなほほ笑みがアリアの顔を埋めた。彼女はその笑顔のまま、いたずらっぽい目でカイルを見る。彼女の華奢で小柄な体はカイルによりしっかりと寄り掛かった。猫のような丸いアリアの顔が、ちょうどカイルの真上にやってくる。


「……カイル、いまうちの胸に顔をうずめとったやろ?」


「そ、そんなことないよ!」


「別に照れんでもええのに……。カイルならちょっとぐらい好きにしてもええんやで?」


「ええっ! いや、いきなりそれは……」


 カイルは顔を紅くしてアリアから目をそらした。そのまま彼はしばらくぶつぶつと何かを小声でつぶやき続ける。その体は不自然にもじもじと動いて、軟体生物のようだ。アリアはそんな動揺しておかしくなっているカイルの様子をひとしきり楽しむと、彼の頭を指で軽く小突く。そしてあわてた様子で振り向いた彼に向かって、いたずっぽく笑いかけた。



「もう、冗談やで! ほんとに悩むなんてカイルはかわいいんやから。……っておふざけはこれくらいにしよか」


「あっ、はい」


「べつに返事はせんでええよ。それより体は大丈夫なんか? 三日間も寝てたんやで」


「えっ……」


 はっとしたカイルは改めて周りを確認した。白い清潔なシーツのしかれたずっしりとした高級感のある木のベッドに、殺風景だが白を基調として清潔な雰囲気で整えられた室内。大きな窓からは日光が外から燦々と差し込み、彼のベッドのすぐわきにあるサイドボードには果物が置かれている。さきほどまでは興奮のためまったく頭が回っていなかったカイルだが、冷静さを取り戻すとさまざまなことを把握することができた。どうやら、彼は塔での戦闘で無茶な覚醒をしたことが原因で、病院にあたるような施設に入れられていたようだ。しかも、アリアの話だと三日間も寝ていたらしい。


 そこまで考えたところで、カイルの頭の中をふっとメリナをはじめとする仲間たちの姿がよぎった。彼の背筋を冷たいものが走り抜ける。彼はすぐさま隣にいたアリアの肩をつかむと、それをぶんぶんと振った。さらに彼は血走ったような必死な目で彼女の顔を見ると、舌を噛んでしまいそうなほどの早口でまくしたてる。


「僕は大丈夫だよ! それよりみんなは? みんなはどうなったのさ!」


「ああ、もうそんなに頭を振らんといてや! 大丈夫、みんな元気してるから!」


「そうなんだ……よかった……」


 カイルはほっと胸をなでおろすと、ずっと握りしめていたアリアの肩を離した。アリアはにいっと恨めしげな顔でカイルを睨む。彼女はそのままふくれっ面になると、姿勢を正して椅子に座り直した。カイルもまたそんな彼女の様子を見て、乱れていた布団を整頓するとベッドの上で器用に正座する。そのときカイルの顔がわずかばかり緊張の色を帯びた。


「まったく、あんなに頭を振られたらこの天才的頭脳がパァになってまうやろ!」


「すまなかった。ごめん……」


「そうやって素直に謝ってくれれば許したるよ」


「ありがとう。それでさ、みんなは今どうしてるの?」


「メリナたちなら今は思い思いに過ごしとると思うで。ひどい怪我しとったけど、医務室で治療魔法を受けさせたらケロッと治ったんや。むしろカイル、あんたの方がみんなに心配されとったんやで?」


 カイルは心底意外そうな顔をした。もともと男にしては丸い大きめの目がさらに真ん丸になり、口が少し開く。アリアはそんなカイルの顔を見ると額に指を当て、豪快なため息をついた。その表情は「こりゃだめだ」とでも言わんばかりである。彼女はそのままあきれたように声を出した。



「当然やろ、三日も寝とったんやから。メリナたちはみんな何回もあんたの見舞いに来てたんやで」


「みんな結構僕のことを心配してくれてたんだ……」


「うん、それはもう心配してたんやで。とくにメリナなんか昨日もおとといも徹夜でここにおったくらいなんよ」


--あのメリナさんがねえ……意外だなあ……

 

 カイルはベッドのわきで寝ている自分を看病をしているメリナを想像してみた。すると彼の頭の中で、ぶつぶつ文句を言いながらも病室に入り浸る彼女の姿が鮮明に現れる。カイルはそうしていろいろと世話を焼いてくれたであろうメリナのことを考えると、胸があたたかくなり感謝の念が湧いてきた。だが同時に、カイルはそうして病人相手に世話を焼く様子が普段のメリナのイメージにあまりに合わなかったので、頬が少し緩んでしまう。アリアはそうして緩んだカイルの表情を見逃さなかった。彼女もまたカイルと同じようにニヤッとすると、彼に向かってすこしたしなめるような口調で言う。


「そんな意外そうな顔したらあかんで。メリナはああ見えても女の子っぽいんやから。それに……」


「それに?」


「いや、なんでもあらへんで! 言ったらメリナに殺されてまうんやから! ……そんなことより今、どうしてメリナがいないのかとか気にならんの? 普通やったらメリナがうちがおらんでメリナがここにいるはずやで?」


 アリアはあわてた様子で無理やりに話題をそらすと、カイルから目をそらした。カイルはあまりに露骨な態度をとられたので、彼女が何を言おうとしたのかが気になってしょうがない。なので彼はアリアにもう少しそのことについて追求してみようとした。だが、それと同時にアリアの言ったどうしてメリナが今いないのかということも気にかかってしまう。頭の中で取捨選択した結果、仕方なく彼はさきほどの「それに」の先を聞くことをあきらめて、メリナがいまここにいない理由を聞くことにした。


「……じゃあ聞きますけど、なんでメリナさんはいないんですか?」


「そうそう、それでいいんや。メリナはいまミースと一緒にあんたのためにいろいろと準備をしてるところや。だから、暇なうちが代わりに看病をしてたんやで」


「……ギルドマスターなのにアリアさんは暇なんだ」


「う、うるさい! 今日はたまたま暇だっただけや! いつもはええっと……ギルドの警備とかいろいろ働いてるんや!」


「えっと、自宅警備員の亜種?」


「…………」


 カイルの言葉で、アリアは一瞬にして石化した。彼女は一言「もう知らん!」と言い残すとカイルと目を合わせないようにして、逃げるように素早く病室を出ていく。静かになった病室には、一人あきれたような顔をしているカイルだけが残されたのであった--。







 カイルが目覚めた翌朝。無事にギルドの医務室から退院した彼は、カウンターのあるギルドの大広間に来ていた。その彼の傍らには昨日のうちに再開していたメリナが立っている。昨日のうちに、メリナとカイルは再会を済ませていたのだ。その時に、メリナの目がわずかに潤んだことをカイルは強く心に刻み込んでいる。


 そんなメリナは今、どこかほっとしたような様子でギルドの中を見渡していた。だが、それとは対照的にカイルは精悍で引き締まった表情をしている。その手には、昨日の夜にメリナから渡された青い宝石が握りしめられていた。


「ミースの奴、ずいぶんと遅いな。ひょっとして仕事をさぼる気なのか?」


「そんなわけないと思うけど……。それにしてもちょっと遅いね」


 カイルとメリナはまだ誰もいないカウンターに不安な顔をした。日はすでに高くなりつつあり、通常ならミースが受付の仕事を始めていて当然の時間のはずだ。現にギルドの中にはカイル達のほかにも数人だが人がやってきている。メリナの記憶が正しければ、ミースはいつもだれよりも早くにギルドへやってきて仕事をしていた。


 そうしてしばらくカイルとメリナが不安なまなざしでカウンターを見つめていると、その奥から見慣れた少女が翡翠色の髪を揺らして現れた。その小柄な体格と眠たそうな顔は間違いなくミースのものである。カイル達はひと安心した様子でカウンターの方へと歩いて行った。


「遅かったじゃないか。寝坊でもしたのか?」


「まさか。マスターが仕事をさぼってたから私が代わりに仕事したのよ。おかげで遅れたの」


「マスターにも困ったものだな……。ほんとはしっかりしてるはずなのだが……」


「ほんとにあの人は働かなさすぎだもの……」


 メリナとミースはそのままアリアの話題で話に花を咲かせようとした。しかしその時、横で硬い表情をしていたカイルが二人の間に不満そうな顔をのぞかせる。二人はあっと口を押さえると、メリナはカイルに場所を譲った。


「登録の準備はできてる。さっ、宝石を出して」


「はいっ! これでいいよね?」


「大丈夫、間違いないわ。おめでとう、入団試験はクリアよ」


 ミースは宝石を確認すると、やわらかなほほ笑みを浮かべた。その顔は口元がわずかに歪められているだけなのだが、降り注ぐ春の日差しのような暖かさを感じさせるものだ。カイルもまた確かな優しさを持って笑ってくれる彼女に、自身ができる最大限の笑みでこたえる。隣にいたメリナもあまりなれないのかぎこちないものの盛大に笑って、あたりの空気はふんわりと和んだ。まわりにいた魔導士たちもどこから事情を聞きつけたのかカイルに祝福するかのような視線を送る。


 そうしてあたりの雰囲気がよくなったところで、ミースがカウンターの棚からカードを取り出した。紺碧に輝くそれはとても薄く、カイルの手のひらほどに小さい。されどその正体をすぐに理解したカイルにとって、そのカードはまるで辞書のような厚みと重みのある物のように思えた。ミースはそんなカードをどこかうやうやしくさえある態度でカイルへと差し出す。


「ギルドカードよ。これで今日からあなたは青の旅団の一員。同じ紋章を掲げるギルドの仲間として、これからともに活躍していけることを期待してるわ」


「もちろんだよ!」


 カイルは晴れやかな顔をしてミースに返事をすると、きらきらと青く輝くカードを見つめた。思えば、彼がこのカードを手に入れるためにどれだけ苦労があっただろうか。彼の心を走馬灯のように今までの冒険の記憶がよぎり、彼は思わず感慨深い心持ちになる。その額には怒りの時とはまた違った深いしわが刻まれて、目はかすかに潤んだ。彼はしばらくそのままの状態で動きを止めて思考の海へと精神を沈める。


 その時、メリナの手がカイルの肩にかけられた。彼女は懐から青いスカーフのような布を取り出すと、それを何も言わずにカイルの腕へと巻きつける。カイルはとっさに何をするのだろうかとメリナの方を見たが、彼女は笑って見つめ返すだけだ。そうしてメリナは手早くカイルの腕に布を巻きつけると、その肩をポンポンと叩く。


「なかなか似合うじゃないか。結構男前に見えるぞ」


「これはなんですか?」


「そうか、カイルはまだ知らなかったな。ほれ、あの横断幕をよく見てみろ」


 カイルは大広間の奥に高々と掲げられる横断幕を見た。青く染め上げられた絹のような光沢のある生地に、魔法陣と魔導書を象った紋章が踊っている。カイルはとっさにその腕に巻かれている布をよくよく見てみた。すると横断幕に描かれているものと寸分たがわず同じものが、青い布にはっきりと描かれている。カイルはすぐ横で感慨深そうに目を細めて横断幕を見ているメリナに、あらためて視線を送る。すると彼女はすぐにカイルの方へと目を向けた。


「あの横断幕とおんなじ紋章?」


「ああ、そうだ。青の旅団に所属する魔導士はギルドの紋章を掲げるのが習わしなんだぞ。一応、私も紋章が入ったカバーを魔導書にかけている」


「なるほど! ありがとうメリナさん!」


「た、大したことじゃない。それより、今から私たちはギルドの仲間なんだ。そのなんだ……これからはメリナさんじゃなくてメリナと呼んでくれ……」


「……わかったよ、メリナ」


 カイルは舌足らずな様子でどことなく照れくさそうに言った。その途端、メリナの頬がカッと燃えたように紅くなる。カイルはその様子を見て、少しおかしかったのか口を押さえて笑う。それにつられたのか近くにいたミースが大笑いをして、ギルドの中にいた魔導士たちへもその笑いは広まっていった。たちまちのうちにギルドの中は笑い声に包まれて、いつにもまして穏やかで平和な時が流れた。カイルはいままでの苦労を思い出しながらその穏やかな時をかみしめると、真剣でなおかつ明日への光に満ちた目をする。


 そのカイルの決意に満ちた姿やギルドのほかの魔導士たちを見守るかのように、青い紋章を象った横断幕は広間をすぎるかすかな風にふわりふわりとゆれていた。いまだ青の旅団の魔導士たち、いやこの世界全体に迫る大いなる危機のことを知らずに--。


……ようやく第一部完結です。正直、ギルドに入るまでで終わる部でしたのでここまで長くなるとはちょっと想定外でした。


次回からは第二部となりますが、これからもよろしくお願いします。

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