表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
青輝のラジエル  作者: 秋月スルメ
第一部 来訪、新世界
16/18

第十五話 始祖咆哮

いよいよカイルが大暴走します

「ウオオオオォ!!」


 カイルは身体をそらせると、天に向かって咆哮した。塔が揺れ、付近の雲海がざわめく。彼の足もとを深い亀裂が走り、強烈な衝撃波が円形に放たれる。周囲の柱や床は砕けて飛ばされていった。無数の石の塊が舞い上がり、まだ紅く燃える朝の空へと消えていく。天井はすでにほとんど吹き飛ばされていて、それを遮るものは一切なかった。


 機械兵はそんなただならぬカイルの様子に何歩か後ろへと下がった。そして何度か足踏みして足場がしっかりしていることを確認すると、カイルの姿を紅い単眼でもって睨みつける。機械兵はその強靭な文字通り鋼の足を屈伸すると、猛然と床を蹴った。その黒い身体が大気を吹き飛ばすような勢いで空を跳び、一瞬でカイルへと迫る。その速度たるやまさに神速。さながら機械兵から黒い影が勢いよく伸びたかのような情景だ。


「……ククッ」


 ドンという衝撃波をも伴っていた機械兵の拳は、至極あっさりとカイルにつかまれた。機械兵は一瞬停止したがその後、なんとかカイルを振り払おうと床を揺さぶるような勢いで暴れる。が、カイルはまったく動じない。文字通り、一寸たりともである。その時のカイルはどこまでも無表情で、何かに失望したような空虚な目をしていた。彼はそのままどこかつまらなさそうに笑うと、一気に腕に力を込める。


 鋼が悲鳴とともにきしむ。岩を砕いても傷一つ付かない機械兵の拳は薄っぺらな紙で出来ているかのように脆くも歪んでいく。それと同時に装甲に包まれた内部から、黒みがかった紅い液体が噴出した。手をつぶされた機械兵は機械らしからぬ醜悪でなおかつ耳を破壊するかのような音量で雄たけびを上げる。カイルはその様子を少しだけ、面白そうな顔をしてみていた。


「クククッ」


 カイルはおよそ理性の感じられない獣のような目をして吐息をもらした。機械兵はカイルから距離を取るべく、後ろに向かって跳ぶ。カイルは遠ざかった機械兵にゆっくりと歩いて近づいた。決して走ったりはせずに、ゆっくりと。その顔には残忍にして壮絶な笑みが浮かべられていて、口元は不気味にゆがめられている。強者が弱者をいたぶるときのような、まさにそういう顔をカイルはしていた。


 機械兵は血の滴る手を上に突き出した。その口から苦しげに呻くような声が発せられる。すると、肉が潰れるような音とともに腕の先端部が盛り上がっていった。紅い血にまみれた肉塊がむくむくと手の形をかたどっていき、やけどしたようにケロイド状の白い皮膚がその肉を覆い隠していく。ものの十秒ほどで機械兵の腕に、赤ん坊のようにぷにぷにとしてはいたが手が再生されてしまった。カイルはその一連の機械兵の様子に少々感心したような顔をする。


「……フフッ」


 カイルはさきほどよりもさらに残忍な笑みを浮かべると、一息で機械兵までの距離を詰めようとした。だが機械兵はその動きに素早く対応し、足から炎を吹き出しながら後ろへとすべるように逃げて行った。機械兵はそうしてカイルの攻撃をかろうじてかわすと、先ほど再生した手とは違う手をカイルに向ける。その手の甲にあたる部分についていた銃が変形して、黒光りする銃口が現れる。刹那、無数の青白い光が幾条もの筋を描きながらカイルに向かって走った。空気が焦げる特有の匂いがして、カイルの身体はたちまち光に覆われる。機械兵の執拗な攻撃はカイルの全身が燃えているかのような状態になっても続けられ、あたりに轟音が轟き渡った。


 しばらくして、機械兵はもういいだろうとばかりに攻撃をやめた。あたりから音が消えて、深い静寂に包まれる。もうもうとした砂煙がゆっくりと対流して、かすかな風がそよぐばかりだ。天の上にある蒼の塔の最上階は、本来はほとんど無音の空間なのである。機械兵はその無音の空間にわずかばかりの足音を響かせると、カイルがいた場所に向かって歩く。しかしその時、周りの空気の流れがにわかに変わった。


「グウアアアアア!!!!」


 咆哮が天を貫き、雲を引き裂いて周囲を揺さぶる。対するものの存在そのものを吹き飛ばすかのごときその叫びは、神が放った雷のように塔を激しく揺さぶった。カイルの身から放出される圧倒的な力に彼の周りの空気はすべて跳ねのけられてしまい、鉄の塊がぶつかってきたような衝撃が機械兵を襲う。その細いが重いはずの金属装甲に覆われた身体はなすすべもなく宙を突っ切り、塔の外へと放り出された。


「ううっ……」


 すり鉢状になっている最上階の縁の方で、倒れていたメリナがかすかに呻いた。彼女はまだ少し揺れている床を震える手でとらえて、なんとか上半身を持ち上げる。途中なんども床へ崩れ落ちてしまったものの、彼女はそのまま立ち上がることに成功した。剣を杖代わりにして、彼女はいまだにふわふわとして力の入らない身体をどうにかこうにか際どいバランスで支える。


 そうして立ち上がったメリナの視界に、吹き飛ばされていく機械兵の姿が飛び込んできた。彼女は唖然とした表情で、空の果てへと一直線に消えていくその黒い姿を見送る。彼女の額を冷たい汗が滴り落ちて、背筋がにわかにかたまった。メリナはより白みを増した不健康そうな顔であたりをずっと見渡すと、機械兵を吹き飛ばした張本人であるカイルの姿を発見する。


 黒から紅へと変化している瞳の色、逆立ち稲妻をほとばしらせている髪の毛。さらに背中から生えている荘厳で尋常ならざる存在感を誇るオレンジ色の羽。それらを目の当たりにしたメリナは言葉を失って、その場に座り込んでしまった。彼女は口をうっすらと開けると、力ない指でカイルの輝く羽を示す。


「カイル……。お前、その羽はなんなんだ?」


「グウ?」


「ヒャッ!」


 カイルはメリナの問いに、およそ理性の感じられないうなり声で答えた。メリナの方を振り向いたその顔の獣のように強烈な眼光と、いやに歪められた口が彼女に得体のしれない恐怖を抱かせる。思わずメリナは調子っぱずれな悲鳴を上げると、後ろへと下がった。それをカイルはぎらぎらとした目をしながら見つめる。そして彼はカツカツと重い足音を響かせながら、メリナへと進んでいった。メリナはカイルのその透明感のない目を見つめて、何かを懇願するようなまなざしを彼に送る。唇が弱弱しく震えて、カイルへの言葉を紡ぎ出した。


「カイル? お前は本当にカイルなのか?」


「……グラァ……」


「おい、どうしたんだ! おい!」


 カイルはメリナから絶えずぶつけられる言葉をすべて無視した。彼は上半身をやけに大きく揺らしながら、ふわりふわりとした足取りでメリナの元へと歩み寄っていく。メリナはそうして近づいてくるカイルをじっと見詰めた。だがその目は先ほどまでの茫然としたものとは異なり、確固たる意志を感じさせるものだ。


 カイルはメリナの前に立つと、彼女の首根っこをつかんだ。彼は片手で軽々とその戦士の割に華奢な身体を持ち上げると、拳を握りしめる。そしてその硬い拳を思い切り振り上げ、メリナの顔をめがけて放とうとした。その時、メリナはただカイルの瞳を見据えていただけだ。差し込む朝日のような、まっすぐで強い意志の込められた瞳で。


 メリナの瞳から一滴の涙がこぼれおちた。澄み切った雪解け水のように純粋で、輝くクリスタルのように美しいそれははらはらと頬をしたたりおちる。カイルはそれが落ちていくのをじっと凝視していた。彼は少し、人間らしさを取り戻したかのような目でそれが床に落ちて弾けるのを見送る。その瞬間、彼は拳をほどいて頭を抱えた。


「……ググアッ!」


「大丈夫か!」


 床に倒れ伏しのたうつカイル。それを見たメリナはとっさに彼を抱きかかえてやった。その間にも彼は口から絶え間なく絶叫を響かせ、手足を振りまわす。その目はわずかに理性を取り戻しつつあった。メリナはそれを見て取ると、恐ろしい力で暴れ続けるカイルを辛抱強く抑え続けた。すると、徐々にではあるがその暴れていたカイルが収まってくる。メリナはここぞとばかりに力を強めて、彼を床に抑えつけて安定させようとした。だがしかし、ここでカイルの目つきが変わる。彼は一瞬目を細めると、再び野獣のように鋭い目になった。


「ウアアアアア!!!!」


「くうっ!」


 カイルは雄たけびとともにメリナの身体を払いのけた。メリナは吹っ飛ばされて、また床にたたきつけられてしまう。彼女の口から呻きとわずかだが血が漏れ出した。しかし、カイルはそんな彼女には構うことなく視線を上に向ける。その先には、すでに明るくなってきた空にまるで一等星のように輝く青い球体があった。青く澄んだ光を放つそれは空に浮かぶ炎の塊のようで、大きさはとても大きい。直径がカイルの背丈の五倍はあろうか。カイルはその異様な物体をより詳しく見るべく目を細める。


 細められたカイルの視界に、先ほどの青い球の正体が映し出された。黒い罅だらけの装甲に身を包み、全身から匂い立つかのような醜悪な黒みがかった血を流す機械兵。その手のひらから展開され、今も大きさを増している強力無比であろうエネルギー弾というのがこの球の正体だった。カイルはその正体を知るや否や、背中の羽を力強くはばたかせて空へと舞い上がっていく。彼はどんどんと高度を上げ、塔が軽く見下ろせる高さにまで来た。それと時を同じくして、タイミングを見計らったかのように機械兵の手から青い球が放たれる。


 巨大な山が高速で動けばこのような音がするだろうか。エネルギー弾はあたりを揺さぶるような轟音を響かせながらカイルへと迫ってくる。弾を中心に竜巻のような暴風が吹き荒れ、星が降ってきたかのような青白い光が周囲へ放射される。青空は白に閉ざされていき、浮かんでいた雲は水面に石が落とされたかのように円を描いて消えて行ってしまった。カイルはそうしてさながら隕石のように迫りくる弾に向かって手のひらを突き出す。彼はこの弾を受け止めるつもりのようだ。


「ウグオオオオオオ!!!!」


 空全体へと轟き渡る咆哮。カイルの手のひらが青く燃える球の表面に触れ、強烈な衝撃がほとばしった。背中の羽がオレンジに燃えて、太陽をも倍する光をまとう。その足は地をとらえてはいなかったものの、代わりに羽が圧倒的な力を持ってカイルの身体を支える。青い球はカイルの手のひらを中心として大きくたわんで、少しずつ押し戻されていった。カイルの高度がほんのわずか、数十センチ単位ではあるが上がっていく。


「魔力ジェネレータ出力アップ、最大パワー……!」


 上空でカイルとエネルギー弾の様子を観察していた機械兵が、無機質な音声を発した。機械兵の損傷していない方の手から青い霧のようなオーラが放たれて、エネルギー弾の表面へと吸い込まれていく。ドンと響く音とともに、青い球体は輝きと大きさを大幅に増した。カイルの身体が押し返され始めて、その高度を下げ始める。


 塔をはるかに見下ろす高さにまで上昇していたカイルだったが、ついにその足もとに塔が迫ってきた。彼は絶叫して腕に力を込めるものの、エネルギー弾の力は想像を絶するもので、まったくびくともしない。そのまま彼は塔のすぐ真上あたりまで高度を下げてきてしまった。彼はとっさに後ろを振り向き、塔の様子を確認する。すると彼の目に、茫然とするメリナといまだに起き上らないゲーツとアイスの姿が飛び込んできた。それを見たとたん、カイルの中で再び何かが燃え上がる。


 羽が輝きを増し、塔を覆い尽くさんばかりに広がった。それはさながら天使の羽のように、神々しくなおかつ壮麗にして美しかった。光の結晶のようなその羽はスッと風を切ると、あふれんばかりの力をカイルに与える。カイルの全身がやわらかな陽光のような光に包まれて、腕から閃光が放たれた。青い光はオレンジ色の光に圧倒され始めて、球が再びはるか上空の機械兵へと上がり始める。


 カイルがいまひとたびの咆哮を上げた。青い光はいよいよ勢いを増して上空へと向かって突き進む。機械兵がおぞましい憎悪にまみれた雄たけびを上げるが、その速度がゆるむことはない。そしてあっという間に機械兵のもとへと到達したエネルギー弾は、機械兵の身体を包み込んでいった。黒い装甲が次々と爆発して飛び散り、機械兵はその醜悪な内面を周囲に晒し出す。


 それは病的に白い、痩せこけた人間の肉体のようだった。髪はそりあげられている上に細かいところがわからないが、その華奢な様子から言ってその肉体は少女の物のようだった。だが、それは一瞬にして自ら放ったはずの青い炎に焼きつくされて灰と消えていく。ものの数秒で、機械兵は飛び散った装甲のわずかな残骸と、血肉が燃え尽きたような異臭だけを残してこの世から葬られたのだった。


「ウッ!」


 一方のカイルも、今度こそ完全に力を出し尽くしたようだった。背中から羽が消えて、瞳の色も元に戻る。そうしていつもの状態へと無事に戻ったカイルは、はるか上空から塔の上へと墜落した。カイルが空から落ちてきたことにあわてたメリナがとっさに駆けよってその様子を確認する。しかし、幸いなことに彼女が見た限りではカイルにけがはなかった。それどころか、おどろくほどのんきな顔をして穏やかな寝息を立てていた。


「まさか寝るとは……。本当にいろいろと驚かされるやつだな……」


 メリナはそう深くため息をつくと、運よく残されていた彼女のかばんへと向かった。そこからポーションの瓶を取り出すと、一気に飲み干す。すると少しだが蒼白になっていたメリナの顔に赤みがさした。元気をわずかだが取り戻した彼女は、ほかに倒れているゲーツやアイスにもポーションを飲ませてやった。意識を取り戻したゲーツやアイスは機械兵がいなくなっていることを知ると、顔に頬笑みを浮かべる。そして、メリナも一緒になってまだ寝ているカイルの脇で勝利の味をかみしめた。こうしてカイル達はどうにかこうにか、機械兵を倒すことに成功したのであった--



機械兵の放ったエネルギー弾は元〇玉みたいなものをイメージしてます。

作者はあの漫画が大好きなので、影響を多分に受けとるとです

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ