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青輝のラジエル  作者: 秋月スルメ
第一部 来訪、新世界
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第十四話 決戦、機械兵

 黒い死神のような雰囲気の化け物じみた機械兵。その紅の単眼がカイルの姿を見据えると、強靭な足が床を蹴った。ドンと響き渡る音とともにその黒い体躯が風を裂いてカイルの方へと跳ぶ。疾走する影のようなそれは瞬く間にカイルへと距離を詰めて、手より生える長く曲がった爪が首を刎ねるべく光る。カイルはとっさに杖を顔の前に構えてその一撃に備える。カイルの顔をツウと冷たい汗が流れ落ちて、その瞼が一瞬だが閉じられた。


 だが、衝撃は襲ってこずにかわって鈍い金属音がカイルの耳を貫いた。それに遅れて「グハッ……」と呻くような声も聞こえてくる。それに驚いたカイルが瞼を開くと、メリナの身体が宙を飛んでいた。彼女はそのまま宙を舞いながらもどうにか空中で姿勢を立て直し、床へと着地する。足に装着されている紅い金属製のブーツは床の石との間で火花を散らして、白い筋が床に刻まれる。彼女の身体はそうして床を削りながらも数メートル滑走して、縁の盛り上がった部分にぶつかり停止した。メリナはそうして身体が止まると、機械兵を鬼のような形相で睨みつける。その目は血走っていて、地獄の炎をたぎらせているようだ


「おい、化け物! お前の相手は私だ!」


「……」


 機械兵はゆらりとメリナの方を向いた。そしてその足をゆっくりと彼女の方へと歩ませる。メリナは迫りくる死神の足音を前に、カイル達の方を見た。彼女とカイルの視線が重なり、言葉を介することなく意思が伝わる。メリナの言わんとしていることを察知したカイルは杖を構えると、機械兵の様子を注意深く観察した。


 カイルがざっと見たかぎり恐ろしいほどの威圧感などからして、機械兵のレベルは推定で三百以上。しかもその速さから言うと、近接戦闘に特化しているようだ。カイルが一番相手にしたくないタイプの敵である。しかもその装甲は床を貫いてやってきたにもかかわらず、傷一つついてはいない。相当頑丈で硬い合金が使われているようだ。


 人間でも機械でもそうだが、内側は脆い。この外側に存在する装甲を貫くことができればカイルは勝てるだろう。だが、この黒い装甲は貫くためには大魔法が必須と思われた。しかも、純粋なエネルギーを一点に集中させることができるようなタイプの魔法が望ましい。そう考えたカイルは心の中で、メギド・ジハードを撃つしかないと考えた。逆に、メギド・ジハードが効かないとなればカイルに打つ手はないだろうとも。


 メギド・ジハードは現在保有しているMPの半分を消費して撃つ魔法だ。そしてその威力は消費したMPの量に比例する。カイルは機械兵とメリナの姿を見比べると、素早く呪文を唱え始めた。機械なので牽制をしても心理的効果も見込めないし、MPをそれなりに消費する拘束魔法はメギド・ジハードの威力を下げてしまう。また、妨害魔法で機械兵の動きが多少鈍ったところで、レベル差的にメリナが稼げる時間は変わらないだろう。カイルが呪文を唱え始めたのはそう考えた末の結論だった。


 そうして呪文を唱え始めたカイルの姿を確認したメリナはやわらかにほほ笑むと、機械兵に向かって一気に飛び出す。ブーツと床がこすれ合い火花を散らしながら、メリナの身体が音を超えそうな加速を得た。彼女は走りながら剣を機械兵に向かって構えると渾身の叫びをあげる。


「いっけええ! 紅蓮一刀斬!」


 機械兵に向かって紅い斬撃が放たれた。剣は一筋の紅い光となって大気を裂きながら、機械兵の身体めがけてふるわれた。その紅い光は見事に機械兵の首筋に直撃して、鈍い衝撃波が付近を揺らす。その場に残されていた砂埃が機械兵を中心に円形に沸き立って、メリナと機械兵はにわかに砂のベールに包まれた。その中でメリナはニヤッと顔を緩めた。心地よい確かな手ごたえが、彼女の腕には残っていた。


 しかしその直後。彼女の目は急激に見開かれていった。その顔は青ざめて、息を吸い込む呼吸音がいやに大きく聞こえる。機械兵はメリナの攻撃を首筋にまともに受けたにも関わらず、平然と立っていた。ほんのわずかな身体のブレ一つなくだ。その紅い目がわずかに動いたかと思うと、メリナに対して挑発的な輝きを放つ。


 メリナの中では先ほどの攻撃は最高に位置付けられてもよいほどのものだった。竜でも斬り伏せられるであろうほどの一撃のはずだった。しかし、どうしたことだかメリナの前に立つ機械兵は平然として彼女に対して挑発までしている。メリナは顔をゆがめて歯を食いしばった。奥歯がギシッと嫌な音を奏でて、手のひらには血管が浮かび上がる。


「化け物め……。おのれえええッ!」


 メリナの姿がにわかに霞んだ。彼女はその直後、機械兵の前に現れると猛然と剣を繰り出す。一つのはずの剣が残像によって無数に増えたように見え、火花が滝のような勢いで床へと注がれる。金属音が無秩序に連続して、刃が空を散り散りに引き裂く音が響き渡る。まさに神業的な速度の連撃。防ぐ手段はおよそないかのように思えるほどだ。


 しかし、機械兵はその攻撃を片手でいなしていた。刹那の間に数十と繰り出される剣戟を、軽い調子で捌ききっている。さらにその足は退屈そうに組まれていて、時折ポンポンと床を叩いていた。メリナはその態度が頭にきているのかさらに攻撃の速度を上げていく。彼女の視界の端に映し出される緑のゲージはぐんぐんと上昇して、百五十という地点にまで到達しようとしていた。されど機械兵は相も変わらず、その攻撃を時にはかわし時には腕で受け止めてなどといともたやすくやり過ごしていく。


 メリナから少し離れた窪地の縁付近でカイル達はその攻防を驚愕をもって見ていた。とくにアイスはその大きな目を裂けそうなほど見開き、顔を蒼白にしている。彼女は脇に立っているゲーツの方を向くと、紫になりかけている唇を勢いよく開けた。


「ゲーツさん、このままじゃメリナさんが……!」


「負けるな……」


「わかってるならどうして助けないんですか!」


 ゲーツはそっと後ろを振り向いた。そこには目を閉じて集中した状態にあるカイルがいた。彼は杖を床につきたてて、額に皺をよせながら必死で呪文を唱えている。唇は擦り切れそうなほどの速さで動いていて、舌は今にも絡まってしまいそうなほどの速さで言葉を刻む。ゲーツはそんな様子のカイルをそっと手で示すと、アイスの顔を見た。


「呪文を唱えている間、カイルは無防備だ。だから俺たちはここでカイルを守らねばならん。カイルの呪文でなければおそらくやつにダメージを与えるのは無理だろうからな……」


「だからってメリナさんを放っておいてもいいわけないです! わかりました、私一人でもメリナさんを助けに行きます!」


「おい、アイス待つんだ! あれはお前が行ったところでどうにかなる相手じゃないぞ!」


 ゲーツはアイスの服を後ろからひっつかんだ。アイスは鋭いまなざしで彼の顔を睨みつけるものの、ゲーツはその手を離さない。ゲーツとアイスの間に静かな火花が散った。二人は服が破れるか破れないかの間で互いに微妙な力加減で引っ張りあう。だがその時、メリナのいる方角からキンと鋼を裂いたような音が轟いてきた。


「馬鹿な……!」


 メリナの剣が機械兵の親指と人差し指で完全に受け止められていた。剣は地割れにでも差し込んだように、まったく動かなくなってしまっている。彼女は頭から湯気でも出そうなほど顔を紅くして、腕に力をこめるもののそれは同じことだった。だがそれでもメリナは剣士であるがゆえに剣をあきらめることができずに、どうにか指から引き抜こうと苦心する。そのとき、メリナの剣を抑えつけていた指が唐突に開いた。それと同時に、彼女の腹めがけて黒い弾丸のような一撃が放たれる。


「グオハァ……!」


 メリナの身体が宙を突っ切った。彼女はそのまま聞くに堪えない悲鳴と、風を切るヒュウという音を響かせながら最上階の縁にある盛り上がった部分に直撃する。彼女の身体を中心に円いクレーターが形成され、塔が崩れんばかりに揺らいだのは、機械兵の一撃のすさまじい衝撃を何より雄弁に物語っていた。


 機械兵はゆっくりとあたりを見回すと、倒れてしまって動かないメリナの方へと歩み寄っていった。金属の足が織りなす鈍く重苦しい足音を響かせながら、その黒い身体は徐々にメリナへと迫っていく。そうして機械兵はメリナのすぐ真横まで来ると、容赦なくその鋼の足を彼女の背中へと振り下ろした。


「ウグッ! ドハァ!」


 足が振り下ろされるたび、メリナの身体はのけぞってその口から嗚咽が漏れた。口からは少しずつだが血があふれて、白い石からなる床に一筋紅い筋をつくる。その女性らしからぬその悲痛なうめき声は、容赦なくカイルやゲーツの元まで響き渡ってきた。三人はいずれも怒りに身体を震わせて、目から殺気がほとばしっている。とくにゲーツはその握りしめた拳がすでに鮮血でぬれるほどだった。拳に力が入りすぎているのだ。


「くそっ……もう見てはおれんぞオオォ! アイス、ここは任せた! 俺はやつを止めてくる!」


「ゲ、ゲーツさん! 私も行きます!」


「ダメだ! お前はここで待っていろ!」


 ゲーツは近寄ってきたアイスを押し返すと、単騎で機械兵に突入していった。彼は巨大な銃を機械兵に向かって構えると、メリナにあたらないように気を付けながらも走りながら撃つ。その光弾は機械兵の背中に見事直撃し、機械兵の注意がメリナからゲーツへとそれた。


「こっちだ! さあ来い!」


 ゲーツは銃を乱射しながら巧みに機械兵を誘導した。機械兵はメリナからすぐに離れると、ゲーツを追いかけ始める。迫りくる光弾を弾き飛ばしながら、機械兵はただ淡々とゲーツを追いかけていった。ゲーツはそれをみると、予想通りとばかりに笑う。


「いいぞ、その調子だ! 俺を捕まえて見せろ!」


 ゲーツは銃を撃つ角度などを細かく調整しながら機械兵を翻弄し続けた。柱をまわり、盛り上がった壁の縁を走り抜けて彼はどこまでも逃げていく。その目は時折、カイル達の方へ向けられては細められた。カイルの呪文がなかなか完成しないのだ。彼は少しじれながらも機械兵につかまらないように速度を保ち続ける。しかしその時、彼の視線から機械兵が消えた。とっさに彼があたりを見回してみると、機械兵はすでに彼の後ろに回り込んでいた--


「なに! 見えなかった……」


 ゲーツはそれきり沈黙した。彼の腹には機械兵の文字通りの鉄拳が深くめり込んでいる。機械兵は力を失って寄り掛かってきたゲーツをうっとおしげに振り払うと、カイル達へカツカツと足音を響かせながら近づいて行った。それを目にしたカイルは額に血管を幾筋も浮かべて杖を握りしめ、アイスは蒼白な顔をして言葉を失う。


「ゲ、ゲーツさん……。ゆ、許さない!」


 アイスはその手に杖を構え、怒り以外の感情を忘れた冷徹な目で機械兵を見据えた。そのまま彼女は怒りに身を任せて、普段の愛らしい春風のような声とは正反対の背筋が凍てつくほど冷たい声で呪文を紡ぎ出す。


「……アイス・ジャベリン!」


 アイスの掛け声とともに、杖の先端部に無数の氷塊が現れる。手のひらほどの大きさのそれらは一瞬にして凶悪なまでの加速を得ると、空を貫いて機械兵へ迫る。冷たい嵐のような勢いでそれらは次々と付近の床や天井を穿ち、大きな穴を無数に開けた。弾幕といってよいほどの濃密な密度のその攻撃は延々と続き、付近は凍える破壊の場へと姿を変えていく。白い床や天井はたちまち瓦礫となっていき、もうもうたる白い冷気や砂埃があたりに満ちた。


 ただ、その嵐の中でも不気味な足音だけは変わらぬリズムで刻まれていた。そして、それはアイスの魔法が終了するのと同時に床を破壊するかのような衝撃音へと姿を変える。白い空気は一瞬のうちになぎ払われ、迫る黒い死神の姿が鮮明に表れた。アイスは顔を石化させると、なすすべもなくその凶悪な腕に吹き飛ばされていく。彼女は縮こまってしまった固い身体のまま、轟音とともに近くの壁へとめり込んでいった。


 もはやカイルを守るものはいなくなった。彼が紡いでいる呪文もまだ、完成まであと少しかかる。いくらレベル五百のカイルといえどもしょせん魔法職、この化け物の攻撃を受ければダメージは免れないだろう。まして、近接戦闘にめっぽう弱い彼が戦うことなどできようもない。アルカディアにおいて魔法職は砲台のようなものだ、それ単体ではあまり強くはないのである。カイルがレベル五百にまで強くなったところでそれは砲台としての威力が上がっただけで、弱点を克服できたというわけではない。


 しかしそんな状況の中で、カイルは絶望したりしてはいなかった。彼の心は絶望の代わりに宵闇のような黒さを含んだ怒りで支配されていたのだ。心が一部の隙もなく怒りによって埋め尽くされ、ほかの感情が完全に消失したような状態になっているのである。それはある意味で雑念をなくした究極の純粋状態といってもいいかもしれない。それぐらい、今のカイルは怒っていた。


 カイルは機械兵へと一歩近づいた。機械兵は近づいてくる彼がどこか興味深いのか、見つめるばかりで手出しはしない。そうしているうちにカイルは無機質な、ある意味死んだような目で機械兵の黒い身体を見渡す。その漆黒に輝き身体にはところどころに血が付いていた。ほかでもない、彼の仲間たちの流した血だ。その鮮やかに残った紅い痕が、カイルの怒りをより一層純化させ、高い次元のものへと押し上げる。


 カイルの意識がとうとうあやふやなものとなってきた。怒りのあまり我を忘れるというが、今のカイルは本当に自我をなくそうとしているのだ。それと同時に、何か身体の奥底から何か底知れないものがわきあがってくる。不定形のように感じられるそれはとても熱く、莫大な力を感じさせた。カイルはそれの持つ力に歓喜して、すぐさま受け入れようとする。しかしそのとき、頭に冷たい少女の声が響いてきた。


『まだその力を手にしてはいけない。もしもいまの状態で覚醒すれば、エデンのものより丈夫なアルカディアの器といえど壊れてしまいかねないわ……。もし器が壊れてしまったら、あなたはヒトに戻れなくなる』


「戻れなくたっていいよ……。僕には力が必要なんだ」


 カイルは小声でつぶやくと、少女の声を一蹴した。彼はもはや迷うことなく心の中に現れた熱い力の塊を取り込もうと意識する。すると、力の塊は彼の中へと溶け込んでいき、カイルの身体全体が炎に包まれたような感覚に襲われた。彼の身体からにわかに衝撃波のようなものが放たれて、景色が歪む。機械兵はそのカイルの変化を感知するやいなや、悲鳴のような警報音を発した。


「E因子急速増大! 熾天使レベルマデ到達!」


 カイルの変化はなおも続いた。現実の姿に合わせて黒かった瞳は紅く染まり始めて、黒髪も逆立って青い稲妻を帯びる。さらに彼の着ているローブの背中部分がにわかに膨らみ始めた。むくむくと異様なまでの膨張を見せるそれは、やがて頑強な生地の限界をも超えてローブの背中部分に大きな穴を開けてしまう。その穴からは太陽のような輝きが放たれた。強烈な光は雲の隙間から差し込む陽光のごとく一直線に伸びて、あたりを照らし出す。それはだんだんと勢いを増していき、同時にそれを発しているものの姿も明らかになっていった。それは光の結晶からなる羽だった。そう、六枚の光の羽がカイルの背中から生えたのだ--


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