第十三話 到達、最上階
埃の降り積もった階段と通路。その淀んだ空気の中をカイルたちが走り抜けていく。その後ろから彼らをたくさんの機械兵が追いかけていた。彼らはいずれも甲冑を来た騎士のような姿をしていて、ぎしぎしと床を鳴らしながら執拗にカイル達に攻撃を仕掛けている。あるものは腕に備え付けられた光線銃を撃ち放ち、あるものは光で構成された輝く剣を振りまわし。機械兵は耳障りな金属音を響かせながら、ありとあらゆる手段で持ってカイル達を殲滅せんとしていた。
カイル達はその攻撃の嵐をかいくぐりながら塔の上を目指して廊下を疾走していた。時折、四人のうち誰かが後ろを振り向いては機械兵たちを足止めするために呪文や斬撃を放つ。炎の刃が一閃して前方を走っていた機械兵が斬られたかと思うと、次の瞬間には雷鳴のような炸裂音が轟いて鉄くずが飛び散った。その猛攻にたくさんいた機械兵も次々と数を減らして、嵐のようだった攻撃も少しずつ間が開いていく。そうして攻撃がぬるくなってきたところで、とどめとばかりにカイルの呪文が炸裂した。
「……貫け! サンダーレイ!」
カイルの杖の先から稲妻がほとばしった。拡散した青い光はカイルから少し離れた点で収束して、一直線に機械兵たちを貫いていく。機械兵たちの装甲を白い網目状の電撃が走り抜けた。あちこちで無数の爆発が連続して、塔が揺れるほどの衝撃があたりを包む。太鼓のリズムのようにいっそ心地よいぐらいの勢いで機械兵たちの頑強な体が弾け飛んでいった。そのあとには黒く焦げた廊下とクズ鉄となった機械兵の山だけが残される。
カイル達はスクラップになり果てた機械兵たちを見て、駆けていた足をとめた。彼らは額の汗を拭いてほっと一息つくと、近くの壁に寄り掛かる。そして、少々うんざりしたような顔をした。
「やれやれ、とんでもない数だったな。こんな狭い塔の中によくこれだけモンスターがいたものだぜ」
「こいつらは機械だからな、食べ物がいらないからどれだけでも居られるんだろう。まあ、それにしても以前に登った時より数が多い……」
「ほんとに多すぎですよう。私、疲れちゃいました……」
頬を赤く染めたアイスは床にぺたりと座りこんだ。彼女は猫背気味に顔をうつむけにすると、はあはあと荒い呼吸をする。ゲーツはそれを見て肩をすくめると、メリナやカイルのいる方に顔を向けた。その時、彼は両手を困ったなといわんばかりに上げていた。
「アイスはもう限界が近いな。今日のところはこのあたりで休んだ方がいいかもしれん」
「うーん、どうするカイル? ここで休んでも明日の朝は早めに出れば十分間に合うが……」
「ちょっと待って……」
カイルは近くにあった窓から外を見た。外はすでに夕方になっていて、眼下に広がる雲海が紅に燃えている。太陽は山の端に沈みかけていて、最後とばかりに萌黄色の光を投げかけていた。塔の青い外壁はその光を目いっぱい反射してまばゆいばかりに輝き、その根元部分はすでに暗闇の下にある。カイルはそれを確認すると再び塔の中へと視線を戻した。そして彼はメリナに向かってしっかりとうなずいて応える。
「もう夜になるみたいだ。…よし、もう少しだけキリのいいところまで登ったら休もう」
「わかった、じゃあもう少しだけな」
カイル達は互いにうなずくと、体をよくほぐした。彼らはそうしてまた塔を登り始める。すると、先ほど動きを止めたところから二階ほど上に上がったところで、彼らは小さな扉を見つけた。その薄っぺらい金属製の扉を注意深くカイルは開ける。長年使われていなかったためか悲鳴のような摩擦音と大量の埃を撒き散らしながら扉は開いた。
扉の中には何もなかった。金属の壁が打ちっぱなしの、殺風景な小部屋があるだけだ。その部屋の中にはつぶれて完全にスクラップになっている何かの機械らしきものだけがあり、そのほかには何もない。ちょうど、四人で休憩するには良い部屋だ。
「おっ、ちょうどいい部屋だ。今日はここで休憩しよう、みんなそれでいいよな?」
「ああ、私は賛成だ」
「俺もだぜ」
「どこでもいいですから休憩したいですう……」
満場一致だったので、四人は早速部屋に入った。彼らはそのままカバンから寝袋など泊まるための装備を取り出して野営の準備をする。そうしてそこからは何事もなく時間は流れ、彼らは交代で寝ずの番を務めながらもひとまず眠りについた--。
真夜中。月が天頂で真円を描き、淡い白雪のような光を投げかけている。それは塔の巨大な窓を抜け、開け放たれた扉からカイルの頬を照らしていた。カイルはそれを瞼を通してかすかに感じると、目をこすりながら体を起こす。するとそこには横顔を白く染めたメリナの姿があった。彼女は戦闘用の装甲を身に付けた状態で、剣に寄り掛かって座っている。その目は穏やかながらも研ぎ澄まされていて、敵の来襲に備えているかのようだった。しかしその視線は起き上ったカイルの姿を見つけた途端、やわらかなものへと性質を一変させる。
「なんだカイル、眠れないのか?」
「いやさ、なんだか胸騒ぎがして」
「ほう、そうか。確かに今の蒼の塔は様子がおかしいからな。ギルドの新入りが変なからくりを動かしてから様子がおかしくなっていたそうだが、まさかここまでとは想定外だった」
「前はもっとモンスターとかは少なかったのか?」
「ああ、今の半分以下だったな」
メリナは過去を思い出しているのか、少し遠い目をしていった。蒼い瞳が月明かりを反射して透き通る。紅の鎧もまた昼間とは一味違う燐光に満ちている。カイルはそんな幻想的なメリナの様子を見て、にわかに感傷的な気分になる。彼もまた、物憂げな瞳で空に浮かんでいる円い月を眺め始めた。空の高いところにいるためか空気は澄み切っていて、ガラスのよう。煌々と照る月はその冷たい輝きを一切遮られることなくカイル達に伝えてきていた。
二人の間に満ちる雰囲気が包み込むような優しげなものになった。それにつられるかのように、メリナは顔にほほ笑みを浮かべる。カイルもそれに応えるかのように笑ったところで、メリナがうっすらと薄いが形のよい唇を開いた。
「カイル、お前が来てからまだ一週間にもなってない。なのに、こうしていると昔から一緒だったような気がするのはなぜだろう……」
「いろいろなことがあったからじゃないかな。こうして旅したり、サンドワームを倒したりとかいろいろやってるもの」
「そういうことじゃなくて……私が言いたいのはもっと根本的な……」
メリナが少し怒ったような顔をしてカイルの方を見たその時、床が大きく揺れた。四人のいる部屋からはるか下の階層から、耳をつんざくような爆裂音と大地震のような激しい揺れが伝わってくる。その轟く爆音と強烈な揺れの中、メリナは剣を構えて敵襲に備え、カイルはいまだしぶとく寝ているゲーツとアイスを起こしにかかる。
「なんだ、なんかやばい奴でも来るのか?」
「まだ寝足りないですよう……」
「いいから二人とも、さっさと戦うための準備をして!」
カイルがのどが張り裂けんばかりの勢いで怒鳴ると、二人はあわてた様子で魔導書を取り出した。二人は早口で呪文を唱えると、瞬く間に戦闘用の装甲であるクレセリヲ・フレームに身を包む。しかしそうしてカイル達が戦う準備を整えると、爆発音や床の揺れはぴたりと絶えてしまった。四人は互いに背中を合わせながら、嵐の前の静けさのような不気味な静寂に満ちた部屋をしっかりと見渡す。彼らの目はいずれもかすかな部屋の変化をも見逃すまいと鋭敏になっていた。
そうして数分の時が過ぎた。だが、待てど暮らせど敵は来ない。カイル達は額から滴った汗をぬぐうと、ふっと大きく息をした。彼らは構えを維持したままではあるが、背中あわせになっていたのをやめて互いに顔を見合わせる。
「来ないな……。間違いなく何か起きたはずなのに……」
「仕方ねえな、とりあえず上まで登っちまおうぜ。まさかまた眠り直すわけにも行かねえからな。そんで、さっさとこんな塔からおさらばしちまうのが一番さ」
「ゲーツさんの言うとおりなのですよ。あんな不気味な装置もありましたし、こんな塔からはさっさと出たいのです!」
「ここはゲーツさんとアイスの言うことに従った方がよさそうだね」
カイルは首を大きく縦に振ると、荷物をまとめ始めた。メリナたち三人もそれに続いて、四人は手早く出発の準備を整える。予定よりも数時間早く睡眠もまだ十分とは言えなかったが、こうしてカイル達は部屋を飛び出した。彼らは夜の深い闇に閉ざされた塔の中を、手に持ったランプと月明かりの淡い光だけを頼りに突き進んでいく。その足取りは速く、姿を見せぬ何者かにせかされているようだった。
気味の悪いことに、四人の前には昼間のように敵が立ちふさがることはなかった。その代わり、はるか階下から金属を砕くような音だけが時折響いてくる。巨大な怪物がバリボリと獲物をかみ砕いているかのようなその音は、カイル達の走りをより一層加速させた。彼ら四人はろくすっぽ休みもせずに最上階目指してひたすら走っていく。
そうしてしばらく時間がたつと、とうとう夜が白み始めた。はるか東の果てから燃える太陽が顔をのぞかせて、闇に沈む空や大地を燦々と赤く染め上げていく。カイル達の下に広がる雲海はたなびく紅の絨毯のようになり、それに反射されたまばゆいばかりの光がカイル達の目を射抜く。
カイル達はその光に一瞬だけ薄目になったが、構わず走り続けた。しかし、その終わりがないかのように思えた階段登りもついに終わりがやって来た。カイル達の視界がにわかに広がり、神殿のような空間が目に飛び込んでくる。乳白色の石でできた円柱と重厚な天井からなる空間は、すり鉢状に落ちくぼんでいた。そのすり鉢の縁にあたる部分からは朝日に輝く空が見えていて、ここから上がるための階段の姿はどこにも見当たらない。その代わりにカイル達からくぼんだ床を挟んだ向こう側に、祭壇のようなものが見えた。その中には陽光をはらんで煌々と蒼く輝く、しずく型の宝石が満載されていた。
「ついたぞ! 最上階だ!」
「あれが試練の宝石? よーし、さっさと取って帰ろう!」
カイルは祭壇に向かって一気に駆け出そうとした。だがその時、塔が爆発によってにわかに揺さぶられる。バランスを崩したカイルは、その場でしりもちをついてしまった。そうしている間にも彼の座り込んでしまった床は激しく揺れる。その揺れはだんだんと小刻みになっていき、とうとう頑強なはずの石でできた床にも亀裂が入り始めた。
「まずい、床が裂けるぞ!」
メリナがそう叫ぶと同時に、床が中央部から一気に裂けた。その深い裂け目の中から、轟き渡る爆音とともに何かが飛び出してくる。それの後に続いて無数の瓦礫や砂埃が間欠泉よろしく噴出した。勢いよく舞い上がったそれらは天井を直撃してあたりにもうもうと立ち込める。やがてその中から、巨大な人型の影が姿を現した。カイル達は柱の陰に隠れながらも、その恐るべき姿を確認する。
ぬらりと血に濡れたような黒い装甲に、顔に当たる部分から突き出した鋭利な牙のような物。その紅の目は獲物を求める死神のように冷酷な光に満ちていて、いやに細いが殺戮に特化したような鋭角なフォルムをもつ四肢は凶悪な力にあふれている。全体として線が細い容貌ではあったが、それはひょろひょろとしているというよりは無駄なものを排除したといった雰囲気だ。さらにその華奢だが威圧的な骨格の肩には「ADAM T-01」という文字が白で鮮やかに書かれている。
怪物はその紅の目でもってあたりを見回した。圧迫するような視線が宙を走り抜けて、カイル達はその圧倒的な気配に思わず後ずさる。だが、その破滅的な目はある一点を見据えて動きを止めた。それはなんとカイルのいる場所だ。怪物はカイルの姿を視界にとらえると、彼の体を上から下まで執拗なまでに注意深く観察する。そしてその視線が元の位置に戻った時、音量は小さいがおぞましい内容の音声が空気を伝わってきた。
「……アストラルパターン、E因子ヲ確認。咎人ト認定、殲滅セヨ」