第十一話 塔に秘められしもの
中盤あたりはかなりコメディーですが、終盤はかなりシリアスな話になるのでご注意を。
カイルは自身の使った魔法の威力に半ば恐怖していた。肉の焦げたにおいが鼻につき、彼の心をざわめかせる。彼は腰を抜かしてしまったようにへたりこむと、顔を蒼くして息を荒くした。そのさまは死神に肩を叩かれてしまった瀕死の病人のようだ。
カイルがそうして蒼くなっていると、メリナたちが魔法の衝撃から回復した。彼女たちはおそるおそる目の前に広がるクレーターを覗き込むと、その深さと立ち上る臭気に顔をしかめる。そして戦慄したようにぎこちない動きで首をひねると、へたりこんでいるカイルに振り向いた。
「おいおい、すげえ魔法だったな。俺はこんなの初めてだぜ……」
「私もだ……。これほどまでの威力とは思わなかったぞ」
「……本当はここまでの威力は出ないはずなんだ。ありえないよ、僕も信じられない」
「あん? 自分の魔法なのによくわからないのか?」
ゲーツは眉をひそめた。彼の額には深い渓谷が形成されて目つきが鋭くなる。メリナも彼ほどは露骨ではないが、少し目に疑いの色を浮かべた。カイルは彼らの態度に小さくだが非常にゆっくりとした動作でうなずく。彼自身もまた、うなずくことで事態を整理しようとしているかのようだった。
「ほんとはあんな威力は出ないはずなんだ。せいぜい五分の一ぐらいだよ。少なくとも、僕の故郷じゃそうだった……」
「マナの濃度が濃い地域とか魔力の密度の高い地域にくると魔法の威力が上がるということはあるが……。そういうことかもしれないな。どっちにしろ、これからは気をつけないといけないぞ。俺たちまで巻き添え食うようではたまらん」
「ああ、ゲーツの言う通りだな。カイルまで吹っ飛んだりしたら困るんだから」
メリナはそう心配そうに言うと、青い顔をしているカイルに肩を貸そうとした。だがむしろ、彼女の方が戦闘の疲れなどが蓄積されていたらしい。カイルの方が逆にふらついた彼女を腕で抱きかかえるようにして支えてやった。メリナは少し気恥ずかしそうに顔を赤らめたが、黙ってカイルの腕に抱かれる。それをみたゲーツはヒュウと口笛を吹くと、そのまま二人から離れて行った。
しばらくして五人はまた車に乗って出発した。そのころには疲れて眠ってしまっていたアイスも目を覚まして、愛らしい姿で四人を和ませる。彼らはそのまま砂漠をひた走ると、蒼の塔の姿がいよいよ近づいてきた。高さの割に太さはないといえど、蒼の塔が恐ろしく巨大な建築物であることに変わりはない。五人は少しその威容に圧倒されながら、その真下へとたどり着いた。
「さすがに高いなあ……頂上が見えないよ。これじゃ上がるの大変そうだな」
「全力で階段を上るだけでも丸々二日はかかる。帰りはえれべーたーとかいう機械ですぐに帰ってこれるが、登る途中でモンスターとの戦闘もあるから、時間はぎりぎりだな」
「じゃあ急がないと!」
カイルはさっそく車から飛び降りると、ぽっかりと口をあける塔の入口へと駆けた。塔の外壁は継ぎ目一つない青い金属のようなもので出来ていて、傷一つ付いていない。その冷たい質感の外壁がカイルを鏡のように映し始めたところで、カイルに向かって後ろから声がかけられた。
「待つんだ、今から入ったら塔のモンスターの餌食になるぞ! ここはゆっくりと休むべきだ」
「えっ、でもメリナさん。急がないと間に合わないよ!」
「大丈夫だ、普通に登ったら二日かかるが一日ですむ裏技がある」
「なんですか、それ?」
「明日になったら教えてやる。さあ、今日はここで野営するぞ」
メリナは口元をゆがめて不敵に笑うと、車から大きなカバンを取り出した。彼女はその中から素早くテントを取り出すと、さっさと設営に取り掛かる。ゲーツやアイスもメリナの意見に賛成のようでその作業を手伝い始める。こうしてカイルたちは塔のふもとで野営をすることになった。
「また迎えに来るからな~!」
翌朝、ロイは車の修理を終えると朝一番で街へと帰っていった。ちなみに燃料に関しては、あらかじめ昨夜のうちにカイルから取り込んで蓄積してある。半日かかってしまうものの、燃料自体をためておける装置はあるのだ。時間がかかるので行きは使用されることがなかったが。
とにかくそういうわけで、彼は街へといったん帰った。またカイル達が塔を降りてきたあとで、ここまで迎えに来ることになっている。カイルたちは去っていくロイをひとまず見送ると、今度は自分たちが登るべき塔を見据えた。
塔は朝焼けに染まり、青い外壁が紅く燃えていた。その光は空の果てめがけて高く高く続いている。カイルは一瞬その高さに圧倒されてしまったが、メリナの言った裏技のことをここで思い出した。メリナの言う通りなら、この塔をたった一日で登れるはずなのだ。
「さあて、メリナさん。この塔を登るのにどんな裏技があるのさ?」
「あれを見てみろ。塔の中ほどにある少し出っ張った部分だ」
塔の中ほど、雲を一つ突き抜けた高さの部分。そこがちょうど、きのこの傘のように張り出していた。カイルがよくよく目を凝らしてみるとその傘の上に、針の先ほどではあるが穴のようなものが見える。カイルはメリナの言わんとしていることを察して、少し顔を青くした。
「あそこから塔の中に侵入するつもりなのか?」
「ああ、あそこからならだいぶ登る距離が少なくて済むからな」
「……あそこまでどうやって上がるつもりなんだ? 僕、空なんて飛べないけど」
メリナはニヤッと底の見えない笑いをカイルに向かってした。彼女はくいくいと指を曲げると、アイスとゲーツを呼ぶ。アイスは不思議そうな顔、ゲーツは見るからに嫌そうな顔をしてメリナの方に来た。
「ゲーツ、お前から先陣を切ってくれ。やり方はわかるな? 今回は近くに石がないからアイスの氷で代用するんだ」
「いつものあれであの高さまで上がるのか? 落ちたら死ぬぞ、無理だ!」
「無理をしてくれるのがゲーツだろう。さあアイス、人が乗れるくらいの厚い氷の板を作ってくれ」
「わかったです。でもあんまり無茶なことはしないでくださいね?」
メリナは親指をぐっと上げると、アイスの前に突き出した。アイスはそれを見て目を輝かせると、嬉々とした様子で魔導書を片手に変身する。そしてものの数十秒で人が一人乗るのにちょうどよい、座布団より一回り大きいぐらいの円盤状をした氷の板を創りだした。
「これでいいな。よし、ゲーツこれの上に乗るんだ」
「はあ、マジかよ……」
「こら、文句を言うな。さっさと乗れ!」
メリナ足でもって、ゲーツを強引に板の上に乗せた。ゲーツはいよいよ額の皺を深めて渋い顔になる。その曇った目はメリナに向けられ、彼女を痛烈に非難した。だがメリナはそんな彼に構うことなく魔導書を手に呪文を唱える。紅い炎のようなものが彼女の体を包み込み、鎧が発光する。その炎が消えたころにはメリナは紅の鎧に身を包み、輝く大剣を構えていた。
「飛んでけえええェ! 爆炎斬!」
「うおおおっ!」
メリナの剣の切っ先から炎の球が飛びだした。手のひらサイズより一回り大きい球はゲーツの立っている板の下にもぐりこみ、大爆発を起こす。ドンと地響きがして爆風が吹き、ゲーツの姿がどこかに消えた。代わりに高いところから聞きがたいほどの絶叫が轟く。カイルとアイスが空を見上げると、そこには爆発の衝撃によってどんどん空の高みへと上がっていくゲーツの姿があった。
ものの数秒で、ゲーツの姿も彼の響かせる絶叫も空の彼方へと消えていった。手を額に当てながらそれを見ていたメリナは、彼の姿が消えたことを確認するとカイル達の方へと向きなおる。カイル達は唇を紫色にしながら彼女の顔を見た。
「あの方法で上まで登るんです?」
「そうだ、ああやって登る。わかったら氷の板を作ってくれ。次はカイルの番だぞ」
「さ、三人で一緒に飛ばないか? 一人は嫌だ!」
「うむ、二人とも初めてだからな。それはいいかもしれん。じゃあアイス、今度は真中に穴のあいた板を作ってくれ。三人が乗れるくらいのやつを頼む」
「わかったです……」
アイスは泣きそうになりながらも、地面を凍らせて氷の板を作った。メリナは出来上がったそれを足で蹴って強度を確かめる。堅いブーツを履いた彼女の蹴りでも氷の板はヒビ一つ入らなかった。メリナは満足そうにほほ笑むと、カイル達を呼ぶ。カイルとアイスは死刑台に赴く死刑囚のように深刻そうな顔をして、彼女の元へとゆっくり歩いて行った。
「よーし飛ぶぞ! 二人とも私にしっかりとつかまれ」
メリナの力強い言葉に、アイスは迷うことなく彼女の体にしがみついた。しかし、カイルは顔を紅くして一歩後ろに下がる。彼はしきりにメリナの胸元を見ていた。鎧がそこだけはだけるようになっていて、中から豊満な白い渓谷がのぞいて見える。それを形作る山の大きさはだいたい大玉のメロンほどだろうか。時折、ふるふると波打っていてやわらかそうである。
「何をやってるんだ、ほらさっさと来い!」
「わ、わかった」
カイルは体を小さくするようにして彼女の元へと近づいていった。そうして近づいてきたカイルをメリナは腕でしっかりと抑えつける。カイルは顔にやわらかい感触を感じると、熱を出したように顔を紅くしてぼんやりとした表情になった。しかしその手はしっかりとメリナの細い腰を抱きしめる。これから飛ぶ恐怖からなのか、それとも男だからか。実際のところカイルが何を考えているのかは誰にもわからないが……。
「行くぞ、爆炎斬!」
メリナは剣を振り上げ、炎の球を放った。球は板の真ん中にあけられている穴から地面に直撃し、轟音が響く。その直後カイル達は強烈な押しつぶされるような感覚に見舞われ、同時に空へと飛びあがった。
空気は固い壁のようだった。それをカイル達は耳を裂くかのような強烈な摩擦音とともに貫いていく。地上はみるみるうちに小さくなり、あたりは青になる。雲を抜け、冷たい空気の層を跳ねのけて。彼らは遥かなる空の高みへとぐんぐんと迫っていく。視界は広くなり、近くの砂漠や草原だけでなくはるか遠くの山々までもがカイル達には見渡せた。それでもまだ、カイル達を乗せた板は上がる。そしてついに重力によって板が失速し始めた時、彼らの目に巨大なテラスのようなスペースが見えた。そこにはカイル達の方に向かって手を振るゲーツの姿も見える。
「飛び移れえええェ!」
メリナの号令以下、カイル達は板を蹴った。彼ら三人の体はふわりと空に舞い上がり、弧を描くようにして無事にテラスへと着地する。代わりに足場とされた板は、はるかかなたの地上へと消えていった。きらきらと光るわずかなしずくだけを残して。
「つ、着いたァ……」
「死ぬかと思ったです……」
カイルとアイスはその場にへたり込んだ。すっかり腰が抜けてしまったようで、顔が青い。唇も少し紫に染まっていて、それが彼らの感じた恐怖を如実に表していた。二人はしばらくそのまま荒い息をし続ける。
そうしていると、メリナが二人に近づいてきた。彼女は人さし指をピンと伸ばすと、空を示す。カイル達が何かと思ってその先を見てみると、芥子粒ほどにしか見えないが塔の先端が見えた。カイルがざっと見た感じではあるが、ここからそこまでまだ千メートル以上はありそうだ。
「まだまだ先は長いぞ。むしろここからが本番なんだから!」
「そうだね、メリナさん……」
「私、頑張るのですよ……」
カイルとアイスは手を取って互いに支え合いながら立ちあがった。メリナはそれを横目で見ると、ゆっくりと前を歩いて行く。三人はそうしてテラスの根元部分にある梯子のようなもののところまで来た。それは少し上にある黒い金属製の扉とまで続いている。ざっとみて十メートルくらいの長さはありそうだ。それをゲーツがすでに上まで登っていて、三人が来るのを今か今かと待ちかまえている。
「早く来い、ここから入れるぞ」
「わかった。待ってろ、今すぐ登るからな」
カイルとアイスはメリナに従い、梯子をゆっくりと登り始めた。ときおり吹きつける冷たい風が、彼らの集中を乱す。眼下には薄い雲が広がっていて、この蒼の塔の途方もない高さをまざまざと見せつけるようだった。カイルたちはその景色に少し身震いしながらも、梯子をあがっていく。
そうして三分ほどをかけてカイルたちは梯子を登り切った。上ではすでに扉が開けられていて、メリナとゲーツが中で待っている。その待ちくたびれたような様子に、カイルとアイスは急いで扉の中へと入った。
塔の中は照明らしい照明がなかった。代わりに機械だろうか、ぼんやりと緑や赤の光を出しているものがある。壁は銀色に輝く金属でできていて、床もリノリウムに似た材質で構成されていた。すでにできてから途方もない年月が経過しているのか、その上にはすべからく埃が堆積しているが。
「すごい……。この塔はやっぱり古代の遺跡か何かなのか?」
「ああ、大昔に酔狂な古代人が建てたらしいぜ。なんでも、マナが濃い地上では行えない研究を行うための研究施設だったとか。でも今じゃただのダンジョンだけどな」
「へえ……」
カイルは興味津津といった様子で塔の内部を見渡した。するとカイルのいる位置から少し前に進んだところに、こちらから差し込む光を反射している扉があった。銀行の金庫扉のように頑強そうなその扉は、いかにも秘密か何かを守っているような感じがする。カイルは心のどこかに黒い嫌なものを感じたが、それに吸い寄せられるように近づいて行った。
「カイル、その扉は開かないぞ。階段はたぶんこっちにあるはずだ」
「わかったよ、今戻るから」
カイルは少々、名残おしそうにその扉から離れようとした。だがその時、彼の目に扉の脇についていた装置から赤い光が放たれる。光は彼の両目を正確に射抜いた。すると扉から、ピッという無機質な機械音が響く。同時に空気が抜けるような音がして、重いはずの分厚い金属製の扉がいやに静かに開いた。
「開いた! ……うわあああああァ!!!!」
カイルの目の前に現れたのは陰湿な実験室のような部屋だった。広いその部屋の奥には蛍光グリーンの液体で満たされた巨大な水槽がある。水族館でメインを張っていてもおかしくないくらいの大きさのだ。それは分厚い扉によって外気から守られていたのか、中の液体も水槽自体も完璧に澄み切っている。それが今回は災いした。カイルが見たくない物を鮮明に見せる結果となってしまったのだから。
それは人間だった。無数の人間が宙に浮くようにして水槽を漂っている。それぞれまったく同じ顔、同じ体格。髪の毛の長さまでも寸分たがわず同じ。同一人物としか思えない人間がそこには無数に存在していた。彼らはみな白目をむいていて、おぞましい形相をしている。まさに悪魔崇拝者の行うサバトのごとき惨状だ。
しかも、厄介なことにカイルはその人間の顔に見覚えがあった。彼のよく知っている人間だったのだ。いや、アルカディアをプレイしていた人間ならばほとんど誰でも知っているような人物だと言っていいだろう。何せ、数億人のプレイヤー人口がいるとされたアルカディアでも最も有名な人物だったのだから。
ここにいる人間たち、いやそれを模した「何か」は醜悪でなおかつ恐怖すべきことに、アルカディアで最高のプレイヤースキルを持つといわれた男「アーガス」とまったく変わらない容姿をしていたのだ--。
ようやく序章が終わり、本格的に話が進み出したというところでしょうか
ですので、これからも「青輝のラジエル」をよろしくお願いします