第九話 砂漠の暴君
青い金属製の四角い物体が草原をすっ飛んで行く。大きさは大型の馬車ほどだろうか、不格好に金属管などを晒したそれは草を薙いでは風を切っていった。そのむき出しとなっている座席には五人の人間が座っている。ローブや髪を風になびかせるその姿は、間違いなくカイル達だ。
「速いな、これならあと一時間ほどで蒼の塔までいけるぞ」
「みんな馬鹿にしてたけど、ほんとはたいしたもんだろ!」
「ああ、そうだな!」
「うう、それはいいんだけどさ。これはなんとかならないのか……」
「しょうがないだろ、急な用事でタンクにあらかじめ燃料を貯めておけなかったんだから」
ロイはカイルの方に振り返ると、少しきつい口調で言った。だがカイルはもごもごと言いながら、頭に付けられているカチューシャのようなものを触る。それは上部に三角の金属部品がつけられていて、そこからさらに細いコードが接続されていた。そのコードは車の後方にある機械へとつながれている。このコードを通じて、カイルの魔力を車に供給しているのだ。
カイルのやっていることは別段おかしなことではなかった。しかし、はたから見るとネコ耳付きのカチューシャでもつけているようだ。色白でどことなく女顔をしているカイルは、そのカチューシャが異様なほど似合ってしまう。彼はそのことがよほどいやなようで、恥ずかしそうに四人から視線をそらしては外ばかり見ていた。
緑の絨毯はさわさわとそよぎながら、またたく間に走り去る。時折見える木などはあっという間に後ろへ飛んでいく。風は涼やかでカイルの頬を心地よく撫で、空は晴れ渡っていた。その牧歌的で、なんとも心地のよい景色に少し傷つきかけていたカイルの心もいやされる。
ロイの車は見た目こそぼろだったが、スピードなどの性能は地球の車よりも良いくらいだった。今より進んだ古代技術とやらを利用しているかららしい。なんでもこの車は彼の父親と彼自身が、遺跡から掘り出した図面や部品を基にして十年かけて制作した自信作なのだとか。ちなみに、ロイはこの車の維持費などのために運送業もやっているが本職はメカニックである。
もっとも、この車は走らせるために膨大な魔力が必要らしい。しかも魔力はその性質上長い間は保存しておけないんだとか。そのため普段この車はまったく燃料が入っていない。カイルが今回カチューシャをつけて魔力を注入しているのも、このせいであった。
こうしてカチューシャを着用したカイルが外を見ながらのどかな気分で物思いにふけっていると、周りの空気が変わってきた。草原の少し湿気をはらんだ涼やかな空気から、乾いた熱い空気へと。カイルは暑くなってきた気温に顔をしかめると前方に目をやる。すると、彼の予想から斜めにそれた物体が見えてきた。
「あれが蒼の塔……なのか?」
「どうだ、想像していたより高いだろう。びっくりしたか?」
「いや高いって次元じゃないでしょ……!」
「まあな、上のほうに行くと空気が薄くなって息苦しいぐらいだ」
カイルはなかば茫然とした顔で蒼の塔を見つめた。メリナは予想通りのその反応に、したり顔になる。だが実際問題、カイルは茫然とせざる負えなかった。蒼の塔は彼の常識を破壊する、超建築とでもいうのが適当な建物だったのだ。
塔の高さは尋常でなかった。かなり遠くからみているというのに先端が見えない。雲を突き抜けて空の果て、成層圏までをも続いていそうなほどだ。しかもその圧倒的な高さに対して太さが不足している。普通の塔にしてはかなり太いのだが、天まで突き抜けてそうなほどのこの塔を支えるには到底足りそうもない太さだ。
とても地上にどっしりと立っている、という雰囲気の塔ではない。むしろ、空からなんらかの力でつるされているという方がしっくりくるほどだ。それは今にも出来そこないの積み木よろしく、倒れてしまいそうな不安をあおりたてる。カイルはこれからこの塔を登るのかと思うと一幕の不安に駆られた。
心配症のカイルがそう不安に思っている間にも、車は塔の周りに広がる砂漠地帯へと突入した。まるでそこだけはげてしまったような円形の砂漠は、塔を中心として見渡す限りに広がっている。その砂は綿ぼこりのように細かく、歩いて突破するのは困難なようにカイルには見えた。
「ここがサンドワームの住んでる砂漠ですか? というかここだけ砂漠なんですねえ」
「ああ、塔の周りだけ草原がはげててな。半径十キロ近くにわたって不毛の大地が広がってるんだぜ」
「へえ、これだからサンドワームさんが繁殖しちゃうわけですね」
アイスがそういうと、カイルたちはそれぞれ魔導書や杖を手に外に警戒を始めた。外はすでに一面荒涼とした砂漠の大地で、生命の気配はおよそしない。だがその時、西の方角で砂丘がもごもごとうごめいた。小山ほどもある不自然な砂の盛り上がりは、カイル達の車めがけて猛然と突進してくる。たちまち西を警戒していたメリナが声を張り上げた。
「まずい、サンドワームだ! しかも群れだぞ!」
「マジかよ! カイル、お前は車に全力で魔力を注げ! それでロイはパワー全開でぶっ飛ばすんだ!」
「わかったよ!」
「オッケー、アクセル全開だぜ!」
ロイは足元のペダルを全力で踏み込んだ。エンジンが咆哮をあげて、衝撃とともに青い車体が一気に速度を上げる。砂を巻き上げながら、車は矢のように砂漠を走りだす。だが一分もたたないうちに後方に積まれている排気口から、鉄をこすり合わせたような嫌な音が響いた。
エンジンの音から勢いがなくなっていき、車の速度が下がり始める。ロイはアクセルを蹴るように何度も踏み込んだがそれはかわらず、車の速度は結局もとの速度と変わらないところまで落ちてしまった。それとは対照的にサンドワームはどんどん速度を上げているようで、砂の盛り上がりとの距離はぐんぐんと迫っていく。このままでは接触するのは時間の問題だ。
「くそっ! 排気口から砂が入ったみたいだ!」
「おいおい、親父の言った通りじゃねえか! どうするんだよ、やっこさんそこまで来てるぞ!」
「こうなったらしょうがないです、私が最強魔法で凍らせてみるのですよ!」
アイスが魔導書を片手に立ち上がった。彼女は魔導書をそのまま胸の前に持ってくると、目を閉じて口を開く。たちまちその小さな口から、清浄なる響きを持った力ある誓約の言葉が紡ぎだされた。
「我は氷の誓約者なり。今こそ秘められし力を持つ書よ、その力を我に! 聖氷の書フロスト、リンクフォーム!」
砂漠の空気がにわかに凍てついた。アイスの周りに七色に瞬く雪の結晶が舞い落ち、夢幻に輝くオーロラのような光が現れる。光はアイスの華奢な体をのみこんで、その姿を氷の主と呼ぶにふさわしい装いに変えた。虹色に輝く白銀の衣がアイスの体に絡まり、体の間接を透き通る青い結晶が覆う。書自体も青き宝玉を先端に戴く白き杖となって、アイスのたおやかな手に収まった。その宝玉が青い閃光をもってあたりを凍てつく輝きで満たすと、同時に姿を変える間は閉じられていたアイスの目も開かれる。
アイスの目はさきほどまでの愛らしいものではなかった。氷のように冷徹で、静謐な光をたたえている。彼女はその瞳で迫りくる砂の小山たちを一瞥すると、杖を眼前に構えた。
「氷よ、汝はなんと美しい。白銀の世界に幸を、凍えて途絶えし命に安らぎを。動きを止めしすべてのものに永遠の繁栄を! アブソリュート・ゼロ!」
刹那に吹きすさぶ寒風、氷の爆発。砂漠に白い世界が現出する。巨大な氷柱が次々と地面からそそり立ち、車の後方にあった大きな砂丘がまるごと一つ氷に閉ざされた。車を追いかけてきていた砂の小山は動きを止める。地の底から何かがぶつかるような、ドンという衝撃が何度も連続して大気を揺さぶった。
「結構すごいな。アルカディアの上級魔法ぐらいの威力はあるかな」
「すげえ……」
「どおりであの年で青銅級になれるわけだな。威力だけなら一級品だ!」
「さすがだぜ、アイス」
四人はそれぞれ違った反応をアイスの魔法に示した。とくに、カイルとロイは目を丸くして驚いている。それはロイの場合は単純に魔法をみたことがないから、カイルの場合は知っている魔法との威力の差異からだった。
アルカディアの魔法はそこまでの威力はない。マップの加減でそこまで大威力にはできないからだ。ゆえに広範囲の殲滅魔法というのは非常に限られていて、数種類しかない。数え切れないほどの魔法があるのにだ。
だが、この世界の場合はマップの制約というものがない。だからどれだけ威力があってもさほど問題はないのだろう。だから広範囲の殲滅魔法が発達しているのではないかという仮定が、カイルの頭の中で成り立った。もっとも、彼の仮定であってそうであるという保証はどこにもないのだが。
そんなカイルの考えなど知らないアイスは、その場でへたり込んでしまった。顔は赤くなっていて、服も元のものへと戻ってしまう。どうやら大魔法の行使は彼女の体に大きな負荷をかけたらしい。
「疲れたのですよ……。ちょっと休ませてください」
「ああいいぜ、当分休んでろ」
「サンドワームも倒れたことだし、あとは蒼の塔まで行くだけだからな。予想以上に早く着きそうだから、多少休憩してもいいだろう」
「わかったぜ、車を止めるよ」
メリナがそういうと、ロイは車を止めた。ふわふわとわずかに浮いていた車体が地面へと降りる。だがその瞬間、堅いものが裂けるような音が車の後方から響いて来て、車が大きく揺れた。
「なんだ! うわあ!」
「アレを突破してきやがったのか! 化け物だな!」
車の後方に、恐ろしく巨大な芋虫のような生物の群れが現れた。その生き物は小さなものでも、五人が楽に乗れる車が模型に見えてしまうほどの大きさだ。その巨体の群れが、氷に体を裂かれて沼の水のように汚濁した緑の血を流しながらもカイル達に向かって突進してきている。その大地を飲み込むかのような迫力に、カイルたちの背筋は戦慄した。
「逃げても間に合わない、戦うしかないよ! 僕が広範囲殲滅の魔法を撃つから援護して!」
「ふん、援護するどころか殲滅してやるぞ!」
「任せとけ坊主、何分でも持たせてやるさ!」
二人はそれぞれ「リンクフォーム!」と声の限りに叫んだ。メリナは灼熱の炎をイメージしたような紅の甲冑に、ゲーツは闇色の未来的なフォルムを持つ特殊部隊のような戦闘服にそれぞれ姿を変える。彼らは紅く燃えたぎっているような大剣と大砲のような砲身を持つ銃を構えて、押し寄せるサンドワームの大海嘯へと身を投じていった。獲物を狩るような、獰猛で鋭い輝きを目に宿しながら。生粋の戦い好きである彼らはこの状況においてもまったく絶望などしていないのだ。
カイルもこの状況を一刻も早くなんとかすべく、全精力を注いで呪文を紡ぎ始めた。一字一句、間違えないように正確さを追求しつつも極限まではやく、はやく。唇が擦り切れるような速度で言葉を吐き出していく。
こうしてカイルたちとサンドワームの大群との壮絶な戦いの幕が切って落とされたのだった--。
次回はいよいよ主人公が活躍する回です! ご期待下さい。
それと今回登場したもののわかりやすいイメージを言っておきますと……
蒼の塔
某野菜人アニメのカ〇ン塔ぐらいの高さの塔。太さの方は普通のマンションより一回りでかいくらい。
サンドワームの大群
イメージとしてはナ〇シカの王蟲の群れぐらいのイメージ。もちろんあそこまで大規模でも頑丈でもないけれど