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作者: 永久福
掲載日:2026/04/11

こちらの作品は、YouTubeにて朗読動画も投稿しています。

もしよければ、そちらも見てくださるとうれしいです。

https://youtu.be/vN1dHzXhKdU



 俺には、小さい頃から幽霊が見えている。


 幽霊とは言っても、霊能者のように色んなものが見えるわけではない。俺に見えているのは、ただ一人。兄の存在だ。




 俺は家を出た。しっかり鍵を閉めたか確認する。最近、鍵を閉め忘れて母に怒られたばかりだ。


 俺が歩き出すと、春の風が優しく頬を撫でていった。今日は、気持ちがいいくらい晴れている。


 それなのに、俺の気持ちは全く晴れない。肩にかけた鞄が、本来よりもずっと重く感じる。


 浮かない気持ちのまま大学へと向かって歩いていると、背後に気配を感じる。振り返っても誰もいない。


「またかよ……」


 俺はため息をついた。最近、ずっとこの存在に悩んでいる。


 兄の幽霊だ。いつも俺のすぐそばにいる。


 俺が生まれる前に、兄は死んだ。だからもちろん、俺は会ったこともない。


 大学に着いて、教室へ向かう。可能な限り後ろの席に座る。


 その時、隣の席に誰かが座っている姿が見えた。すぐに視線を持って行くが、誰もいない。また兄だろう。いつもこうして、はっきりと姿を見ることはできない。


 それでもなんとなくは、どんな姿なのかわかる。今日は、パーカーにジーンズのラフな格好をしている。まさに本当に存在する大学生のようだった。


 俺のそばに現れる兄は、赤ちゃんでも子供でもなくて、もう立派な大人の姿なのだ。あれからどんどん成長していっている。


 俺はそのことに最近、恐怖を感じるようになった。幽霊は死んだ人間だ。死んでしまえば、成長することもない。本来兄が出てくるのなら、赤ん坊の姿であるべきではないのか。


 そして成長することによって、何か良くない力を手に入れているのではないだろうか。そんな不安が、ずっと頭の中で巡っている。


 教授が教室に入ってきて、授業が始まる。この教授の話は、本当に眠たくなる。俺は机の上に、目薬を置いた。眠気が来たら、これを使う。


 授業が始まってから、三十分くらい経った頃だろうか。起きていたいのに、瞼が勝手に下りてくる。目薬の出番がやってきた。


 昨日の夜も眠れなかったので、余計に俺の意識は夢の世界にいきそうだ。


 俺は半分寝ぼけながら、机の上の目薬に手を伸ばす。しかしそのまま、目薬は机の上を滑って落ちていく。まだ目薬を差したわけではないのに、目が冴えていく。すうっと体の芯が、急速に熱を失っていく。


 俺はまだ触っていない。一体いま、何が起きたのだ。


 それでも、拾わないわけにはいかない。幸い隣には誰もいない。


 目薬を拾うために、俺は机の下に頭を入れる。あった。俺は右手を伸ばして、目薬を拾い上げる。


「うわっ!」


 思わず声が出た。そのまま勢い余って、頭を机にぶつけてしまう。


 辺りを見回すと、教室の全員の視線が俺に向いていた。


「すみません……」


 きっと誰にも聞こえていないであろう小さな声で、俺は周りに一礼する。全員の目が、なんだコイツはと言っていた。普段だったら、この時点で耐えがたかったはずだ。


 しかし今は、それどころではない。俺が今見たものは、なんだったんだ……。


 そこにあったのは、誰かの二つの目だった。俺とは反対側から覗き込んだ顔だ。そしてそれは、俺とは反対方向に顔があった。つまり、上から覗き込んでいたのだ。


 まだ手は小刻みに震えるし、心臓はうるさく鳴っている。


 明らかに人間ではない。あれは、果たして兄なのだろうか。仮にそうだとして、一体俺に何を伝えたいのだろうか。




 翌日、講義が休みの俺はベッドでダラダラと過ごしていた。スマホでくだらない動画を見て、時計の針はもう十一時を指している。


 そろそろ腹が減ったな。一階に下りて何かを食べたいという気持ちと、まだ起き上がりたくないという気持ちが戦っていた。


 そういえば、今日は母さんが家にいるはずだ。カップラーメンでも食べようとしていたが、何か昼飯を作ってくれるかもしれない。


 俺は何とかベッドと一心同体になりそうな体を起こした。ベッドの外の空気は冷たい。ぶるりと体が震える。今日も外は晴天だが、気温はそこまで高くないのかもしれない。


 スマホを片手に、階段をのそのそと下りる。リビングからは、ワイドショーの声が聞こえる。


「母さーん。昼なんか食べたいんだけどー」


 リビングの扉を開けて、声をかけた。返事がない。買い物でも行っているのだろうか。テレビをつけたまま。


 目線を動かすと、視界の端に母さんの姿が映った。キッチンでこちらに背を向けている。なんだ、料理でもしていて俺の声が聞こえなかったのか。


 俺は、母さんの方へ歩いて行く。


「母さん」


 もう一度、先ほどよりも大きな声で話しかけてみる。それでも、母さんはこちらを見ない。手を離せないのだろうか。それにしては、様子がおかしい。


 ずっとキッチンで野菜でも切っているのかと思っていたが、母さんの姿は身じろぎ一つしない。まるで銅像のように、キッチンに向かって立っている。


「具合でも悪いの?」


 俺が母さんの肩に手を置こうとしたときだった。


 ぐるん。そんな効果音がなりそうな勢いで、母さんが俺を見た。


「ひっ……!」


 母さんの顔は、満面の笑みだった。口がそのまま裂けてしまいそうなほどに。


 しかし、目は笑っていない。何の感情もない無の瞳が、俺を見つめる。


「か、母さん……?」


 俺の口からは、吐息混じりの声しか出ない。


 歯がガチガチと鳴って、その場に凍り付いたように動けない。


 母さんは、俺の両肩をがっしりと掴んだ。力が強い。ぎりぎりと指が締め上げてくる。


「いっ……」


 母さんの爪が俺の肩に食い込んでくる。


 おかしい。これは、母さんじゃない。


 そうは思っても、俺には何もできない。言葉を発することも、恐怖あのあまりできなくなってしまった。俺は、情けない人間だ。


「キエロ」


 母さんが俺の顔を見て、そう言った。キエロ。それは、俺の存在のことを言っているのだろうか。


「キエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロ……」


 母さんは壊れたロボットのように、同じ言葉を繰り返した。その間も、母さんの黒い瞳はずっと俺を見ていた。


 母さんの手が、肩から俺の首へと伸びていく。やめろ、やめてくれ。そう言いたいのに、口はただパクパク動くだけ。


 体はまだ凍り付いている。指先一つ動かすこともできない。


 俺の呼吸音が、どんどん大きくなる。心臓が体を突き破ってしまいそうだ。


 俺の首に母さんの氷のような指先が触れた。瞬間、体中に怖気が走った。


 そしてそのまま、俺は意識を手放した――。





「ちょっと……大丈夫……?」


 声が聞こえる。


「困ったわね……」


 突然、目が覚めて俺は勢いよく上半身を起こした。


 俺の横には心配そうに見つめる母さんがいる。


「うわっ!」


 俺は咄嗟に、母さんから転がるように逃げた。先ほどの記憶が蘇って、俺の手足は急速に冷えていく。


「あんた、大丈夫なの? 顔色真っ青だけど」


 母さんはそんな俺を見て、いつも通りの口調で話し始める。


 よく見ると、先ほどのおぞましい表情もしていない。心配そうに俺を見つめる母さんそのものだった。


「母さん……?」


 恐る恐る声をかけてみる。


「あんた、本当に大丈夫?」


 すぐさま、母さんが頭でもおかしくなったのかと言わんばかりの目をした。


 母さんは、先ほどのことは覚えていないのだろうか。そもそも、あれは本当にあったことだったのだろうか。


「……ごめん、なんか具合悪いのかもしれない」


 俺はなんとか笑顔を作った。きっと引きつった変な笑顔になっているだろう。


「病院行く?」


「いや、ちょっと部屋で休むよ」


 俺はゆっくりと立ち上がった。百メートル走でもした後のように、体が重い。


「なんかあったら、すぐ言いなさいよ」


 俺は母さんの言葉を背中で聞きながら、リビングを後にした。


 自分の部屋のベッドにまた横になって、先ほどのことを考える。あれは、実は夢だったのではないだろうか。眠気のあまりキッチンで寝てしまった俺は、たまたま変な夢を見てしまったのでは――。


 俺はスマホを片手に、横向きの姿勢に変えた。


「いてっ!」


 その時、肩に痛みが走る。俺は体を起こして、スウェットの上を脱いだ。


 すぐに両肩に、赤い傷があるのが見えた。鎖骨のあたりに、赤い傷が一つ。


 俺はスマホを背中に回して、一枚写真を撮った。うまく撮れていた。俺の背中が綺麗に収まっている。


 痛みの原因であろう、背中側には両方に四つずつの赤い傷ができていた。どれも血が滲んでいる。


 これはさっきの……。


「兄さん、あんた何がしたいんだよ……」


 思わず声が漏れた。


 一体、何をしたいのだろう。


 俺が生まれてから、今日までの間にこんなことは一度もなかった。どうして今更、危害を加えてくるのだろうか。しかも、母さんの体を使ってまでして――。


 そして、言われたキエロという言葉。俺の存在をそこまでして消し去りたいのだろうか。


 俺は、ある決意をした。スマホで、霊能者の存在を調べる。


 兄を祓う。


 母にまで手を出した今、俺はもう兄を許すことはできなかった。






 午後一時。俺はインターホンを鳴らした。


 目の前には、小さめの平屋がある。少し年季が入っているが、あくまで普通の家だ。普段この家の前を歩いても、見向きもしないだろう。


 扉が開いて、現れたのは人の良さそうな好々爺だった。俺はしばらくポカンと口を開けながら、おじいさんを見ていた。


 霊能者と言えば、もっと変なベールなんかをつけたり、奇抜な服装をしていたりというのを想像していた。


 しかしこのおじいさんは、藍色の甚兵衛を着て近所を散歩していそうな普通の人だ。目が行くのは、綺麗に真っ白になった髪くらいだろうか。


「お入りください」


 おじいさんは、俺を家の中へと案内した。玄関に入って、一瞬子供の頃の変な人に付いて行ってはいけませんという言葉を思い出した。


 俺は靴を脱いで、スリッパを履いた。初対面の人の家に入るのは、不思議な気分だ。


 ふわっと香るのは、線香の匂いだろうか。玄関の扉には、風鈴が一つかけてあった。


「それは魔除けなんですよ」


 おじいさんがこちらを見もせずに言う。どうして俺が風鈴を見ているとわかったのだろうか。


 俺はそのまま、リビングへと案内された。こじんまりとしたリビングだったが、綺麗に整理されていて、居心地の良さを感じる。


 俺は勧められて、ソファーへと腰を下ろした。おじいさんは俺の向かいの椅子に座る。


「あなた、今まで大変だったでしょう」


 このおじいさんの言葉全てに優しさがにじみ出ている。声色も、表情も全てが俺を包み込むような慈愛に満ちていた。


「わかるんですか?」


「そうですな。あなたの後ろにいる方々が見えます」


 方々。その言葉を聞いて、俺の思考は一瞬止まった。つまり、俺に憑いているのは兄だけではなかったのか。

「これは、お祓いできるんでしょうか?」


「……とりあえずやってみましょう」


 俺の言葉に、おじいさんは柔和な表情から険しい顔へと変わった。そんなに兄は、危険な存在なのだろうか。


 おじいさんは、俺の顔から目をそらした。その視線は、流れるように俺の背後へと向けられる。


 じっと見つめていたかと思うと、おじいさんはたまにうんうんと相槌を打っている。幽霊と会話しているのだろうか。


 おじいさんの視線が、また少し右にずれた。そして、うんうんと相槌。それをあと二回、繰り返した。


 そこでおじいさんは、ゆっくりと立ち上がる。そして、俺の隣に腰を下ろした。


「少し手を貸してもらえますか」


 おじいさんの言葉度通り、俺は両手を差し出した。おじいさんは自分の両手で俺の手を包み込む。あたたかい。ほっとするようなぬくもりだ。


 おじいさんは目を閉じて、小さな声で何かを唱え始めた。これは、祝詞だろうか。


 視界の端で、誰かが立っているのが見える。


 ここで一度、俺の意識は途絶えた。




 次に意識が戻ったときには、おじいさんはまた向かいの席に戻っていた。


 俺はソファーに座って、手を前に突き出したまま固まっていた。


 リビングの壁掛け時計に視線を移す。午後一時三十分。まだそれほど時間は経っていない。俺は一体今の時間、何をしていたのだろうか。


「あの……」


 俺が口を開くと、おじいさんは頷いた。


「お祓いを始めると、こうして幽霊が体を借りてしまうことがあるんです」


「つまり俺は、取り憑かれていたってことですか?」


 昨日の母さんのことを思い出して、背筋が寒くなる。俺もあんな風になっていたのだろうか。


「そうですな。成仏する前に、悪あがきしたくなるみたいで。まあ、それについては何の問題もありません」


 その言葉に、俺は深い息を吐いた。これで何にも怯えることなく暮らしていくことができる。


 このおじいさんの柔らかな笑顔に、本当に救われる。


「それよりも、聞きたいことが一つあります」


 またおじいさんの笑顔が消えた。真剣な瞳が、俺を射貫くように見る。


「あなたには、お兄さんがいらっしゃいましたね?」


 俺は頷いた。やっぱり、兄は相当手強い悪霊にでもなっていたのだろうか。


「一度、今まで起こったことを教えていただけますか?」


 俺は目を瞬かせた。普通こういうのは、お祓いの前に聞くものではないだろうか。もしかして、お祓いで何かあったのだろうか。


「実は……」


 俺は、今までのことを全て話した。小さい頃から視界の端に兄がいたこと。それが最近、突然攻撃的になったこと。


 俺が全てを話し終えると、おじいさんは頭を抱えてしまった。胸がざわつく。一体、何が起こっているのだろう。

 おじいさんは何かを考えこんだ後、ゆっくりと話し始めた。


「まず、順番に話していきましょうか。あなたは、俗に言う霊媒体質なのです」


「霊媒体質?」


「そうです。簡単に言うと、とても取り憑かれやすいということです。浮遊霊から何から何まで引き寄せる。それが、あなたがずっと見てきた視界の端の人々です」


 いつも近くにいたのは、兄ではなかった。それは、俺に大きな衝撃を与えた。兄ではなく、全くの赤の他人。いつも俺のそばには幽霊が――。


 俺はぶるりと身震いした。知らない方がいいこともあるのかもしれない。


「霊たちは、あなたの心を読みます。だから、お兄さんの存在を利用して近付いていたのでしょう。現に、それは成功している。今の今まで、あなたはお兄さんだと思っていたんですから」


 幽霊というのは、想像以上に恐ろしい存在なのかもしれない。


「でも、どうして俺は今も無事なんですか?」


「そうですね。きっと本来なら病気や不慮の事故で亡くなっていたかもしれません」


 おじいさんの言葉に、俺はぞっとした。今ここまで生きてこられたのは、奇跡のようなものなのかもしれない。

「あなたがここまで生きてこられたのは、お兄さんのおかげです」


「兄の?」


 俺の心臓が、どくんと跳ねる。


「そうです。お兄さんがずっとあなたを守っていてくれたんですよ」


 俺の胸が締め付けられる。


 兄さんは、俺を守ってくれていた。ずっと近くで。会ったことがなくても、俺の兄さんだったのだ。


 視界がぼやける。歯を食いしばって必死に耐えようとするが、俺の頬には涙がこぼれ落ちた。兄さんのことで泣いたのは、これが人生で初めてだった。


「すみません……」


 俺はおじいさんに断って、目元を拭う。


 深呼吸すると、段々と落ち着いてきた。


「もう大丈夫です」


 俺がそう言って、続きを促す。おじいさんの表情は固いまま、また話し始めた。


「あなたに憑いていた中でも、強力な悪霊がいました。目薬の件も、最近の気配もこの悪霊が引き起こしたものでしょう。昨日のお母様に取り憑いていたのも、この悪霊です」


 俺の肩の傷が、ズキンと鈍く痛んだ。


「キエロと言っていたのは、守ってくれていたお兄さんに対して言っていたのでしょう。今日もまだ取り憑いていたことを考えると、お兄さんも相当手を焼いたんでしょうね。今日ここに来ていただいて正解でした」


 俺はほっと胸をなで下ろした。その悪霊も、先ほどのお祓いでいなくなったはずだ。兄に見守られているとわかってからは、なんだか心強い。


「それで、お代の方は……」


「まだ話は終わっていません」


 おじいさんは、ぴしゃりと言い切った。その声には、少し怒気が含まれている。


「今日のお祓いがこんなに早く終わったのも、お兄さんが悪霊の力を弱めてくださっていたからです」


「そうなんですね」


 おじいさんは、大きくため息をついた。


「お兄さんに対して、感謝の気持ちはないのですか?」


 おじいさんの問い詰めるような言い方に、俺は内心むっとしながらも言い返す。


「もちろん、感謝しています。俺には幽霊とかはよくわからないけど、きっと大変だったんだろうと思っています」


「それだけですか?」


 言い終わるや否や、おじいさんはまっすぐ俺を見つめて言った。


「はい……」


 おじいさんの言いたいことが、俺にはよくわからなかった。しかし、心がざわつく。この違和感は何だろう。


「あなたは言いましたよね。昨日、兄が母に取り憑いて自分を消そうとしたと」


 俺は頷いた。その時は、まだ兄の仕業だと思っていた。


「お兄さんは、大変怒っていらっしゃいます。あなたを二十年間、守り続けてきた。それなのに、守ってきた自分が危害を加えようとしていると。そう言われたら、どう思うかわかりませんか?」


 確かに、その通りだ。俺が兄の立場だったら、相当腹が立つに違いない。


「それはもちろん怒る気持ちもわかります。でも、俺には視界の端に人影が立っているなというくらいのことしかわからないんです」


 たったそれだけの情報で、どうやったら兄が守ってくれている存在だとわかるのだろう。俺は悪くない。


 その時、ふと視界の端に誰かが立っているのが見えた。まただ。先ほどお祓いしたはずなのに。


「すみません、また何か見えるんですが……」


「あなたのお兄さんですよ」


 おじいさんは、さも当然という風に答えた。まだ兄は、俺のそばにいてくれているのだ。


「先ほども言いましたが、幽霊は心を読みます。先ほどあなたが考えていたことも、全部」


 俺の心臓が、またどくんと跳ねた。なんだか、とてもよくないことが起こる気がする。


「あなたのことをずっと許さないそうです。連れて行くと言っています」


 連れて行く。それはつまり、俺を殺すということだ。


「今すぐ兄をお祓いしてください! そもそもどうしてさっきお祓いしてくれなかったんですか!」


 おじいさんは、大きなため息をついた。俺を見るおじいさんの目は、侮蔑の色を含んでいた。


「あなたのお兄さんは、とても強い霊です。私には祓うことはできません」


「そんな……」


 絶望が、俺の心を黒く染めた。あまりの衝撃に、俺は手で顔を覆った。これから俺は、一体どうなるのだろう。


「それに、仮に祓えたとしてもお断りします。真実を知ってから、お兄さんに申し訳ないと思うこともしなかった。私は、そのような人間を助けたくありません」


 おじいさんが、きっぱりと言った。


「お帰りください」


 どうして。どうしてどうして。俺の頭の中が、怒りの感情で満たされていく。このじじいは、俺が死んでもいいというのか。


 その時、俺の視界にまた人影が映り込んだ。大人の男の姿だ。兄は、本当に成長している幽霊だったのだ。


 先ほどまでの怒りが、一気に冷える。兄が成長した過程で良くない力を得ていたのだとしたら。それが全て俺に向く。


 視界の端の姿はまだ消えない。いつもなら瞬きをしたら、すぐに消えるのに。ずっとそこにいる。いや、むしろ近付いている。


 俺は立ち上がって、走った。逃げなければ。


 そして、新しくお祓いができる霊能者を探して兄を消してもらう。それしかない。


 俺は、おじいさんの家から飛び出した。


 パッパー!


 大きな音に、俺の体は縮み上がった。そちらに視線を向けると、眼前には黒いワンボックスカーが迫っていた。


「一緒に逝こう」


 俺の耳元で、そう声が聞こえた。





 了

読んでいただきありがとうございました。

少しでも、楽しんでもらえていたらうれしいです。

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