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04 魔王城はボロ家でした



 視界が白く染まる。

 足元から地面の感覚が消え、浮遊感が体を襲う。

 浮いている?いや、体が時空を超えて移動している。


「っ!」


 喉の奥で声が詰まる。

 転移。魔法としての知識は本で読んだことがあるから知っている。けれど実際に体験してみると抱く感想が全く違う。

 これが魔法。ほんの僅かな恐怖心と同時に胸が高鳴る、空を飛んでみたいとは思ったけどまさかその前に時空を越えるなんて。

 憧れていた、手の届かなかったこと。それを今、体験している。

 思わず笑ってしまいそうになった時。

 ドン。

 足に衝撃が走る。


「うわっ!」


 突然の感覚に現実へ引き戻され、よろめきながらなんとか体勢を立て直し荒くなった呼吸を整えながら顔を上げた。

 空気が違う。さっきまでいた湿った森林とは別物だ、違和感のある魔力の流れと淀んだ残滓。

 その違和感に眉を顰めながらゆっくりと顔を上げ、周囲を見回す。


「ここは……村、か?」


 辺りの光景に自然と声が漏れた。

 確証はない、しかし目の前に広がっていたのは明らかに村の残骸だった。

 伸び放題の雑草に崩れかけた石垣、幾つもある家はボロボロだ。

 静かすぎる、生活の痕跡はあるのに気配がない。

 

 屋根は抜け落ち、窓は割れ、壁は焼け焦げている。風が吹くたびに隙間を通る風がひゅうと鳴った。

 地面は黒ずんだ跡が点々と残り、畑があったであろう場所は踏み荒らされ、柵が無惨にも壊されている。

 一目でわかる、これは襲撃だ。容赦なく破壊された痕跡が明確な殺意を浮き彫りにしていて、凄惨な状況だった事がわかる。


「違うな。ここは、我が魔王軍の本拠地だ」

「……は?」


 背後からの声に思わず間の抜けた声が出た。

 俺の聞き間違いか?

 もう一度見回すがあるのは崩壊寸前の建造物、生き物の気配なんて欠片もしない。どうみても拠点と呼べる状態じゃない。


「村じゃないなら壊滅状態の拠点か?」

「あぁ、そうだ」

「認めるのかよ」


 冗談で言ったつもりが間髪入れず肯定され、思わずツッコむ。

 ルシフェリアは気にした様子もなく、すっと腕を上げた。


「あれが城だ」


 指差された先を見る。

 その先は小屋。壁は歪み屋根は一部抜け、扉は今にも取れそうなほど傾いている。他の建物のと比べると比較的形を保っていてマシだがどうみても廃屋だ。


「あれが?」

「うむ!俗に言う魔王城ってやつだ」


 腕を組みながら胸を張り、ドヤ顔を浮かべる。


「いや無理があるだろ!」


 思わず叫ぶ。

 魔王城っていうのは一般的に険しい山の頂上にあったり、空を浮いていたりしていて、魔物がうじゃうじゃ居る要塞、勇者と戦う最終ステージのはずだ。これはただの廃屋、貧乏魔王にも程がある。

 それをドヤ顔で魔王城とのたまうなんて正気じゃない。

 

「見た目で判断するとは阿呆め!中はちゃんとしている!」

「本当に?」

「それは……まぁ、たぶん……」

「おい」


 目を逸らし口をもごもごとさせる。

 確信した。こいつ、ポンコツだ。

 頭を抱えたくなる衝動を抑えながらもう一度、拠点を見渡す。壊れ、焼かれ、壊滅している。

 だが拠点の奥は比較的、半壊程度に収まっている。いうなれば途中で終わったような、そんな違和感。


「ここ、襲われたのか?」


 問いかけると一瞬だけ。ルシフェリアの動きが、ほんの僅かに止まる。


「あぁ、他の魔王軍だ。圧倒的な数の差だった」


 短く、端的に答える。その声色はさっきまでの軽さは無かった。

 ルシフェリアはゆっくりと振り返り、周囲を見渡す。


「元々ここは、魔族と人間が共に暮らしていた場所だった」

「魔族と……人間が?」

「珍しいだろう、普通は争う関係だからな。」


 さも当然のように言い、壊れた家の壁に手を触れる。

 指先が壊れた木材をなぞった。


「だがここでは違う。弱い者、強い者、種族も関係なく…………共に生きていた」


 その指先は大事なものを触るように優しかった。


「まるで理想郷のようだった」


 ポツリと零れたその言葉には、ほんの僅かな感情が滲んでいた。初めて彼女の本心が見えた気がした。


「だから潰された、異端だからな。気に入らなかったんだろう」

「当時、この村を統べていた魔王は殺された」


 ルシフェリアは空を眺めてあっさりという。


「だから私が魔王を引き継いだというわけだ」

「……軽く言うんだな」

「そうか?」


 本当に分かっていない顔で肩をすくめる。

 

「それでもここにいる理由は?」


 問いかけるとルシフェリアはゆっくりとこちらを見た。赤い瞳が、真っ直ぐにこちらを射抜く。


「決まってるだろう、ここを取り戻すためだ」


 口元がにやりと歪み、一歩前へ踏み出す。


「奪われたものは必ず取り返す主義なんだ」


 真紅の瞳が、強く光る。その言葉は一切の迷いがなかった。


「だから作る。魔族と人間、種族の垣根を超えて共に生きられる街を」

 

 これは夢だ、彼女の。無謀でこの世界においてあまりにも現実離れした。

 だがそれは不思議と夢物語には聞こえなかった。


「そのために、俺を?」

「その通り、お前は弱い。だが諦めなかった」


息を吸い、間を置いた。

 

「それに私の軍は弱い」

「だろうな」

「だから頭が必要だ。軍師のような存在が」


 にやりと笑みを浮かべる。


「つまり俺は軍師役ってことか?」

「そんな感じだな!」


 満足そうに笑う。

 軽い、軽すぎる。仮にも魔王ならそう簡単にこんな得体の知れない奴を信用するか?

 頭が痛くなる、そう思うのになぜか不思議と嫌じゃない。むしろ胸の奥が少しだけ熱くなる。

 その時だった。

 パタパタと軽い羽音が響く。


「ルシフェリア様ー!!」


 元気な声。

 上を向くと、小柄な子供がこちらへ飛んできていた。

 少年のようにも、少女のようにも見える子供。背中には小さな翼に肩ほどまである金色の髪と、翠の瞳。

 そして、眩しいほどの無邪気な笑顔。それだけ見れば愛らしい人間の子供のように見えるが背中には白い翼が生えている。

 人間……ではないだろう。


「あの子は?」

「グリュプス族の末裔。人間でいうところのグリフォンの子供だな」

「はぁ!?グリフォン!?」


 グリフォン、その言葉に思わず大きな声が出る。

 グリフォンといえば本で良く登場する鷲のような鋭いくちばしと鉤爪、翼、そして獅子の体を持つ伝説上の生き物だ。まさかこの世界にもいるとは……。


「この子はフォル。我が軍の優秀な案内係」

「はい、フォルと言います!よろしくお願いします!」

「あ、あぁ。俺はライシスだ、よろしく」


 ぺこりと丁寧に頭を下げる。その仕草は驚くほど普通の子供だった。普通すぎで逆に困惑するほどに。


「って……案内係?」

「うむ、この村にはフォルが一番詳しい」

「それとですね!」


 フォルがグイッと一歩前へでる。キラキラと目を光らせ、自信満々に人差し指を立てた。


「運が良いので、だいたい大丈夫です!」

「は?」


 嫌な予感がした、その瞬間。

 バキッ!!!!

 近くの家の柱が突然折れ瓦礫が俺たちに向かって崩れ落ちる――直前、強風が吹き瓦礫は俺たちを避けるように逸れて地面に落ちる。


「……今のは?」

「よくあります!」

「よくあるのか……」


 死んでないからオッケー、とても良いだけに自信満々に答えるフォルに頭を抱える。


「これは負け続ける、な……」

「安心しろ」


 思わず本音が漏れた俺にルシフェリアが笑う。


「お前が来たから、確実に勝つ」


 俺と今日会ったばかり、それに自分はライシスではなく白澄 透。何も分かっていない、根拠もない、確証もないのによく言い切るものだ。

 それなのに何故か俺は興奮していた。


「やってみようか」


 小さく呟く。

 

 壊れた村の中で、三人の影が揺れる。


 ここが始まりだ。負け続けた魔王軍と居場所を失った男。

 その再起の物語が、静かに動き動き出した。

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