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02ライシスと白澄 透の邂逅



各々が周囲を警戒しながら樹海を進み、しばらく経った頃だった。


「ん……?」


 にゃおん。

 不気味なこの場所に不釣り合いな鳴き声が響いた。

 声のした方へ視線を向けると、倒木の上に一匹の猫が座っている。


「……猫?」

「わぁっ、可愛いですね!」


 ローナが顔を綻ばせる。

 薄暗い中でも月光のように淡く輝く銀毛。一般的な猫と比べると少々、小柄だろうか?しかし身綺麗だ。宝石のような真紅の双眸がこちらを眺め、欠伸をしながら伸びをする。

 怪物のような魔物が住む樹海に猫。分析能力を使わなくても分かる、明らかに場違いだ。警戒しているわけでもなく逃げる様子もない、不自然なほどに自然体。

 害意があるわけでもなく、それどころか――


「待っていた、のか?」


 俺がそう呟くと猫はゆっくりと立ち上がり、くるりと背を向け迷いなく歩き出す。

 数歩、歩いたところでこちらを振り向きぴたりと止まった。まるで”ついてこい”と言わんばかりに。


「おいおい、猫の案内人なんてメルヘンなこった」

「否定出来ませんね……」


 ヒュウ、と口笛を吹いて笑うレオスにケインは頭を抱える。苦笑いしながら俺たちは顔を見合わせた。


「罠の可能性もゼロじゃないが……ヒカル」

「分かっているよライシス。着いていこう」


 あの猫がこの樹海で生きていたようには思えない、きっと外から来た猫だ。罠かもしれない。だがあの猫には害意が無かった。その上でついてこいと言わんばかりの動作、きっと何かがあるに違いない。そう信じて猫について行くことを決めた。


 猫は大きな岩や倒木を軽やかな身のこなしで飛び越えながら、俺たちが追いついているか確認しつつ器用に歩く。近づきすぎると進み、離れると止まる。まるでこちらを誘導しているようだった。


 樹海の奥へ進むにつれて空気が重くなっていく。強くなる湿った血の匂いとどんよりとした異質な空気感に全員が臨戦態勢を取る。


「ライシス、これは……」

「あぁ、例の魔物が近いな。全員気を抜くなよ」


 胸がざわつく。魔力が濃すぎて呼吸が浅くなる感覚。

 周囲の木々が歪んでいる、魔力を吸いすぎたせいで枝葉は異常に膨れ上がりゆく手を阻むように絡まっている。


「この先だ」

 

 この先で嵐のように魔力を渦巻かせ、異常なほど魔力を放出している何かがいる。気付けば銀毛の猫は姿を消していた、それが答えなのだろう。


 巨木を抜け、開けた場所へ出るとそれは姿を現した。

 巨大な魔物。

 元は大きな牙が特徴的な狼型の魔物、ブラッディファウンドだったのだろうが魔力により姿が変異してしまっている。本来の形を保てなくなった肉体は肥大化し歪み、手足の甲に一本ずつ、胴体には体を貫くように三本もの黒い棘のようなモノが生え、牙も黒く鋭くなっている。目は血走り、理性のカケラも残ってはいないことが伺える。体に渦巻く魔力を発散させるように暴れているようだった。


「こいつが原因みたいだな」


 膨れ上がった森の異常、最近あった魔物達の移動傾向、全てこの魔物と溢れ出た魔力によるモノだ。

 魔物がこちらに気付きゆっくりと頭を上げ視線がかち合う。

 その瞬間、咆哮が樹海を揺らす。


「いくぞみんな!」

「腕がなるな、こりゃぁっ!!」


 ヒカルの合図と同時にレオスが飛び出す。

 炎を纏った剣がブラッディハウンドの爪と交わり火花が散る。


「ぐっ……!いいねぇ、強いじゃねぇか!!」


 レオスは笑いながら力任せに押し返す。その隙を見逃さない。


「ヒカル、追撃!」

「分かってる!」


 ヒカルが聖剣を振るう。

 白い斬撃は魔物の肩を切り裂き、血が飛び散る。だがブラッディハウンドは怯まず、なおも狂気に染まった咆哮を上げる。


「ローナ、後方!」

「は、はい!」


 指示を上げると大きな咆哮で肩をビクつかせていたローナが後方で祈りの詠唱を始める。その横でケインは杖を構える。


「大気を巡る風よ集え――」


 魔法を唱える二人の更に後ろで俺は戦場を見る。戦えない、分析しか出来ないから見逃さない。敵の動きを見て仲間の癖を把握する、地形と魔力の流れを組み合わせながら指示を飛ばす。

 全員が息を合わせ戦っているおかげで致命傷は誰一人負っていない、が敵にも致命傷をくらわせていない。このままではいずれ押し負ける。

 ヒカル達はやっと魔物の動きに慣れて俺の指示がなくても動けるように適応し出したのを横目に巨大な異常種となった元ブラッディファウンドを見据えて意識を集中させる。


「《戦況解析領域タクティカル・アナライズ》」


 その瞬間、世界の見え方が変わっていく。感覚が研ぎ澄まされ周囲の魔力の流れは線へ、仲間と敵の動きが数値として浮かび上がり淡い青の情報層が展開される。


 

 《対象物解析完了》


 名称:ブラッディハウンド(変異種)

 種族:狼型魔物

 危険度:B+

 状態:狂化・魔力暴走


 やはり魔力による暴走を引き起こしているらしい、ただ狂化しているのなら行動パターンは単純だ。あとは、弱点を見つけるだけ。弱点を探すようによく見回すと胴体の部分で表示が変わる。


 《弱点解析》

 手足、胴体部の魔核


 《行動予測》

 六秒後に突進行動 六十八%


 

「ヒカル、あいつに生えている黒い棘を狙え。あれが魔力異常を引き起こしている全ての原因だ。六秒後に突進が来るぞ!」

「分かった!」


 ヒカルの目が鋭くなる。

 

 突進時に生まれた隙、それを見逃すはずもなく手足の棘を破壊。残り三本となった時だった。


 目の前で魔力が膨れ上がる。この魔力はケインの魔法だ、先ほどまで詠唱していたブラッディハウンドを倒すためのもの。


 (……?)


 おかしい、ほんの少しの違和感。ケインの方へ顔を向けた一瞬、視界が白く染まった。

 轟音と共に体が風を切り、肺から空気が押し出される。


「ぁ゛っ…………」


 右爪を振り上げた魔物の攻撃を受けた、そう見えるタイミング。

 けどこれは魔物なんかじゃない。

 ケインの意図的な攻撃だ。

 浮いた体を追撃するかのように更に強い風が叩きつけられ樹海の奥へ吹き飛ばされる。途中でバキバキと枝の折れる音がしたが痛みなんて感じる前に地面に放り出された。


 静寂の中、夜空が見える。樹海から山の中まで吹き飛ばされたのだろうか。呼吸も、体を動かすことすらままならず流れる血がだけが生温かい。

 あぁ、これは死ぬやつだって理解できた。

 人ってのは案外死ぬ時、冷静なんだな。そんなことを思って笑いが出てくる。実際口から出てきたのは肺に溜まって逆流した血だが。

 誰に殺されたかなんて分かりきっている、魔法使いケイン。あいつは俺に対してずっと昔、初めて仲間として出会った時から懐疑的だった。命を張らず戦闘に参加しない、それなのに指示だけはしてくる。

 邪魔だったのだろう。邪魔者を消すという一点においてこれは合理的だ。

 怒りはなかった。でもただ一つだけ。

 

「まだ、生きたかったなぁ」



 ◇◇◇◇



 視界が黒く染まり、静寂の漂う暗闇の空間。

 何もなく意識だけがそこにある。その意識に違う、知らない別の記憶が流れ込む。



 白い天井。規則的な電子音と消毒液の匂い。腕に刺されている針と繋がれた管、首を動かすのもやっとの体。

 名前は白澄 透(しらすみ とおる)。十六歳。


「透」


 優しい、包み込んでくれるような温かな声。これは母の声だ。


「大丈夫、大丈夫だから」


 泣きながら自分の手を握る父。その大丈夫は僕に言っているのだろうか、まるで父が大丈夫だと信じたくて言い聞かせてるみたいだ。


「透、頑張ったな。父さんの子供が透でよかったよ」


 その言葉で視界がぼやける。息が苦しくて、指すら動かない。遠くで規則的だった電子音が音を変え響いていた。


 分かっていた、自分は大病を患っていて命が長くないこと。病院の中が日常で一度も、そこから出たことはないし友達も自由も無かった。父さんも母さんも辛かっただろう、それでもそばに居てくれた。


「ぁ゛ぃ、あと、ぉ」

 

 ありがとうって言いたいのに声が出ない。

 涙を流す両親が視界いっぱいに広がる、最後くらい笑った顔が見たかったのになぁ。ごめんなさい。


 でも、本当は――


 

 まだ、生きたかったなぁ



◇◇◇◇



音が消えた。さっきまで響いていた電子音も父と母の声も全て遠くへ溶けていく、意識は暗闇の中へ浮かぶ。

 何もない、感情も光も重さすらない空間。白澄 透という自分が分からなくなってしまいそうな静寂の中、心臓の音がした。


 どくん。


 耳を澄ますと、もう一度。


 暗闇の中でも確かに聞こえる、どくどくと早くなっていく鼓動。肺が空気を求める感覚、この感触は知っている。

 体が生を求めて活動し出している。生に縋りつきたい、その一心で必死に手を伸ばした瞬間、意識が急激に引き上げられた。


「ッ!?……ガハッ、ごほっ!」


 急激に取り込まれた酸素で肺が悲鳴をあげ、咳が吐き出される。喉は焼けるように痛く体はだるく重い。

 白い天井があったはずの上を見上げると満天の星空が瞬く夜空。湿った土と葉の匂いが鼻をくすぐった。

 今まで見たことも感じたこともない新しさに心が湧き立つ。

 そして、手には血に濡れた自分の手。


「なんだ……これ……」


 震える手を見つめる。これは僕の、白澄 透の手じゃない。元々の手より大きく、ペンだこだらけで骨ばった硬い手。


 混乱で頭を押さえる。その瞬間、記憶が流れてこんできた。


 勇者パーティーとヤカド樹海への調査、異常種の魔物と戦った末に裏切りにあいケインの風魔法によって吹き飛ばされた体。

 そして、ライシス・ジョシュ。この人が最後に溢した言葉に共感して涙が溢れてしまう。


「ぁ……」


 そこまでで理解できた、ここは病院じゃない。平和な国、日本でもなければ僕は白澄 煇でもない。

 そう、僕。いや俺は


「ライシス・ジョシュ……」


 口からその名が溢れると同時に二つの記憶が重なる、病室で死んだ自分と勇者パーティーのはぐれもの。

 二つの人生と記憶、生きたいという渇望が今の自分を形取ったのだろう。


「俺、生きてるんだ……」


 美しい夜空に感じたことのない匂い、空気が肺を満たす感触、心臓が満足に動いている。

 ドサっと後ろに倒れる、その時だった。


「ふふ……」


 小さな、笑い声。近くに人がいるのかと慌てて身を起こし周囲を見渡しても人はどこにもいない。


 にゃおん


 今度は猫の声。上に目線を向けると銀毛の猫が木の上で

 こちらを見下ろしていた。樹海にいた猫とそっくり……いや、同じだ。


「お前、さっきの……」


 言葉をかけると猫は面白そうに尻尾をゆらりと揺らし、口を開いた。


「二度目の生の味はどうだ?人間」


 人の言葉。猫は人語を流暢に喋った。

 二度目?なぜこいつがそれを知っている?

 ライシスとしての本能がこいつは危ないと警鐘を鳴らす。それなのに体は硬直して動かない。

 ぴょこんと木から降り、こちらを見上げる。


「そう、固くならなくていい。死んだお前を生き返らせたのは私だからな」


 子供を諭すような声だった。


「……は?生き返らせた……?」


 思考が追いつかない。

 猫はチラリと地面を見た。

 そこにはまだ乾き切っていない俺の血が黒く残っている、それをゆっくりと味わうように舐める。

 

「人体蘇生、そんな芸当が出来るのは神か――」


 赤い瞳がこちらを見る。


「人智を超えた化け物ぐらいだろう?」


 ぞくりと背筋が凍る。

 こいつは神様とは似ても似つかない、禍々しい存在。だとすると導き出される推測は――

 その事実に喉がひりつく。

 

「……なら聞く、お前は何者だ」


 猫は血を舐め終えるとまるで愉快だと言わんばかりに目を細め、前足で顔を洗いながら答える。


「そう急ぐな、人間。まず言うべきは礼だろう?さっきまでのお前は心臓も止まりただの死体だったんだ」


 これはきっと嘘じゃない。確かにライシス・ジョシュの体の骨は砕け、意識がなくなり死に、その体に俺が入り込んだ。変えようのない真実だ。


「それを蘇生したのは私。感謝ぐらいしておかないとこの先、バチが当たるぞ?」

「仮に俺が感謝をしたとして、その先バチが当たらない保障はあるのか?」


 猫の目を見つめながら続ける。


「それに、助けた理由は?」


 猫は目を丸くし驚いた表情を浮かべる。


「礼より先にそこか?恩知らずめ」

「悪いがお前が慈善活動に熱心なようには見えないからな」


 猫の目線に合わせるよう地面に座り込むと猫は楽しげに喉を鳴らして笑う。


「ふふっ……面白い。さっきまで死体だった癖して頭は回るらしい」


 月明かりに照らされた銀毛の猫は俺に合わせて後ろ足をたたみ座ると尻尾をゆっくりと揺らす。


「理由は単純だ。私はお前が欲しい」

「…………はっ?何言って」


 猫は言葉を遮る。

 

「樹海で見ていた。剣も魔法もロクに使えない癖して、全ての戦況を読み把握して仲間を動かしていたな」

「戦場を支配していた」


 静かな声が森の中に響いていく。


「無能な人間ならこれまでの間にとっくに死んでいた。しかしお前は数時間前まで生きていた」


 猫が足を踏み出す。

 一歩。

 また一歩こちらへ。

 距離が縮むたびに、胸のざわめきが大きなる。


「自分の弱さを理解しながら、戦いから逃げない。そういう愚かさは嫌いじゃない」

「だから生き返らせた」


 赤い瞳が俺を射抜く。

 そんな言葉、これまで一度たりとも言われたことが無かった。それなのにそいつは当然のように言う、ごくごく当たり前のように。


「ただし、タダで生き返らせたわけじゃない。さっきもお前が言っただろう?慈善活動ではないと」


 猫の声が少し低くなる。

 

「……条件、か」

「そうだ、察しが良いな」


 猫はくるりと背を向け、そして振り返る。

 赤い瞳が妖しく光る。


「私の眷属になれ」


 空気が凍った。

 

「……は?眷属って……」

「難しい話ではない、私が力を与える代わりにお前は私の配下として働く」


 赤い瞳はこちらを見据え、淡々と続ける。その言葉に一度は止まった心臓がどくりと大きく跳ねる。


「断ったら?」

「簡単だ、今すぐ死ぬ」


 森の風が止まった。

 一瞬だけ沈黙し、そして楽しそうに笑いながら前足で軽く地面を叩く。


「お前の心臓は私が仮で繋ぎ止めているだけ。手を離せばまた死ぬだけだ」

「私に無理やり従わせる趣味はない。だがな、これはチャンスだぞ?私の眷属になればお前は強くなる」


 猫は続ける。


「今日の戦いで分かっただろう。お前の体は弱すぎる」


 その一言は重かった。確かに今日一日で実感したことだ。

 ケインの裏切り、放たれた風魔法で最も簡単に宙を舞い、折れる骨と止まらない血。

 きっとこれが勇者ヒカルであればケインに裏切らせるようなことはしなかっただろう、レオスだったら放たれた風魔法にも対応して上手く避けていた、ローナだったら骨が折れてもどんな怪我も魔法で回復して命を落とすなんてことは無かった。


「お前は弱い。だが頭は、その分析能力はすこぶる……いや、天賦の才と言ってもいいほど素晴らしい」

「どうだ、人間。私の眷属にならないか?」


 一拍の沈黙。夜風が木々を揺らした。

 頭上の空には夜空の星だけが瞬いていた。

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