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01 樹海




 王都フロマンドの朝は、いつになくやけに静かだった。

 いつも聞こえる市場の声も馬車の音も聞こえず、ただペンを走らせる音が無機質に響く。

 宿屋の窓から差し込む朝日が机の上を照らしていた。数刻前に必要ないと判断した灯りの灯っていないランプは朝日を反射しキラキラと輝いている。

 整然と机の上に並べられた地図、魔物分布図、補給計画書、幾つかの資料。最後の一枚になった資料を書き終えるとペンを置く。


「予定より、二分遅れか……」


 誰に言うわけでもなく呟く。

 昔から使っている年季の入った懐中時計をパチリと閉じる、以前レオスにオンボロと言われてしまったしそろそろ買い替えるべきだろうか。そんな思案をしながら冷めた紅茶をあおるようにグイッと飲み干せば苦味だけが口に残る。本当は砂糖を入れて飲みたかったが聖職者である少女、ローナにあげてしまった為に持ち合わせは無い。ローナは幼いながら勇者一行に加わった健気な少女というだけに世話を焼きたくなってしまうのだ、まぁ彼女からしたら要らない世話かもしれないが。


 ため息が溢れる。

 昨夜はほとんど寝れていない。いや、正直な話ここ最近はずっとだ。

 目を閉じても前日の戦闘と記録が浮かぶ。誰がどこで攻撃を受けたか、魔力の消費、改善すべき動線。

 考えることを止めると、不安が押し寄せる。

 なぜなら俺は勇者なんてたいそうなものでも、聖職者という心優しき守護者でもなんでもない。ただの解析補助職だからだ。


 俺ことライシス・ジョシュは孤児院育ちの孤児だ。魔物が蔓延り、魔王という邪悪な存在が誕生しているこのご時世で孤児院で飯を食わせてもらってぬくぬく成長する、なんてのは無理な話。飯を食うのも服を買うのも生きるのには金が必要だった。

 それに手っ取り早いのはギルドでの仕事だ。王都では冒険者たちに仕事をふるギルドがある。そこで地道に依頼をこなせば小銭稼ぎぐらいにはなる。

 元より戦う才能も、魔法を操る才能もからっきしだった俺は”解析”という才を持っていたらしく見たものを解析出来た。例えば草花の中でどれが傷に効く薬草なのか、とか本で読んだ知識さえあれば自然と分かるようになっていた。ギルドで偶然出会った、今の師匠に色々と知識を叩き込まれ一人前の解析補助職として今日この日までなんとか食い繋いできた。

 

 しかし所詮、解析補助職というのは事象を分析するだけの仕事。正直なところこれだけでは肩身が狭いのだ。敵を直接倒せるわけでも、味方を癒せるわけでもない。

 解析でヘマをして味方を傷付け、負けるなんてことは決してあってはいけない。

 だから考え続けなければいけない、それが解析補助職である自分の役割だから。


 

◇◇◇◇


静まり返っていた廊下がドタドタと騒がしくなりはじめる。大きく荒々しさを隠そうともしれない足音はあの男だろう。


「おい、ライシス!起きてんだろ!」


 あまりにも力が強すぎて拳が扉を抜けそうなほど乱暴に扉が叩かれる。


「はいはい、起きてるよ」


 扉を開けると無造作に撫でつけた燃えるような紅髪の剣士、レオス・ギデオンが腕を組んで立っていた。

 彼は若いながら腕の立つ剣士でその真紅の瞳は猛獣のような鋭さを持ち、戦闘スタイルも傷を恐れない荒々しい戦い方だ。その証拠に彼の頬には一閃の傷跡がある。

 非常に豪胆で感情の起伏が激しく分かりやすい。街に着くとよく女性を引っ掛けている、あまり褒められたものではないがあのコミュニケーション能力の高さも彼の良さなのだろう。


「今日のルート変更ってマジか?遠回りじゃねぇか、めんどくせぇ」

「魔物の移動傾向が変わっている。正面突破をするなら被害率が四十五%上昇するからな。それでも良いなら構わない」


 先ほど出した結果を付け足しながら答える。

 最近はなぜか魔物の移動傾向がおかしい、何か躍起に……というか活発になっている。まるで新しい何かが起こるみたいだ。


「チッ…細えな。分かったよ」


 レオスは舌打ちをしながらも否定はしない。自身にとっても思い当たる節があるのだろう。それに彼の嗅覚は本物だ。なんだかんだ食い下がりながらも彼はいつも従う。理由は単純、その方が勝てるから。

 それだけは信用されているらしい。その事実は俺としては嬉しいばかりだ。




怒りをおさめたレオスと二人で食堂へ降りると、既に席に着いていた勇者ヒカル・アマギが手を振った。


「ライシス!おはよう!」


 少年のような屈託のない眩しい笑顔。

 太陽みたいだ、と思う。そのイメージ通り彼は本物の勇者なのだ。

 ヒカル・アマギ。年齢は十六歳、元々はニホンという異世界にある国の出身者だった。この世界では珍しい黒髪に光を淡く反射するブラウンの瞳を持ち、童顔ながら中性的な顔立ち。気立ての良さそうなシャツと紋章の入った上着に合わせたズボン、豊かな環境で過ごしていたことは想像に容易い。

 しかし王都フロマンドの現国王ティルヴァンに魔王を討ち討ち倒す勇者として突如異世界に召喚されたヒカルは動揺を見せたものの「あぁ、これはそういうやつか」そう呟き、馬鹿げたこの出来事を受け入れたのだという。十六歳という若さで肝が据わっている、俺ならきっとそんな重責から逃げ出して放棄している。

 けれどヒカルは凡庸な俺とは違う。異世界に降り立ち、勇者となったヒカルはメキメキと実力を伸ばし勇者パーティーが結成された。


「昨日の作戦助かったよ!全然怪我しなかった!」

「当たり前だ、全て計算しているからな」


 短く答えるとヒカルは嬉しそうに笑って頷く。

 年下の少年ではあるが勇者の彼に感謝されると心が満たされる。戦う力がなくともこの分析能力があればヒカルたちの役に立てる。俺にはまだ存在価値があると思えるから、それだけで十分だ。

 わずかな勝率を確かな勝利へと導くのが俺の仕事だ。


「当たり前なんてことないですっ……!いつもありがとうございます!」

「わざわざ感謝を述べる必要はないだろ、それにローナの回復魔法がなければこのパーティーはとっくのとうにお陀仏だ」


 大したことないにも関わらず丁寧に礼をする彼女はローナ・カーラン、聖職者だ。

 淡い陽光を溶かしたような金髪を編み込み後ろでお団子のように結った髪型は彼女の清廉とした雰囲気を際立たせていた。左右で結ばれた白いリボンは愛らしさを添え、彼女がまだ十六歳の少女であることを証明してくれる。

 真っ直ぐに整えられた前髪の下には大きく澄んだ薄青の瞳。

 いつもであればその目は優しさを湛えているが今日の彼女はどこか申し訳なさそうに目を伏せる。

悩みがあるなら相談にのる、と言いたいがきっと俺が言うとセクハラになってしまうな。こういうのはヒカルの仕事だ。


「流石ですね、ライシス。相変わらず完璧な作戦でした」


 ことりと食器を机に置き、メガネをかけた青年ケイン・ウィットは微笑みながら席についた。

 ケイン・ウィットはこのパーティーの魔法使いでとても頭が切れる。落ち着いた灰色の髪を後ろでお団子に束ねられ丸眼鏡をかけた彼は多くの人が想像する学者然とした姿だ。穏やかで口が上手いのでパーティー内で喧嘩が起きた時は仲裁に入っていることが多い、理性的で包容力がある人……なのだと思う。

 けれどいまだにケインのことは掴みきれない。ふとした瞬間のケインはどこか品定めをするような冷たい目をしている気がする。

 今だってそうだ、まるで――――


「さぁ、ご飯にしよう!今日はルートを変えての冒険だからスタミナを蓄えなくちゃ!」

「あぁ、めんどくせぇが新しい敵に出会えるかもしれねぇからなぁ」

「あっ、レオスさん!無茶はダメですよっ」


 ヒカルが手を叩きカトラリーを手に取ると皆が頷き、各々喋り出す。

 俺たちはパーティー、ケインは俺を信用してくれているんだから変な勘繰りはよすべきだ。頭を振り空いていた席に座り、食事をとる。

 俺はただいつも通り、作戦を考え誰よりも後ろを歩いて分析するだけだ。

 それが俺にできる最善だから。



 ◇◇◇◇


 王都を出て約三日、俺たち勇者パーティーは南にあるヤカド樹海を目指していた。ヤカド樹海は王都から南にある巨大な樹木と濃密な魔力に満ちた森の領域だ。一般的にヤカド樹海は足を踏み入れると二度と出れなくなるという伝承があり、人が近づくことはまず無い。そんな場所になぜ向かっているのか、それは近くの街道を通行する行商人達から毎夜うなり声のような不気味な声がヤカド樹海から鳴り止まず原因を探ってほしいと国へ申し入れがあったのだ。それをギルドも通さずティルヴァン国王直々に俺たち勇者へ調査依頼があり今に至る……と言うわけである。


 

 朝日が昇ってから数刻、俺たちは石畳の綺麗に舗装された道を外れ険しい山道を下っていた。この山道を下ればヤカド樹海がすぐ見えてくる。この時間帯であればヤカド樹海に入ったとしても魔物達の活動時間ではないから比較的安全だろう。

 道中は後ろから俺、ローナ、ケイン、レオス、そしてヒカルは先頭を務めていた。陽光に照らされたヒカルの姿は物語の主人公のようで絵になる、背中に背負う聖剣が光を返してキラキラと輝いた。こんな俺でも聖剣を背負ったら勇者になれるだろうか?そんなことをぼんやり思ってしまう、だってこのパーティーはみんな若くて将来有望だ。夢ぐらい見させてくれたって良いだろう。

 

「みんな大丈夫?まだ例の唸り声は聞こえてこないし……スピード上げた方が良いのかな」


 振り返りながらヒカルが言う。

 声色は優しいがどこか焦りがみえる。きっと大きな手掛かりもなくひたすら歩き続ける現状に焦りを感じているんだろう。


「問題ない。予定通りの進行速度だよ」

「確かに、順調だな」


 俺の言葉に頷きながら肩を鳴らしたのはレオス。つまらなさそうに大剣を担ぎながら山の木々を見渡している。見渡してもあるのは木々の隙間や岩陰から光る幾つもの視線だ。茂みのの奥ではウサギがこちらを警戒するように息を潜め、枝の上では鳥が首を傾げながら翼を羽ばたかせる。

 人間も、魔物も来ない山なんだろう。どの生き物も警戒はするが攻撃をするわけでも逃げるわけでも無く、物珍しそうにこちらを見ている。


「そろそろ魔物が出てきても良い頃合いだと思うがなァ」


 ニヤリと犬歯を見せながら笑う顔を見せる。彼は戦いを楽しむ人間だ、この状況が退屈でしょうがないと云ったところだろう。

 確かに、ここまで遭遇した魔物は六体。ここの地域は比較的魔物が少ない土地柄とはいえ少なすぎる。


「そんな物騒なことを言わないで下さいよ、戦闘は避けられるなら避けるべきです。依頼の目的は討伐ではなく調査ですから」


 やれやれと肩をすくめたのはケイン。落ち着いた声で、呆れながらも指先には薄く魔力が漂っている。これは探知魔法だ、ヤカド樹海に近い領域に到達したことにより念の為使用しているのだ。探知魔法は意識が探知する事に集中してしまうせいで精神力を削る魔法なのだがケインがこうして喋れるということはやはり魔物らしい魔物は居ないのだろう。


「ケイン様の言う通りです、無理は絶対にいけません!ヒカル様も前に出過ぎては駄目ですからね」

「ははっ、大丈夫だよ!みんながいるからね」


 困ったように笑うヒカルに苦い顔をするレオス、当然だという顔で頷くケイン。

 そんな三人の後ろで会話もせず黙々と歩く。

 疎外感を感じないわけでは無いが俺は分析士、餅は餅屋というやつだ。魔物の痕跡を見つけ、罠を見抜き進むべき道を選ぶ。戦いが始まる頃には、俺の仕事は大体終わっている。戦闘がないなら俺は僅かな違和感も素通りしないよう観察しなければならない、だから会話には参加出来ない。ただそれだけ。


 しばらく山を下ると終わりが見えてきた、しかしその先は街道でも平原でもない。同じ森林のようなのに明らかに山の森林とは違う気質、魔力が先ほどよりもずっと濃い。


「っ!ヒカル止まれ、その先は山じゃない」


 俺の声に全員が足を止め周りを観察し始める。


「本当だ、なんだこれ……」


 ヒカルの思わず漏れた声が森林に吸い込まれていく。

 確かに山の中を下っていき平原に出るはずだった。それなのに今、目の前にあるのはさっきまでの森林とは違う。

 後ろを振り返ればどこにでもあるような静かな森林、木々は生い茂り空も枝の隙間から見えるし動物達の気配もある。

 しかし前を見るとあるのは天を覆い隠すような巨木。なぜ今になるまで気づかなかったのか不思議なほど巨人のような太さを持つ幹と天蓋のように森を閉ざす枝葉。後ろに見える青空はどこにも見えず葉が通す僅かな光が道を照らしている様子はまるで樹海。そう、件のヤカド樹海のようだった。


「山と樹海が繋がってるなんて事前情報にはありませんでしたよ……」

「あぁ、俺も予想外だ。もしかしたら例の唸り声の正体が樹海を拡大させているのかもな」


 驚いた声色でこちらを振り向くケイン。

 たまたま魔力の差で気付けたがこれは予想外だ。この状態は普通の山がこの巨大なヤカド樹海に飲み込まれかけているようにも見える。この樹海は一度入れば二度と出てこれないことで有名だ、だからマッピングを丁寧にして行こうと思っていたのだがこれは骨が折れそうだ。

 

 頭を抱えると葉が揺れた。

 その瞬間、樹海の奥から唸り声が響く。


「グァァァァァッ!!」

「「「「「ッ、!」」」」」


 全員が息を呑む。まるで侵入者に対する警告のようだった。声のする方向から計算すると約20km前後。もし、本当にその距離から俺たちのことを認識出来ているのなら相当強い怪物だ。


「ハッ!上等だ。おいヒカル、ここまできて逃げるなんてありえねぇよな?」

「当然だ、この魔物がこれから人に危害を加えないとは考えられないからね」


 今日一番の笑みを浮かべるレオスと覚悟を決めたヒカルがこちらを向き、了解を取る。

 ゆっくりと息を吐き目の前の樹海を見上げる。

 ここから誰一人死者を出さずに魔物を倒し脱出すること、それが分析士の俺にできる仕事だ。


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