夢中にさせるのは、君のほう。 ―後編―
「狂わせるのは、君のほう。」の続きとなります。
前後編の後編です。先に前編をどうぞ。
連作になっているため、前回まで読んでいただいたほうが、わかりやすいかと。
どれも短編で6000字以内にしているのですぐ読めます。おそらく。
「ノイン、副団長との模擬戦て、どうやったんだ?」
ジョスの問いかけを、ノインは無視した。
始末書のほかに備品の整理と手入れを命じられているノインは、剣の状態を確認している。
「それ、僕も気になるなあ」
ひょこっと顔を覗かせたコニーの姿に「げえ」とジョスがもらす。
うわっ、と鼻をつまんだ。
「香水くせえ。また女のとこか?」
「彼女が寂しいと言うからね」
「はぁ……おまえの婚約者、よくキレないな」
「あぁ~。まあ彼女はまだ幼くて初心だし、大人の男女の駆け引きはわからないよ」
「…………」
ジョスが半眼になっているが、ノインは二人のやり取りなど聞かずに箱の中に剣を戻し、次のものを取り出していた。
「おまえ絶対殺されるぞ」
「キミは知らないかもしれないけど、結婚前の恋愛は自由だろ?」
「いや、結婚してもやるだろおまえ。女を作り過ぎなんだよ」
黙々と作業を続けるノインに、ジョスは再度声をかけた。
「じゃあ、新しいパン屋の情報と交換ならどうだ?」
「…………」
「菓子の店はどうだ? 新しくできた食堂は?」
ノインが次の剣に手を伸ばす。
コニーが呆れた。
「食べ物ばっかり……。
ノイン、最近女の子に人気の衣装店はどう? 安くて平民でも手が届くみたいだよ」
「…………」
「下着のお店はどう? どうせ色気のない肌着なんじゃないの?
まあ、それはそれで燃え上がるものもあるか」
も、と言う前にノインが立ち上がり、「はあ」と溜息をついた。
「うるさい」
「よし、じゃあ僕からは衣装店と下着の店の情報で、ジョスはパン屋と菓子と食堂ね」
「…………」
はあ、と疲れたようにノインは息を吐き、姿勢を正して左半身を少しだけ退げた。
「こう」
と、右手に持っていた剣を素早く左手に持ち替えて、踏み込み、振り上げる。
一連の動きを披露すると、ノインはさっさと座って作業を再開させた。
「いや~、ゆっくり動いてくれたけどなにそれ~。アハハ」
「おまえ両利きだったのか!?」
「そこじゃないよね、驚くところ」
真似をしようと意気揚々としているジョスを白い目で見ながら、コニーが腰に片手を当てて嘆息した。
「副団長の挑発にわざと乗るとか、性格悪いな本当」
「…………」
「あの娘が卒倒するとは思わなかったんだろ。
まあ副団長も、キミがあの娘を連れて来てたから、からかうつもりだったんだろうけど」
ノインが視線をあげ、「うるさい」と再び言う。
「なにをそんなに警戒するんだよ? 結婚するんだろ? キミ、もう教会に書類出してるじゃないか」
「そうなのか? 婚姻誓約書を先に作ったってことかよ」
「まだ受理されてないよ。自分がいつ死んでもいいようにしてるだけだろ。
財産を渡すつもりで、書類だけ出してるんだよノインは」
「はあ? 財産?
騎士の安い給料なんて、雀の涙だろ」
「いやいや、ノインは休日も働いてたろ?」
「…………」
ジョスがぱちぱちと瞬きした。
「おまえ、わざとやってたのか!?」
信じられないとばかりに視線を遣るが、そこにいたはずのノインの姿がない。
「いない!?」
「手入れ作業が終わったんだろ」
ふむ、とコニーが少し考え、なにか思いついたのかニヤっと笑ってみせた。
*****
そして現在。
コンコン、と音がしてオルガは腰を浮かした。
「ど、どちらさま……?」
鍋の蓋と木べらを持つと、ドアにそろそろと近づいていく。
「ノインの同期のコニーと申します」
「? 騎士団の……?」
「はい」
なにかあったのかと扉をそっと開く。
すると目の前に花束が差し出された。
驚いて目を見開いていると、扉の外にいたコニーという男性が、微笑んだ。
「初めまして。これは可憐なあなたに似合うと思って用意した花です」
「………………」
困惑しているオルガを、コニーが微笑みながらどこか楽しそうに見てくる。
「ごきげんよう、クズ」
ぎくっとコニーが体を強張らせる。
オルガの背後から、微笑を浮かべたクララが気配もなく現れる。
「……く、クララ嬢」
どうしてここに、とコニーが顔を引きつらせる。
オルガは困惑して二人を見比べる。
この人が、クララの婚約者……つまり、クズとやらなのだろう。
コニーの少し後ろにいる男は「あーあ」と呆れていた。
「まあ、素敵な花束ね」
上品に笑ってから、クララはオルガに向けられた花束から一輪抜き取った。
くるりと茎の部分を持ったまま、回す。細長い指をそっと伸ばし、花弁に触れた。
「クズのあそこを――」
ぶち、と花びらを一枚千切る。
「ちぎる」
ぶち、とまた花びらを一枚むしった。
「むしる」
ビッ、と勢いよく花びらを一枚、引っ張った。
「ちょん切る……」
花占いのように、物騒なことを言いながら花びらを一枚一枚抜いている。
騎士二人が真っ青になっていた。
ぐしゃ、と花ごと握り潰す。
「つぶす」
「っ! あ、あ~、今日は挨拶だけで~、ではまた」
そそくさときびすを返して、バタンと扉が閉じられた。
クララが手を開く。潰された花がそこにある。
彼女はオルガのほうを向き、申し訳なさそうに頭を下げた。
「ごめんなさい、あのクズが」
クズ、の部分を強調する。
「あ、い、いえ」
「タイミングが間違っていなかったようで安心しましたわ。
興味を持った女性にアプローチをする悪癖がありますから」
「はぁ……」
確かに、モテそうな人……かもしれない。
(でもノインのほうがずっとかっこいいしな……)
「もちろん、あなたが簡単になびくとは思っておりません。
ノインさんの鉄壁の護りがあることも承知しておりますわ。でもあのクズ、は、なんだかんだと、女心にじわじわと入ってくるキモチワル……ごほん、経験豊富なクズなのです」
ええ…………?
「特別顔がいいわけでもないのに、心にそっと入り込んでくる気味のわ……ごほん、寄り添ってきて、女をたぶらかすのです」
拳をきつく握りしめているので、本当に嫌っているようだ。
貴族も大変なんだな、とオルガは同情した。
「それで、依頼は引き受けてくれますでしょうか……?」
「あ、あの……本当に、そんな、特別なことはなにひとつ……」
「家賃一年分でどうでしょう」
引き下がる気が全然ない……!
「お話を一回聞くたびに、それを報酬とさせてください! お願いします」
「え……あ」
「お名前をうかがっても!?」
「わっ、お、オルガ、です」
「オルガさん、わたくしを助けると思って……!」
ダメだ……この人、なにを言っても諦める気がない……。
*
ノインの家からコニーは慌てて距離をとる。
「なんであそこにクララが……」
「なんなんだよおまえの婚約者は……!」
「楽しそうですね」
声に、二人が急停止した。
買い物をしてきたのか、紙袋を抱えているノインが道の真ん中に立っている。
サーっと、コニーの顔から血の気が引いた。
「おいっ! 帰ってきたじゃないか! 中で待ち受けて驚かせるって計画が」
「ジョス!」
すぅ、とノインの瞳が一瞬で冷える。ゾッとして二人は視線を逸らした。
「さすが、節操のない人はやることも常識がないんですね」
「い、いや、誤解だって。
おまえに教える情報を伝えに、ほら、店の……」
「…………」
「ノ、ノイン落ちつ……」
「落ち着いてます」
はっきり言うと、目を細めた。
「その花束」
ひっ、とコニーが喉の奥で声を引きつらせる。
慌てて背後に隠す。
「可憐、純粋、あなたのことが気になる、無垢、美しい瞳、誠実」
「…………」
花言葉をすべて言い当てるノインに対して、うまく言葉が出てこない。
「会話のきっかけのためにそういうことするの、あなたのいつものやり口ですよね」
「コニー、謝れ!」
慌てるジョスをノインが冷たく見た。
「べつに謝らなくていいです。
――――――――許す気ないので」
*
ノックが三回、二回、そして五回。
バッとオルガは扉を開けた。
驚いて硬直しているノインを見て、ほっと胸を撫で下ろす。
「おかえり、ノイン」
「……ただいま」
中に入ると、ノインが微かに顔をしかめた。
「香水……」
「あ、えっと、クララさんて人が来て」
「クララ……マクレガー家の三女の?」
「うん」
よかった、知り合いだった。
ノインがぐいっと手を引っ張り、オルガの腰に手を回す。
「わっ」
「近づけましたね」
「え?」
「匂いが移って……! ……ます」
「え、そんな匂うかな」
すんすんと鼻を鳴らすが、べつになにも感じない。
ノインが頬に触れようとして、すぐに止める。
「ノイン?」
「…………触れても、いいですか」
「………………うん」
はぁっと息を吐いて、ノインが頬を撫でた。
「キスしていいですか」
「えっ」
「いいって、言って」
くるしそう。
オルガはぐっと唇を引き結んだ。そして、うなずく。
「おう!」
さあ来い!
「……………………………………ふ」
ノインが口元をゆるめ、笑う。
「かわいい」
「ノイン」
「ふふっ、もう…………俺を夢中にさせるのは、君だけですよ」
ははっ、とひとしきり笑って、ノインは「じゃあ」と微笑む。
「くち、あけて」
「っ、そ」
「ほら、君を食べさせて」
*
「取材……話し相手になって欲しいということでは」
「そ、そう?」
「言いたくなければ話さなければいいんです」
あの押しの強さで訊かれたら、ちょっとひとたまりもないのだが。
(単なる顔見知りなら、ノインはそんなこと知らないよね……)
しかし、今日の夕飯もおいしいな……。
「コニーさん? て人と、縁が切れればいいんだろうけど」
「すぐには無理でしょうね。コニーの不祥事をもみ消しているのがマクレガーだと聞いています」
「ええ? どうして?」
「……なにか事情があるんでしょうけど、どうでもいいですね」
「…………」
吐き捨てるように言われて、オルガは驚く。
「なにかあった?」
「………………清掃を」
ニッ、と笑う。
「してました」
???
(外で掃除?)
首を傾げてしまう。
「マクレガーの令嬢がここを訪ねてくるなら、会っても大丈夫です」
「……外じゃダメなの?」
「君はこの辺りの地理にまだ疎いから、危険なので」
いいのだろうか? ここは細い道に面しているから馬車は入ってこれないし、かなり奥まった場所にあるのに。
「うーん、わかった」
「休みの日にまた、買い物がてら散策しましょう」
「そうだね」
ノインの機嫌が良くなったようだ。
(良かった。ひどく焦ってたし)
「匂いが移っているので、今日は一緒にお風呂に入りましょう」
「…………」
ノインの発言に、オルガは手を滑らせてスプーンを床に落としてしまった。
*****
「まあ、お上手ですわね」
「上手?」
クララの言葉に首を傾げてしまう。
彼女が持ってきた菓子は、オルガが食べたことのないものばかりだ。
安い茶葉のものを出しているが、クララは気にしていないようでにこにことしている。
とりあえず様子見というか、話し相手になる……感じでこうして向かい合っている。
「あなたを効果的に落とすには、十分かと」
「効果的?」
「効率的……というのとは違うでしょうし、無自覚というか、無意識でやっていらっしゃる印象を受けますわ。
あなたから好意が向きやすい感情表現をされていると思えます」
そうだろうか?
(そんなむずかしそうなこと、ノインがやるかなぁ)
「普段からあまりお喋りではない様子なのに、あなたが関わると情緒がかなり揺れると言いますか」
「そ、そう? かな」
「涙の使い方も効果的ですし、泣いたこと自体を恥とも思っていない様子なのですよね?
ふつうの殿方はかっこわるいと思うものですわ」
「そこまで考えてないと思います、よ?」
「本心でやっていらっしゃると思うのですけど、わたくしからすれば、あなたを篭絡するのに手段を選んでいないように見えますわ」
「ま、まさかあ。わざわざそんなことする必要ないです、よ」
失礼にならないようにしたいのに、言葉がうまく出てこない。
「普段通りでいいのですけど」
「それは……」
「大半の貴族は許さないと思いますが、わたくしはあなたのファンだと言いましたでしょう?
もっと気安く喋っていただいたほうが嬉しいのです」
にこにこと、言う。
オルガは小首を傾げた。
「あの、なにかいいことがあった、のでしょうか?」
「あら! あらあら、やはり気づかれますわよね?」
クララがくくく、と低い笑い声をもらす。
「あのクズが、路上で身ぐるみはがされて気絶しているところを大勢が目撃したのです!」
「み、みぐるみ!?」
「ええ! この間のジョスさん、でしたかしら? あの人と一緒に、全裸で、なにもかも盗まれて!」
オルガは「うわぁ」と思うのに、クララはその外見に似合わない「フハハ」という笑い声をあげている。
「残念! 今が冬なら凍傷であそこがもげたかもしれないのに! あはははは!」
「…………」
よっぽど嫌いなんだな……。
「ああ、愉快痛快ですわ。フフッ、その盗人にわたくしが謝礼を渡したいくらい」
ひとしきり笑い、クララは「ふう」と息を吐いた。
「不思議なのが、二人とも傷一つつけられていませんの」
「えっ!? そんなことができるって」
もしかして!
「心の魔物、っていうのが関わっていたりしません?」
「? こころのまもの?」
「はい。ノインが言っていたんですけど、私がこっちに来てから、よく出没しているらしくて。
怖がっているので、なんとかしたいんです」
「………………」
ふふ、とクララが笑う。
「あらあら。本当に手段を選んでいないみたいですわ。
ノインさんが退治してくれますわ。強いですからね、彼は」
「で、でも、本当に怖がってるんです」
「一度だけですけど、騎士団の模擬戦で全戦全勝されたことがあるのですよ。まあ、あれ以降は毎回二回しか勝てていないようですけれど。
心配されなくても、あなたを守るためならなんでもやると思いますわ」
クララが立ち上がる。
「ありがとうございます。
とても有意義な時間でした。よければまた、聞かせてくださいな」
ほっ、と心の中で胸を撫で下ろす。
と。
「ぜひ、夜伽の話もお願いしますね!」
「………………」
ダメだ。忘れてくれそうにない。
どさ、とテーブルの上にクララが袋を置いた。
「では、こちら報酬です」
「っ!? え、っと」
「家賃二年分です」
「多い多い! 多いですよ!」
なんで増えてるの!?
「夢中にさせるのは、君のほう。」後編でした。
お読みいただき、ありがとうございます。
リアクションや感想をいただけると、ノインがさらに糖度を増やすかもしれません。私は書く糧にさせていただきます。




