友情の形は知らないままで
「ねぇ、また昼一緒に食べよ?」
そう声をかけてくれたのはAだった。誰にでも優しくて、当たり前みたいに隣にいてくれる。そんな人、今までの人生にいなかった。“これが友情ってやつなのかな”と思うと胸がくすぐったくなる。けれど、その幸福は長く続かなかった。Aには、他にも友達がいた。楽しそうに笑い、軽く肩を叩き、同じ距離感で会話する。その光景を見た瞬間、自分の中で何かが軋む音がした。
Aのスマホが別の友人から通知を受け取るたび、胸の奥で黒いざわめきが広がった。既読なのに返事がこない、その数分でさえ不安に押しつぶされそうになる。気づけば問い詰めるようになっていた。
「昨日どこ行ってたの?」
Aは困ったように笑う。「友達とだよ。言ったよね?」
言われたような気もするし、しない気もする。なのに、自分はAの予定や行動、会話の断片を異様なほど“知っている”。まるで全部を見ていたみたいに。自分でも気味が悪かった。
ついにAは距離を置こうとした。「……最近怖いよ。君のこと。前みたいになるの、もう嫌なんだよ」
前?
その言葉を聞いた瞬間、耳鳴りが走った。暗い部屋。歪んだ笑顔。誰かを待つ自分の影。
「前って……何のこと?」
Aはゆっくりと微笑む。優しいけれど、底の見えない笑みだった。
「忘れてるんだね。でも大丈夫。君はまた僕のところに戻ってきた。ねぇ、分かるでしょ? 僕たち、友達なんだから」
背中にふっと温かいものが触れた。誰かがぴたりと寄り添っている。呼吸の音が耳元で重なる。
「ほら。ずっと一緒にいるよ。友達は離れないんだ」
Aの声と背後の声が重なった。同じ声なのに違う声。身体が動かない。Aは嬉しそうに笑う。
「ねぇ、また思い出してくれるよね? ……一生、お友達だからさ」
背後の気配がゆっくり腕を回し、僕を優しく塞いだ。
――逃げられない。最初から、囲われていたのは自分のほうだった。




