カンカン
朝ってのは、どうしてこうも気だるいのだろう。
爽やかな空、涼やかな風、眩しい朝日に雀が楽しげに鳴いたところで、少女の気分が優れる事はなかった。
重い体を引きずるように学校へと向かう少女。その隣に、いつの間にか人影が増えている。
「よう」
全く同じタイミングで同じ言葉を送り、二人は静かに笑った。
道すがら、少女と少年は色々な事を話した。テレビのニュース、好きなアイドル、昨日あった出来事、今日にでも起こるだろう出来事。冗談も言い合った。
しかしそれらはどれも寒々しく、淡々としたものだった。
互いに惹かれ合っているわけでもなく、ただ暇だっただけだ。長い学校までの道が、話し相手を得るだけで短く感じる。お互いがこのような相手を探していたのだろうか。
「なあ、例えばさ、道にヘンなのが転がっていたとして、だ」
「うん」
「拾うか?」
「ヘンなのって、どんなの?」
「妙なの」
「知らねー」
笑みもなく、顔色を伺う事もなく。互いに一言ずつの言葉を返し合う。
暇潰しだけの行為だ。支離滅裂な言葉が出てきても、それはそれでと二人が構う事はなかった。
そんな折、少年は言葉を止めて自分の顔を拭った。まるでなにかついているように頬の上をつまみ、引き剥がす動作を繰り返す。
「どうかしたの?」
「蜘蛛の巣。引っかかった」
「蜘蛛の巣? 蜘蛛の糸が引っかかったの?」
「だろ」
事もなげに頷く少年に、少女は気のない返事をした。しかし、やや間を置いて訝しげに眉を潜める。
回りを見渡せば、電柱すらない道だ。車ひとつしか通れない道幅、とは言えここに蜘蛛が巣を作ると考えれば広い空間である。
「無理でしょ、蜘蛛が巣なんて作るの」
思わず言葉を零せば、自分が続けて言葉を発した事に気づく。いつもひとつに一回の返事、それが暗黙の了解とでも言うように、彼らの間では言葉のやりとりが繰り返されていたのだ。
それを破る事に、どことなくばつの悪い気分に襲われる。が、少年の方はどうでも良いのか、顔を撫でながら空を見上げた。
「そうだなあ。こういう場所で蜘蛛の巣が引っかかるのは、実は幽霊だって聞いたことがあるぞ」
少年の言葉に思わず呆けたようにその顔を見上げる。少女は言葉を返す事もなく、視線を前へ戻した。
それと同じくして、踏切警報機の音が少女の耳を貫いた。しかめっ面の少女、少年の十五メートルほど先には遮断機の下りた線路がある。その遮断機の前には女が一人立ち、静かに電車の通過を待っていた。
白のワンピースの女。いつもならばここでまた、なにかを言い合うのだろうが、さすがに人前で下らない話をするのは恥ずかしいのか、どちらかともなく無言になる。
「……なあ、あれってさ」
「だよね」
その沈黙をすぐに引き裂いたのは少年だった。それに目を見開いた少女は返事を返す。
降りたままの遮断機を、女が潜ったのだ。それだけならまだいい。女は両手を広げ、線路の上に直立していた。
顔を見合わせる二人。少女は少年の脇腹を肘で突くが、少年は無理だろう、と、嫌そうな顔をした。
同時に轟音を引き連れた電車が通過する。女を巻き込んで吹き散らし、それはまるで竜巻だった。それが去り、まるで安全だとでも言うように鳴り止む音。
硬直する二人の前で、遮断機が上がる。そこには血の跡すらなく、電車は何事もなかったかのように走り去る。
女はいなかった。
「蜘蛛の巣が、なんだっけ」
少女の言葉に、少年は首を傾げる。
もしかしたら、妹の髪の毛だったのかもと。
警報機の音、生で聞いたのは三回ぐらいでしょうか。全然使いませんからねえ、育った場所になかったってのもあるかも知れませんが。
お陰で遠出に電車に乗るときは毎度毎度、何番でどこに行くのは駅員さんに聞いてます。
これはもう、田舎者とかいうんじゃなくて、ただ単に自分が駄目なだけでしょう。若者らしくビシッとします。