変色とリカバリー
来ていただいてありがとうございます!
「何か御用ですか?」
「お前のせいで、僕達の評価が下がっただろ!謝罪しろ!」
私の前に立ち塞がったのは遺跡を傷つけた上級生三人だった。近道をしようとして人気のない外回廊を通ったのが裏目に出てしまった。彼らはヴィエルシュ王国とトラゴス王国の伯爵家の男子達だと聞いている。罵声ともいえる怒鳴り声で私に文句を言い続けた。
困ったわ。このままじゃ水やりの時間に間に合わない。どうしよう……。
「私は何も悪いことをしてないです。だから謝罪する必要は無いと思います」
いくら中立地帯で身分を気にせず交流できる場所だからといって、この態度はどうなの?私、この人達にこんな言葉遣いをされるいわれはないんだけど。なんかスイッチ入ったわ。
「貴方方がなさったことは、歴史的遺跡であり私達の財産である大切なものを傷つける行為でした。私は皆さんの為にも貴方がたの為にもその行為をお止めしただけです」
彼らは私の毅然とした態度と話し方に一瞬ひるんだみたいだった。ふーんだ。私だってこういう話し方くらいできるんだからね。
「あ、あんなボロボロの石なんてもう何の価値もないさ!すでに研究なんかし尽くされてる!」
「そうだ!ゴミみたいなもんだ」
「どう扱おうと問題なんかない!」
負け惜しみ?先生方からかなり絞られたって聞いたけど、反省してないの?
「そんなこと……」
言い返そうとした私の声を少しのんびりした声が遮った。
「そんなことはないですよー」
え?この人誰?大きな眼鏡をかけた、明るいばら色のくせっ毛の男子生徒が上級生と私の前を横切って、通り過ぎて私の隣に立った。誰かに似てるような気がするけどちょっと思い出せない。タイの色は濃紺だから三年生だわ。制服の上に白衣を着てるからスコラ先生の研究室の参加者ね。この前、研究室に行った時に見かけていたのかも。
「あの遺跡の解析は完全には終わってないですよー。まだ分からないことも多いんですよ。傷つけられた石碑は文字がいくつか消えてしまってました。一応複写はしてありますけれどねー。文字自体が何かの意味を持つこともあるので、あれはまずかったですね。まさかこの学園の生徒であんな暴挙に出る者がいるとは世も末ですねー」
口調はのんびりとしたものだったけど、その男の子の眼鏡の奥の水色の目の光はかなり厳しいものだった。
非難されているのを感じ取ったのか、彼らはじりじりと後ずさりを始めた。
「君達、一体何をしてるんだね?」
助かったわ。騒ぎを聞きつけたのかスコラ先生が来てくれた。
「い、いえ、僕達は何も……。もう反省文を書いたんだし、僕達は悪くない!」
先生の登場を見た上級生たちはついには走って逃げていった。ちょっと情けなくない?スコラ先生はその後を追いかけていく。うーん、スコラ先生はちょっとふくよかだから追いつけないかもしれない。
「あの……ありがとうございました。助かりました。えっと……」
「僕は三年生のアルガス・パレルソンです。ディデュモイ王国のレイフィーネ姫」
さっきとは打って変わって穏やかでのんびりとした雰囲気に戻ったパレルソン先輩は……ん?パレルソン?
「もしかして貴方はパレルソン先生の……」
「はい。歴史学のパレルソンは僕の祖父です。貴重な遺跡を守ってくれてありがとう。レイフィーネ姫」
パレルソン先輩は優雅にお辞儀をして微笑んだ。
「嘘……なにこれ、どうして?」
約束の時間に遅れて研究室へ着いた私はとても驚いた。エイスリオが育てて(?)いる石が黒くまだらに変色してしまっていた。
「もとは白っぽくてうっすら光って綺麗だったのにどうして……」
「水をやりすぎたんだね。エイスリオらしくないミスだね」
一緒に来たパレルソン先輩がエイスリオの石を覗き込んだ。
「え?まだ放課後の水やりはしてないです。エイスリオ……様は用事があって、私が頼まれてて。でも遅れちゃって」
「ああ、遅くなったのはさっきの生徒達のせいだねー。でもおかしいな。誰が水をやったんだろうね?」
腕組をして頭を傾けるパレルソン先輩の言葉はあまり耳に入ってこなかった。
「どうしよう……。私が頼まれたのに」
「なんだ?これは……」
ちょうどそこへエイスリオが先生との面談を終えて研究室へ戻って来た。
「あ、あの、エイスリオこれは」
「頼んだたことぐらいは真面目にやってくれると思ってたのにとんだ見当違いだった」
説明しようとした私を遮ってエイスリオは冷たく言い放った。くすんだ青空の色の瞳に失望の色が見える。それは小さい時から周囲にいる大人達が、お姫様らしくない私に見せてきたのと同じ色……。
「…………」
初めて見るエイスリオの本気の怒りに私は何も言えなくなってしまった。
「誤解だよ。エイスリオ・トラゴス君。レイフィーネ姫は何もしてないよ」
「パレルソン先輩?どうして貴方が彼女と一緒に?」
「実はね」
いけない。私が頼まれて遅れてこんなことになっちゃったんだから、きちんと説明しなくちゃ。
「待ってください、パレルソン先輩!私が説明します!」
「うん、わかったー」
パレルソン先輩はにっこり笑って後ろに下がってくれた。
「私も今来たばかりなの。実はこの前の上級生達に絡まれちゃって来るのが遅くなってしまったの。だからまだ水やりができてなくて……」
「言い訳は見苦しいな。失敗したのなら素直に謝った方が心証が良いと思うが……」
「それは本当だよ。僕もその場にいたからねー」
「え?…………」
「パレルソン先輩は私を助けてくれたの」
「…………そうですか」
私の言うことは信じずに、パレルソン先輩に答えるエイスリオの態度に私は静かに絶望していった。
「待ってください!エイスリオ様、レイのせいじゃありません!」
「え?ロゼ?」
研究室の入り口にロゼが立っていた。青ざめた顔で少し震えてるみたい。
「ロゼメーア姫?どうしてここに?」
エイスリオは今度はロゼに向き直った。私の方は全く見ない。
「これは私がやったんです!レイフィーネが上級生に絡まれてるのを見て、スコラ先生を呼びに行って……。それで研究室の方にこの石の水やりの時間だって教えていただいて……それで……鉢植えの植物にお水をあげるみたいに……。まさかこんなことになるなんて……本当にごめんなさい……私……勝手なことを……。本当にごめんなさい……」
「貴女だったんですか……。いいんですよ。ありがとう。大丈夫ですからどうか気になさらないでください」
泣き出してしまったロゼをエイスリオが必死で慰めてる。
私の話は聞かないでロゼの話はちゃんと聞くんだ……。エイスリオの態度の違いに私はとても傷ついていた。別にエイスリオのことが好きなわけじゃないけど、別にエイスリオとは仲が良いってわけじゃないけど……、これはけっこう酷いと思う。
私はぼんやりと黒く変色した石に目を移した。
「うーん、含みすぎた水分を取り除ければいいんだけどねー」
パレルソン先輩の言葉を聞いて閃いた。それなら私の水魔法で何とかなるかもしれない。リヒトクレール様が教えてくれたみたいに、ここから水を集められれば……!
私は石に手をかざし、魔法を発動させた。ゆっくり石の中の水を手の中に集めていく。
「おおー!」
やがて黒く変色してしまった石は元通りの輝きを取り戻していった。
「これで大丈夫かしら……」
「へえー!凄いや!!完全に元の状態に戻ってる。レイフィーネ姫は魔法のコントロールが得意なんだね」
「ありがとうございます、パレルソン先輩」
「アルガスでいいよー」
アルガス様と元気になった石を見ながら笑いあってハイタッチした。エイスリオは何か言いたげだったけど、私はエイスリオの方を見なかった。
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