冬の温室
来ていただいてありがとうございます!
「この温室って」
「男子寮の裏庭にあるんだよ」
ガラスの天井を見上げると雪が降り積もってきてる。広い温室の中はどこかでストーブが焚かれているのか、とても暖かい。
「そういえば女子寮の裏庭には綺麗な噴水があります。男子寮と女子寮はつくりが少し違っているんですね」
私は物珍しくて温室の中を見回した。
「ここにはほとんど誰も来ないから、天文台への扉を設置したんだ」
「扉、そうだったんですね。魔法道具って本当に便利ですね」
やっぱり魔法クラブの部室の魔法道具を色々試してみよう。
「少し座ろうか」
「リヒトクレール様、やっぱり具合が良くないのでは?」
顔がすこしこわばってるみたい。どうしよう、医務室へ行った方がいいかも。それよりも寮のお部屋に戻って休んでもらった方が……。あれこれ考えていたら手を引かれてベンチに一緒に座らされてしまった。
「大丈夫だよ。大事な話があるんだ」
「はい」
私はひとまずリヒトクレール様の話を聞くことにした。どうしても具合が悪そうになったら、問答無用で医務室へ連れて行こうって決めた。
「まずはお礼を言わせて欲しい。助けてくれてありがとう、レイフィーネ姫」
「そんな……。リヒトクレール様を助けたのはアカデミアの方々です。私は少しお手伝いをしただけで……」
「ずっと感じてた。あたたかい光を。あの光があったから帰ってこれた。ずっと魔法をかけてくれてたんだよね」
「っ!」
あの不安だった日々を思い出して、涙が出そうになった。
「…………目覚めてくれて本当に良かったです」
「うん。戻ってこられて良かった」
ふっとリヒトクレール様の肩から力が抜けた。
少しの間、沈黙がおりる。
「……実はね、エイスリオ王子から手紙を貰ったんだ。近日中に君との婚約を解消するって」
「え?」
なんでエイスリオはリヒトクレール様に知らせたの?
「焦ったよ。君には今、縁談が殺到してるよね?」
「そうなんです!エイスリオ様のせいですごく困ってるんです!あんな場所で宣言するから。それに学園でもたくさん話しかけられて!前はこんなことなかったのに、何で今更こんなことに……。お父様にお願いして全部お断りしてもらってます」
「そうなんだ。良かった。間に合ったみたいだね」
リヒトクレール様は突然立ち上がり私の前に膝をついた。
「リヒトクレール様?」
いくら温室の中とはいえ石の床は冷たいのに、膝なんてついたら体に良くないわ。リヒトクレール様に立ってもらおうとして私も立ち上がって腰を落とした。
「僕の婚約者になってください、ディデュモイ王国のレイフィーネ姫」
優しいエメラルドグリーンの瞳が私を見上げてる。
嘘……、今何て?聞き間違い?夢?夢じゃない?……リヒトクレール様の表情は真剣で……。現実みたい。まさか。でも……。
色々な言葉が頭に浮かんで声が出てこない。
「僕はもう王子ではないけど、全力で君と君のいく道を守るから」
不安げに細められた瞳を見て、私は慌てて言った。
「は、はい。不束者ですが、よろしくお願いします……わ……!」
答え終わる前に私はリヒトクレール様の腕の中にいた。
「…………ふう」
「リヒトクレール様?大丈夫ですか?」
苦し気な吐息が耳にかかった。やっぱり体が辛いんだわ。私達はそのままベンチへ座り直した。誰か人を呼んでこようと思ったけど、寄りかかるように抱きしめられていて動くことができなかった。心配だけどしばらくここで休んでもらった方がいいのかも。
「…………」
き、緊張する……!だって、男の子と、ううん、誰かとこんなにずっとくっついてたことなんてないんだもの。ロゼと入学式で再会した時に抱き合って喜んで以来?恥ずかしいけど、今はそんなこと言ってる場合じゃないわよね?
「…………ふっ」
ん?今リヒトクレール様、笑った?もう大丈夫なのかしら?私はそっとリヒトクレール様の様子を窺った。
「レイフィーネ姫、顔が真っ赤だ」
くすくすくすって堪えきれないように笑いだすリヒトクレール様。
「可愛いね。それに柔らかくてあったかい」
リヒトクレール様の腕に力がこもった。え?あれ?
「リヒトクレール様、体調が悪いんじゃないんですか?」
「少し緊張してたけど、もう大丈夫だよ。僕の可愛いお姫様から良い返事をもらったからね」
そう言って頬をすり寄せてきた。って頬がくっついてるー?!
「ちょ、待っ、リヒトクレール様?!」
もしかして全然元気だったりするの?
「さ、急いで色々手続きしなきゃね。他の奴らを黙らせないと、僕の姫君が安心して学生生活をおくれないし。といってももう書類は準備してきたから後は君のサインをもらって十二か国会議に提出すればお終いだ」
「え?お父様のサインももうあるんですか?」
「うん。君が承諾すれば構わないって仰ってくださったよ」
早っ……!!そしてお父様やお母様には私の気持ちはお見通しだったんだ……。それはそれで恥ずかしい……。
「あの、一つ聞いてもいいですか?」
「なんなりと。僕の姫君」
「悪霊の王様を自分の中に封じる方法はいつ思い付いたんですか?」
リヒトクレール様の腕の力が少しだけ緩んだ。
「まうつつの鏡を持ってきていたのを思い出して……あの場でとっさに……。いや、鏡を向けられた時に自分に洗脳の魔法をかけることができるかなって、少し考えたかな」
「どうしてあんな危険なことを?」
「……怖かったから。父に剣を向けられて、君が殺されてしまうと思って」
「…………っ」
そんなことを言われたら何も言えなくなってしまう。自分を犠牲にしようとしたことを、一人で決めてしまったことを怒ろうと思ってたのに。
「一つお願いがあります」
「どんなこと?」
「もう一人でどこかへ行ってしまわないでください」
俯いた私は唇をかみしめた。我慢しようと思ってたけどあの時の不安と恐怖が蘇ってきて涙がこぼれた。そしてそれは今安心の涙に変わった。
リヒトクレール様が戻って来てくれて本当に良かった。
「…………うん。約束するよ。ずっと一緒だ。……ごめんね。また泣かせちゃった」
「これは嬉し涙なので、問題ないです」
「そっか」
私達は笑い合った。
少しだけ潤んだ緑色の瞳が近づいて私は瞳を閉じた。唇に熱。初めて口づけは温室に咲いた甘い花の香りがした。
ここまでお読みいただいてありがとうございます!




