婚約解消
来ていただいてありがとうございます!
「レイフィーネ姫、君との婚約は解消させてもらう」
え?いきなりこんな場所で何を言い出すの?それにこちらからは今までに何度も婚約解消を申し入れているのに、何で今さら?
「君はこれからアカデミアに所属することになるんだろう?そんな方を我が王国だけに縛り付けるわけにはいかない。それに研究者と王子妃、王妃との両立は難しい」
ため息をつくエイスリオ。本当の理由はそれじゃないよね?よくもしゃあしゃあと……!
確かに私はこれから学園に在学しながら、アカデミアで研究の手伝いをすることになってる。聖魔法の指導をしてくれたアカデミアの研究者の元で研修、手伝い、実験台をすることになったの。実験台というと聞こえが悪いけど、これは私にとってもありがたいことだった。聖魔法は珍しい魔法で使える人は稀。この先どうしていけばわからない私には指導者が必要だから。それにゆくゆくはアカデミアに入りたい私にとってはそのコネはとても有利になる。ちなみにアルガス様は今回の功績が評価されて、卒業後アカデミアに入ることが確定してる。元々かなり優秀な方だから当然よね。
「婚約の解消は承りますが、どうしてこのような場所でそんなことをおっしゃるのですか?」
そう、ここはサントル市の会議場のエントランスフロア。近くには父であるディデュモイ王国の国王もいる。今日はあの騒動から初めての十二ヶ国会議が行われており、各国の関係者が集まっていた。その場にいたみんなの注目を浴びてしまってかなり気まずい。お父様も少し驚いてる。でもそんなに表情に出してないってことはもう知ってらしたのかしら。あれ?心なしかトラゴス王国の関係者の方々が慌ててるみたい……?
「チャンスは平等に与えられるべきだと思うから」
そう言ってエイスリオはちょっと意地悪そうに笑った。
「?」
「では、正式な手続きは後ほど」
エイスリオはそのまま立ち去ってしまった。慌ててお父様に確認したら、トラゴス王国から婚約解消を受け入れる旨の書簡が、昨日サントル市にあるうちの国の屋敷に届いていたそう。訳がわからないわ。何でこんな場所でわざわざ宣言する必要があるの?
その意味は後日分かることになる。エイスリオと婚約する前は月に二つ三つだった縁談話が山のように来るようになってしまったらしい。何でよ……。
「あははははー。それは大変だったねー」
「笑い事じゃありませんよ、アルガス様」
お父様には手紙で全部の縁談を断ってもらってるけど、学園でも頻繁に男子生徒に話しかけられるようになってしまって本当に困ってる。今もお昼ごはんをロゼ達と一緒に食べることもできず、天文の塔へ持ち込んで食べることになってしまって大迷惑。今日はアルガス様がいてくれたから一人じゃなかったけど、おしゃべりできないのはつまらない。エイスリオの奴、とことん私を利用してくれちゃって。だってこちらが騒ぎになってる間にしれっとロゼと婚約しちゃったんだもの。親友の婚約はおめでたいけど、エイスリオには絶対にいつか仕返ししてやるんだから!
「それにしても、会議なんて面倒だったよねー」
「そうですねぇ……ははは」
……本当に面倒だった。私は今日何度目かになるため息をついた。アルガス様と私、そしてエイスリオは十二か国会議にあの事件の証人(?)として出席を求められたのだ。長い長い報告書に私が見聞きしたことを全部書かされたのに、何でまたいちいち質問されて「はい、その通りです」って言いに行かなくちゃならなかったんだろう。わざわざドレスまで着て。アカデミアの代表者とパレルソン先生があらかじめ事件の経緯を全て説明してくれたから、私達はずいぶん楽だったはずなんだけどそれでも大変だった。会議って長いし……。
ただ、同じく会議に出席していたハワード隊長さんから色々な報告が聞けたのは良かったと思う。
「とりつかれた街の人達はみんな無事に回復したみたいで良かったですね」
「そうだねー。人にとりついていた影霊達は封印が発動してこちらの世界に存在できなくなったんだろうってアカデミアでは意見がまとまったみたいだよー」
エリン高原での石碑の損傷、南東の神殿での神像の破壊。これらによって封印が解かれ悪霊の王様の影響がサントル市を蝕んでいった。超古代の文献には今年同様に赤いほうき星が描かれたものがあったけど、それが何かに影響を与えたのかは分からない。人々の間で争い事が増えたように感じられたのも悪霊の影響だったのかもしれない。もしかしたら争う人々の邪気を吸って悪霊が力をつけたのかもしれない。全てに恐らくがつく推論だけど、会議の参加者はほぼ全員、温厚だったレーヴェ国王の変化や暴走、影鬼(ファンタス様の呼び方が採用された)達や影霊を見ているから、悪霊の王様の存在の事も信じざるを得なかった。その後の会議ではこれからの対策が話し合われたらしい。
「レーヴェ王国の国王様はもう大丈夫そうだったねー」
「はい。杖をついていらしたけど顔色は良かったですよね」
今回の会議にも参加されていたレーヴェ王国の国王様はあの騒動の後にすぐに目覚められたけど、体と心の衰弱が激しくてしばらくはベッドから起き上がれなかった。驚いたことに星祭りの頃辺りからの記憶がほとんど無かったらしい。でも自分(悪霊の王様)がしたことをとても気に病んでいて、今回の責任を取って王位を弟君に譲ることにしたそう。
「……リヒトクレール王子はいつ頃戻ってくるの……?」
アルガス様、少しだけ聞きづらそう。気にしなくていいのに。私は敢えて笑って答えた。
「わかりません。でも体調が戻り次第復学されるとお手紙をいただいてます」
リヒトクレール様は今、レーヴェ王国で静養中なの。目覚めても体は衰弱していて、レーヴェ国王様と同じように自分で立つことも出来なかった。アカデミアの病院よりも手厚い看護ができるのでひとまずは自国へ戻ることになったの。これが二週間ほど前のこと。仕方ないけど、心配だし寂しいな。私は窓の外にまた降りだした雪を眺めた。
「あ、そうだー!会議の時のレイフィーネ姫のドレスは良かったね。ちょっと大人っぽくてかっこよかったよー」
「ありがとうございます、アルガス様」
「よく母上が言ってたんだー。黒を着こなせるようになったら一人前の女だってー」
「黒っていうか、紺色のドレスですよ」
会議の時に私が着ていたのはあまり装飾の無い紺のドレスとケープだった。制服のスカートの丈を伸ばした感じのドレスに同じ色のブーツという格好だった。褒めてもらえるのは嬉しいけど、かっこよかったというのはどうなのかしら?
「へえ、それは見たかったな」
突然、石の床が光ってリヒトクレール様が現れた。び、びっくりした……!
「噂をすれば影だねー。リヒトクレール王子、久しぶりー」
アルガス様がひらひらと手を振った。
「お久しぶりです、アルガス先輩」
にこやかに微笑むリヒトクレール様は杖もなく普通に歩いていて更に驚いちゃった。
「リヒトクレール様?!もう大丈夫なんですか?!」
私は慌てて立ち上がって駆け寄った。なんで?回復には最低でもひと月はかかるってアカデミアのお医者様も仰ってたのに。
「うん。心配をかけてごめんね。本当はもう少し静養を勧められたけど、ちょっと急がなくちゃいけない事情ができたから」
リヒトクレール様は私を見てから、アルガス様の方を向いた。
「すみません。彼女をお借りします」
「行ってらっしゃーい」
アルガス様はまたにこにこと手を振った。
「一緒に来てくれる?」
「リヒトクレール様?あの、一体どこへ?」
本当にもう大丈夫なの?心配しながらも手を引かれて、リヒトクレール様と一緒に歩き出した。その先にあるのはあの光る床。私はリヒトクレール様と一緒に光に包まれて…………気が付くと植物の生い茂る温室の中にいた。
ここまでお読みいただいてありがとうございます!




