午前中
来ていただいてありがとうございます!
「父に確かめに行きたいけど、そろそろ会議の時間だ。今からでは無理だな……」
リヒトクレール様はテーブルの上に置いてあった曇った手鏡を手に取った。
廻魂祭の当日も十二か国会議は行われる。ファンタス様が瞳を輝かせ、テーブルの上に身を乗り出した。
「私も是非この目で確かめたい!できればご一緒させて頂きたい!」
「ええ。できれば僕の方からもお願いします。そういえばこの鏡は一体どういうものなんですか?」
「ああ、それはね、まうつつの鏡と呼ばれてる鏡だ。私もこれを持ち込んだ先輩から聞かされていただけで、実際に使えるかどうか分からなかったが、今回試しに使ってみたんだよ」
どうやら姿の見えない魔物を映し出す鏡だったみたい。
「もしかしてこの部室に置いてある道具って全部使えるものなんでしょうか?」
私は部室の中に置かれてる魔法道具達を見回した。魔法道具って魔力を込めると使えるのよね?今度ひとつずつ試してみようかしら。
「さあ、どうだろうねぇ。歴代の魔法クラブの先輩方が収集してきたものだけど、私は魔法道具にはあまり興味がないから。まあ、研究に使えそうなものは私のアカデミアの部屋に置いてあるけれど、この鏡の事は忘れていたんだよ」
ファンタス様はそう言いながらカラカラと笑った。そうしてそのまま大きなあくびを始め、ふかふかソファに横になってしまった。
「さすがに眠いなぁ。徹夜だったからねぇ。私は仮眠をとるとしよう。会議場へ行く時は起こしてくれたまえ……………………」
「寝ちゃった」
「自由な人だね」
リヒトクレール様と私は顔を見合わせて笑った。
「僕達も寮へ戻って少し休もうか」
「はい。あの、リヒトクレール様は大丈夫なんですか?」
鏡の中にはまだリヒトクレール様に被せるように赤黒い影が映ってる。
「うん。今は声はほとんど聞こえない。思い出してみると声が強く聞こえてくるのは、夜とか父の言葉を疑問に思った時だった」
「そうですか……」
「心配しないで、今の僕はちゃんと僕だから。これのおかげでね」
リヒトクレール様はブレスレットを指差した。
リヒトクレールがレイフィーネと別れて男子寮へ戻ると、起きてきていたエイスリオと庭で遭遇した。
「どういうつもりだ?婚約者のいる女性と一晩を共にするなんて」
エイスリオは非難の目をリヒトクレールに向けた。
「下品な言い方はやめてもらいたい。それに君にだけは言われたくないな。本来ならレイフィーネ姫を守るのは君の役目だろう」
リヒトクレールの瞳が一瞬赤く染まったように見え、エイスリオは怯んだ。
「君だって婚約者がいる身で他の女性と一晩中一緒だったんだろう?」
「俺達は街中で襲われて仕方なく……。警備兵の詰め所で一晩世話になっただけだ。二人きりで過ごしたわけじゃない!」
「そもそも二人きりで出かけなければそんな事態にはなっていない」
「…………」
リヒトクレールの正論にエイスリオは何も言い返せない。
「そんなにピシースの姫君のことが大切なら、レイフィーネ姫を解放してやったらどうなんだ?」
「そんなことをしたらロゼメーア姫が悪く言われてしまうかもしれない」
「勝手だな。どこまでもレイフィーネ姫を利用する存在として下に見ているんだな」
「そんなつもりは……」
「実際の行動がそれを示している。観月のダンスパーティーの時もそうだ。婚約者を放っておくなんてありえない」
「あれはっ……レイフィーネ姫が別行動と言ったから!」
「だとしても!あのような場で婚約者のそばを離れるべきじゃない。しかも君はずっと他の女性のそばに寄り添っていただろう?」
「…………」
エイスリオは再び黙り込んでしまった。
「だが、僕も君を責められない。以前に君に言った言葉を撤回して謝罪する。すまなかった。心に無い人を愛するなんて不可能だったよ……」
リヒトクレールは目を伏せ、悔やむように息を吐いた。
「それでシュティーアの姫君との婚約解消を?」
自らの非を認めたリヒトクレールをエイスリオは驚いて見返した。
「それだけが理由じゃないけどね」
「貴方はレイフィーネ姫を愛しているのか?」
冷たい風がリヒトクレールの髪を揺らし、しばらくの間沈黙が下りる。
「…………僕にはまだそれを口にする資格がない」
リヒトクレールは苦し気に自らの胸元の服を掴んだ。
「それは一体……」
「少し疲れているんだ。悪いけどこれで失礼する」
リヒトクレールはエイスリオに背を向けた。
「レイフィーネ姫は俺にはあんな顔は見せない。お互いに想い合ってるんだろうに。…………ああ、そうか。今、二人を邪魔しているのは俺か……」
婚約者の少女がリヒトクレールを心配そうに見つめる顔を思い出し、エイスリオは独り言ちた。
私が女子寮の部屋に戻って少し休んでいる間に状況が一変していた。
「なんだか騒がしい……?」
窓の外を見ると、老若男女を問わずたくさんの人達が寮の庭に集まって来ていた。
「街の人達……?」
着替えて食堂へ降りていくと花を抱えたロゼが声をかけてきた。
「あ、レイ起きたのね!」
「ロゼ、これって」
「ハワードさんが学園長に掛け合って学園を避難所にしてもらったんですって」
それで寮の庭にも人がたくさんいるのね。
「その手に持ってるお花は?」
「これからあのリースを作るのよ!」
「え?」
「作れるだけ作って学園の門に飾ることになったの」
「そうか!みんなを安全な一か所に集めて守るってことね」
「そうみたい」
「なるほどね!じゃあ私も手伝うわ」
「あ、レイはちょっと待って!アルガス様が天文の塔へ来て欲しいって仰ってたわ」
「え?アルガス様が?」
良かった。アルガス様は無事だったんだ。ホッとするのと同時に何があったんだろうと気になった。私は天文の塔へ急いだ。
サントル市の会議場は静まり返っていた。誰も一言も発しない。
廻魂祭の当日、午前の会議では前日と同様レーヴェ王国の非道を責める声明が出され、それに対する回答が求められた。
「昨日のように訳の分からないことを仰ってけむに巻こうとなさらないでいただきたい」
シュティーア王国の国王が威厳に満ちた声でレーヴェ王国を糾弾した。
立ち上がったレーヴェ王国の国王は無言のまま片手を上げた。不審に思いざわつく各王国の国王や側近達。会議場の床、レーヴェ王国国王の足元から赤黒い影が二つ湧き出した。二つの影はやがて大きな人の形を取り黒々とした実態を持ち始める。
『我こそは唯一の王なり』
その声はレーヴェ王国国王のものとは全く異なり、遠く地の底から聞こえてくるようだった。
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