朝
来ていただいてありがとうございます!
朝日が昇るのがこんなにホッとすることだったなんて思ってもみなかった。
「影のおばけ……いませんね」
「うん。現れるのは夜の間だけみたいだね」
古書室の窓から様子を窺って、何もいないのを確認してからリヒトクレール様と私は荷物を持って図書棟の外へ出た。
「静かだね。今日は学園は休みだから当然か。とりあえず女子寮へ行こう。理由はどうあれ無断外泊をしてしまったからね。寮母さんにきちんと説明しないと」
リヒトクレール様は苦笑いをした。そうだった!しかも婚約者でもない男の人と二人きりで一晩過ごしてしまったんだ。寮母さん達、理由を話したら分かってくれるかしら……。
私の心配は杞憂に終わった。叱られるぐらいの状況の方がまだ良かった。
三人の寮母さん達は私達の姿を見つけると慌てたように外へ出てきて泣きながら抱きしめてきた。
「よくご無事で!!良かったわ!貴女も襲われて被害に遭ってしまったのではとずっと心配してたのですよ!」
「ご心配をおかけしました」
無事を喜んでもらえるのは嬉しかったけど、寮母さんの言葉に暗い気持ちになる。
『貴女も襲われて……』
ということは……。
「僕達は影の化け物に襲われて、図書棟に逃げ込んで難を逃れたんです」
「まあ!リヒトクレール王子殿下!そうですか!レイフィーネ王女殿下を守ってくださったのですね!さすがは勇敢なレーヴェ王国の王族の方ですわね!」
「寮にもその影の化け物が現れたのです!外をうろついていたらしく、お祭りから帰って来た女子生徒が一人襲われたようなのです」
「そんな……!その方はどうなったのですか?」
「生きてはいますが、昨日の夜からずっと眠ったままなのです。顔色が悪く、声をかけても一向に目を覚ましてくれなくて……」
「それに……他にもまだ帰って来ていない生徒さんもいるのです……」
寮母さん達は声をつまらせてしまった。
「女子生徒が襲われたようだ、とは?」
リヒトクレール様の質問に、涙を拭いながら寮母さん達が代わる代わる答えてくれた。
「私達はその影の化け物とやらを見てはいないのです」
「襲われた女子生徒のお友達がそのように説明してくれて」
「その子も半狂乱で、夜通しずっと慰め続けてやっと先程眠ってくれました」
「ではその影の化け物は女子生徒を襲った後、消えてしまったということなんですね」
「ええ、恐らくは」
「そうですか……」
リヒトクレール様は何かを考え込んでる。私も不思議に思ってる。どうしておばけは他の人を襲わずに消えてしまったんだろうって。
「レイ?!」
聞きなれた声がして振り向くとロゼがエイスリオと一緒に帰って来たところだった。周りを警備の兵士達に守られて。
「ロゼ!!無事だったのね!良かった!!」
私達は抱きしめ合って再会を喜んだ。
「ありがとう!レイのおかげよ!!」
「え?何のこと?」
「これが助けてくれたの!」
「?」
ブレスレットがどうかしたの?
「それがね……!」
ロゼはちょっと興奮してるみたい。珍しいわ。
「よろしければお話の続きはこちらでどうぞ。警備兵の皆様も」
私達は寮母さん達の勧めで食堂に通され、そこで話をすることになった。
街は大騒ぎだったそう。ロゼ達も影のおばけに襲われてピンチだった所へファンタス様がやってきて助けてくれたそうだ。
「ええ?!ファンタス様が?!」
「レイフィーネ姫はその人を知ってるの?」
「はい。リヒトクレール様。一度アカデミアでお会いしたことがあって」
リヒトクレール様の事で相談してて、リヒトクレール様の状態を「憑依」されてるのではって教えてもらったんだっけ。憑依……。その言葉が引っかかったけど何故かは分からなかった。
「おばけや魔のものについて研究なさってる方なんです」
「随分と変わった研究をしてるんだな。アカデミアは予算が余ってるのか?」
エイスリオの棘のある言い方に腹が立ったけど、私が言い返す前にロゼにたしなめられていた。
「まあ、エイスリオ様ったら、いけませんわ。そのような言い方をなさっては。今回はファンタス様のおかげで助かったのですもの」
「……そうだったな。申し訳ない」
憮然とした表情ながらもロゼには素直に謝るエイスリオ。もう!本当にエイスリオって分かりやすいわよね。いいけど。リヒトクレール様が慰めるように肩をポンポンと叩き、笑いかけてくれたから、私も笑顔を返した。
「ファンタス様がロゼ達を助けたの?一体どうやって?」
「杖のような魔法道具を使ってらしたわ。それに魔力を込めて影霊を倒していたの」
あの方はそんなこともできたのね。魔のものを倒す研究もしてたんだ。
「かげれい?あの影の化け物の事か。影の霊か。なるほど……」
「ええ、そうなんですリヒトクレール様。ファンタス様がそのように呼んでらっしゃったわ。ファンタス様がいらっしゃるまでは私のことをエイスリオ様が守って下さってたのよ、ね?エイスリオ様、頼もしかったですわ」
「あまり役には立たなかったけど……」
ロゼに微笑みかけられて服の裾を掴まれて、嬉しそうなエイスリオ。ほんとーに分かりやすいわ。
「それで?先ほどロゼメーア姫が仰ってたブレスレットのお話とは?」
そうだった!それが一番気になってたんだわ。
「そうなの!凄いのよ!レイのブレスレット!魔法道具なんですって!」
「魔法道具?!ただのお守りのブレスレットじゃなかったの?」
「魔法道具は魔力を込めないといけないって、ファンタス様が仰ってたわ」
「魔力を込めるの?」
「そうなの!魔力を込めるとこう、光の水が出てきたの!それで私も影霊を倒せたのよ!」
あの本にはブレスレットで悪霊を退けたって書いてあったけど、そういうことだったんだ……。私の翻訳も全然ダメだわ……。落ち込んできちゃった。っていうかロゼがあのおばけを倒したんだ。すごいわ!
「このブレスレットにそんな力が……。凄いね、レイフィーネ姫」
リヒトクレール様は左手首のブレスレットをしげしげと見つめて、また笑いかけてくれた。
「いえ、そんなことは……。私の本の翻訳がダメで宝の持ち腐れ状態で、今回は全然役に立ちませんでした」
「そんなことはないよ。あのリースだってレイフィーネ姫が調べて作ったんだろう?おかげで助かったんだから、ね。そんなに落ち込まないで」
私ってげんきんだわ。落ち込んだけどリヒトクレール様に褒めてもらえて、すぐに嬉しくなっちゃうんだもの。
「それで?どうして貴方がレイフィーネ姫と一緒にいるんですか?リヒトクレール様」
エイスリオが怒ったような顔で、言葉の棘をリヒトクレール様に向けて来た。
「それは!」
「君と同じ理由だと思うよ。影の化け物に襲われた彼女を守るためだ」
私が言い返そうとする前に、リヒトクレール様がちらりと私を見てから静かに言葉を返した。
「まあ!レイも襲われたの?街だけじゃなくて学園の中にも影霊が現れたのね?」
「うん。実はそうなの」
「失礼」
ここでそれまで静かに私達の話を聞いていた警備の兵士さんの一人が話しかけてきた。彼は他の人達よりも年長の男の人だった。
「私はサントル市警備第一小隊の隊長をしております。ハワードと申します。我々は昨夜、街を襲った未曾有の事件について少しでも多くの情報を求めております。リヒトクレール王子殿下、レイフィーネ王女殿下、よろしければ昨夜のあなた方の状況をなるべく詳しくご説明願えないでしょうか?」
リヒトクレール様と私は顔を見合わせて頷きあうと昨夜のことを説明した。
「そうでしたか……。大変な目に合われましたね。しかしお二人がご無事でなによりです」
ハワード隊長は私達の話を聞き終わると今度は街の様子を説明してくれた。街にも影霊が現れたこと、人を襲ったこと、そして襲われた人は酷い状態になっていること。
「ここでも一人被害者が出ています」
リヒトクレール様の言葉に寮母さん達が悲し気に頷いた。
「…………とんでもないことになった。リースにブレスレット。対処法は分かったが、一体何が起こっているのか……」
ハワード隊長は沈痛な面持ちで吐き出すように呟いた。それぞれ疲れもあってか、食堂内にしばらくの間重苦しい沈黙が下りる。
「やあ!朝早くにすまない!レイフィーネ姫はこちらかな?」
場違いな明るくて大きな声が食堂の外、廊下の先の玄関の方から聞こえてきた。
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