魔法適正審査
来ていただいてありがとうございます!
「最初の授業に遅れそうになるとは、君は一体何を考えてるんだ?」
「間に合ったからいいでしょ?」
「まあ、まあ!お二人とも、仲良くしましょう?せっかく学園に来たんですもの」
エイスリオとロゼと一緒に移動教室のために廊下を歩いていた。外は春の日差しで眩しいくらいなのに、古めかしい木の床が続く廊下はどこか薄暗い感じがする。三クラスもあるのになんで同じクラスになっちゃうかな。ロゼと一緒なのは嬉しいけど。
「それにその言葉遣い……。一国の王女のものじゃない」
呆れたようにエイスリオがため息をついた。
「私はその人に相応しい言葉遣いをしているだけ。それにここは中立地帯の学園よ」
卑怯者には敬語なんて使ってやらない。大体この学園内には外の力関係は影響しないし身分の差は無いものということになってる。公式の場ではなく、12の王国のみんなが仲良くするための交流の場として設けられた場所なんだから。
「…………」
エイスリオはムッとしてるけど、言い返してはこなかった。ロゼはハラハラしているけど、私は態度を変えるつもりはなかった。こっちはさっさとこの婚約を諦めてもらうつもりなんだから。最初から仲良くするつもりもない人と将来結婚なんて絶対にご免なんだからね。
「それにしてもロゼメーア姫とレイフィール姫がお知り合いとは知らなかったですね」
エイスリオはにこやかにロゼに話しかけた。なによ。そんな顔もできるんじゃない。
「ええ!ディデュモイ王国の王妃様はピシース王国のご出身なのですわ。だから幼い頃からの仲良しなんです」
ロゼの笑顔を見たエイスリオの頬が少し赤くなった。
「お二人は正反対なのに、仲がよろしいとは不思議ですね」
心底不思議そうなエイスリオの表情に更に腹が立つ。どういう意味よ!
そりゃあ確かにロゼはtheお姫様って感じでおしとやかな美人だけど。立ち居振る舞いも完璧で王族としての教育はすでに済んでるし、本来なら学園に来なくてもいいくらいに勉強も進んでるけど……。あ、落ち込んできた。それにしてもさっきから、エイスリオの青い瞳がキラキラと輝いている。ロゼを見てるから?私と一緒の時には見たこともない優しい顔。といっても会ったのは、婚約の顔合わせの時と昨日と今日とで三回目だけど。
わかりやすい……。
たぶん、ううん、絶対エイスリオはロゼのこと気に入ってるわ。だからってあからさますぎ。どうでもいいけど。
気持ちを切り替えてこれからの楽しいことを考えることにしよう!
サンサントル学園での最初の授業は魔法の授業だった。今移動しているのはその授業の続きのため。これから私がこの学園に来て一番楽しみにしてる授業(?)がある。
「レイ、なんだか楽しそうね」
「うん。だってこれから魔法の適正を見るんでしょ?どんな魔法が使えるのか楽しみなの」
「レイは元々風魔法が得意なのよね?」
「ええ、そうよ」
私は物心つくころから風を操る事ができた。風魔法を練習して昨日みたいに空を飛べるようにもなった。学園にくれば、もっともっと色々な魔法を学ぶことができるって聞いていたからとっても楽しみにしてた。
「風魔法ができるなら、適正は風属性だけだろう?そんなに楽しみにすることは無いと思うが」
エイスリオが顔を顰めてる。この人は私を嫌な気持ちにさせる天才ね。
「もしかしたら、他にも適性があるかもしれないでしょ?」
「普通はあり得ない。君は良くも悪くも色々と普通だから、期待しない方がいいと思う」
「普通で悪かったわね!」
「まあまあ!さあ、教室へ着いたわ。順番に並びましょう」
どうやら喧嘩を売ってるつもりはエイスリオには無いらしい。信じられない。ロゼがいなかったらもっと怒鳴ってやったのに。
三つのドアが並んだ比較的小さい教室の前にはもうすでに生徒の列ができていた。一人が出ると列の先頭にいた生徒が入っていく。そうして私の番が来た。
暗幕で暗くした部屋の中には大きなテーブルがあって、凝った装飾の天秤が置いてある。その向こうには先生が二人立っていた。ん?一人は生徒かもしれない。先生というには若すぎるし、上級生がお手伝いしてるのかな?そして私はテーブルの上に目をやった。
これが魔法の天秤……!
テーブルの上には他にも透き通った青や赤や黄色や色々な形や色の石が置いてある。
「魔法の天秤と属性の魔法石……」
ワクワクしすぎて思わず口をついて出てしまった。
「良く勉強なさってるようですね、レイフィーネ姫。説明の必要は無さそうですから、さっそく適性をみましょうか」
眼鏡をかけた温厚そうな男の人(たぶんこの方は先生ね)が無色透明な魔法石を渡してくれた。
「はい。よろしくお願いします!」
魔法石を受け取って自分の魔力をこめたら、石は複数の不思議な色合いになった。それを天秤の片方にそっと乗せる。魔法の天秤は青い石と黄緑色の石と釣り合った。私の得意魔法は風魔法だけど、なんと水魔法も使えるみたい!赤い石とは釣り合いそうになったけど、私の石の方が軽かったみたい。他にもそんな魔法石がいくつかあった。
眼鏡の先生がちょっと首を捻って、最後に箱に入ったもう一つの魔法石を取り出してきた。キラキラした銀の粒が含まれてる不思議な形の石だった。でもそれも釣り合いそうになって結局弾かれてしまった。残念。何だか特別そうな石だったのに……何の属性だったんだろう?先生達は一瞬顔を見合わせてたけど、青と黄緑色の石のついた小さなブローチをくれた。
「レイフィーネ姫は風と水の魔法に適性があるようですね。複数の属性に適性がある方は珍しいです。素晴らしいですね」
「これからもこの才能を伸ばせるように、たくさん学んでください」
「はい!頑張ります!」
私は挨拶をして教室を出た。やったー!私って水魔法も使えるんだ!嬉しい!
「レイは二つも魔法が使えるのね!すごいわ!」
廊下で私を待っていてくれたロゼは私のブローチを見て褒めてくれ、胸元の青色のブローチをそっと撫でた。
「私は水魔法だけだったわ」
「一つを極める方が素晴らしいですよ、ロゼメーア姫。複数だと結局どっちつかずになりがちだと言われてますからね」
そういうエイスリオの胸にはオレンジがかった茶色い石が光ってる。地属性だ。
「それ、私が中途半端ってこと?」
「あくまで一般論だ」
うわームカつく!ロゼのフォローだけでいいのに。いいわ!意地でも二属性極めてやるんだから。
「まあ、王族には魔法はあまり必要無いけれどね」
……人がせっかく喜んだりやる気になってるのに水を差す言い方しかできないの?この人。
きゃあっ!と廊下にいた女子生徒達の悲鳴が響いた。何事?
「やあ、レイフィーネ姫。君も適正審査終わったの?」
教室から出てきたのはリヒトクレール様だった。ああ、そういうことか。やっぱり上級生が先生のお手伝いをしてたんだ。
「まあ!リヒトクレール様!!」
ロゼの声のトーンが少し上がった。ほんのり頬が染まって綺麗な顔に可愛らしさが加わった。エイスリオも見惚れてる。
「ピシース王国のロゼメーア姫ですね。お久しぶりです。サンサントル学園ご入学おめでとうございます」
リヒトクレール様は優雅にお辞儀をすると、周囲の女子生徒達からさっきより控えめな歓声が上がった。そういえば、リヒトクレール様は人気があって競争率が高いってロゼが言っていたっけ。何故かまだ婚約者がいないんだよね。こんなにかっこよくて優しいのに不思議。
二人が楽しそうに話をしてるのを見て少し暗い気分になった。色のある世界と白黒の世界。だってこのままだと私は恋すらできずに政略結婚をしなくちゃならない。それも自分を好きじゃないどころか興味も無い人と。学園に来るまではエイスリオと仲良くなろうと思って色々考えてた。本当はお姫様らしくするのは苦手だけど、婚約者に恥をかかせないようにって、マナーの勉強だっておさらいしてきた。完璧とは言えないけど。私は隣にいるだろうエイスリオに目を向けることもなく、元の教室へ戻ろうと思った。ロゼの邪魔はしたくないしね。
「待って!レイフィーネ姫!」
「はい?」
「そのブローチ!君も複数属性持ちなんだね。僕と一緒だ」
そう言ってリヒトクレール様が指差した胸には、四つのブローチが光ってる!
「え?四つも?!凄いんですね!!羨ましいです!」
「うーん。でも勉強も四倍だから、結構大変だよ」
「あ……」
そっか、属性を極めるなんて簡単に考えてたけど、二つだと労力も二倍なんだ。
「良かったら僕が勉強のコツを教えるよ。複数属性持ち同士、楽しく勉強していこうね」
「はい!ありがとうございます!それじゃあ、失礼します」
私は足早に廊下を走った。もしかしたらちょっと魔法を使ってスピードアップしたかもしれない。一刻も早くその場を離れたかったから。だって、だって……!
周りの女子達の視線が怖いっっ!リヒトクレール様って自分がモテてるの無自覚?!ロゼの視線もちょっと怖かった……。リヒトクレール様のお言葉はとってもありがたいんだけど、ちょっと遠慮しようと思う。でも、ロゼの言う通り優しい人なんだなぁ。私にも分け隔てないなんて。エイスリオもこの半分くらい優しかったら良かったのにね。
その夜、なんとかロゼの追求をかわして、私は両親であるディデュモイ王国の国王と王妃に宛てて婚約解消したい旨の手紙を書いた。
ここまでお読みいただいてありがとうございます!