さびしい笑顔
来ていただいてありがとうございます!
コツンコツンと三人分の靴音が響く。
「古代の魔法について記された本は、この神殿にもそこまで数多く収蔵されているわけではありません」
石造りの廊下を昨日部屋と道具を貸し出してくれた神官様の後をついて歩く。建物の地下のせいか外よりも一段と涼しくて、ひんやりとした空気が漂っている。
「それでも、ここには大陸でも一番多くの文献が収められていると聞いております。こちらです。どうぞレイフィーネ姫、リリー姫」
神官様はある一つのドアを開いた。その部屋の中にはずらりと本棚が並び、いかにも時間を重ねたと思われる本達が私達を待っていた。
「わあ!これが全て古代魔法の本なのですか?神官様」
「ええ。ほとんどがそうだと聞いています。我々も全てを検分したわけではありませんが」
すごい!資料がいっぱいだわ!大昔の人ってどんな魔法を使ってたんだろう!
「確か古代の魔法は魔力を持つ者がどんどん少なくなっていって、廃れていったとか」
「リリー姫はよくご存じですね。ええ。神官の中でも魔法が使える者が少なくなっていっていますから、古代魔法への興味を持つ者も少なく、貴重な本も開かれることなくしまわれているのです」
神官様にもリリー様が男の子だって気づかれてないみたい。古代の魔法が凄いのか、リヒトクレール様の魔法が凄いのか。その両方かもしれない。
「それはとっても勿体ないですね」
「レイフィーネ姫のような方が来てくださって、私もとても嬉しいです。どうぞ存分にこの知識達を生かしてやってくださいね」
神官様は微笑んで部屋を出て行った。
「どれから読もうかしら!」
私はさっそく近くの棚から本を一冊取り出して机の上で開いた。リヒトクレール様は私の隣に座って一緒に同じ本を読んでる。今日も一緒に神殿へ来て、一緒に本を読んでて、なんだか一緒にいるのが当たり前みたいに思えてる。でも、ちょっと距離が近すぎない?ただでさえ古代語の辞書を引きながら、意味を考えながらなのに、緊張して本の内容が頭に入ってこない……。
「これは魔祓いに関する魔法の記述みたいだね。このお守りといい、古代には悪霊とか悪魔みたいな魔の物がたくさんいたのかな?」
リヒトクレール様はお守りのブレスレットを見つめた。私も慌てて同じページを読み進めた。
「本当ですね……。えっと小さな魔の物は倒して、大きな魔の物は封じた……」
「力の弱い魔の物は倒すことができたけど、あまりに力が強い魔の物は倒すことができなかったんだね」
うーん、私のはほぼ直訳だわ。センスが無さ過ぎてちょっと落ち込んじゃう。
「これは時間がかかりそう。でも頑張らなきゃ!!」
北の神殿は少し遠いから、夏休みの残り期間でできるだけたくさんの本を読んでおきたい。
「どうしてそんなに頑張るの?魔法クラブの研究テーマの為?」
「それもあるんですけど、実はもうちょっと切実なんです」
私はリヒトクレール様にトラゴス王国とのことを説明した。
「というわけで、今のままだと円満に婚約解消できないので、婚約破棄という瑕疵がついたとしても、将来の為にも自分の価値を上げて発言力を得なさいってお父様……国王陛下からのお達しなんです!」
頑固そうなエイスリオの説得は難しそうだし。
「そう……、そんなことを言われたんだね」
「私には魔法しか取り柄がないので自由を勝ち取るにはこれを頑張るしかないんです」
「そんなことは全く無いと思うけど……。でもそうか……そうだよね。十二の王国の対立や力関係の差なんてものがあるから、僕達はここまでの不自由を甘受しなくてはならないんだよね」
「リヒトクレール様?」
今、なんだか一瞬リヒトクレール様の表情がすとんと抜けたように見えた……?
「こら、今はリリーだよ?」
リヒトクレール様はすぐに微笑んで私のおでこをつんっとつっついた。
「す、すみませんっ!リリー様っ」
いつものリヒトクレール様だ。良かった。なんだ、気のせいか。それはそれとしてリヒトクレール様ってスキンシップ多めだわ。……他の女の子にもこんな感じなのかな……。
だめだ!私は今こんな事を考える資格もないんだ。この状況を何とかしないと私に明るい未来は無いんだから。古代の魔法を研究して使えそうなものは復活させて、今年……は間に合わないかもしれないけどせめて二年生の学年末の学習発表会に出てみせるわ。上手くいけば何かの賞がとれるかもしれないもの。勉強も手を抜かない。トップ10には入らなきゃ……。……まずは30位以内かな。うん。頑張ろう。
「レフィーネ姫が今使える魔法は二つだっけね」
「はい!ブローチ二つです。リリー様は四つもつけてますよね?でも、見たことが無い色なんですけど、どんな魔法が使えるんですか?」
ずっと気になってて、聞きたかったことをようやく聞く事ができた。
「え?僕のブローチ?ああ、うん。ちょっと自慢だけど結構色々な魔法が使えるんだよ」
なんとリヒトクレール様は風、火、水、地の四つの属性の魔法が使えるんだそう。すべてを合わせて精霊魔法と呼ぶみたい。それが一つに合わせられていて不思議な色合いのブローチになってるんだって。じゃあリヒトクレール様が使える魔法は全部で七つもあるってこと?
「その他にも闇と光、そしてもう一つは今は内緒」
「え?教えてくれないんですか?」
「うん。レイフィーネ姫が学者になったら教えてあげるね」
ええ?!どんな魔法なんだろう?知りたいけど、教えてもらえないんじゃ仕方ないよね。
リヒトクレール様と私はそれから夜までずっと一緒におしゃべりしながら古代魔法の本を読み続けた。
その夜、北の神殿と参道の街では神事が行われた。
今夜は亡くなった人が空へ昇っていく日なんだって。たくさんの紙で作ったランタンをフィロルという聖なる木に飾ってそれを見送る。さらに小さな船にランタンを乗せて湖に流していく。ランタンの柔らかな灯りが街や湖上を照らして、とても幻想的な光景が広がっていた。
私もリヒトクレール様と一緒にランタンに明かりと灯してフィロルに吊るしたり、湖に流したりして神事に参加した。この地では昔、魔の物との戦いで倒れた人達がたくさんいたそうで、ランタンの明かりにはその魂を慰める意味もあるんだそう。
「祈りの光、か……」
隣のリヒトクレール様がポツリと呟いた。
「とても綺麗ですね」
湖岸からたくさんのランタンの明かりを眺めてたけど、それきりリヒトクレール様は押し黙ってしまった。
「リヒトクレール様?!」
沈黙を不思議に思ってリヒトクレール様の方を見ると、なんと彼はリヒトクレール様の姿に戻っていた。慌てて見回すけど周囲には人影がなくてホッした。
「ありがとう、レイフィーネ姫。本当に楽しかったよ。できれば本当の姿でいたかったけど、仕方が無いね」
「リヒトクレール様……?」
いつも通りの笑顔……に見えるんだけど、ちょっと違う……?
「どうかなさったんですか?」
「……………………明日、国に戻る」
「そう、なんですか……」
少しためらった後に言われた言葉に、弱くない衝撃を受けた。そうだよね、ずっと一緒にはいられないわよね。分かってはいたはずなのに、ずっとこの時間が続くって思いこんでしまってた。
「えっと、私は残りの期間もできるだけここで勉強していきます」
「そう。頑張ってね」
「はい!ではまた学園で!」
そう。学園でも魔法クラブでもまた会えるもの。寂しくなんてない。
「…………うん。また、ね」
翌朝、見送った時のリヒトクレール様の事がいつまでも忘れられなかった。それはとても寂しそうな笑顔だったから。
夏休みが終わり学園が再開されてもリヒトクレール様は魔法クラブの部室には来なくなった。そしてアルガス様からリヒトクレール様の婚約者候補が5人に絞られたという話を聞くことになった。
何かで頭を殴られたみたい……
胸の痛みがどんどん強くなっていく。
ここまでお読みいただいてありがとうございます!




