赤い靴を鳴らして
わたしは赤い色が好きだ。
母にねだって手に入れた赤い靴を、足のサイズが合わなくなった今でもはいているくらいに赤い色が好きだ。
手入れを欠かさない赤い靴に足を入れるにはどうしたら良いかを考えて、神父様から聞いた東の国の風習を試してみる事にした。
―――クルクルとキツく包帯で巻き上げて、赤い靴に足を入れる。激痛でよろめきながら、赤い靴に足が入った事に歓喜する。
例え家が貧乏でも、この赤い靴さえあれば何もいらない。それを周りの人間は分かってくれない。「母が虐待をしている」だとか、「葬式にも赤い靴を履いてくる非常識な子」だと言って母やわたしを責める。
分かった、わたしがあんまりにも赤い靴の似合う可愛い子だからみんなヤキモチを妬いているんだわ。わたしはすっかり赤い靴にピッタリなサイズになった自分の足を見て笑う。
支えが無ければゆっくりとしか歩けないけれど、そんな事は問題じゃない。いつまでもこの赤い靴が履ければそれでいい。
真っ赤な、リボンの飾りの付いたパンプスはわたしのお気に入りなのだから、他の誰がなんと言っても構わない。足がもつれて踊れなくてもいいの、この赤い靴はわたしの宝物、宝物にわたしが合わせただけだ。
ねぇ、前世って知ってる?今の自分になる前の事の話なんだけどね、わたし、前世ではお城に住んでいたのよ。だから、わたし、お姫様だったのかもしれないわ。だから、他の人間の言う事なんて聞かなくて良いのよ、だって、お姫様なんだから。平民とは違うのよ。
お城にはね、それは綺麗な王様がいたわ。綺麗な銀色の髪と、お空を切り取った様な青い目の王様よ。彼は孤高で、みんな跪いていたわ。でもね、わたしにだけは優しかったの。本当よ?
わたしがどんな事をしても、「そうか」と言ってくれたの。他のヤツが話しかけた時はなぁんにも言わない王様が、わたしにだけは話してくれる。わたしだけの特別な人。
だからね。
アナタはいらないの。
王様とわたしの世界に、アナタと言う異分子はいらない。だから、飲み物にこっそり毒を混ぜたの。そうしたら、アナタはいなくなるでしょう?
そうしたら、全ては元通りになる。
そう思っていたのに、王様はアナタが死んだらお城からいなくなってしまったの。そうして、いつまで経っても戻って来てくれなかった。
どうしてかしら。
わたしさえいれば、王様だって満足してくれる筈だったの。わたしはどこで何を間違えたのかしら、と100年考えたわ。
赤い靴の踵を鳴らして、わたしは躍る。
今度こそ、王様と一緒になる為に。
「―――相も変わらず、思い込みの激しいヤツだな」
振り下ろそうとした斧を、目の前の男に奪われる。
嗚呼、姿は変わってしまっているけれど、彼は間違いなくわたしの王様。王様のとなりで婚礼衣装を着るのはわたしだと、思い出してくれたのかしら。
「オレの番に手を出すのは、これで2度目だな?お前は反省をしないのか?」
番の契り。
それは精霊が互いの魂に刻み込む契約であり、何度生まれ変わっても必ず出会う術式である。
精霊や魔族は、繁殖本能や恋愛感情が激しく欠落しているが、1度懐に入れた相手には溺れる様な愛情を生涯掛けて、否、来世にわたるまで注ぎ続ける性質を持っている。
だから、婚礼衣装を着たナオミに斧を振り上げた子どもに対してハンスが興味を示す事は無いし、なんなら激しい嫌悪すら抱いている。
「だって、わたし、王様の...!!」
「ただの愛玩動物でしかなかったと思うが?」
赤い靴の子どもは、前世植物人だった。
氷の城で様々な種類の花を咲かせる事に対して褒めた事が何度かあるが、それ以上でも以下でも無いし、ルツを曼陀羅華で死に追いやった魔物に対して恋情を寄せる事などある訳が無い、とハンスは子どもの足に斧を振り下ろした。
―――嗚呼、王様は、またあの人に騙されているのね?
足を失い赤い靴を履けなくなった。これは王様を誑かしたあの人のせい。