「傾城の美女が物理的に城を傾けてきた」
「どうして」
王が必死に紡ぎ出した言葉は、たった四文字であった。
何がおきたのか、見当もつかなかった。
それほどの異常事態であった。
城が、傾いていた。
己の居城が。王城が。国家の中心が。
なんか全体的に、めっちゃ傾いていた。
「なんで」
傾きし城を呆然と見上げながら、今度は三文字を紡いだ。
「なんで」としか言いようがなかった。
理解が、及ばなかった。
立ち尽くす王の脇。
彼を支える宰相は、事の次第を飲み込んでいた。
いや、彼だけではない。他の重臣らも、この事態は予見していた。
「だからあれほど仰ったのです陛下。あんな女を娶るなど……傾城の女を王妃にするなど、おやめになれと……」
「あん」
必死に二文字を呟いた王。
段々と文字数が少なくなっていく王。
「あん」という気の抜けた返事が、彼の心を如実に映し出している。あん。
「パッシブスキル『傾城』を持った者を城に入れればこうなると、誰でも分かるでしょうに……」
「え」
とうとう一文字であった。
王は勘違いしていた。傾城って、美人を指す表現だと思っていた。
全然ちがった。パッシブスキルであった。ヤバい奴だった。
「陛下とて彼女の生家をご覧になったでしょう? めっちゃ傾いてたじゃないですか」
「 」
たしかにめっちゃ傾いていた。
でもそれは、貧困で家がボロボロだからと彼は思っていた。
全然ちがった。パッシブスキルであった。とうとう文字数はゼロになった。
「陛下、ご報告申し上げます! 城の角度、現在およそ30度!」
王城が、スキーの上級者コースと化した。
無論、調度品は全て片側に寄った。
人も全て片側に寄った。もみくちゃになった。
ようやく脱出して、今であった。
「……。何故、崩れんのだ」
なんとか威厳を保たんと吐き出した言葉が、これであった。
確かに、気になる点ではある。30度。普通倒壊する。
が、倒壊しない。きっちり30度、城は傾きを保っている。
「パッシブスキルですから崩れません」
「そうか」
そうかで済ませた。
なんかもうそういうものらしい。
そういうもんならもうそういうもんとして理解するしかない。
「傾城」のパッシブスキルはそういうもんだ、そう納得するしかなかった。
「…………。パッシブスキルを打ち消すスキル持ちはいないのか」
「と、いいますと」
「除念師みたいな奴」
城内ではハンターハンターが流行っていた。
「除念師みたいな奴」で大体通じた。
通じたが、いなかった。ここはハンターハンターの世界ではない。
そしてハンターハンター全巻は今、無惨にも片側に寄っている。
「…………。王妃を……。トキワ王妃を呼べ、とりあえず」
「王妃殿下でしたらまだ城中に」
「……もしや取り残されたのか? ならば急ぎ救出に……」
「いえ。パッシブスキル持ちなので大丈夫らしいです」
「そうか」
やっぱもうそういうものらしい。
そりゃそうだよ。ずっと30度傾いた家で生活してたんだもん。
生活できるでしょうよ。ここでもそうでしょうよ。王は納得した。
「……とりあえずトキワ王妃の様子を見てくるのだ」
こういう結果になってしまったが、愛する妻であることに変わりはない。
誰もおらぬ城内で、ひとりさみしくしていたら。それは決して捨て置けぬ。
王は妃の身を案じ、城を探らせることとした。
とりあえずスキーが得意そうな兵にいかせてみた。
「――陛下、ご報告申し上げます! 王妃殿下についてですが!」
「どうだった」
「ハンターハンターを読書中です!」
「そうか」
「推しキャラはグリフィスとの事!」
「ベルセルクだそれは」
めっちゃ寛いでることはわかった。一安心。
しかし事態は何も解決していない。
なにせ傾いているのだから。
「……。とりあえず王妃の奴を外に出せば、解決するのでは?」
「それは無意味です」
「何故」
「パッシブスキルだからです」
「そうだね」
冷静になると明らかに妙な返答だったが、無理矢理納得した。
そういうもんだと、諦観の中で受け入れた。
一度効果が発動したら最後。永続らしい。
「……のう。余はどうしたらよいだろう」
「…………」
沈黙。
重苦しい空気が流れる。
それでもぽつぽつと意見が飛び出したが、城は諦めるというが主張が大半であった。
城は王妃に受け渡し、新たに普請する。
こうした方向性で、重臣達の意見はまとまりかけた。
その時――。
「!! そ、そうだっ! 思いついたぞ皆の者ッ!」
「何でしょう陛下」
「『傾城』持ちをもう一人探しだし、そいつを城に放り込むのだ! うまく作用すれば、こう……戻るのではあるまいか!?」
「!」
天啓。
目には目を、歯には歯を。
パッシブスキルにはパッシブスキルを。
「し、しかし陛下。『傾城』はレアスキルです。探すのは困難では……」
「家めっちゃ傾いてるところ探せば一発だろ」
「たしかに」
かくして国を挙げ、めっちゃ家傾いているところ探しが始まった。
すぐ見つかった。早速第二王妃とし、城へ放り込んだ。
わずか一日の出来事であった。
「トキワ王妃はどうしておる」
「推しキャラがリッケルトに変わった模様!!」
「そうか」
どうでもよかった。
明日、城がどうなっているか。
それだけが王の頭を支配していた。
* * * * *
「やはりか」
「ええ、やはりです」
王が紡ぎ出した言葉は、またも四文字であった。
何がおきたのか、見当はついた。
ぶっちゃけ、予想もしていた。
城は60度、傾いた。
案の定であった。
「もうほぼ横じゃないか」
「ほぼ横ですな陛下」
「めっちゃウケるな」
「ですな」
笑いに包まれる一同。
笑う他ないというのはこの事だ。場は和やかな空気に包まれた。
そうしてひとしきり笑った後。王には既に光明が見えていた。
「なあ皆の者。これいっそ……」
「……そうですな。いっそ……やっちゃいますか」
これはもうそういう事だろうと、皆の心は一致した。
「傾城」狩りが、再度始まる。
めっちゃ傾いた家をもう一件見つけ、第三王妃とし、王城に放り込む。
わずか半日の出来事。
「王妃たちの様子はどうだ」
「クラピカ×リッケルトの同人誌を作り始めました!!」
「聞いたことねえ」
* * * * *
「――いいんじゃないか?」
「……いいですな」
「もうこれで」
「御意に」
城は90度傾いた。
というか、横になった。
ならばもう、城内を歩ける。
真横になった城の中を片付け、改築しながら、機能をなんとか取り戻した。
新たに築城するのに比べればなんてことはない。
国民からは、その城の異様さを笑われた。
が、王は意に介さなかった。
そうして横になった城から、国を治める事とした。
「傾城だろうが傾国だろうが、余が全て支えてやるわ」
「きゅんっ……」
この力強き言葉に、三人の妃は同人誌(クラピカ×リッケルト×善逸)を捨て、心身を捧げた。
王は王妃らを支えた。王妃らとて王を支えた。重臣らとて同様である。
王らの姿を見て、国民とて感化されてゆく。
皆が皆を支え合って、国は豊かになっていった。
傾こうが何しようが、全員で支えあう。
こうして傾かぬ国が、生まれた。
「不傾王」。
この二つ名が歴史に名を残すのは、また別の話である――。
* * * * *
「どうして」
「…………」
――第一王女が、生まれた。
生まれた王女は、「傾城」持ちだった。
城が120度、傾いた。
「……どうすればよい」
「……陛下。いっそ360度を目指して……」
「…………」
この城がシュルレアリスム絵画に影響を与えるのも、また別の話である。
~Fin~