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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ある男の日常

 豪華絢爛な食卓に一人の男が座っている。丸眼鏡をかけた男は静かに前を見据え、行儀のいい姿勢で静止していた。その様はまるで等身大の球体人形のようで、あなたは不思議な気持ちでその光景を眺めていた。やがて食卓に料理が運ばれる。食事を運んできた女性は男と同じ白い髪で、一眼で血族だと判る。女性が下がると同時に男は手を合わせると静かに食事を始めた。まるで貴族のような、この豪華絢爛な食卓に勝るほどたくさんの料理を、男は一人で食べている。その細い体のどこに入っているのかと問いたくなるほど男は次々と食べていき、ものの数分で全ての皿は空になった。男は口元についた食べかすをナプキンで拭きあなたを見る。金色の虹彩はまるで宝石のようで、その瞳には何も映されてはいなかった。


「君は俺が気になっただろう。当然、この場所にも疑問を持ったはずだ」


 中性的で凛とした声が空間に響く。透き通ったその声は難なくあなたの耳に入っていくだろう。返事をしようにも声が出ず、はくはくと口を開閉させる。その様を見て男は笑う。この空間にきて、初めて男の表情が変わった。その笑顔は嬰児を見る母親のように慈愛に満ちていた。


「はは、無理に喋らなくて良いさ。俺はただ、君と話したいだけ。君と話したいからこうやって君をここに連れてきたんだ」


 話したいから。

 男は確かにそういった。だが疑問だ。あなたはこの男と面識はないし、男は白い髪に金色の瞳と一度会ったらなかなか忘れないであろう容姿をしている。だから、あなたが忘れているなんてことはない。男はポツリポツリと話し始める。それは旧知の友人に近況を報告するような他愛のない話ばかりで、でも、あなたが聴いたことのない世界の仕組みがさりげなく話に入っていて。詳しく聞きたかったが男はそんなあなたの様子を気にも止めずペラペラとどうでもいい話をし続けた。


「俺はね、普通の食材を食べられないんだ」


 男は喋る。話を聴いてほしい子供のように次々と。話は要領を得ないものもあれば妙にはっきりしているものもあった。そんな中で、男は子供のような無邪気な笑顔でそんなことを言った。


「普通の、キャベツとか、牛肉とか、林檎とか、一口でも食べるとすぐに吐いてしまう」


 顔を顰め舌を出し、如何にも不味そうな表情をする。かと思えば、恋人を見るような恍惚な表情になる。初見に抱いた印象を覆すように、否、むしろ増したかのような様を、この男は見せ続けた。


「じゃあ何が食べられるんだって話だよね。さっき普通の食事を食べていたじゃないかって、思ったでしょ。正直に言うとね、君がさっき見たのは幻なんだ」


 幻と男は言った。何が。先ほどの豪華な料理が、だ。ではこの男は何を食べていたのか? あなたの疑問を男は勿体ぶらずにすぐに答えた。


「人間だよ。カニバリズム、といえば良いのか。あの大量の皿にあった料理は全て人間でできているんだ。俺は人間しか食べられなくてね」


 人間。この男が唯一食べられるものは人間だけ。他はすぐに吐いてしまう。まるで漫画のキャラ付けのようだ、とあなたは思う。もしやこれは精巧な夢であり、目の前にいる男は己が生み出した架空人物なのではないかと考えたが、それは男がすぐさま否定した。まるであなたの心情を覗かれているかのようだ。


「これはれっきとした現実だよ、安心していい。君は今、確かに俺の目の前に居て、俺の話をはっきりと聴いている。君は俺の創造主じゃない。俺はしっかりとここに居る」


 男は上を見るとこくりと頷いた。男は簡潔に、判りやすく、結論を言う。


「俺が君を呼び出したのは、君とこうやって話がしたかったからなんだ。すべてを話して、俺のことを理解してほしかった」


 男は球体を持ち上げる。液体がついていたのか、液体がぼたぼたと落ちていく。それと同時にあなたの視界は上昇した。目の前には先ほどまで話していた男が恍惚な表情で笑っていた。


「君はこれから俺に食われる。俺は毎回毎回丁寧に君たちに俺のことを話して、これから己を喰らう怪物がどんなやつか知ってもらいたいんだ。君が美味しそうからとか、そんなことは一切興味ない。全ての人間は等しく美味しいからね、俺は今まで1番美味しい人間を食べたことがない。全員No. 1だよ」


 そうだ、最期に教えよう。


「俺の名前は東紫紅(あずましぐれ)。これで俺の情報は全て君に伝えたよ」


 いただきます。

 その言葉を最期に、あなたの思考はプツリと途切れた。

お読みいただいてありがとうございます。

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