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「ノアベアト様……何故、貴方がここに」

「きっと、アンネマリー様ならここにいらっしゃると思ったからです」


 そうだ。王太子殿下の近衛騎士である彼は、二人と一緒に神殿に訪れていた。そして、二人の姿を見たくないからと逃げ出す私を見つけ出すのは――いつだってノアベアト様だった。

 あのかくれんぼから、既に四十何年も経っているのに、彼が私を見つけるのが得意なのは相変わらずらしい。そして、私の頬に転がる涙をハンカチーフで拭ってくれるのも。


「うふふ、相変わらずね、ノアベアト様は」

 

 さっきまで泣いていたことも忘れ、コロコロ笑う私を眩しそうに見つめたノアベアト様は、私の手を取った。

 

「……アンネマリー様。僕の話を、聞いてくれますか?」


 私は目をしばたたかせた。そして、聖女の時はこうして民の話を聞いたものだと懐かしくなる。


「ええ、聖女アンネマリーの下に」

「いいえ、聖女ではないアンネマリー様に聞いてほしいのです」


 いつもの口上を述べようとして、それを止められて私は思わず口を閉じた。彼は私に跪いたままこちらを窺っている。


「……ただのアンネマリーで、いいのですか?」

「ただのアンネマリー様が、いいのです」


 断言されて、私は少し頬を赤らめながらコクリと頷いた。

 ただのアンネマリーとして話を聞くのは初めてで、いつもの定型文は役に立たない。どう反応したらいいのかと迷いながらも、私は彼の言葉に耳を傾けることにした。


 彼がゆっくり、息を吸う。

 サワサワと木の葉が擦れ、彼の体に影と光を落とした。


「僕は、二度横恋慕しました」


 ノアベアト様は独身を貫いている、という噂が何故か今頭をよぎった。

 年をとってからも衰えることのない美貌は、皆からの憧れの的だというのに。


「一人目は、王太子殿下の婚約者候補である方に。二人目は、女神様の下へと嫁いだある方に」


 ヒュッと息を吸い込む。私は彼の言葉をゆっくり嚥下しながら、彼を見つめた。

 喉はカラカラで、なにを言っていいのかすら分からない。だけどそれでもなにか言わなくては、とゆっくり口を開く。


「あの、一人二人といいますけれど、それって同一人物なのでは?」

「はい、その通りです」


 年甲斐もなく、ノアベアト様の言葉に頬が赤くなった。


「僕はずっと、アンネマリー様を愛しています」

「う、そ……」

「嘘ではありません。ずっと、貴女だけを想い、生きていました。貴女が誰のモノであろうと、ずっと諦めきれなかったのです」


 私の手を握る手に、ゆっくり力がこもった。


「どうか、アンネマリー様の残りの人生を、僕にくださりませんか?」


 ゆっくりゆっくり、今になって彼の今までの行動が私の心に染み込んでいった。


「……どうか、私の傍にずっといてくださいね?」


 王太子殿下や女神様のように、私からその肩書きが消えた途端、いなくなったりしないでね。


 その想いを込めれば、心得たとばかりに私の手にノアベアト様が口づけをし。

 それは妻にする口づけではない、と私が彼の頬を掴んで、唇にそっと自らのを重ねた。


◇◇◇


 それから私たちは、慎ましく結婚式を挙げ彼の屋敷で暮らすことになった。

 生活にも慣れてきた所で、私はふと彼に問いかけた。


「ねえ、どうして私を好きになったんですか?」


 彼は目を僅かに見開いた後、ふんわりと目元を綻ばせた。


「初めて出会った頃、僕が落としたハンカチを、アンネマリー様が拾ってくれた時です」

「……え?」

「貴女が、ドレスが汚れるのにも関わらずしゃがみこんでハンカチを拾って渡してくれた時、恋に落ちました」


 私は、ふふふと笑った。


「まあ、そんな些細なことで、この年まで想ってくださったのですか?」

「はい、ずっと好きです」


「――私も、貴方が好きです」


 私は、諦めた。王太子殿下への恋心も、聖女になりたくないという私の気持ちも。

 だけど、貴方は諦めず私を想ってくれたというのなら。


 私は――


◇◇◇


 その日は、白く昏い雲が辺りを覆い隠した日だった。そんな雲から舞い落ちる真白の雪は、世界をその色に染め上げる。


 私たちは、その色に染まるのから逃れるように、オレンジ色の光を灯す暖炉の前に座り込んでいた。

 だけど、私の髪も彼の髪ももう真白で。きっと雪に呑まれてしまうのは遅くない。


 それでも、最後の瞬間まで諦めない。ノアベアト様と、幸せでいることを。


「どうか、私を置いていかないで。ずっと、ずぅっと側にいて」

「はい。マリーの側に、僕はずっといます」


 なにも持たない私を求めてくれた貴方は、私のしわの浮いた手を握りしめてくれた。




 そして、雪が溶け固く結ばれた蕾がゆっくり解かれた頃、私たちは息を引き取った。




 私は、真っ白なワンピースを身にまといながら、裸足で草を踏み歩き続ける。何処に行きたいのかも、誰に会いたいのかも分からないまま。

 だけどふと、風に誘われるように振り向いた。


「マリー」


 そこには、若かりし頃の彼がいた。私は瞳を輝かせ、駆け出す。


「ノアベアト様……っ」


 水色の髪を風にたゆたわせながら彼を抱きしめれば、彼は一層強い力で私を抱きしめた。


 涙をポロポロ流し彼の着ている白いシャツを灰色に染めながら、私は愛してると繰り返す。

 ノアベアト様も、愛してると繰り返す。


 ずっと好きでいてくれてありがとう、とはにかめば、ずっと好きでいさせてくれてありがとう、と唇に彼の唇が重なった。



 

 

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