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 サアサア木の葉が揺れる。そしてその葉の影を被った二人が、仲睦まじそうに語らい合っている。

 ――私はあともう少しでいなくなるのに。


 先日十五歳になった私は、魔力測定の儀を受けた。そこで、私には聖女の力があることが分かった。

 私に聖女の力があると分かった周囲は大喜びしたが、私は素直に喜べなかった。だって、まだ婚約者候補という立ち位置ではあったけど、私は王太子殿下を愛していたから。

 聖女に選ばれてしまえば、純潔でなくては聖女の力が消えてしまう為に婚約者候補を辞退する運びとなってしまうのだ。私は、それが嫌だった。物心ついた時から、彼のお嫁さんになることだけを夢見てきた。それが叶わなくなるなんて、今までの人生をバッサリ否定されたかのよう。


 だから周囲に聖女になどなりたくないと訴えたが、もちろん受け入れてもらえる筈もなく、私は今日神殿に行く。

 王太子殿下の婚約者候補だった時とは違い、装飾の少ない白のドレスに、水色髪の頭にはヴェールがかけられている。誰かが言った、『これは女神様への嫁入りなのだ』という言葉がようやく分かった気がした。

 ああ、私は一生に近い時間を、神殿で過ごすのか。


 そう思った瞬間、私は歩きだしていた。旅立ちまでまだ時間がある。だから、もう一度王太子殿下と話したかった。


『僕もずっと前から、君が好きだった』


 一言その言葉を貰えたら、私はきっと頑張れる。だから王太子殿下を探す為私は歩き続けた。


 ――そこで、他の婚約者候補の令嬢と仲睦まじい彼を見つけてしまった。

 息を呑む私に気づくわけもなく、二人の唇が重なった。


「あ、あ……」


 カタカタ体がみっともなく震える。そんな私の肩を、誰かが抱きしめてくれた。


「アンネマリー様、お時間ですよ」

「……ノアベアト、様」


 王太子殿下の近衛騎士である彼だった。物腰柔らかで、いつも私にも丁寧な方だ。

 そんな彼が、今日は少し眉根を寄せていた。


「……行きましょう」

「え、ええ。分かっているわ」


 頷きながら、私は彼らに背を向け歩き出した。

 パリパリと、ティーカップのように薄い陶器が割れていく音がする。……これはきっと、私の恋心。報われない、私の恋心。

 涙を流しては皆に心配をかけるからと、唇を噛みながら私は一歩一歩足を動かす。


 そうして、私は聖女になった。


◇◇◇


 それから、五十年の時間が経った。今日は、私が聖女として務める最後の日。


「これからのこの国を、よろしくお願いしますね」

「は、はい……! お任せください」


 私は一生をこの神殿で過ごすつもりだったが、一年前に新たな聖女様が偶然にも見つかり、聖女の任を解かれることとなった。聖女様がこうも立て続けに現れるのは神殿の記録でもないらしく、聖女じゃなくなった私をどうしたものかと今持て余されているらしい。


 ふう、と聖女認定の儀が終わった私は、パレードへと赴く新たな聖女を見送りながらため息をつく。神殿の隅にある庭に置いてあるベンチに、腰を下ろした。


 最近、歳のせいか立っているのも辛くなり座っていることが増えた。

 そういえば、王に即位した彼も、年老いた今はあの日口づけをしていた王妃様と一緒に隠居生活を送っているらしい。昔は彼に燃えるような愛を抱いたが、年を追うごとにその愛は昇華していった。むしろ定期的に神殿に顔を見せてくれる二人とは『友人』になり、今では王妃様である彼女の方が仲が良い。

 文通もしていて、今度お茶会をする予定だってある。


「ふふ、不思議なものね……。あの日の私は確かに不幸だと思ったのに、今はこんなにも満ち足りている」


 それはきっと、聖女になったおかげかもしれない。王太子殿下の婚約者候補の時は、自分を磨くことに精一杯だった。だけど、聖女になって他人を慈しむことを知り、私は広い世界を知った。


 ――ああ、だけど。



「一度でいいから、誰かに恋をされたかったわ」


 皆、私を愛してくれた。

 『王太子殿下の婚約者候補である私』を、ふわふわと春の陽射しを一身に受けながら飛ぶ蝶を愛するように、私を愛してくれた。

 『聖女になった私』を、子が母を慕うように愛してくれた。私を求め、沢山の愛を注いでくれた。


 でも、アンネマリーに恋をしてくれる人はいなかった。それはちょっぴり淋しくて、淋しいと思う心はいつも私の心の隅にいた。



 ふふふ、と笑いを零す。淋しくなった時、いつもする笑顔を今も浮かべてみせた。

 誰が恋をするというのだ、こんな老いぼれ。若さという美しさを失った。聖女という美しさを失った。

 こんな私、もう誰にも恋なんてしてもらえない。

 涙が、しわの出来た頬を伝い顎から滴り落ち私の手を濡らした。


 緑の芝生は柔らかな風に揺れ、微かに音を立てる。ゆっくり風に流れる雲の隙間から差し込む白い光が、私の白が交じり始めた水色の髪に差した。

 今日は、とてもいい天気だ。私が泣いていることを除いては。


「ねえ、女神様。私は貴女の花嫁なのでしょう? でしたらどうか、私の涙を止めてくださいな」


 女神様からのお返事はない。冷たいモノだ。半生を超える時間を女神様に尽くした熱心な信者に、なにも答えてくれないなんて。

 そこで一際、大きな風が吹いた。あまりにも唐突なことで、私は目をつむってその風に耐えるしかなかった。

 目をつむった拍子に、またポロリと涙が零れ落ちる。


 ――だが今度は、私の頬から涙は落ちなかった。


「……女神様ではなくて、申し訳ありません」


 金髪を風に揺らし、ゆったりと笑う貴方は、少しカサついた手で持った白いハンカチーフで私の涙を拭っていた。



 

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