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絶対に結ばれない相手


隣国は小国だが、豊かな水に囲まれた肥沃な大地と鉱山を持つ。元々この国と同一国だったが、開発発展を望む王国から、自然の恩恵を重視する隣国が独立したかたちだ。

既に何百年と昔のことだが、今も軋轢は根深い。

何度となく一時的な和平と局地的抗争を繰り返している。それに留まっているのは、双方が一枚岩でないことと、帝国の軍事介入と国の犠牲を恐れてのこと。


『友好国』とは、見返りありきだ。

隣国を荒らすことは、王国としても本意ではない。

手中に収めたところで、今まで同様に帝国に利を与えねば攻め入れられ、王国諸共奪われてしまう。

最悪滅ぼされ、どんなに良くても属国に成り下がることになる。


(帝国など、速やかに王城を制圧できれば介入の余地はない……開戦理由などいくらでも後付けできる……!)


──ローゼリアは『具合が悪い』などと吐かし、少量の高回復薬しか精製しなくなった。


だが今回の計画を聞きつけた神殿から『役立てて欲しい』と、大量の高回復薬が寄進されている。


「必ずや隣国の王城を制圧し、凱旋して参ります!」

「ふっ……頼もしいな」


作戦上、奇襲に近い先鋒部隊。

ひっそりと行われた出陣式で、王国への忠誠を誓った騎士達が剣を立て跪く中、王国騎士団第三部隊副団長であり先鋒部隊長であるデイヴィッドが、意気軒昂に宣言する。


「皆の武運を祈る!」


ギルバートがそう言うと、兵が一斉に立ち上がり、剣を鞘に納めた。

いよいよ出陣である。


「デイヴ、信頼している。 凱旋を心待ちにしているよ」

「有り難きお言葉です!」


出陣直前、親しげに声を掛けたギルバートに、デイヴィッドは勇ましく答える。


(──まあ、お前が戻ってくることは難しいだろうがな)


そして……戻ってきたところで、デイヴィッドの望む報奨などはない。





自国での反対を顧みず、帝国の王と娘を口説き落とした国王だが、当時王妃はギルバートを出産したばかり──本来、側妃は不要。

しかし帝国の王の了解を取った以上、国の重鎮も王妃も受け入れるよりなかった。


帝国には数年に渡り高回復薬を納めることで話はついたが、娘はなかなか首を縦には振らなかった。

それでも諦めない国王と、高回復薬が欲しい帝国の王には『無理矢理行かせるのならば自死する』と脅し、短い時間の中で話し合いを重ねた末……最終的な嫁ぐ条件として『自分の離宮を作らせ、表には出ない』など、譲れない幾つかの条件を呑ませ、ようやく折れた。


そのうちのひとつが『もし自分に子が産まれたら、14の歳に帝国に戻す(・・・・・)こと』──餌は餌でも、最初からクリスティアナは疑似餌(・・・)だったのだ。


ただし当初のギルバートの意図は、戦の為ではない。

アントニアを孤立させる為である。


デイヴィットはローゼリアを溺愛しアントニアにはそっけなかったものの、それは特別な興味関心がなかったに過ぎない。

それだけにギルバートがアントニアに態度を変えると、妹への当たりが柔らかくなってしまった。


デイヴィットが自主的にアントニアを疎ましく感じて疎外するようになるのが望ましく、どうしようかと考えていたところに、都合よく彼はクリスティアナに恋をした。

この機会を逃す手はない。


ギルバートは事ある毎に都合よく話を捏造し、デイヴィッドの恋心を利用してクリスティアナを引き合いに出し、アントニアに悪感情を抱くよう仕向けた。

単純なデイヴィッドは、やはり簡単にギルバートの目論見通りになった。


(ついでに忠誠を深めるのにも使えるとは思っていたが、ここまで上手くいくとはな……アイツがあれ程強くなったのは嬉しい誤算だ)


元々ギルバートは、アントニアとローゼリアを手に入れ、高回復薬を確保した後のヤーノルド侯爵家は『もう邪魔だ』と考えていた。


実のところ彼とその部隊は、敵軍扇動の為の囮役だ。

制圧予定は別の経路から隠密的に放たれた別部隊。


(デイヴィッドが上手くやればそれもまあ、いい。 ……頃合を見て、上手く始末すればいいだけのことだ)





──クリスティアナとデイヴィッドが結ばれるという未来は、絶対にこない。

しかし、それはなにもギルバートの目論見がどうのとか、帝国に帰った後、この国に戻らない気だから……とかではなかった。


実際、クリスティアナは今、この国にいる。


ただし厳密に言うと、それは『かつてクリスティアナだった者』。


待ち焦がれた14の誕生日。

出立の際『クリスティアナ』という名は、この国の王女という立場と共に、捨ててきていた。


この国で過ごした日々──それはまるで籠の中の鳥のように、不自由なもの。

世界は母である側妃の離宮と、本殿の一部。

それに神官長である叔祖父(おうおじ)ローレンスが連れ出してくれるようになった、大神殿のみ。


当然今、会いたい者も少ない。

そのうちひとりがローレンス。

彼とだけは密かに連絡を取り続けていた。

滞在しているのも大神殿だ。


「──しかし大きくなったものだ、クリスよ」

「またそれですか?」


事ある毎に感激を滲ませながらそう言う叔祖父に、苦笑でそう返す。


実に3年ぶりの再会だ。

既に老爺であるローレンスの方に大した変化はないものの、育ち盛りの真っ只中である14歳からの、3年は大きい。


それに、


『クリスティアナ。 あなたは14でこの国を離れる迄は──』


身を守る為の、母との約束があった。


『──女として過ごしなさい』


クリスとはクリスティアナの愛称。

だが、今はただの(・・・)クリスが彼の名前。


彼は先の夜会で、帝国第四王子であるイライアスと共にいた『鎧の騎士』。

もっとも鎧を脱ぎ、イライアスから離れた今は『鎧の騎士』ですらないが。


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― 新着の感想 ―
[一言]  母と女を両立できるの、すごいなぁ。
[良い点] なんかギルバートがすごく悪い奴(笑) クリスティアナのとんでもない秘密まで出てきてこれからどうなるの!?とワクワクが止まりません。
[一言] まじか! デイヴィットが気の毒になってしました……(笑)
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