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夜会後、王宮/ギルバート


──数日後。

新聞を賑わせたのは、アントニアの愚行と悪評。


『実際は聖力がないことで、高い聖力を持つ妹を激しく妬んでいた』といったものを中心に、『苦渋の決断をせざるを得なかった王太子に、物わかりの良いフリをしながら、最も効率的な方法で復讐に及んだ悪女』などといった内容。


『クレメンティアの敬虔な信徒』というアントニアの評判が逆吹いたこともあり、情報を操作するまでもなく、そう解釈されていた。


ただし、新聞社には圧を掛け、第四王子一行が経つまでは控えさせている。

アントニアの遺体があるからか、あまりのんびり滞在することなく、早々に帰ったけれど。


新聞のセンセーショナルな内容と、あの夜会の締めでギルバートが見せた、『国を憂い、婚約者を信頼して裏切られた悲劇の王太子』という偽りの『表の姿』に、平民は勿論、貴族らも皆、上手く騙されている。

予定とは大幅に違うが、思ったよりも遥かに問題にはならなかった。


だが──





「クソッ!!」


悪態と共に振り出された右腕に、机の物が倒れ、或いは床に落ちて割れ、散らばる。


ギルバートはあれからずっと憤りが収まらず、ひとりになると時折こうして物に当たっていた。


愛されている──という程、自惚れてはいなかったが、『あの女が頼れるのは自分しかいない』という自信と自負はあった。


いくら目論見があろうと、他国の、しかも帝国の王子の前で『婚約披露』などの催しをしようと考えたのは『アントニアなら絶対に裏切らない』と信じていた(・・・・・)からこそ。


なのに蓋を開けてみたら、階段から突き落とし断る……それだけならまだしも、クリノリンからの砲弾だ。


『嘘を吐くのは貴方だけじゃありませんわ』


こちらの嘘を見抜いて言動を予測し、周到に用意していたのは明白。


(踊らされていた……だと?!)


「今までずっと──このッ! 私がッ!!」


ギルバートは、机の左端にあり先程は難を逃れたランプを手に取ると、思い切り床に叩きつけた。


それは以前、アントニアから贈られた物。

懇意にしている貿易商が仕入れたという、他国の珍しい品。


(女狐め……! )


信頼していたのはこちらだけ──『飼い犬に手を噛まれた』どころか、飼われてすらいなかったのだ。


それは挫折を経験したことのないギルバートにとって、あまりに耐え難い屈辱。

心臓を貫かれていたのを見ただけに、自らの手で八つ裂きにできないことが口惜しい。


「──殿下、ヤーノルド嬢がお見えです」

「チッ……今いく」


邪魔臭いのが来た、と盛大に舌打ちをしつつ、こうなった以上はローゼリアの作る高回復薬が切り札。

なにしろ一人で多くの高回復薬を精製するのだ……今彼女の機嫌を損ねるわけにはいかなかった。





「やあ、ローゼリア。 来てくれて嬉しいよ」

「ギル様……いつまで自粛してなきゃダメなのぉ? つまらないわ」


(見た目と聖力だけしか役に立たない癖に、堪え性もないとはな)


その間に一本でも多く高回復薬を作ればいいものを、コレだ。

アントニアならば何も言わずとも、必要な公務を手掛けているところだというのに。


「アントニアが死んだんだ、表向きはそうでなくとも皆知っていること。 悲劇の妹を続けないと、ローゼリアが後で困ることになる。 ……それが心配なんだ」

「……本当にぃ?」


夜会でのギルバートのパフォーマンスは確かに有効で、貴族らには『愛し、信頼した婚約者に裏切られた悲劇の王太子』と映っていた。

それだけに、ローゼリアはあれ以来、自分への愛を疑うようになってしまった。

自分も共に姉を騙していただけに、自分が騙されていないとも限らない……そのことに気付いた、と言ってもいい。


しかし、高い自尊心とギルバートへの執着から、それを認めたくない。

だからわざとこうして困らせ(確かめ)にくるのだ。退屈しているのも事実だが、それが根本的な理由ではなく。


わかってはいるが、今女など抱く気にはなれないし、女心を汲むなどもっと煩わしかった。


(……落ち着け。 ローゼリアに当たるのは得策じゃない)


『君はどうやらお父上と同じご趣味らしい』


事ある毎に出てくるのは、アントニアの言葉だけではなく、第四王子のあの言葉も。

それはギルバートをとても苛つかせていた。


苛立ちを抑えながら、子供を宥めるような柔らかな声と表情で声を掛ける。


「──おいで、ローゼリア」


拗ねた様子のまま、それでもローゼリアはギルバートの膝に乗る。


「アントニアは優秀だったが、エスコート以上の触れ合いすらない。 私が触れたいのはローゼリア……君だけだ」

「ギル様……」

「不安なんだろう? 私もだよ……早く式を挙げよう」


──だからその為に、高回復薬を作って寄越せ。


そう思いながらキスを落とし、僅かな官能だけ与えてそっと身体を離す。

名残惜しそうな仕草の中で、頭は全く別のことを考えていた。


(そうだ。 アレさえあれば、隣国など……! 私は陛下(オヤジ)とは違う、それを証明してやる)


期待した瞳で見つめるローゼリアを見て、餌をぶら下げれば喜んで動く、優秀な手駒がまだいたことを思い出す。


適当に気遣う言葉を掛け、もう一度抱き締めてから、帰るように促してこう言った。


「ローゼリア、デイヴに伝えてくれないかな。 『報奨の機会は目前だ』と」


──デイヴとはデイヴィッド・ヤーノルド。

ヤーノルド侯爵家の長子であり嫡男であり、同い歳のギルバートとは旧知の仲。


剣技に長けており、侯爵家嫡男でありながら王宮騎士団で副団長を務める程の実力の持ち主だ。


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[良い点] なんて自分中心の男、ギルバート! クズだーっ!
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