王宮(後)
「ええ~! 婚姻披露ってどういうことですの? だって婚約披露式もちゃんとしてないのにィ……それに結婚式はパレードとかやるんじゃありませんの?」
「すまないな、ローゼリア。 だが君の地位を磐石にする為でもある。 それにあくまでも婚姻披露は貴族の前でだけ、今の情勢でパレードは難しいが、戦が終われば派手に国民へのお披露目もやるつもりだ」
ギルバートはアントニアに告げた内容の一部と、それとは異なるいくつかを、簡単で砕けた表現に直して説明していた。
その為に呼んだローゼリアを、正面に抱きかかえたまま。
「つまり、私達が主役のパーティーが増えたようなモノさ」
「そぉですかぁ……それなら仕方ありませんわね」
ローゼリアは、愛らしい頬を子供のように膨らませて拗ねながらそう言う。
彼女は二人目のヤーノルド侯爵令嬢。
王太子であるギルバートの婚約者、アントニアのひとつ歳下の妹である。
絹糸のような滑らかな金髪にエメラルドを嵌め込んだような大きな瞳。
16という年齢にそぐわない子供じみた表情を『無垢』と思わせる程、ローゼリアは麗しく清らかな見目をしている。
だが彼女がいるのは王太子であるギルバートの私室で、彼の太腿の上。
服もはだけた淫らな姿だ。
「いいかい? くれぐれもまだアントニアには黙っておく──」
乱れたドレスの上部を整え、外した背中のボタンを丁寧にとめ直しながらそう言うギルバートの唇に、ローゼリアはそっと指先を当てて遮った。
「うふふ、ギル様ったら。 私、そこまでお馬鹿ではありませんのよ?」
媚びるようにそう言うも、決してそれを感じさせずに愛らしさだけを伝えるその姿は、口調や仕草に至るまで全て無意識で計算されている。
これもひとつの才能だろう。
(全く、血の分けた姉妹がこれ程違うとはな)
ギルバートが公務を行うようになって数年経つが、今までなにもかもが上手くいっている。
傲慢な彼はやがて、父が成し得なかったことをしたいと感じるようになっていた。
それは、隣国を手中に収めること。
(その為には、ふたりが必要だ)
この国の神殿と聖女達が作る、高回復薬──それが戦局を大きく左右する。
少量ながら帝国とも取り引きを行っており、それがあるからこその『友好国』。
おそらく第四王子の訪問も、狙いはコレだ。
ギルバートがローゼリアに目を向けたのは、彼女の顔や身体を含めた魅力からではない。
いつしか神殿を介していないのに、ヤーノルド公爵家が高回復薬を精製し、納めるようになったことから。
高回復薬を精製できるのは、神殿で修行する聖女のみ。
考えられるのは、ローゼリアが修行をせずとも聖女並の力を持つこと。
彼女の聖力の量は多いが、聖力の量が多いだけでは高回復薬の精製は難しい。
だからこそ聖女は修行し、集中出来る環境である神殿で精製を行う。
それでも失敗することもあるのだ。
ただ逆を言えば、もし並外れた才覚やセンスがあるならば、可能ではある。
事実、侯爵家から納められる高回復薬の量は徐々に増えていた。
ギルバートはローゼリアを自分に夢中にさせることにした。
気を持たせては突き放し、姉と比べて持ち上げ、また、貶める。
美貌と奔放な振る舞いで、男性からチヤホヤされていたローゼリアの気持ちを弄ぶのなど、赤子の手をひねるより容易かった。
(女など簡単だ。ローゼリアは馬鹿だが聖力が多く従順。 それに、美しいに越したことはない)
ギルバートはローゼリアに絆されたフリをしているだけにせよ、それなりに愛着はある。
だからといって、優秀な手駒として育てたアントニアを手放す気は一切なかった。
侯爵家がアントニアを冷遇しているのはギルバートとは関係がないが、それに乗じて彼女が誰にも頼れないようにはしている。
親しい友人を作らないよう手を回し、周囲にも彼女の手助けをしないよう働きかけて孤立させた。
アントニアを労い、手を貸し、優しく紳士的に接するのはギルバートだけ。
(だというのに……!)
言葉では感謝を述べても、あまりに周囲と自分への態度が変わらないアントニアにギルバートは、内心で怒りすら感じていた。
「──ねぇ、ギル様。 本当に私を正妃にしてくださるの?」
ギルバートにしなだれかかったまま、ローゼリアは不安げに言う。
「勿論さ。 正妃はローゼリア、側妃はアントニアだ」
ギルバートは『紹介だけだが国内貴族と、なにより帝国の殿下がいる……覆されることはない』、とアントニアに言った台詞を再度口にし、ニヤリと笑った。
(お優しいアントニアが断るわけがない)
正妃をローゼリアに据える……とは言ってもあくまでも国内ウケを考えた配置であり、外交等はアントニアを横に立たせるつもりだ。
それでも、正妃と側妃では立場がまるで違う。
自身もだが、子供は特に。
ましてや、7歳の頃から婚約者だったアントニアだ。
表情に出すことはないにせよ、内心これ以上ない屈辱だろうと思うと、先程までのイライラはすっかり収まっていた。
しかしこの目論見は、土壇場で破綻することとなる。