闇の王
ただ、路地を男が歩いている。
カサ、カサ、と乾いた土ぼこりを、歩くたびに靴は舞い上げていた。
それは靴の空気のせいだけではない、明らかに別の何かによる動きだ。
「おっと、しまったな」
ぼんやりと声を出すと、右手の親指と中指を鳴らして土ぼこりを抑えた。
「……待っていたぞ」
路地の奥、乱雑に置かれた木箱の上から、絶対にさっきまではいなかった男が顔をのぞかせる。
「やあ、悪かったね、少し遅れてしまったかな」
ケッとツバでも吐くのような動作を見せた隠れていた男は、木箱から飛び降りると、やってきた男のもとへと歩み寄る。
「それで、闇の御王は」
「ああ、まもなくだ。こちら側の準備ができ次第、闇の王は再臨なされる」
「それだけを伝えるために、わざわざここまできた。そんなわけはないだろ」
「そうだ。再臨の際には必ずこれを持っていてほしい」
ポケットからチャリチャリと音を立てながら、なにかのネックレスのようなものをやってきた男は隠れていた男へと手渡した。
「首から下げていてほしい、敵味方識別装置だと思ってもらえればいい」
ネックレスは、細い金鎖でできていた。
ただ、体の前になるようなところに、親指の爪くらいの何かがぶら下がっている。
よくよく見れば、それは人間の頭蓋骨を模したブローチのようなものだった。
これで闇の王派かそうでないかを判別することになるのだろう。
「よくわかった。ではその時にまた会うことにしよう」
「そうだな、またそのときに」
路地はまた一人の男しか写さなくなった。
少しの風が、確かにここにもう一人誰かいたことを知らせていた。