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06 アドリア海2

―ユリウス暦一〇七七年八月八日午前 ヴェネツィア沖南西のアドリア海。

※年代確定したので以降は西暦(ユリウス暦)を使用します。


 アドリア海では夏には北西の風が吹く事が多い。これをマエストラーレと言うのだが、いつ頃から言われているのかは不明である。


 その風に乗り、順風満帆で二隻のガレー船が帆走していた。

 この時代、船は主に沿岸を航海する。ただ帆船だと風任せになるので機動力が必要な軍船としてはガレー船が未だに現役なのである。


「(二時の方向、ガレー船が帆走して南東に通過して行くっす。数は二)」


 相変わらずマスト上の定位置で見張るイマヌエルから船橋に連絡が入る。

 あれから小まめに『シンタ』の位置を変えながら現海域に留まっているが、この三日間で見張りに引っ掛かる船舶の数と回数が激増して来ていた。


「うほほうほ(どうやら確実に目を付けられましたね)」


「各地で派手に買い付けをしてたし『シンタ』も何処かで目撃されてたんだろうね。欲に目が眩んだ連中が上を動かしたって噂も拾えたし」


 目撃されないように気を付けていても完璧にとはいかないよなぁ、とボヤきながらアルトゥルの言に応えるタケル。


 実際、ヴェネツィアの官吏から上げられた報告にドージェ(頭領または総督と日本語訳されるヴェネツィアの元首である。この頃はまだ独裁色が強かったと思われる)が興味を示し、その後も別な商人達からも同じ様な報告が続々と上がって来た事で話に信憑性が出てきたと判断し、ドージェは艦隊を動かしたのである。

 ただ、ここで上と下とで認識の違いが出てしまっていた。この時のヴェネツィアのドージェにはドメニコ・セルヴォがその任に就いていた。この人物は比較的穏当な治世を行い、カノッサの屈辱で有名なローマ王と教皇の対立でもヴェネツィアは中立の立場であると一貫して通したとされる人物である。

 彼は巨船と穏便に接触して「ヴェネツィアへ是非とも寄港して貰えるように願う」と先方に伝えるように指示を出したつもりであった。しかし、その下は商人達の話から推測される事から忖度して「拿捕するのも已む無し」と各部に伝えたのが、現場に下りると「拿捕すべし」と変わってしまったのだ。そこに「大量の黄金」の噂が加わり、現場は略奪も視野に入れ血眼で探す事になった。


 タケルが単身で深夜にこっそりヴェネツィア本島に上陸潜入して、街中での聞き込みで掴んだのは、この忖度された指示によって広まり歪曲された噂話であったのだ。尚、潜入にはカルタゴで手に入れたローマ風の服を着て変装しての潜入したので余り怪しまれる事もなかった。タケルは黒髪だが地中海地方は黒髪の人も多いので不自然では無かったし、言葉についても流暢に話すタケルを訝しむ者も居なかった。

 異星人の調査範囲が地球人類が生活する殆どの地域に及んでいて、調査対象でもあった言語情報がインプットされているお陰で、今までどの言語にも不自由しないで済んでいる。南北アメリカ大陸でスムーズに交易が出来た訳だ。タケル曰く「貰ってて良かった言語チート」である。


「うほ?(打って出ますか?)」


「取り敢えず挨拶だけでもして行こうかね。『シンタ』両舷前進半速。面舵で方位二八七に変針して直進。ヴェネツィアに向う」


 ほぼ真西を向いていた『シンタ』はタケルからのコマンドに従いモーター回転数とスクリューピッチを半速(六ノット)になる様に設定し、舵を右に切り針路をヴェネツィアに向けた。


「うほうほっほ?(帆は張らないので?)」


「三海里まで近づいたら総帆にしようか。港からは『シンタ』がいきなり出現したように見えるだろ?」


「うほっ。うほほほっほ(なるほど。お主もなかなかのワルよのう)」


「いえいえ私なんぞ御代官様に比べれば、じゃなくて。挨拶ついでにハッタリかますから、精々混乱したら良いと思うよ。ふふふふ……」


 物騒な会話を交わすタケルとアルトゥル。船は一時間もしたら目標海域に到達するであろう。それにしてもクマレンジャーやサン()ゴリランに自分の記憶にあるムダ知識も分けてあげたのは、ちょっとアレだったかなぁとタケルは少し思ったのだった。



※ ※ ※ ※ ※



 ヴェネチア領リード島の港で荷役の仕事に就いているマルコは、一仕事終えてアドリア海に続くヴェネツィア湾を眺めながら休憩していた。ヴェネチアはヴェネタ潟の中にある島に築かれた都市であり、リード島はヴェネタ潟とヴェネツィア湾を隔てる南北に細長い島である。


「なあ、聞いたか? 何でも黄金で出来た船がこの辺を彷徨(うろつ)いてて、上の方じゃ血眼になって探してるって話だぜ」


 話し掛けてきたのは仕事仲間のアントニオ。タケル達の噂は尾鰭どころか背鰭胸鰭腹鰭まで付いて手足や羽まで生えそうな勢いである。


「道理でここんとこ軍船が出たり入ったりしてる訳だ。商人達もお溢れに与ろうとヤキモキしてるんじゃねえのか」


「違ぇねえ。ま、どの道俺達にゃ関係ねぇわ。知らんところで全部終わっちまうんだろうぜ」


 そう言うとアントニオはマルコの隣に腰を下ろして革袋の中の水を呷る。


「飲むか?」


「悪いな。貰おう」


 マルコが差し出された革袋を受け取ったその時、港が俄かに騒がしくなった。見ると見張りの何人かは沖を指差して何かを叫んでいる。


「ん? なんだ?」


 マルコは立ち上がり、手を額に翳して人々が指差す沖の方を見た。


「なんだありゃ!?」


 彼が見る先に真っ白な帆が見えた。ただ見えるだけでは無い。逆風のはずなのに考えられない速さで近付いて来るのだ。


「嘘だろ、おい……」


 波を蹴立てて突進して来る見た事も無い巨船に、マルコもアントニオも絶句して立ち尽くした。



※ ※ ※ ※ ※



「(陸地を視認。距離六海里)」


 見張台のイマヌエルから連絡が入る。見張台の高さは海面から一〇メートル。そこから見ると水平線までの距離は凡そ一一キロメートルで六海里となる。


「『シンタ』両舷前進全速。ルイ、座礁回避の為の水測開始」


 タケルからのコマンドを受けた『シンタ』は、陸地目掛けて時速二四ノット(約時速四五キロメートル)まで加速する。


「ルイ、水深は?」


「うほほうっうほ(問題無し)」


「(前方からガレー船。距離二海里弱。真っ直ぐ突っ込んで来る。接触まで一分強)」


「『シンタ』左舷スラスター全機最大出力。現針路を維持」


 タケルが言い終えると左舷の喫水下から猛烈な勢いで水飛沫が上がる。喫水下に設置されているウォータージェット・スラスターが全力運転を開始したのだ。

 横滑りしながら『シンタ』はガレー船とすれ違う。すれ違いざまに強烈な水飛沫を横からまともに食らったガレー船は堪らない。漕手を含めて乗員はパニックに陥った。見るとオールが何本か失われている。


「『シンタ』スラスター停止」


「うほうほほうほ(なかなかえげつない事をしますな)」


 アルトゥルが無力化された後方に遠ざかるガレー船を見ながら言う。


「接岸や離岸をする時用なんだけど、こんな事もあろうかとってやつだな。よし、残り三海里だ。『シンタ』総帆上げ。両舷前進最大」


 帆を上げた事により抵抗が増して速度が落ちる分、主機の出力を定格一杯まで上げる指示を出したタケルにマストの上から泣きが入る。


「(すげー風で飛ばされそうなんすけどー)」


「イマヌエル、冗談言えるなんて余裕だな。これからもっとタイトな機動するから楽しみにしとけよー」


 体重二〇〇キロ近くあり、モデルとなった西ローランドゴリラより遥かに力が強いイマヌエルが、この程度の風に飛ばされる訳がない。なおこの時の風は風速七メートル。風上に向かって走る『シンタ』のマストは風速二〇メートルの風に曝されている事になる。


 そうこうしているうちにヴェネツィア本島の手前にあるリード島が間近に見えて来た。そして距離は一海里を切る。


「うほうほぉ。うほぉうほほ(水深良し。あと半海里は行けます)


 ソナーを確認していたルイから報告が上がる。


「『シンタ』合図で面舵一杯と左舷船首スラスター最大出力。右回頭七〇度変針したら左舷スラスターを停止して右舷スラスター全機最大出力。……五、四、三、二、一、今っ!」


 急激に船体が右へ回頭し激しく左ロールする。あわや転覆かと思われたところで『シンタ』の自動判断で喫水下の右舷スラスタが稼働されて、その反力での絶妙なバランスを取りが行われ左ロールが抑えられた。

 『シンタ』は船体をやや左に傾かせたままに岸に向けて横滑りして、その船腹で海水を押し出した。

 追い打ちで喫水下の右舷スラスターが全力噴射され押し出される海水の高さが増し、大波となって岸辺へと押し寄せて行く。


「『シンタ』全スラスターと主機停止。総帆下ろせ」


「(周りからガレー船が集まって来てるっす。それよりさっきみたいなのマジ勘弁して欲しいんすけど。マストが(しな)って、ちょっとヤバかったす)」


「イマヌエル、降りてきてルイとアルトゥルと一緒に船体と機器のダメージ確認してくれ。ガレー船の対処はこっちでやるから」


 マストの上のボヤきをタケルはバッサリと斬って仕事を指示する。


「(了解でーす。ほんとゴリラ使いの荒いご主人っすね)」


 イマヌエル、ボヤきつつも仕事を熟す為にマストから降りて来た。自我が生まれているとは言えタケルの指示には忠実である。


「さて、クマサブロウ。甲板に出て仕事しようか」


「がう?」


「なんでって威圧だよ威圧」


「がうがう、がううがう(そんなもん、取り敢えず三〇ミリ機関砲でもぶっ放せば勝手にビビり散らかすでしょ)」


「いきなり武力行使はなぁ」


「がう、がうがうがあお?(あのさ、メソアメリカで酷い目に遭ったの忘れたの?)」


「あそこまで蛮族じゃないと思いたいが。いや時代が時代だけに、いきなりってのも有り得るのか」


 確かにヴェネツィア側(の現場) は『シンタ』を拿捕して略奪する為の獲物と見做していると考えられた。


「ここまでやったら喧嘩を売ったのと同じか」


「がうがおがうがぁおがう(一発ぶん殴ってから交渉のテーブルに着かせるってのもアリだと思うけどね)」


「それじゃ、まず相手の出方を見るかね。三〇ミリの所まで行くよ。拡声器は彼処でも使えるし」


 そう言うとタケルはクマサブロウを連れて船橋から出て前方甲板にある三〇ミリ機関砲へと向う。


 果たして(ヴェネツィアの)運命や如何に?



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