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05 アドリア海1

ネタバレ。ブタは出て来ません。

―推定西暦一〇二四年頃? アドリア海。

※年代はタケルが転生或いは憑依したアンドロイドの記憶からの推測。



「そろそろヴェネツィアの近くかな」


 波の穏やかなアドリア海を『シンタ』は不用意に目撃されないように沿岸からは二〇キロメートル以上離れて航行していた。

 また、わざわざ総帆を開いて帆走しているように見せかけ、目撃された場合には相手から帆船と見えるようにしていている。


 『シンタ』はジブラルタル海峡を全速で通過した後、目撃されるリスクの少ない沖を航行し、時々未来のスペインやアルジェリア、チュニジア辺りの沖合に碇泊しては、夜間密かに小型ボートでタケルとクマサブロウが連れ立って上陸し、派手に金銀をばら撒いて有用植物を入手していた。取引が終われば荷物をクマサブロウに載せて移動し、小型ボートで『シンタ』に戻るという事を繰り返したのだ。

 巨大ヒグマの外観を持つクマサブロウを連れて上陸するので相対した者は勝手にビビり倒してくれるし、撤収する時は人外の速さで移動するから、大量の砂金や銀塊を持っていても強請集り強盗等のトラブルらしいトラブルには遭遇していない。

 各地で爆買いをした後、シチリア島とマルタ島の間を抜け、今はアドリア海へと入りヴェネツィアへと向う途上だ。


「うほっほっうほうほごほ(正午の天測ではあと五五海里だったので、今は十九海里手前ですかね)」


 船橋に詰めているゴリラロボのアルトゥルが応えた。イマヌエルは相変わらず見張台に上っているし、ルネは植物の世話に忙しい。クマサブロウはルネに付き合っているようだ。


「今回も沖合碇泊、夜間に上陸、翌日昼間から取引先を探して商談、終えたらさっさと撤収かな」


「ごほうほっほうほ。うっほほうほうほほ(イマヌエルが水平線に見える船の頻度が増えて来てると言ってました。ヴェネツィアが近いのでしょう)」


「正直、地中海で手に入れたかったブツは全部揃ったしなぁ。ヴェネツィアで爆買いなんてしたら、確実に方々から狙われて襲われる可能性があるんだよな。このままバックれるのも良いんだけど」


 タケルは悪い笑顔でアルトゥルに応える。


「うほほほぉうほっうほ(襲って来た相手は挽肉か海の藻屑確定ですけどね)」


「その前に陸でも海でも我々に追いつけないと思うけど。しかし自衛目的とは言え、なんで三〇ミリ機関砲とか一二ミリ重機関銃とか作って載せちゃったんだろうね」


 トボけた顔で、わざとらしくタケルが言う。


「うほうほほうほうっほうほ、うほうほ?(基本は貨物船ですし、一〇センチとか二〇センチのライフル砲とか載せていないし、おとなしいん方じゃないですかね?)」


 アルトゥルも、わざとらしく興味なさげに言いながら指で鼻を穿る仕草をする。芸が細かいゴリラ(偽)である。


 この時代の木造船や人間相手に三〇ミリ機関砲も一二ミリ重機関銃もオーバーキル案件である。少しだけ解説すると、『シンタ』に搭載されている三〇ミリ機関砲はガス圧作動式リヴォルヴァーカノンであり、弾薬にはテレスコープ形状ケースレス弾を採用している。給弾を回転薬室の前方から装填する事で全長を短くコンパクトにしている優れものだ。一二ミリ重機関銃も基本は同じ機構だが、こちらは回転薬室への装弾は後方からになっている。そして両方ともケースレス弾のコックオフを防ぐ為に銃身と回転薬室にウォータージャケットが装備された水冷式だ。

 色々と面倒臭いケースレス弾を採用した理由は単純にして明快、『資源の節約』。金属薬莢の方が弾薬製造も銃器の(特に熱関係の)設計も楽になるのは確かである。

 なお、何故重機関銃が一二.七ミリでは無く一二ミリになったのかは、単に数字の切りが良いという理由で特に深い意味は無い。(ヤーポン法死すべし慈悲は無いとかは言ってない)

 ちなみにこれは、タケルが『シンタ』の艤装についてあれこれ考えていた時に、無駄知識の中にあったこれらの概念をアルトゥルに教えたところ、試行錯誤しながらもノリノリで作り上げてしまった結果である。アルトゥルよ、お前は確か操船補助要員だったよな?


「そこでレーダーと光学測距儀を付けて着弾観測機なんかも搭載して『シンタ』に火器管制させたら今の時代の海軍相手に無双しちゃうじゃないか」


「うほっ、うっほ?(帰港したら、搭載しますかね?)」


「砲は射撃管制出来るなら、誘導弾に比べるとコスパ良いからねぇ。まぁ砲はともかくとしてレーダーは欲しいよね」


 ガワだけ女子とガワだけゴリラで何か物騒な会話をしている。勘弁して下さい。


「(敵艦見ゆ! 一時の方向に横帆の帆船! ガレー船に非ず! なお天気晴朗なれど波高し!)」


 位相偏移変調のみを使ってイマヌエルが伝声管で連絡してきた。最近『うほうほ音声』に位相偏移変調で情報を乗せるのが面倒臭くなったらしく、可聴帯域外の音波に位相偏移変調をかけて会話する事が多くなったイマヌエルである。ところで、どこで日露戦争の事なんか憶えたんだ、イマヌエルよ。いやタケルの記憶からに決まっているのだが。


「お前、敵艦て、ガレー船じゃなければ相手は商船だろうに。それに波も穏やかだろう。しかし正面方向から正対して来るか。この辺、航路になってるのかな?」


 イマヌエルのボケにマジレスするタケル。今マストに上れば拗ねたゴリラが見られるかも知れない。


「うほほうほぉ(北西の風ですからヴェネツィアからの船でしょうな)」


 アルトゥルの言にタケルは少し考える。


「よし避けよう。『シンタ』面舵(おもかじ)で三〇度変針。両舷前進強速」


「うほっほほっ(完全に逆風になりますよ)」


「帆は張ったままでも効かない角度にしたら問題無し。このまま行くよ」


 コマンドを受けた『シンタ』は舵を切り、変針したところで速度を上げた。風に依存しない機械船の良いところである。


「イマヌエル、相手の動きは?」


「(針路変わらず。距離離れます。横帆の船ですね)」


「ヴェネツィアからの順風を受けてなら今後は商船に遭遇するのが増えるかな。暫くここで待機して様子見しよう」


 遭遇を回避した商船が完全に見えなくなると、『シンタ』は暫く待機する為に減速停止したのだった。


※ ※ ※ ※ ※


 一方その頃、ヴェネツィアの政庁であるドゥカーレ宮殿の一室で、一人の商人から官吏にある報告がなされていた。


「ふむ、謎の巨大船を目撃したと」


「はい。私どもが見たのはシチリアの南の海上でした。考えられない速さで真っ直ぐに北東に向かうのを見まして」


 真剣な表情で、額に汗をかきながら商人は官吏に訴える。


「聞けば夕暮れ時だったと言うではないか。水平線にかかる雲でも見間違えたのではないのかね?」


「いいえ、何人かの商人仲間もサンデーニャの西や南で目撃しています。それに、その船が現れた前後にカルタゴで大きな獣を連れて見慣れない不思議な衣装の女が現れたと言う話もあります」


 そんな与太話なんか持って来るなと官吏は思い、一気に興醒めした。


「それがアドリア海に、このヴェネツィアに向かって来ていると?」


「確実にとは申せませんが、その可能性はあるかと。それとその女がした取引の話で興味深い事が一つ」


「なんだ? 申してみろ」


 どうせ下らない噂に過ぎないだろうと、官吏は冷ややかに商人を見て言った。


「信じられない事に、何の変哲もない作物に、とんでもない量の砂金を支払ったとか。ひょっとしたら女は巨大船の商務の担当で、船には相当な黄金を積んでいるのかも知れませんな」


 多分に商人の妄想が含まれた話ではあろう。しかし、大量の黄金は魅力的ではある。この話が本当なら相当な利益となるし、船を拿捕し乗員を尋問すれば更に黄金を得ることが出来るかも知れない。

 一旦興醒めはしたが、官吏はまた興味を持ち始めた。


「ふむ、取り敢えずは話を上に通すことにしよう」


「もし拿捕や捕縛の際にはお声がけをいただきたく。いつもの品はお邸に届けさせていただきますので、どうか良しなに」


「前向きに検討しよう」


 その返事を聞き商人は内心でほくそ笑む。女が取引を行う現場を目撃したのは、誰あろう商人自身である。信じられない事にその女は、大店に訪問する事無く、庶民が日常で使う市場に乗り込んでは何の変哲もない作物を買い付けては支払いに砂金をばら撒いていたのだ。

 ある店では、売られていたスイカとデーツ一山づつに片掌山盛りはあろうかという砂金を、腰に下げた袋から取り出して人々の目の前で支払おうとした。相手をした店主の腰が引けて「多すぎる」と言ったが「良いから良いから。気持ちだよ」と笑いながら無理矢理渡していたのを商人は目撃していた。


「あれだけ各地で黄金をバラ撒いているならまだまだ持っているだろう。多少なりともお溢れに与れるならば御の字だ」


 商人は歩きながらドゥカーレ宮殿を振り返り、そう独り言ちた。


※ ※ ※ ※ ※


 ヴェネツィアから南西に約二五キロメートルの海上に『シンタ』が留まってから二日経過した。その船上で、タケルは交易のついでに各地で耳にした事を整理していた。


「うーん、何だったかな。カルタゴの港で聞いた『ローマの王が教皇に破門されて今年の冬に赦された』って話、どこかで聞いた事があるような。世界史を選択しとけば良かった……」


 タケルがサルベージして貰った記憶は、朧気な物や関連付けされていない物は、それはそれとしてそのまま引き継がれている。つまり知らない事は調べようが無いのだ。タケルはネットで検索するが如くキーワードを思い浮かべてはサルベージされた記憶から情報を取り出して行く。


「……お、ヒットぉ! ああ、カノッサの屈辱か〜。これは語呂合わせで憶えてたから今が西暦何年か分かるぞ。反省するまで入れないな(一〇七七)だ。うわ、憑依した時に平将門の乱がアンドロイドの記憶にあったから当時は一〇世紀前半で、今は一一世紀前半だと思ってたけど、もうすぐ一二世紀かよ。認識が五〇年はズレてたか」


「うほほうほ(それは重要な事なんですかね)」


 今日は珍しく船橋に詰めているルイが問い掛けた。


「一応ね。これで自分が存在する世界が元の時空の直接の過去か、ほぼ同じ歴史を辿っている別時空か二つに一つになったんだ。それに一応は日本史ならばサルベージして貰った記憶に結構残ってるから、本土に大きな干渉をしない限りだけど大筋の流れが分かる」


「うほ、うほ?(ほうほう、それで?)」


「どこかで本土には干渉しなきゃならないけど、そのタイミングが判断できる。政治、経済、教育とか色々とテコ入れして、出来るだけ早く近代化させたいんだよな。そして早めに海外に進出させる。そうすれば二十一世紀に起きた破滅を回避できるかもしれない」


「うほうほおうほほ(未来を変えて世界を救いたいってとこですか)」


「そこまで崇高な事じゃないさ。この世界が史実か並行世界かは判断出来ないけど、どっちにしろ日本が、日本人が不幸にならなきゃ良いってだけのエゴだよ。ただ出来るだけ対立構造を生まないようにはしたいけど」


 そこまで言ってタケルは思い出す。キリスト教世界とイスラーム教世界の対立の根っ子になりうる出来事の事を。


「確か十字軍て、この時期から始まるんじゃなかったか? あー、ホント世界史取ってれば良かった。にしても宗教対立とかホント止めて欲しいんだがなぁ」



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