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04 東の大陸を越えて

―推定西暦一〇二二年頃? 太平洋上の無人島(現ミッドウェー島)

※年代はタケルが転生或いは憑依したアンドロイドの記憶からの推測。



 艤装と公試を終え、ト・マクオマ・ナイを出航した事実上の人類初の鋼鉄製動力船『シンタ』は太平洋上にある孤島、現ミッドウェー島近海で投錨していた。出航してから五日目の事である。

 この『シンタ』とはアイヌ神話に出て来る空飛ぶゆりかごの事であり、飛ぶように海を走る様から試乗したコタンラムが「まるで神話にあるシンタのようだ」と評した事からタケルが気に入り採用して命名された。

 全長八〇メートル、全幅一二メートル、深さ七メートル、総トン数一八〇〇トン、満載喫水四メートル、最大速力二五ノット以上と現代でも通用するスペックを持つ船である。

 二本のマストを持ち、ガフセイルの縦帆を張るとスクーナー型に似た帆船の外観になる。ただしこの帆は飾りではなく一応の帆走も可能だ。通常の航行は帆を畳んだままで行われる。(因みにスクーナーが使われ始めたのは一八世紀頃で、タケルの認識では約六〇〇年も先取りしている事になる。それ以前に船体の形は現代の船舶のそれである)

 動力は個体内凝集核融合によりボイラーで蒸気を作り、その圧でタービンを回して発電する。その発電された電力でモーターを駆動して可変ピッチのスクリューを回して推進する電気推進船である。航続距離は一回の水素充填で四万海里、赤道を約二周出来る。電気分解で水素を作って逐次充填出来れば航続距離は殆ど意味を成さないのだが。(実際には発熱素子やその他設備の劣化による寿命があるのでメンテナンスは必須である)

 航法はジャイロコンパスと天測によって行う。経度を計測する為に必要になるクロノメーターとしてセシウム原子時計まで搭載してある。安全・正確な航海の為に自重はしなかったのだ。ただ流石にレーダーまでは手が回らなかったので今回の搭載は見合わせており、マストの上に見張台を作るに止めている。将来はそこに航海用のレーダーが設置されるのだろう。

 因みに海図だが、地図データとして異星人から提供された物がタケルの頭の中に存在しているのみであり、タケルは今のところそれを公開するつもりは無い。


 それにしても何故にこんな所で錨を下ろしているのであろうか。


「気圧の急激な低下とか低気圧の接近だよね」


「がう」


 気圧計を見て雲の流れを見ながらのタケルの言葉にクマサブロウが相槌を打つ。

 公試も艤装も済ませてはいるものの、わざわざ荒れた海で危険を侵す事も無いだろうと、たまたま近くにあったミッドウェー島に避難して来たのだ。ミッドウェー環礁の内側に避難出来れば良かったのだが、水深が浅く座礁する危険性が高いので外洋に碇泊する事にした。


「こういう時は気象衛星が欲しくなるよねぇ」


 海練(うねり)の大きくなりつつある海を見ながら、どこかのタイミングでロケット開発かな、などとタケルは考える。しかしそれも資源地帯を確保しなければ画餅となるので、その先鞭を付ける為にも人口を増やし教育し、出来るだけ早く海外進出を成し遂げる必要があるのだろうな、とタケルは考える。


「がう? がうががう、がぁう」


「分かってるって。急いては事を仕損じるだよね」


 どうやらクマサブロウからフォローと言うか諫言があった様だ。


「うほっ。うほごほ」


「ああ、ルネ、イマヌエル、アルトゥル、ご苦労さま。異常無しかい?」


 ブリッジに現れたのは、セーラー服を着た、どこから見ても立派な西ローランドゴリラ達。航海するにあたり操船補助を目的に作られた猩猩(しょうじょう)型と名付けられたロボットである。

 基本的構造としてはキムンカムイ(ヒグマ)型と同じであるが、メンテナンスに機器や兵器の操作を担わせる為に、手先を器用にしている。

 この船『シンタ』にはマストも有るし登り降りする様は似合うだろうと、タケルはゴリラにしたのだ。実際のゴリラは殆ど地面の上で生活しているというのに……。

 更に言えば、異星人にサルベージして貰ったタケル自身の記憶では森の哲人として記憶されていたのがゴリラだった。それに因んでタケルが知っている哲学者の名前が個体名として付けられた。いや、ゴリラは森の賢人とか森の紳士とか呼ばれていて、森の哲人はオランウータンやフクロウの事なのだが、これは間違えて憶えていたタケルが悪い。

 それにしても二〇五〇年代と思しき時代に生きたタケルがデカンショなんて良くも知っていたものである。作者の生きる二〇二〇年代でも昭和中盤生まれの爺さん連中より上の世代しかネタが分からないんじゃないのか?(作者の場合、子供の頃に酔っ払った父親がよくデカンショ節を歌っていたので『デカンショ』と言う言葉自体は知っていたのだが、学生時代に哲学の授業で先生からデカルト、カント、ショーペンハウアーであると教えられた)


 明けて翌日、低気圧の通過に伴って夜間に雨が降ったが大荒れと言う程では無かったのが幸いだった。船には損傷もなく海上の海練(うねり)は前日より大きいが航海には支障の無い波の高さだ。

 『シンタ』は抜錨すると、北アメリカ大陸の西海岸へと針路を向け航海を再開した。



―推定西暦一〇二三年頃? 南アメリカ大陸南端(現マゼラン海峡付近)


 現在、タケルが乗る船『シンタ』は未来でマゼラン海峡と呼ばれる場所に近づいていた。


 ここまで北アメリカ大陸の西岸沿いを未来のバンクーバー辺りから南下しつつ、時々上陸しては内陸深くまで足を延ばして調査を行い、先住民と接触した時は、鋼鉄製のナイフ等を交易品として作物や毛皮、工芸品等を物々交換で手にしていた。危ない目に遭ったのはアステカ帝国成立以前のメソアメリカ(現メキシコ付近)でのとある交易の交渉だった。その時はしつこくクマサブロウの引渡しを要求された上に、裏でタケル自身を人身御供にと謀られた時は流石にタケルでもブチ切れた。クマサブロウと一緒になって相手方部族の戦闘要員を含めて男衆全員を(手加減はしつつ)タコ殴りにしたのは良い思い出である。そのお陰で着物一着を返り血でダメにしてしまった。ひょっとしたら、この出来事も伝説として残るのかも知れない。


 これまでの航程ではトウモロコシ、サツマイモ、ジャガイモ、トマト、カボチャ、キヌア(ヒユ科の穀物)等の原種に近い物を含めて数品種ずつの農作物やスパイスとしてトウガラシを入手する事が出来た。

 ゴムと綿花がまだ未入手だが、これは南北アメリカの東海岸沿いを北上しながら探す事になる。


「マゼラン海峡を行くか、それともフエゴ島の南を通ってドレーク海峡を行くか、悩むよな」


「うほほっ。うほうほ(ドレーク海峡一択。常識的に考えて)」


「確かに高リスクだけど、マゼラン海峡通過ってなんか浪漫があるじゃないか」


「……うほっおほ」


 ダメだコイツとばかりにヤレヤレと首を振る猩々型のルイ。猩々型にまで自我や感情が生じて来ている様である。

 史実では長らく現フエゴ島はマゼラン海峡の南にある未知の大陸の一部と考えられていた。一五七八年にフランシス・ドレークにより偶然発見された事から、それに因んでドレーク海峡と名付けられた経緯がある。


「うっほぉー! おほうほ?(海峡西口見えたぞー! どうすんの?)」


 伝声管を伝って第一マストの見張台に詰めているイマヌエルの声が聞こえる。

 タケルが見渡すと艦橋に詰めているクマサブロウとルイ、アルトゥルの三体がジト目で彼女を見つめている。上位者であるタケルの命令には絶対服従ではあるのだが、それでも諫言したり今回みたいに無言の抗議で圧をかけたりと、どうにも彼らも自我が芽生えて非生物ではあるが知性体へと進化しつつあるようだ。


「分かりましたよ。ドレーク海峡を行こう……」


 タケルが折れて、リスクの少ないドレーク海峡を航行する事になった。

 それを聞いたルイとアルトゥルはそれぞれの持ち場へと戻って行った。


「進路、方位一八〇。速度そのまま」


 タケルは針路を真南に取るように『シンタ』に指示を出す。

 インテリジェント・シップである彼女は音声コマンドを受けて面舵を切り、その船首を真南へと向けマゼラン海峡西口から遠ざかる。


「……シンタまで自我が発現しないよな?」


 ふと不安に思うタケルだった。



―推定西暦一〇二四年頃? 北大西洋上。


 タケル達はドレーク海峡を通過後、南北アメリカを東海岸に沿って北上しつつゴムや綿花、落花生、カカオ、バニラ等の有用な植物を収集しながら北上を続けた。

 次は地中海を巡りアフリカを通過してインドへと到る事になる。船倉にはまだまだ余裕があり、種苗の世話は猩々型の三体が持ち回りで行っている。今のところ枯れたり腐ったりした物は見受けられないのは彼らが頑張っているからだろうか。猩々型の中ではルイが一番熱心に植物の世話をしているようだ。


 今後の地中海とインド洋を巡る交易だが、こちらからは対価に金銀を支払う事で行おうと考えている。

 船倉にある植物は、ヨーロッパや中近東で出せば値千金であろうが、それを放出するつもりはタケルには全く無かった。その為に南北アメリカでは内陸に分け入り、少なくない量の金銀を確保してきたのだ。ヨーロッパと中近東で取引する予定の対価としては十分な量だろう。

 ヨーロッパでは第一には甜菜の原種の可能性が高いテーブルビートの採集が目的だが、他にもカブやニンジン等の根菜や玉ねぎ、小麦大麦燕麦などの穀物も集めるつもりである。中近東やアフリカではコーヒーやオクラ、スイカ等を予定している。


「ホップも優先順位は高いよね。北海道と言えばビール! ビールと言えばホップは必須! あとヨーロッパと言えばワインだよね〜」


 こいつ、あわよくばブドウの種苗も持って帰るつもりだな。はしゃぐタケルをクマサブロウが呆れた目で見ていた。



……カテゴリをSFのままにするか、歴史にするか、悩みどころ。

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