33 大津の騒動の後で
―ユリウス暦千百二十一年、十月。紀伊国。潮岬付近。
大津付近での騒ぎの後、タケル達は着替えもせずに、つまりプロテクターを装着したままで街道を軽く駆け足で紀伊国まで走破した。掛かった時間は十四時間弱である。平均時速約二十キロメートルで山道をも走破した事になる。
このプロテクターだが、外傷を避ける以外に、シズクとフウカの場合は骨格がヒトと変わらないリン酸カルシウムで出来ている為、それを過大な負荷から保護する役目を持つ外骨格でもある。
「うぇー、土埃が酷い」
「プロテクターの関節の所がざりざりしてるよ」
大塔山の麓に近い古座川の支流の川岸で、プロテクターを脱ぎながらシズクとフウカが文句を言いながら顔を顰めた。未舗装路を走って来たのだからそれは仕方が無い事である。
「どうする? 水浴びだけでもして行く?」
十月で秋も終わりに向かうこの季節、川の水は非常に冷たく常人であればそこで水浴びなんてしたなら一発で風邪を引いてしまうが、そこはアンドロイドであるタケル達。気温水温は関係ないのである。
「そうだね。髪の毛の中も埃っぽいし」
「ついでだからクマサブロウも綺麗にしちゃおうよ」
「がうふくぅおぅ……(いや自分はお嬢達の護衛を……)」
クマサブロウが遠慮して辞退しようとするが、タケルに「それなら皆が水浴びしている間は私が見張ってるから」と言われてしまう。
シズクとフウカはプロテクターを脱いで下着だけになるとクマサブロウのプロテクターを外していく。(彼女達が今身に着けているのはブラとパンツの様な物ではなく鎧下の様な物。アイヌ風装束の時は肌襦袢の様な物を着ている。つまり普段はノーブラ&ノーパン。)
そして自分達も下着を脱ぎ捨てて一糸纏わぬ姿になると「「ひゃっほーい!」」と叫んで川に飛び込んで行く。
シズクもフウカも、タケルの面差しを受け継いでおり目鼻立ちのはっきりした烏珠色の髪をした(外見は十五〜十六歳の)美少女である。ただ顔の印象はタケルに比べて目が大きく、少し垂れ目のせいかタケルに比べると幼い感じが残る。
背の高さはタケルより高いが百五十五センチメートル程。因みにタケルは百五十センチメートル有るか無いかだ。
現代ならEかFと言える胸の膨らみは少し左右に開き気味だがツンと上を向きその頂は少し膨らみ先端には可愛らしい桜色の蕾が乗っている。ウエストは細く、そこから腰へと続く柔らかい曲線は女性美を体現していて大変に素晴らしい。勿論、臀部も大腿もほど良い肉付きである。(タケルは娘二人に身長では負けているがスタイルは負けていない。ちょっとだけシズクとフウカに比べて細身に見える。)
「「クマサブロウ、おいでー」」
一頻り水に潜ったり掛け合ったりした二人はクマサブロウを呼ぶ。
「がうぁ、がうごぉあくぉ(ご主人、自分一応メンタリティーはオスのつもりなんだけど)」
「いやキミ、クマじゃん。何を今更気にしてるんだよ」
「ぐぉうくぉう?(お嬢たち嫌がらない?)」
「あれが嫌がっている態度かな? ぐだぐだ言ってないで行っておいで」
見れば髪から水を滴らせた娘二人が大きく腕を振っている。振る腕の動きで、たわわでご立派な塊二つが二人分、たゆんぷるんとシンクロして揺れている。濡れた長い髪が白い肌の身体に張り付いており、臍下の薄っすらとした繁みも見えて実に艶めかしい。
「ほら行った行った。ぐずぐずしてると問答無用で川にぶち込むよ?」
タケルにそう言われたクマサブロウは渋々と川へと入って行きシズクとフウカの下へと向かった。
全裸で川で戯れるシズクとフウカ、その二人にわしゃわしゃと丸洗いされるクマサブロウをタケルは河原に座って眺めながら「平和だなー」と一人呟いた。
一頻り水浴びをして埃を落として着替えた一行は古座川の下流に向かい、その途中で小高い山(海抜三百二メートルの現重壘山と思われる。弘法大師が開闢した霊山との伝承がある。この当時から重壘山神社が在ったかは不明)へと進行方向を変える。
道なき道を進み山頂へ着くと、そこからは太平洋が一望出来た。秋であり大気が澄んできているので遠くまで良く見通せる。
海抜三百メートルなら見通し距離は約六十五キロメートル。『シンタ』が移動していなければタケルの視力なら目視でも確認出来るし、タケルの持つ無線機でも電波だけならば届くはずである。
この無線機は二十一メガヘルツ、出力一ワットである。
「あ、『シンタ』見付けた!」
「どこかな? あ、あれか」
双眼鏡を覗いていたフウカが沖で待機している『シンタ』を確認した様である。タケルも目視で確認した。距離にして三十キロメートルほどの沖合に居て艦首を陸に向けているようだ。
『シンタ』の艦橋上には二十一メガヘルツ用と二十八メガヘルツ用のダイポールアンテナが、艦首軸線に対して直角になるよう水平に設置されている。ダイポールアンテナはアンテナが張られた直角方向への指向性を持つ。その為に沖で待機している『シンタ』は確実にタケルからの電波を受信する為に艦首を陸に向けているのだ。
ダイポールアンテナは構造が簡単であるが多周波数対応には相応のノウハウが要るので『シンタ』は二系統の周波数に対応する為に二周波数分のアンテナが装備されている。
無線機や航法装置に|タケルのズル《異星ナノマシン技術チート》を使っていないのでこの様な仕儀となっている。使われている電気電子素子や機構は全てタケルの子供達が作り上げたものである。(電気電子素子を担当するリクとホムラは「なんで抵抗をE24系列にしてくれなかったのか。E96は種類が多くて作るの大変なんだ。そのくせコンデンサはE12だし」といつも切れている。しかしタケルは「でもなぁ。抵抗がE24だとアナログ回路の設計する時に定数選びが面倒くさいんだよ」と取合ってくれないのだ)
「じゃあ、無線で連絡入れてみるか」
タケルはバックパックから無線機を取り出すとアンテナを展開して電源を入れた。携帯無線機のアンテナはロッドアンテナである。
「こちらタケル。シンタ、どうぞ」
発話の後、トークスイッチを放して暫く待つ。すると無線機のスピーカーから声が聞こえた。
『(こちら『シンタ』っす。音声が少し不明瞭だけど聞こえてるっすよ。どうぞっす)』
『シンタ』の搭載されている無線機は空中線電力が可変で一キロワットまで出せるものなので、タケルが持つ携帯無線機でも明瞭に音声が受信出来た。
なにせ今地球上で電波を使っているのはタケル達だけであり、電波法なんてものも無い。やりたい放題なのだ。
「こちらタケル。全員無事に潮岬近くに到着。標準時刻二一〇〇になったら浜に出て無線機を常時発話にしてストロボを点灯させる。ドローンを送ってくれ。どうぞ」
タケル達が使う標準時刻は、ト・マクオマ・ナイで太陽が南中した時を昼十二時とタケル達は定義している。タケル達にとって経度ゼロはグリニッジではなくト・マクオマ・ナイなのだ。
『(こちら『シンタ』。二一〇〇了解っす。お帰りお待ちしてるっす。どうぞっす)』
「こちらタケル。以上だ。終わり」
『(こちら『シンタ』。ルイが刺し身作って待ってるって言ってるっす。では後ほど。終わりっす)』
無事に『シンタ』と連絡が付き、ほっとしたタケル一行であった。
「刺し身か。どこかのタイミングで山葵を手に入れないとなぁ。今度はモリトを連れて日ノ本を歩き回ろうかな?」
無線機をバックパックに仕舞いながら、そんな事を呟くタケルであった。ちなみに北海道にも山葵は分布しているがタケルは知らない。
標準時刻二一〇〇、人気の全くない海岸でタケルはストロボ発光機を出して動作させた。同時に無線機のトークスイッチも押しっぱなしにする。
ストロボを発光させてから三十分程待つと南海上からドローンの飛行音が聞こえて来た。ドローンのカメラがストロボを認識するとローター端の標識灯が点灯する。
光るリングを纏った二機のドローンはストロボ発光機から離れた場所に着陸する。
「さあ、さっさと撤収撤収」
「「はーい」」
タケル達はドローンに乗り込むと、紀伊国の浜辺を後にして離陸する。
夜ではあるが、遠ざかる陸地の方を見詰めるタケルにフウカとシズクが声を掛けた。
「お母さん。また来ようね。今度は家族みんなで」
「そうだよ。その時はいつまでも残るお墓を建てよう」
「そうだね。私達は忘れないけど、形で残すのは大事だね……」
夜の闇の中、二機のドローンは海上を飛行し『シンタ』へと戻って行った。
※ ※ ※ ※ ※
京の都、その何処かのとある公家の邸。その奥の間で報告を受ける一人の男の姿があった。
※以下の会話は公家言葉等で交わされていると思って下さい。
「そうか。取り逃がしたか」
「真に申し訳なく」
下座に控えて頭を垂れるのは、大津の手前でタケル達に蹴散らされた兵達の指揮官である。
「それにしても白河の院には困ったものよ。先年は前関白様が勅勘を賜り罷免されたしのう。故に噂の獣使いが院へのご機嫌伺いの役に立つやと思うたのだが」
公家の男は含みのある言い方をして、ほほっと小さく笑う。
「此度の失態、御下知されますれば如何様にでも……」
そう言って指揮官の男は平伏する。
「獣と思うたのが実は黒鬼であったとか。鬼を退治でなく捕らえるなど頼光公でも出来ぬ事よ。汝とて斯様な事は出来まいて。此度の事は不問じゃ」
頼光公とは、大江山の酒呑童子を退治した伝説がある源頼光の事だ。この時代には既にこの伝説は成立していたと思われる。
あの場に居た者達には、タケル一行は黒大鬼と黒子鬼が獣と人の娘に化生していたのだと認識されている。確かにクマサブロウの頭部プロテクターには耳の突起が出てはいるが、それが角にでも見えたのだろうか。この時代は迷信が罷り通る世であるので、彼らのこの認識は仕方のない事である。
「さて、今暫くは院の政は続くのであろうな。鬼が出たとは凶兆か、南へ去ったは吉兆か……。おお、怖や怖や」
この会話の三十有余年後に武士が本格的に台頭する切掛となる保元の乱が起こるのであるが、彼らはそれを知る由もなかった。
そして京の都では、大津に黒鬼が現れて南(大和国)へと去って行った事が噂となって広まり、人々は恐れ慄いたのであった。ひょっとしたら後世に伝説として残るのかも知れない。




