31 墓参
―ユリウス暦千百二十一年、十月。紀伊半島沖南方海上。
ト・マクオマ・ナイを出港した一日後、紀伊半島潮岬沖南方百キロメールの海上に二代目『シンタ』の姿があった。
「お母さん、どうしたの?」
「こんな所で停泊するなんて」
北にある遠く見えないはずの紀伊半島を見詰めるようにタケルは無言で甲板に佇んでいた。
「ちょっと寄り道しようかなと思ってね。ルイ、転針して紀伊半島沖二十海里まで近付いて」
トランシーバーで艦橋に居るルイに指示を出すとタケルは艦内へと向かう。
「何があるの?」
フウカがタケルを追いかけながら、その背に向かって声をかけると、タケルは振り返り少し寂しそうな顔を微笑んだ。
「お墓参りをしようかと思ってね」
その日の夜、『シンタ』を紀伊半島潮岬沖二十海里(三十七キロメートル)まで近付けたタケル達は有人ドローンであるウパシチリに搭乗して発艦した。夜ではあるが『シンタ』からビーコンが出ている為に方向を間違う事は無い。
護衛のクマサブロウはウパシチリに同乗すると重量オーバーになるので貨物ドローンのエヤミで搬送される事になった。
二機は高度百メートルを時速六十キロメートルで進み、三十分程で紀伊半島上空に入る。
陸地上空であればウパシチリもエヤミも地形レーダー連動慣性航法装置が搭載されているので、地形レーダーによる計測結果と併せて処理する事で、自機の位置と経路を比較的正確に地図上に表示する事と、自動操縦が可能になっている。(タケルは異星人から提供された地球全体の詳細地形図を記憶領域に持っているので、それを各種慣性航法装置にもデータ量を減らしてコピーしてある。なお、このナビの加速度検出は三軸ジャイロを用いた機械式である)
ウパシチリは少し高めの連続したローター音を、エヤミは所謂ブレードスラップ音と呼ばれる『バタバタ』と言う音を響かせながら夜の紀伊半島上空を飛行して行く。
「この辺りかな。ああ、彼処だ」
人気の全くない山奥で地図(地形図)を確認しながらタケルが呟き前方を見る。
タケルの目は暗視能力もあり、彼女には周囲に比べて低い木々が疎らに生えた場所が存在しているのが見えた。そこにはウパシチリが着陸出来るスペースは全く無い。
「仕方ないからドローンは自動操縦で帰すとして。シズク、フウカ、飛び降りるよ」
「え? ここで?」
「帰りはどうするの?」
驚く娘達にタケルは懐からトランシーバーを取り出して言う。
「海岸近くの山の上からなら『シンタ』に電波は届くはず。多分」
「「ええ〜」」
「さ、高度下げるからさっさと降りる。金砕棒を忘れないでね。クマサブロウ、そっちの高度も下げて、私達が降りたらあなたも降りてきなさい。ドローンは自動帰還にセットしてね」
『がぅうごふぅ……。がうぁ(まーたご主人の無茶振り……。了解です』
機載無線機を通してクマサブロウのボヤきと了承の声が返って来た。金砕棒とはホムラが工具鋼で作った窒化処理と高周波焼入れで表面処理がされた黒くて硬くて重い八角形の棒である。タケル達の物は約十キログラム、クマサブロウの物は約二十キログラムもある。
「さあ、行くよ」
高度十メートルまで下げた有人ドローン・ウパシチリのキャノピーを開けるとタケルは躊躇無く草叢へと飛び降りる。
「あ、お母さん!」
「ちょっと待ってよ!」
それに続いて娘二人も飛び降りる。自動帰還モードにセットされているウパシチリはキャノピーを閉じると高度を上げて飛び去った。
続いて高度を下げた貨物ドローン・エヤミからクマサブロウが飛び降りて来た。
「これは草刈り鎌とか必要だったかな?」
自分の胸元まで有りそうな草叢の中でタケルは呟くと、金砕棒で周りの草を薙いで行く。
「「お母さん!」」
「ぐぁくぅおぅ(ご主人〜)」
そんな事をしているうちに娘達とクマサブロウが藪を掻き分けて近くまで寄ってきた。
「ねえ、ここに何が有るの?」
「お墓参りって誰のよ」
膨れっ面でシズクとフウカがタケルに詰め寄った。
「言ってなかったか。ここはね烏珠の〝子供達〟が最期を迎えた地なんだよ」
その言葉にシズクもフウカも絶句する。烏珠の〝子供達〟は自我が芽生える事もなく、自壊命令によって、その骨さえも残らずに消え去ってしまった。烏珠を通して異星人に送られたデータ、つまり彼らの〝記憶〟と〝記録〟はタケルの空間量子メモリ内に保存されているが、それを蓄積していた疑似人格に関してのデータが皆無な為に彼らの復活は全くもって不可能なのだ。
タケルはその場で目を閉じて手を合わせると静かに祈る。たとえ自我が芽生えていなくても彼らは、タケルの存在によって自我と感情を得た〝烏珠〟が愛しいと感じた〝子供達〟である。
―あなた達の〝記憶〟と〝記録〟は私の中にあります。あなた達のお母さんも全てを受け継いだ私と共に居ます。どうか安らかに……。
自我を持たないアンドロイドに魂があるのかは分からない。だがタケルは祈らずにいられなかった。
気付くとタケルは知らず知らずのうちに涙を流していた。それを袖で拭い、隣を見るとシズクとフウカも目を閉じて手を合わせている。クマサブロウも頭を下げて黙祷を捧げていた。
「さ、行こうか……」
タケルは二人と一匹が目を開けるのを待ってから、そう言って移動を促した。ところがその歩む先は『シンタ』が待機している方向とは全く違っている。
「うん。って、お母さん。そっちは逆方向だよ!」
「もう! 今度はどこに行くのよ?」
「がう、がぉあ……。がうぁうがぁう(シズクお嬢、フウカお嬢。そのうち慣れるよ……)」
文句を言いながら慌てて後を追いかける娘二人に言うクマサブロウの言葉には諦念が含まれていた。
※ ※ ※ ※ ※
タケル達は山の中を飛ぶような速さで抜けて街道に出ると、そこからは普通のヒトが歩くより少し速い速度で歩を進めていた。上陸してから既に五日が経過している。昼夜を問わずに移動しているので延べ移動距離は四百キロメートルを優に超えていた。
既に山城国の京の都を素通りして近江国を抜けて越前国まで来ている。今は越前国の山中を虱潰しに或る場所を探している最中だ。
越前国までの道中はクマサブロウが居るお陰か、タケル達に手を出して来る者は皆無だった。(どちらかと言えば近付くと一目散に逃げられた。お陰で彼女達が通過して来た大和国、山城国、近江国では彼女達の噂に尾鰭が生えて泳ぎ回っていたりする)
「この辺りなんだけどな」
「もう百年くらい前なんだよね?」
タケルはシズクに聞かれたので答える。
「もっと前かも知れない。烏珠の放浪中の記憶に平将門の乱があるからね。あれは十世紀半ばの事だし『ひこじゅう』が生きてたのは下手すると二百年位前かもね」
「二百年前かぁ。でも『たまひこ』が『ひこじゅう』を埋葬した場所、お母さんは分かるんだよね?」
今度はフウカがタケルに聞いてきた。『たまひこ』とは『ひこじゅう』との生活で烏珠が彼との間に設けた〝子供〟の名前である。
「うん。『たまひこ』の行動記録と私が記憶領域に持ってる地形図から大体の場所は割り出してるよ」
位置的にはこの辺りだろう地域の山道をタケル一行はそぞろ歩きながらそんな話をしていた。
「ぐぉあ、ごふぅがお(ご主人、賊です)」
クマサブロウが言うと同時に、風切音と共に一本の矢がクマサブロウの目に向かって飛来した。
が、しかし。クマサブロウの横に居たタケルは見る事も無くその矢を掴み、そのまま射放たれたと思しき場所へと投げ返した。
射られた速度の八倍以上、ほぼ音速で機械的正確さで投げ返されたそれは射手の隠れた樹木に深々と突き刺さる。
「ひ、ひいい!」
五十メートルほど離れた木の陰から転がり出て来たのは賊と言うよりも猟師と言った風体の男だった。タケルは目にも止まらぬ速さでその男に近付くと、力加減をしながら金砕棒で男の手から弓を叩き落とした。
「良い腕をしてるみたいだけど、相手が悪かったね」
男の首筋に金砕棒をピタリと当ててタケルが言う。
「人勾引(人攫い)とも思えないんだけど、何が目的かな?」
タケルが問い掛けるが、男は恐怖で腰を抜かし真っ青な顔色で慄くのみ。
「お母さん、は大丈夫だよね」
「そっちのヒトは大丈夫じゃないみたいだよ?」
ゆっくりと歩きながらシズクとフウカ、そしてクマサブロウがやって来る。その姿を見た男は腰を抜かしているにも拘わらず、必死になって土下座の体勢になって増々慄く。
「お、おお、おゆるしたまはれ! おゆるしたまはれ!」
「あ、そか。いつもの調子で現代日本語で話してたよ」
タケルは一つに咳払いをして気持ちを切り替えて、この当時の大和言葉で話す事にした。
※以下は現代語ですが中世、それも越前国訛で会話してると思って下さい。
「それで、何で私達に矢を射かけたのかな?」
男が多少は落ち着いた様子を見せるとタケルは襲った理由を問い質す。
「お、己は、り、猟師だ。え、獲物を探してたら、で、で、でかい熊がい、いいた、かから」
まだ怯えから舌が回らず、男はしどろもどろになりながらも話そうとする。
「つまり、目の前に大物が現れたから一つ狩ってやろうと。獲物に夢中で私達が目に入らなかった、と?」
男は激しく首肯して、その通りだと訴える。男が怯えている理由であるが……。
クマサブロウが男の隣で、木に寄りかかり前足でバックパックを抱え後ろ足を前に投げ出してオッサンの様な座り方をしているのが原因ではなかろうか。そのクマサブロウであるが、時々前足をぺろぺろと舐める仕草をしては男の方を向いて匂いを嗅いでいる。芸が細かいクマ型ロボットである。
「あなた、腕は良さそうだけど、バカでしょ? いや、集中力は狩人にとっては大事な資質なんだけど、周りが見えなくなるってのは狩人としてはちょっとアレだねぇ」
大体、大物狙いなら単独で動く事はこの時代でも有り得ない。しかも熊に対して弓矢で斃そうなど愚の骨頂だ。熊槍持って来い熊槍。(狩猟の話が出たついでに肉食の件を後書きに記しています)
タケルに言いたい放題言われて男はがっくりと気落ちする。
「ところで、ちょっと聞きたい事があるんだけど、この辺で✕✕✕✕と言う集落の名前、聞いたこと無い?」
「そ、それなら己んとこの隣の邑だ」
「良かったら案内して貰える? 報酬、いや冥加も渡すよ」
「みょ、冥加とは……。な、何をくれるんだ?」
男は報酬が貰えると分かると、おどおどしながらも少しだけ顔色が良くなった。
「そうだねぇ。クマサブロウ、ちょっと来なさい」
タケルはクマサブロウを呼ぶと、バックパックを受け取り、その中から一反の織物を取り出した。この反物はト・マクオマ・ナイで織られた生成りのアットゥㇱ(オヒョウの樹皮の繊維で作られた布)である。
この当時は朝廷の鋳銭政策が破綻して久しく、主に反物等が貨幣代わりに使われていた時期であり、後に平氏が日宋貿易に力を入れる事で宋銭(南宋銭)が大量に国内に持ち込まれる様になるのだが、まだ三十年以上先の事になる。
「案内してくれたら、この反物をあげる。遥か東の地で作られている珍しい物だよ」
それを見た男の目の色が変わり、タケルとシズク、フウカを下卑た目で見たのをタケルは見逃さなかった。
徐ろに金砕棒を握り直すと、手近な木を目掛けて棒の先端で幹を抉る様に手加減無しで振り抜くと、人の胴程もある木の幹は半分を残して粉砕された。
「変な事を考えてるなら覚悟……」
メキメキと軋みながら折れる音を発てながら、タケルが粉砕した木がタケルと男の方に倒れて来る。
「ぎゃーっ!」
「あ、やべぇ」
叫ぶ男を無視してタケルは腕を伸ばして倒れて来る木を支えようとした。
と、そこに木とタケルの間にクマサブロウが割り込んだ。倒れ来る木にクマサブロウの強烈な突っ張りが炸裂すると、木を連打する音が響き渡る。そして最後とばかりにクマサブロウが叫んだ。
「ぐぉーおぅ!(どすこーい!)」
最後に強烈な身体を張ったぶちかましをクマサブロウが木の幹に食らわせると木は勢い良く反対方向へと倒れて行く。
「ありがとう、クマサブロウ」
「がぁうふぅ(それほどでもない)」
そして件の男はと言うと余りの恐怖の連続に目を回して気絶していた。
そりゃまあ美人の(見た目が)若い娘が三人も居て、更に珍しい反物持っているとなると変な気を起こすかも知れないが、クマサブロウの存在や自分がタケルに無力化されたのを忘れるとか本当に浅慮でバカな男である。南無。




