29 進出期前夜
大仰なタイトルですが説明回的な何か。
次話(9月26日に予約投稿)からまた隔日投稿になります。
―ユリウス暦千百二十年。
北米大陸西海岸の双曲線航法用無線局が完成した。こちらも豪大陸西海岸の無線局と同じく人員を常駐させる有人局となる。
場所は現代のカリフォルニア州アラメダ郡辺りになる。現代のサンフランシスコ湾に面しており、農業地帯として有望な現代のセントラル・バレーへのアクセスが容易である事から選ばれた。これはタケルの農作物を探す最初の航海で彼女が目を付けていたからでもある。(因みにサンアンドレアス断層の近くであり、二十〜三十年周期で近くでマグニチュード六クラスの地震が発生するリスクがある)
先住民との接触の際には五十年近く前に訪れたタケルも同行した。もちろんクマサブロウも一緒にだ。彼らは先住民に強烈な印象を与えていたらしく、タケル達に関しての口伝が存在していた。それもあってか接触は成功裏に終わり、彼らから土地を借りる事が出来た。
タケル達は将来的にはここを拠点としてセントラル・バレーに進出するつもりだ。
船舶関係ではエタスペ号の老朽化が進んでいる事だろうか。船齢も二十五年、途中で改修されて現役で頑張っているが、そろそろ彼方此方にガタが出始める頃合いではある。
大きさ的にも近海で運用するには使い勝手が良い船であり、熱源に固体内凝集核融合発熱体を使ってはいるが、動力にレシプロ蒸気機関と固定ピッチ・スクリューと言うシンプルな機構を採用している為に整備性も悪く無い。
そこで次級が検討されたのだが、結局は基本設計に少し手を入れ各部を強化しただけで、コンセプト含めてそのまま踏襲される事になった。(シンプル・イズ・ベスト。スーパーカブなんか良い例ですよね)
そんな事もあり鉄の需要が急速に伸びる事が予想され、原料の鉄鉱石は露天掘りが出来る豪大陸からの輸送で賄う事になりそうである。その為にエタスペ号をスケールアップした鉱石運搬船も検討されている。
他にも豪大陸の西側にはボーキサイト(アルミニウムの原料)やニッケルに石炭の大規模な鉱床があり開発が待たれている。
もう一つはト・マクオマ・ナイから北に約二十キロメートルの場所に二千メートルの非舗装滑走路を建設した事だろうか。転圧がされていないのですぐに地面が荒れてしまうのだが、これから整備を進めていく予定である。
謀らずも航空機搭載多目的船トゥカㇻの運用で、その有用性が認められてしまったので航空機開発にも力を入れようとなった次第である。
リクが作り上げたスーパーコンピューターもノード数二万の物が作られていて今後の航空機設計や船舶設計に活かされるであろう。ただ、このスパコン、ノード間通信は異星人(のナノマシン応用)技術でタケルに作って貰うと言うズルをしている。リク曰く「まともにやったら電力と場所を食い過ぎる」との事。なお初号機はホムラがほぼ独占して使用している。
タケル達が懸念している人口の増加であるが、ト・マクオマ・ナイ周辺に限って見ればこの四年での人口増加は大きかった。これは事ある毎に日ノ本本土からの難民・流民・孤児を密かに勧誘しては、こっそり移住を促している事と、石狩川流域からのアイヌの移住者が増えている事が原因であろう。
ト・マクオマ・ナイ、言い換えればタケル達の影響範囲は勇払平野(石狩平野の南にある苫小牧を中心に広がる平野)全域に及んでおり、そこに暮らすアイヌ・和人は合わせて人口二万人を超えている。
これで出生率が上がり、全体の死亡率が減れば三十年以内にも人口十万人には到達しそうである。
ここで問題となるのが人が生きるのに必須な『塩』である。今まではタケル達が作った小規模の化学プラントで作った塩(化学工業で塩化ナトリウムは結構使わる素材である)を分け与えて賄っていたのだが、人口増加でそれでは追い付かなくなって来ていた。
そこで製塩工場が新設される事になるのだが、流下式で〜とか入浜式で〜とかは蝦夷地ではその気候から不向きである、と言うよりも通年の生産はほぼ出来ない。従って、電力が有り余っている事もあり、時代をすっ飛ばして小規模化学プラントで行っていたイオン交換膜製法の規模を大きくして海水の濃縮を行い、真空蒸発釜で効率良く煮詰めて作る事になったのだ。その結果、他の何処の地域にも真似できない塩(塩化ナトリウム)の大量生産が可能になってしまった。この塩は交易にも使われて行く事になる。
その他に蝦夷地に関係する日ノ本での出来事と言えば、奥州藤原氏の藤原清衡が三年ほど前に病に倒れている事であろうか。(後世で行われたミイラの分析から脳梗塞や脳出血、或いは脳腫瘍による左半身不随だったのではと言われている)
清衡は半身不随ながらも政務を取り仕切っており、息子への家督の継承はまだ行われてはいない様子だ。
―ユリウス暦千百二十一年。五月。蝦夷地ト・マクオマ・ナイ。
この日、一隻の船、いや『艦』の艤装工事が終わった。
全長百二十メートル、最大幅十五メートル、深さ八メートル、喫水四メートル、基準排水量三千五百トンで、大きさは多目的船トゥカㇻよりも小さいのだが、その形状は特異なものである。
一言で言えば『ズムウォルト・ミニ』であろうか。所謂『波浪貫通タンブルホーム船型』と言われる形状だ。ただズムウォルトほど角ばった印象は無く、艦首を除けば曲線・曲面が多用されている。また、ズムウォルト級とは違い、レーダー・アンテナマストが艦橋後方に一体化するような形で存在している。アトゥイカムイとトゥカラを運用している今となっては、今更ながら帆船への偽装は放棄した様だ。船体デザインはシズクとフウカが担当しタケルが細かい所(流体力学計算や構造計算を含めて多岐にわたる。彼女の頭脳である空間量子メモリ・コンピュータの性能は現代のスパコンを軽く凌駕する)を担当した。
主兵装は十五センチ単装砲が二基、艦橋前方の甲板にタンデム設置されている。これはアトゥイカムイに搭載して大失敗した連装砲を再利用した物であり、砲身への冷却用ウォータージャケットの追加と自動装填装置の改良で十秒間隔で速射が出来るようになっている。異星人技術を使えばレールガンも可能なのだが何故に火砲にしたのか。どうやら大砲大好きバカの意見が通ったせいであると思われる。
またズムウォルト級と同じ様に砲が使用されない状態では、砲塔と一体化する様に砲身がシャッターで覆われるようになっている。
何故にこの様な曲面を多用して砲にまでシャッターを付けたのか? これは別にステルス性の向上が目的では無い。単純に空気抵抗を減らす為である。
そうする必要があったのは、この艦に採用された主機にその原因があった。
タケルが、どうせワンオフで自分達(主にタケルとシズクとフウカ)しか使わないのだからと自重しないで異星人技術を使った電磁推進装置が採用されているのである。
推進の原理は海水に磁場をかけて電流を流して水流を発生させる、所謂フレミングの左手の法則を使った水流噴射推進なのだが、タケルは熱・電力変換と磁場発生とその遮蔽に異星人(のナノマシン応用)技術を使いまくった。結果、タケルにしかメンテナンスが出来ない主機が出来上がってしまった。この主機には機械的な可動部が存在しないのでメンテナンスと言ってもチェックする項目はそう多くはないのが救いである。
船首・バルバス・バウ後方左右に設けられたNACAダクトにも似た形状の取水口から海水を取り入れて、船内にある磁気遮蔽されている発生磁場五百テスラを超える磁気ユニットを複数並べた電磁推進装置で加速し後方へ噴射する事で推進力とする、所謂ウォータージェット推進であり、これを二基搭載する事で最大速力は五十ノット(時速九十キロメートル強)を達成する予定である。駆逐艦サイズで五十ノットとか、どこの○碧の艦隊の奇想兵器かと言いたくなる。
この電磁推進で強磁場にしたのには訳が有り、磁場が弱いと流す電流を大きくしないと希望する推進力が得られないのだが、そうなると大電流による海水の電気分解によって発生する気泡で電気抵抗が増して推進効率の低下を招き、また次亜塩素酸の発生による汚染も心配されるからだ。
ただ、この電磁推進装置は海水のような電解質溶液でなければ動作しない。そこで河川等の淡水域用に(殆ど使われないだろうが)遠心式補助ポンプが搭載されている。
この艦の艦橋後方には格納庫があり、その後方甲板は垂直離着陸機の発着ポートとなっている。
搭載されているのは四人乗り有人ドローンと、アツユチカフをスケールダウンさせた総重量一トンまで運べる貨物ドローンである。
貨物ドローンのローターは固体内核融合発熱体ターボプロップによる駆動だが、有人ドローンの方は機体の大部分が炭素繊維複合材料で造られ軽量化されている。搭載重量も人員込みで三百キログラム制限である為にモーター駆動で十分との判断された。
「普通は進水式の時に決めるんだけど、まだ艦名決まってないんだよねぇ」
シズクとフウカを伴ったタケルが、船台に乗ったままで艤装工事が終わったばかりの艦の甲板上でそう言うと双子揃って手を上げて声を揃えてその名を言う。
「「『イイェエトゥㇷ゚・シンタ』!」」
「だよね。あなた達ならそう言うと思ったよ」
新造船、いや新造艦はこうして『イイェエトゥㇷ゚シンタ』と命名される事になった。但し作中表記として二代目『シンタ』または『シンタ』を使って行く所存。
「それじゃ、海上公試が終わったら世界中を巡るぞー!」
「「おーっ!」」」
ふとタケルは船台に乗った二代目『シンタ』の船体が揺れた様な気がした。
新たな旅が始まろうとしている。




