26 正月家族会議
―ユリウス暦千百十一年(読み辛いので漢数字表記にします)、一月初旬。蝦夷地ト・マクオマ・ナイ。
去年の騒動とも言えない出来事から過ぎること早六ヶ月、アトゥイカムイの海上公試も無事に終わり、シズクとフウカがオブザーバーと言う立場で参加した和人の船員達のみでの試験航海も成功裏に終わった。
タケルのアイヌの民に対する方針も変化した。それまでは食料生産以外に関して積極的ではなかったが、教育についても手を付け始めたのだ。
アイヌの民でも希望する者には和人と同じ現代日本(この時代から見れば未来の日本)に準じる教育が受けられる事になった。但し、アイヌ語の語彙の問題から、条件として現代日本語の修得は必須条件になったのだが、それでもと希望する者は少なくなかった。
そしてタケルの持ち帰った作物に関しては、現状ではタケルしか作れない人工病原体の不活化装置の件があり、他の地域へと広げるのは見送られた。
但し教育の結果、技術者が育って来れば、異星人のナノマシン技術から、その原理を電気電子技術に落とし込んだ装置へと転換して行く事になっている。
その為の資源として蝦夷地内の資源だけで賄えなくもないのだが、余裕を持たせるには海外にある資源地帯の開発と得られた資源の輸送手段が必要になる。
「と言うわけで、鉱物運搬船とか浚渫船とか将来的には諸々必要になるんだよね」
タケルが言うとリクからツッコミが入る。
「いや、母さん。人口問題を解決しないとダメじゃん」
現在(千百十一年)に於いて、蝦夷地のアイヌの人口は推定三〜四万人、和人の移住者が乳幼児を込みで二千人弱である。この時代(十二世紀)の日本列島の総人口は五百万人〜六百万人と推測されている。緩やかに人口増加が始まるのが二毛作が導入される鎌倉時代以降。その後に実は戦国時代に農業技術の発展があり、その終わり頃には人口が千二百万人を超えるのである。
因みに現代(未来)の北海道であるが人口約五百万人。そして驚く事に食料自給率が約二百パーセント。この北の大地は千万人の人口を養えるポテンシャルを秘めているのだ。(但し化学肥料や農薬、整備された灌漑に農業機械等を使用した現代の場合である)
「それなんだけどさ。私達って今まで医療関係に手を付けていなかったから余計に増え難かったんだと思うんだけど」
コリコリと数の子を食べていたアマネが言う。基本的に飲食不要のタケル達にとって『食事』とは嗜好品であるのだ。
「手が足りないもんね」
「だよね。このイクラ美味しい」
イクラ丼をもりもりと食べながらシズクとフウカが相槌を打つ。米はモリトのリクエストで本土からこっそりとパクって来た早生種であり、温室を使って品種改良を始めたばかりの物だ。現状、収量が極わずかなので貴重品である。餅米も勿論確保済みである。
「ねえちゃん達、今年の米はそれで終わりなんだから味わって食ってよ。醤油だってまだ試作が終わったばかりなんだぞ」
そう言うモリトはホムラと一緒に茹でた毛ガニを食べている。それまで黙々と蟹の身を穿っていたホムラが指に付いた蟹味噌をぺろりと舐めてから口を開く。
「とは言っても、ボク達の『知識』で医療関係なんて家庭の医学レベル以下でしょ? 基礎から研究しないとダメだよね」
子供達の話を聞きながらタケルは炙った身欠き鰊を齧りビールを飲む。リクはビールをご相伴に与っていて、肴はホタテと生ウニである。
「ト・マクオマ・ナイ周辺だと乳幼児の死亡率は減ってるんだけどさ。ねえ母さん、異星人て地球人のゲノム解析とかやってたんだよね? でなきゃ、あたし達みたいな生体に近いアンドロイドなんて出来ないはずだし。あ、リク。ホタテ貰うね」
「ぁあっ、取っておいた最後の一個……」
さて、タケル一家は何処で食事をしているかと言えば、床に敷物を敷いてその上に食べ物を並べて車座に座って楽しんでいた。
「ゲノムのデータはあるけど、病気、感染症とか疾病関係のデータは皆無なんだよねぇ。それもあってデータ領域を圧迫するだけになりそうだったから、あなた達にそのデータを渡してなかったんだよ」
「かあちゃん、それって今ならパソコンあるから、そっちに移せるよね? すぐに活用って無理かもしれないけどさ」
「モリトは完全に生物方面に向いちゃったよね」
「面白いよ? それでさ、今すぐって訳じゃないけど、基礎教育を受けた人が増えて来たら、医療関係の立ち上げも俺が担当しても良いって考えてる」
「そうだねぇ。それこそ形になるのは何十年もかかるだろうけど」
「工業系はデータがあるから、それこそ一足飛びに二十一世紀まで行けるけど、確かに医療系や農業系はデータが無いから時間がかかるよね」
そういう観点から、タケル達の持つ文明レベルは非常にアンバランスでちぐはぐな物である事が分かる。
「母さん、今後どうするか何か考えあるの?」
アマネがビールジョッキを持って考えてるタケルに話を振る。
「うーん、取り敢えずだけどね」
そう言ってからタケルは話を始めた。
タケルの考えでは、世界史的にはバスコ・ダ・ガマのインド航路開拓とコロンブスのアメリカ大陸到達の二つが未来の日本に対しての影響が大きいと考えている。
スペインとポルトガルで世界を分割すると言うトルデシリャス条約(千四百九十四年に成立)の原因となるこの二つの出来事が、後々の西洋諸国の植民地支配に繋がり、結果として二十世紀以降の不安定な世界情勢を醸成し、二十一世紀半ばの世界的対立構造と、それによる破滅へと至るとタケルは思っていた。
そこで、十五世紀中頃までに南アフリカと南北アメリカの東海岸沿いに進出してヨーロッパ人に対する阻止線を構築、まずトリデシリャス条約の成立の邪魔をする事を目標とするとした。
日ノ本については、明確な分岐点となるのは明応の政変であるとタケルは考えている。一般に応仁の乱以降が戦国時代の始まりと考えられていたが、明応の政変で完全に足利幕府の権威が失墜してその調整機能を失った事を考えると、こちらの方が戦国時代の始まりだとする意見もある。
ただ、タケルは日ノ本に対して直接的に干渉しようとは考えていない。彼女は、飢饉や自然災害等で発生する流民や難民を蝦夷地へ受け入れ教育を施す事で、三世代もすれば殆どの者はタケル達の価値観に染まるだろうと考えていた。但しこれは六十年から八十年は掛かる気の長い話である。
そしてタケル達の価値観に染まった高度な教育と軍事訓練を受けた者達を南北アメリカ大陸、南アフリカ、オーストラリア大陸を中心に入植させる。北アメリカ大陸とオーストラリア大陸は農業と牧畜と地下資源確保、南アフリカは地下資源確保の為である。他には香辛料やゴムの木を始めとした熱帯・亜熱帯向けの作物生産の為に東南アジア方面への進出も考えなくてはならない。
但し、多くのヨーロッパ人が行なった様な暴力的・侵略的な入植は極力行わずに、懐柔し融和を促し、彼らの文化を尊重しながら此方に取り込む形とするのが理想だ。これもまた時間がかかる事である。
石油については、取り敢えず樺太と北アメリカで資源開発が出来れば良いとタケルは考えている。タケル達は固体内凝集核融合と言う、石油以上に効率の良いエネルギー源を作り出せる技術がある。最近では異星人のナノマシン技術、つまりタケルに頼らなくても製造が可能になっている。
この為に燃料としての石油利用は限定的となり、そう消費量は伸びないだろう。どちらかと言えば固体内凝集核融合に必須なパラジウムの確保が石油より優先されるのだ。
これらを行うには医学・医療が発展しないとなかなか人口は伸びず、多方面に展開したら確実に人手不足に陥るのが予想される。
「じゃあ日ノ本はどうするの?」
「基本は放置で。奥州藤原氏とは接触したけど、だいたい百年後には源頼朝に滅ぼされてるだろうし」
ヨーロッパ人の世界進出を邪魔すれば、日本で影響が出るのは南蛮貿易や鉄砲伝来とキリスト教の伝来位で、安土桃山時代までの流れは史実とあまり変わらないだろうとタケルは軽く考えている。
「ま、奥州藤原氏が滅んだら、そのどさくさに紛れて陸奥や出羽に浸透して行くのも良いかもね」
「でもさ、各地に進出したり日ノ本に浸透したりとなると、人口規模的には国家だよね、それ。政体がどうなるかは未知だけど、指導者とか神輿が必要になると思うよ? 母さんが神輿になるのが手っ取り早そうなんだけどさ」
リクがそう言うと家族全員が考え込んだ。ただ何故かシズクとフウカだけはやけに明るい表情をして「「楽しそう」」と曰う。
彼女たちの頭の中に浮かんでいたのは巨大丸太の上に仁王立ちしたタケルが、丸太ごと大勢の人々に担がれて彼方此方を賑やかに練り歩く姿であった。(キミ達、それ神輿と違う。どうして御柱祭を混ぜるのか。それ以前にリクが言う神輿とは抽象的な表現で物理的に担ぐ訳じゃないんだぞ)
「神輿ねぇ……。独裁者になるつもりは無いし『君臨すれども統治せず』や『国の象徴としての存在』とかも結局は政治の場に引き出されたりして面倒臭そうだし。それに生神様に祀り上げられるなんて以ての外だよ? だいたい私の柄じゃない」
とは言ってもト・マクオマ・ナイ周辺では、とっくの昔から密かに生神様扱いされているタケルである。最後の一言に説得力は皆無である。
「もうこのまま適当な神様を詐称しちゃったら? 宗教を興すんじゃなくて、アイヌのカムイみたいな自然信仰みたいな感じで」
アマネが投げ遣りにそう言うとホムラがウンウンと頷いて「ボクもそう思う。実際にこの辺りじゃ母さん、そういう扱いだもの」とそれに賛同した。
「えー」
真面目な話をしていた筈が、その後はタケルの「イヤじゃイヤじゃ」に対しての子供達からの「嫌よ嫌よも好きのうち」「だんだん良くなる法華の太鼓」等の応答でグダグダで良く分からない攻防となってしまった。
結果、人口が増えたら蝦夷地和人とアイヌでの世界進出とヨーロッパ人の世界進出阻止はするが、日ノ本については機が熟すまで基本放置するとの方針となった。そしてタケルの神輿としての扱いは成るように成るだろう、と殆ど先送りの結果と相成った次第である。




